【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤ四葉本家の当主私室では、遅めのティータイムが行われていた。葉山が真夜の前にカップとソーサーを置く。ポットから紅茶が注がれ、白い湯気が立ち上った。

 

「そういえば、理澄様の下にメイドを送り込んだ理由をまだ聞かされておりませんな」

「そうだったかしら。聞きたい?」

「よろしければ」

 

ㅤ真夜はカップを手に取り、口元に運ぶ。目を瞑って香りを楽しみ、元の場所に戻す。まだ熱かったのかもしれない。

 

「理澄さんの魔法技能はかなり優秀だわ。次期当主が魔法力だけで選ばれるとしたら、深雪さんと迷ってしまうでしょうね」

 

ㅤ質問の答えにはなっていなかったが、葉山は口を挟むことなく黙って聞いている。

 

「でも、そういう訳にもいかないのが実情。パワーバランスを考えないといけませんから」

「理澄様が次期当主になれば、後ろに付いている黒羽や新発田が本家のやり方に口出しする可能性があります。それは危険かと」

 

ㅤ分家制度の役割には戦力を分散する意味もあるが、それだけではない。本家の当主に権力を集中させて、一族での争いを避ける目的もあるのだ。分家当主の意見が全員一致していても、本家当主の意見が優先されるという原則が崩れてしまえば、いずれ四葉は瓦解してしまう。それだけは避けねばならなかった。

 

「貢さん達は、達也さんのことを殺そうとしているものね。理澄さんにその気が無くても、無理やりにでもやらせる筈。けど、きっと死んでしまうもの。そんなことになったら、可哀想だわ」

 

ㅤ誰が、とは言わなかった。言わなくても、ここに居る二人には死ぬのはどちらか分かっているからだ。

 

「でも、理澄さんはとても怖がりな子よ。自分の力を完全に信用しきれていない。そんな子が菜子さんの能力を知ったら、とても怯えるでしょう。唯一、信じられる魔法に対してもね」

「恐怖で『ワルキューレ』を封じようということですか……。流石ですな、奥様。お見それ致しました」

 

ㅤ葉山の言葉に、真夜はサディスティックな笑みを浮かべた。そして、ちょうどいい温度になった紅茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

ㅤ玄関で話し込む訳にもいかず、新しくやってきたメイド――桜宮菜子を部屋に招き入れる。だが、勧めたソファには座ろうとはしなかった。キッチンをちらりと見て、彼女はこう言った。

 

「お食事はもうお済みですか? まだなのでしたら、お作り致しますけれども」

「今から食べるつもりだったんだけど……」

「すぐにご用意します!」

 

ㅤ菜子はキッチンへと駆け込んで行く。取り残された僕はソファに座って、彼女のデータを照会することにした。

ㅤ驚くべきことに、彼女は18歳であった。僕よりも年上だ。見かけというのも当てにならない。

 

ㅤ調整体魔法師というのは、特定の遺伝子操作を受けた受精卵から作られる。開発の段階では種類ごとに番号をつけられているのだが、生まれてからも番号で呼ぶことはまずない。何を今更とは思うけれども、倫理的にもよろしくないのである。

ㅤそのために、苗字によって区別される。「桜シリーズ」であれば、桜井とか桜崎とかだ。彼女の苗字が桜宮ということは、原作キャラ達とは異なる受精卵から生まれたのだろうと推測できる。

ㅤしかし、彼女は障壁魔法を使えない代わりに、特殊な魔法を持っているらしい。一体、どのような魔法なのか。特殊な魔法、とわざわざいうくらいなのだ。桜崎奈穂のように小さな障壁しか張ることができないというのとは、また違うような気がする。

 

 

ㅤしばらく待っていると、キッチンから料理を載せたトレイを持って、菜子が戻ってきた。この家に来たときには付けていなかったエプロンを付けている。圧縮して、ポケットにでも入れていたのかもしれない。

 

「お待たせしました。お食事にしましょうか」

 

ㅤメニューはエビグラタンだった。元々、僕が調理機にリザーブしておいたものであり、それをそのまま使ったのだろう。とはいえ、上に乗ったチーズの焦げが綺麗に付いているし、パセリも乗っている。デフォルトではなく、細かく調整をしたという証拠だ。カスタマイズ機能で上手く作ることができるというのは、高い家事スキルを示している。

ㅤだが、彼女はあまり満足はしていないようで、「次は手作りにしますから!」と意気込んでいた。どちらでも良かったが、人の領分に口を出す気にもなれず、適当に頷いた。

ㅤ味は予想以上に美味しかった。機械も使う人間によるということだ。

 

 

「そういやさ……」

「はい、何でしょうか?」

 

ㅤ食事を終えたのち、僕は気になっていたことを尋ねた。彼女の魔法についてである。

 

「御当主様が菜子の魔法は特殊だと言っていたんだけど。どんな魔法なの?」

「あっ、それならお見せしますよ。何か私に向けて魔法を打って貰えますか?」

 

ㅤ随分と軽いノリで菜子は言う。CADを手にしていないあたり、フラッシュ・キャストを組み込まれているのだろう。

ㅤ僕はCADを取り出して、「浮遊」を彼女に掛けようとした。

 

「うそっ! なんで!?」

 

ㅤそれなのに、浮き上がったのは僕だった。変数の入力は間違えていなかった筈なのに。

 

「……一体、どうなってるの?」

「私の作る障壁は魔法式を跳ね返しちゃうんです。『略奪』と便宜的に名付けられたんですけれど」

 

ㅤ現代魔法において、他人の魔法は引き継げない。けれども、彼女は魔法の座標だけ変えてそのまま返している。魔法式にエイドスは存在せず、魔法式そのものを改変できない。例外は、達也の「術式解散(グラム・ディスパージョン)」などだが、それも魔法式の構造が理解できて初めて出来ることだ。

ㅤしかし、彼女はそれを「跳ね返る」という現象で解決させてしまうのだ。どちらかといえば、魔法の原型である超能力に近い。調整体からBS魔法師のような魔法師が生まれるというのは、なかなか面白い。

 

「でも、この魔法しか使えない上に、結構制約もあって……。私自身にかけられた魔法でないと防御できないんです」

「その感じだと、広域干渉系の魔法も駄目そうだね」

 

ㅤ事象改変された後に防ぐことができないというのは、確かに致命的な欠点だ。ガーディアン向きでないというのもこの理由だろう。実際の戦闘より、モノリス・コードなどの競技向きの能力だ。ルールで制約されていて、やっと役に立つ。護衛どころか、暗殺にも使いにくい。

ㅤ本当にメイドとしての役割だけで送られてきたのか、と納得しかけたところで、ふと一つの考えが浮かんできた。

 

「……もしかして、魔法式ってことは精神干渉魔法も返せる?」

「はい。すべての魔法を試した訳じゃないんですけど」

 

ㅤゾッとした。もし彼女が敵だったとして、僕が初手で「ワルキューレ」を使っていたとしたら。跳ね返されて、命を落としていた。領域干渉で防いでしまえば大丈夫だが、それは今だから分かることだ。

ㅤようやく、御当主様の狙いが分かった。これは脅しだったのだ。達也を殺せる僕への、脅し。

ㅤだけど、屈する訳にはいかない。この世界で、僕は生きていくと覚悟を決めているのだから。

 

 

 

 

 

 

ㅤ一人暮らしは上手くやれていると思っていたが、菜子が来たことで生活レベルが格段に向上したのは確かだった。

ㅤやけに苛ついて仕方ない覚醒を促す音を含んだアラームを起床時に使う必要もない。それに、食事を自分で用意する手間も減った。

 

ㅤとはいえ、その変化は家庭内のことで、学校生活が劇的に変わることはない。新入部員勧誘期間も無事に過ぎ去り、一応校内も平和になった。

ㅤ風紀委員の仕事も巡回の回数は減った。しかし、資料の作成などで忙しかった――一年生が。ㅤ誰もしないので、自動的に下っ端の仕事になっているのだ。そのため、放課後には僕と達也、森崎で仕事をしている。

ㅤ森崎はやはり達也のことが嫌いなようで、碌に話しかけもしない。煽るのをやめただけ良いのだろうか。

ㅤ僕に話しかけるのはまだマシならしく、同じ部屋にいるのに、僕経由で森崎は達也への用事を済ませる。やめてほしい。

 

 

「先日、剣道部にスカウトされたんだ。……いや、正確に言えば少し違うか。」

 

ㅤ無言の室内で、急に達也が話し始めた。沈黙に耐えかねたというのは、絶対にあり得ない。何らかの理由で話しておきたいと思ったのだろう。

 

「違う? どういうこと?」

 

ㅤそう問いかけながらも、状況は大体把握できていた。「平等」を掲げて、自分に都合のいい主張を押し通そうとする団体ができようとしているということだ。ブランシュこそ壊滅したが、その教義に染まった者はたくさん残っている。そもそも、人間というのは否定されると逆にムキになる生き物だ。

ㅤ自分たちが正しいから、不都合に思う奴らが迫害してくる。そう信じ込んで、泥沼に嵌っていく。

 

「非魔法系のクラブが連帯して連合を作るらしい。学校に意見書を出すそうだ。その為に剣道部に入って欲しいとか言っていたな……。勿論、断ったが」

「へぇ……。それはまた。何でそんなことするんだろ。予算が欲しいの?」

「それもあるが、魔法を上手く使えないというだけで、人間性そのものまで否定される風潮が許せないんだそうだ」

「おーおー。どう、森崎? めっちゃお前嫌われてるぞ」

「何で俺に言うんだ」

 

ㅤ森崎が心底嫌そうな顔をする。

 

「いや、だってコイツらが言ってるのって森崎みたいなののことじゃん」

「才能の有無で待遇が違うのは、魔法師の世界ではよくあることだろう。ここだけのことじゃない」

「まぁ、それは正しいよね」

 

ㅤ差別される方はたまったものではないが、彼の言い分も間違っている訳ではない。

ㅤ魔法師は兵器だ。実戦の役に立たない魔法師は切り捨てられる。戦いの前では、元より人間性など尊重されない。戦わなければ生き残れない、を地で行く世の中だ。

 

「そもそも、魔法の能力はほぼ血で決まる。文句があるなら十師族にでも言え」

「だから、言おうとしてるらしいんだって」

「どうかしてるんじゃないのか?」

 

ㅤ呆れたように森崎は言う。彼は百家の傍流で、いわゆる「血統コンプレックス」。数字付き(ナンバーズ)に対して、並々ならぬ劣等感を抱いている。

ㅤきっと、入学当初に深雪に執着したのも、彼女が十師族直系と知らないからだ。可憐で美しくて才能もある少女を、彼なりに崇拝したかったのかもしれない。達也やE組のメンバーによって、それは閉ざされたけれども。

ㅤこの学年には十師族も師補十八家も居ないことになっているが、本当は居る。四葉とか四葉とか四葉とか。この事実を知ったら、森崎は泣いてしまうのではないだろうか。

 

「とにかく、この件は生徒会にも報告してある。これから何か事件が起こるかもしれん。そんな厄介ごとは勘弁だが」

 

ㅤ達也がこの話をした理由について、何となく予想がついた。深雪に危害を加えられそうな出来事があったら、好きに暴れるぞという警告なのだ。僕と達也は風紀委員会本部でしか、殆ど顔を合わせない。言うタイミングがここしか無かったのだろう。

ㅤどいつもこいつも、言外に僕へ色んなことを言ってくる。しがない転生者には、荷が重すぎることばかりだ。

 

 

 

ㅤ数日後、一日の最終授業が終わったあとのことだった。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

ㅤ耳にダメージが入りそうなくらいの、大音量の音声がスピーカーから飛び出した。僕は思わず顔をしかめずにはいられなかった。

 

「何、急に?」

「うるさいな。何なんだ」

「故障か?」

 

ㅤ帰り支度の手を止めたクラスの生徒が、口々に話し始める。

 

『――失礼しました。全校生徒の皆さん!』

 

ㅤ少しバツが悪そうな風で、もう一度同じ台詞が流れた。

 

『僕達は、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です。僕達は生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

ㅤそこまで聞いたところで、僕は放送室へと向かう。どうせ召集されるのだ。さっさと行った方が良い。

ㅤ放送室前には、既に風紀委員と部活連のメンバーが何人か揃っていた。「おはようございます」と風紀委員会特有の挨拶をして、彼らの輪に入る。

ㅤ数分後、生徒会からは会計の市原先輩がやってきた。その後もゾロゾロとメンバーが集まり、最後に達也と深雪が現れた。

 

「鍵が閉まっている。マスターキーを持ち込んだらしい」

「結構用意周到ですね……。では、このまま突入しますか?」

 

ㅤ渡辺先輩の呟きに返事を返す。僕が一番近くに立っていたからだ。

 

「それもやむを得ないかもな。少々強引でも、短時間での解決を図るべきだろう」

「確かにそうかもしれませんね。どちらが優位かは分からせておかないと、もし交渉を受けるにしても話が拗れそうですから」

「それでは、向こうの要求する『対等な交渉』で無くなってしまいます。それも問題かと」

 

ㅤ市原先輩も口を挟む。その意見も尤もで、取るべき解決策が出てこない。とりあえず、このまま待機する方向で進むだろう。

 

「大丈夫よ、リンちゃん。ちゃんと方法は考えてあるから」

「会長……!」

 

ㅤ現れたのは、七草会長だった。小柄な人だが、こういう時には存在感がある。彼女は達也の前で足を止めた。

 

「達也くん。壬生さんに電話を掛けてもらえないかしら」

「構いませんが……。何故俺が番号を持っていると知っているんですか?」

「やっぱり持ってたんだ。達也くん、手が早いからね。知ってるんじゃないかと思って」

 

ㅤ深雪の様子が明らかにおかしくなったのが、距離があっても分かる。けれども、こんな時に兄へとちょっかいを出したりしない分別はあるようだった。

ㅤ学校側が「学内の差別撤廃を目指す有志同盟」との交渉を受けるということを、会長の口から言われたことで事態は収拾がついた。

ㅤブランシュのフロント団体である「エガリテ」はまだ残っているが、簡単なサークルのようなものであり、テロを起こす力が無いのは調べが付いている。「平等」という甘い言葉に縋る人々は多く残るが、それも仕方のないことだ。

 

 

ㅤそういえば、桐原先輩から謝罪を受けた後、壬生先輩は結局彼と付き合うことになったらしい。純粋な愛の力は洗脳をも塗り替えるのか、と精神干渉魔法の使い手としては少しばかり興味を覚えた。




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