【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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九校戦編
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「そういえば、そろそろ九校戦の季節ですよね。私、毎年楽しみにしてるんですよ。今年は、理澄様も新人戦で出場されますよね?」

 

ㅤ夕食を食べている時、菜子がそう話を切り出した。わざわざ好んで観るほどに、彼女が九校戦が好きだというのは意外だった。

 

「まだ選手は決まってないけど、出るんじゃないかな」

「絶対応援しますから! それで、どの競技に出られるんですか?」

「クラウドか早撃ちじゃない? 得意魔法が使えるのがそれだからね」

 

ㅤクラウドはクラウド・ボール。早撃ちはスピード・シューティングだ。原作を読んでいた時は「誰がこんな略称で呼ぶんだよ」と思ったものだが、周りが呼ぶので僕もそう言うようになってしまった。

 

「理澄様ならどちらも代表になれますよ」

「さぁ……。こればかりはね」

 

ㅤクラウド・ボールは入っている部活が部活なので、出場できるはずだ。しかし、スピード・シューティングの方は出られるか確定していない。でも、一高は枠が三人分あるので大丈夫な気もする。

 

「まぁ、まずは期末のことを考えなきゃね。理論は流石に勉強しておかないと、圏外になっちゃう気がする。それはちょっとマズいし」

 

ㅤ今日は期末試験の一日前だ。必須科目や得意科目の魔法構造学は勉強しているが、魔法史学や魔法言語学などの暗記系は何も覚えていない。このまま試験に臨めば、爆死は確実だ。少しは勉強をせねばならない。

ㅤ四葉には脳に直接知識を書き込む機械があるが、この家にはそんなものは無い。知識を詰めるには、自分でやるしか無い。今日は徹夜だろう。

 

ㅤ一週間後、一夜漬けの成果を存分に発揮した期末試験も何とか無事に終了して、結果も学内ネットで公表された。

ㅤ今回もトップは深雪だ。それも2位と点差を大きく引き離しての1位。理論は達也が1位、深雪が2位である。

ㅤ僕は相変わらず手を抜いていて、実技が3位、理論が19位の総合5位。理論は筆記なので楽だが、実技は調整が難しい。まさか、森崎を超えてしまうとは思わなかった。彼は実技が4位だったのだ。

ㅤ風紀委員会で会った時に、「次は負けないからな!」と宣言されてしまった。僕はライバルと認識されているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

ㅤ九校戦といえば、気がかりなのは国際犯罪シンジゲートである「無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)」による妨害だ。そんなことになれば、おちおち試合もしていられない。だから、僕は九校戦の始まる前に根回しをすることに決めた。

 

「理澄様。ご実家の方から、メールが届いております。こちらでお開けしましょうか?」

「ああ。開けてくれる? そこに映してくれればいいから」

 

ㅤリビングにあるディスプレイにメールを表示させる。差出人は母親からだ。無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の件について、内情と公安とで密約を交わしたというものだった。つまり、彼らについての情報を流す代わりに、武倉が動くのを握り潰してもらうのだ。

 

ㅤ四葉は秘密主義で有名だ。他の十師族のような、表向きの職業も持たない。潔癖なくらいに、政治などとは距離を置いている。しかし、分家となると話は別だ。本家のやらない仕事を分担して行っている。

ㅤ例えば、黒羽家であれば「諜報」が仕事だ。そして、武倉家の仕事は「交渉」である。

ㅤ様々な組織の仕事を請け負うことで、コネクションを繋ぎ、本家の利になるものを選別する。閉鎖的な四葉の中で、唯一社交的なのが武倉なのである。無論、武倉が四葉の分家であることが露見しないよう、百家の傍流だと偽装している。故に、僕は勝手に森崎へ親近感を持っているところがある。

ㅤしかし、社交的と言っても七草ほどではない。子供の誕生日を毎年盛大に祝うなんて、やり過ぎだ。小さい頃ならともかく、思春期くらいになったら恥ずかしくて堪らないだろう。

 

「許可も出たことだし。……片付けてこようか。菜子、今日はもう夜ご飯の用意はしなくていいよ。どこか好きなところで、食事をしておいで。欲しいものがあるなら、それも買っていいから」

「宜しいんですか!?」

「たまにはそんな日があってもいいんだよ。じゃあ、行ってくるから」

 

ㅤ一万円の入ったマネーカードを渡して、僕は家を出る。マンションの前には、母親の用意させた車がもう停まっていた。

ㅤ今日は運転手が扉を開けてくれた。前のように目立つような場所ではないからだ。車内にはやはり、北斗が待機していた。僕を迎えに来るのは、いつも彼と決まっているのだ。

 

「どこが本拠地か調べはついたんだ?」

「横浜グランドホテルのようですね。最上階に一般客に知らされていない部屋がありまして。そこに東日本支部を構えています」

「黒羽みたいなことやってるな……。いや、あっちが懐古主義なのか」

「あの家は当主様のご趣味も少し……変わっていらっしゃいますので」

 

ㅤ北斗が歯切れの悪い言い方で、黒羽についてそう述べた。僕も割と同感だった。大昔のジュブナイル小説を好んで読むなんて、この時代ではとても珍しい。

 

「まぁ、いいや。ところで、侵入経路は? 下からだと、想子センサーに引っかかるよね?」

「しばらくしましたら、ヘリに乗り換える手筈になっております。大型のものが最近、配備されたことはご存知ですかと」

「そうだったね」

 

ㅤこれが黒羽であったら飛行船を使ったに違いない。そんなことを考える時、僕は武倉で良かったと思えるのだった。

 

 

ㅤ横浜に入る前にヘリに乗り込み、目的地のホテルを目指す。まだ飛行魔法が実現していないので、上空の想子センサーは数が少ない。認識阻害の魔法を使用して、対人間の心配だけしていれば良いのだ。レーダーやカメラなどは、公安や内情が何とかしてくれる。

ㅤ闇に紛れて、ホテルの屋上に降り立つ。入り口の鍵を無理矢理壊して、中へ侵入する。階段は途中で上がったり下がったりするので、高さの感覚が掴みにくい。わざとそうしているのであろうが。

 

「ここがちょうど隠されているアジトの位置ですね」

 

ㅤ知覚系魔法の使える部下が壁を叩いて言う。この壁の向こうに無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の幹部達が揃っているのだろう。

 

「幹部が五人、ジェネレーターが四人。会合の時間なのは、事前調査通りです」

「ご苦労。壁をぶち抜くのは僕がやるよ。誰か書くもの持ってない?」

「どのくらいの大きさにしましょうか?」

「五、六人が一気に突入できるくらいのサイズで」

 

ㅤ部下がスプレーで壁に枠を描く。これは魔法を認識しやすくする為だ。魔法というのは全体に作用させるのは比較的容易い。しかし、部分的にだと、魔法師自身が上手く作用のイメージが出来ない為に失敗しやすい。

ㅤ線で何となく囲んでいても、上手く成功する魔法師は少ない。壁を全部壊したら建物が崩れる可能性もあるので、僕がやることにしたのだ。

ㅤ加重魔法「破城槌」によって、圧力を掛けられた枠内の壁は簡単に崩れ去る。ジェネレーターによる障壁は張られていたが、干渉力で押し切ったのだ。

 

無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の幹部達は中国語で――国名が何度か変わっているものの、そう呼ばれ続けている――何か叫んでいるようだった。早口で何か聞き取れないので、無視してジェネレーターの破壊に取り掛かる。

ㅤ四体に照準を合わせて、まとめて「ワルキューレ」を放つ。電池の切れたオモチャみたいに、彼らは床に転がって動かなくなった。

 

「ジェネレーターが全滅!?」ㅤ

「おいおい、アンタ達も魔法師だろう。少しは自分で戦おうとしないと」

 

ㅤへたり込んでいる一人の幹部を蹴り上げる。残念ながら、領域干渉を広げているので魔法は使えない。これは言ってみただけだ。

 

「何なんだ! 一体何が目的だ!?」

「アンタ達のことを知りたがってる人が居るらしくてね。ちょっとしたおつかいだよ」

「何故だ! 我々はまだ何もっ!」

「うるさいな。もういいよ」

 

ㅤ話すのも面倒なので、意識を失わせた。他の幹部も部下達の手によって、気を失っている。

ㅤいつまでも長居する訳にもいかない。転がしておけば、近くで待機している公安などの人間が回収してくれるだろう。ジェネレーターは僕の魔法で殺してしまったので、僕らが持って帰らないといけなかったが。でも、慣性を低くして軽くすればいいので、そこまで大変でもない。

 

ㅤ屋上まで戻ってきたところで、ヘリの中から血相を変えた顔の北斗が出てくる。彼は、ヘリコプターの存在と室内での騒ぎを隠すことを担当していた。何かあったのか、と問う前に彼が叫ぶ。

 

「魔法協会に知覚系魔法持ってる奴が詰めてたんです! そろそろ誤魔化すのも限界です! 早くズラかりますよ!」

「分かった!」

 

ㅤ慌てて全員がヘリに乗り、カタログスペックよりも速い速度で無理に離脱した。もしバレても、四葉から手を回せば揉み消せるが、それは最悪の手。今回の仕事は本家からの任務では無く、武倉家内での仕事だから、尚更だ。

 

「誰なんだ! 魔法協会のシフトを確認しないで『異常無し』と言った奴は!」

 

ㅤ何とか安全な空域にまで移動した後、北斗は部下に怒鳴り始めた。普段は高校に通っている僕の代わりに、部隊の指揮を執っているのは彼だからだ。つまり、実質この中のリーダーである。

ㅤ今回のことは予想外の事態であり、怒るのも無理はなかった。

 

「落ち着いてよ。今から犯人探ししても仕方ないだろう?」

「それはそうですが……」

「御当主様からの仕事だったら、処分も致し方無かったかもしれない。でも、そうじゃない。だから、今回のことは不問にする」

 

ㅤ御当主様、という言葉を聞いて、ここにいる誰もが顔を強張らせる。四葉に関わりのある誰もが畏怖の念を起こさずにはいられない存在、それが「夜の女王」四葉真夜なのだ。

 

 

 

 

 

 

ㅤ全校集会での正式な選手発表がある前に、僕は代表選手として出場しなければならないことを生徒会から伝えられた。

ㅤそれを受けて、僕はある場所へ訪れることにした。その場所は、達也と深雪の住む家だ。彼らが内心どう思っているのかは不明だが、表面的には僕を歓迎してくれた。

 

「珍しいな。ここに来たのは初めてじゃないか?」

「多分そうだと思う」

「そうですよ。ちょっとビックリしましたもの」

 

ㅤ深雪がアイスコーヒーとお菓子を持ってきてくれた。普段から、家の中では露出の高い服を着ているはずだが、そうではなかった。僕が来たので、外出用の服に着替えたのだろう。全員が座ったところで、僕は話し始めた。

 

「深雪もそうだろうと思うけど、九校戦の代表に選ばれたんだ。それで一つ、アレンジしてほしい魔法がある」

「どうしたんだ? 理澄が九校戦で本気を出すとは思わなかったぞ?」

「こっちにも色々あって」

 

ㅤ御当主様の脅しへの返答として、出場する競技全てで優勝しようと考えたのだ。あの人は下手に出るより、少しくらい反抗した方が気にいるタイプだ。そこまで圧倒的な力を見せたりする訳でもないし、少々目立つくらいなら大丈夫だ。

 

「もちろん、仕事の分の報酬はきちんと支払うつもりだ。君の父親と違ってね」

「……それは別に気にする必要はない。それで、何の起動式をアレンジして欲しいんだ?」

「『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』だ。あれは加重系だからね」

「まぁ、別に構わないが」

「あの……。お兄様、少しだけよろしいですか?」

 

ㅤ深雪がおずおずと達也へと、話に入る許可を求める。

 

「お兄様が報酬を求めないと言うのであれば、私にも異論は無いわ。でも、お兄様の偉業に相応しい評価は得られるベきだと思わない?」

 

ㅤ冷房とはまた違う冷気が室内をうねる。既にアイスコーヒーは凍りつき始めていた。ここで思わないと言えば、どうなるだろうか。生きては帰れる……と思う。けれども、死ぬより恐ろしい目には合うかもしれない。

ㅤ元々、深雪は僕のことを嫌っているとまでは言わないまでも、好きではない。僕の力が、達也を傷つける可能性があると思っているからだ。

ㅤその感情を兄である達也が分からない筈が無く、深雪の魔法が僕の前で暴走する時はいつも、彼は妹を止めることはしない。

 

「カーディナル・ジョージしか使えない筈の魔法を用意した魔工師について聞かれたら、達也だと答えればいいの?」

 

ㅤそう言った途端、室内の温度が元へ戻る。

 

「ええ。分かってくれて嬉しいわ」

「黒羽や新発田の叔父様がうるさいんだけどなぁ……。あっ、いや。なんでも無いんです……」

 

ㅤ再び魔法の兆候を感じ、言葉を引っ込める。了承してもそこまで深刻なことにはならないので、これは割り切るしか無いだろう。本当に対立しなければならなかったら、普通に魔法の撃ち合いをするだけだが、今はそんな時ではない。

 

「その魔法を使いたいということはスピード・シューティングか? てっきりクラウド・ボールだと思っていたが」

「どっちも出るんだ。クラウドは使う魔法も揃えてあるから大丈夫だけど、早撃ちはそういう訳にいかなくて」

「分かった、数日で完成させる。メールで送るから、後で受け取ってくれ」

「ありがとう。達也もエンジニアで出るんだろう? 忙しいのに引き受けて貰って悪い」

 

ㅤ技術系が得意な生徒が足りないので、前例の無い一年生――しかも二科生から達也は選ばれることになった。原作とは段々異なってきたものの、やはり出るところでは出て来るものだ。どうやら服部先輩が達也のチーム入りを支持したらしい。

 

「耳が早いな」

「部活の先輩から聞いたんだ」

 

ㅤ達也がエンジニアとして脚光を浴びるリスクは、目を瞑るしか無い。そもそも、僕も片棒を担いでしまった。モノリス・コードに出場したり、一条将輝を倒したりされるよりは幾分かマシになったのだから、この辺で妥協するしかあるまい。

 

 

ㅤ数日後、僕用にアレンジされた「不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)」の魔法式が送られてきた。




ㅤオリジナル部分が多くなってしまった。
ㅤ加重系魔法が得意な魔法師に設定したので、不可視の弾丸は絶対に使わせたかった。九校戦の試合で使うシーンが出てくるんじゃないかなって思います。
ㅤ同じクラス設定なのに碌に出てこない、エイミィやスバルもこの章では出したいですね。

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