ㅤ開会式前には出場する生徒だけで行われるパーティがある。そうはいっても、本格的なものではない。名のある魔法師の家に生まれていれば、パーティーに参加する機会も多いだろうが、大多数は普通の生徒。彼らが気後れしないようにという配慮もあり、簡単な立食パーティーだ。
ㅤ会場の雰囲気は和やかとは言い難い。これから九校戦が始まるということもあり、上級生などは宣戦布告などをお互いにしている。だが、僕は一年生だし、ましてや他校にマークされている訳でもない。気楽に食事をするだけで良かった。
「お客様、お飲み物は如何ですか?」
「あぁ。貰おうか……って、あれ? もしかして、エリカ?」
「久しぶりだね。私、ここでバイトしてるの。どう、似合う?」
ㅤ彼女は片手で飲み物を載せた盆を持ったまま、その場で一回転する。クラシカルなスカートがひらりと舞う。グラスを落としたりしない辺り、かなりのバランス感覚だ。
「とても似合ってるよ。長めのスカートなのも新鮮だ」
「そんな真正面から褒められたら、流石に照れるわね。……それにしても、理澄くん意外にパーティー慣れしてる?」
「えっ、どうしてそう思うの?」
「さっきから飲み物を渡してて思うんだけどさ、普通の家の人はグラス貰うの一つ恐縮してるのよ。理澄くんは、そうじゃなかったでしょ?」
ㅤさて、どうすれば良いのか。こういう時は、少し真実を混ぜて嘘を言うのがベストだ。
「僕は百家の傍流だから。本家筋のパーティーとかに偶に参加していて。それで、他の人よりは慣れているんだと思う。あんまり、自覚は無かったけど」
「そっか。確かに代表に出れるレベルの一科生だもの。どこかで百家と繋がっててもおかしくはないよね」
ㅤウンウンと納得したように頷くと、彼女は去っていった。上手くいったようだ、と僕は安堵した。
ㅤそこに、背後から声が掛かった。振り向くと、同じクラスの女子である、英美=アメリア=明智=ゴールディが立っていた。
「武倉君が女子と気安く喋っているところ、初めて見たかも。必要以上に人と話してないイメージがあるから」
「そんなつもりは無いんだけどね」
「ほんと? そんな風に思えないんだけどなぁ。ていうか、私の名前覚えてるかも怪しいよ」
「覚えているよ。エイミィだろ? あれだけクラスで主張していたら忘れられないよ」
ㅤ僕の言葉に、英美は目を丸くした。思いもよらない返答だったらしい。
「武倉くん、思ったよりフランクな人だね。話しかけても、素気無い対応される気がしたけど、そんなことなかったし」
「そんな嫌な感じのイメージ持たれてたの、僕? ちょっとショックなんだけど……」
「でも、なんか武倉くんのこと分かってきたかも。人見知りでしょ? 話しかけられないと喋れない系の」
「言われてみると……。そうかもしれない」
ㅤ昔から一人で居る方が好きなタイプだった。四葉に生まれてからは、誰かがいつも構ってくれる環境で育ったのもある。友達を作る為に話しかけるという経験値は、圧倒的に不足していた。
「やっぱり! 同じ屋根の下で過ごして分かることってあるよねー」
「ちょっとそれは誤解を生む言い方だよ! それに、まだ一日も経って無いのに!」
「あれ? どんな誤解が生まれちゃうのかな?」
ㅤ英美のセリフにどうしたら良いか分からなくなり、目を白黒させる。その姿が面白かったのか、彼女は声を上げて笑った。
「せっかくだから理澄くん、私達の所においでよ?」
ㅤいつの間にか、武倉くんから理澄くんに呼び方が変わっていることに気づいた。嫌ではないので、指摘はしなかった。
ㅤ私達の所、というのは女子代表が集まっている場所のことだろう。一人の相手でこんなに大変なのに、女子ばかりのところに集まれば、いいように遊ばれるのは目に見えている。だが、断るのは難しい状況に置かれているのも確かだ。戸惑っている僕に痺れを切らしたのか、英美はいきなり僕の手を掴んだ。
「あーもう! 拒否権は無いからね! 女の子に誘わせて、断るなんてありえないのよ!」
ㅤグラスを持っていない方の手を引かれ、女子の集団の方へと連れて行かれる。誘いなのに拒否権が無いとはどういうことだ。
ㅤけれども、よく考えてみれば、ここで英美と少しでも話しておけたのは良かった気がする。閉会式後のダンスパーティーに誘いやすくなるからだ。流石に、誰も相手がいないまま終わるのは悲しすぎる。
ㅤこの後、僕が深雪と顔見知りであることがバレて、女子達からの質問責めで疲れ果てることになった。
ㅤそろそろ来賓の挨拶が始まる時間になり、僕もようやく女子のおしゃべりから解放された。
ㅤ魔法界の名士達が代わる代わる壇上へ現れる。顔を合わせたことのある人物も、映像でしか見たことのない人物も出てきた。
ㅤその中でも、僕が登場を心待ちにしている人物の一人に、九島烈が居る。「老師」と呼ばれる十師族の長老である。十師族を確立した人物で、約二十年前までは「世界最強の魔法師」と言われていた。
ㅤ現役を退いて人前にあまり出なくなった今でも、九校戦にだけは出てくることで有名だ。「最高」にして「最巧」と謳われているのは知っているが、所詮は噂や原作知識。凄さを目の当たりにする良い機会なので、楽しみにしていたのだ。
ㅤ司会者が九島烈を紹介した。会場にいる誰もが、息を呑む。しかし、現れたのは違う人物だった。パーティードレスを身に纏った金髪の女性。
ㅤ目立つものに意識を奪わせる、単純な視線誘導の精神干渉魔法。使われるのは分かっていた筈なのに、行使されたタイミングを知ることは出来なかった。女性の後ろを見てやろうか、と一瞬思ったが、それは止めておく。
ㅤ急に九島烈は現れた、ように見える。実際には女性が横に退いたのだ。会場の多くの人間達が驚き、声を上げる。ざわめきがそれなりに収まってから、彼は話し始めた。
「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」
ㅤ思ったよりも、若々しい声だった。見た目からは全く想像もつかない。
「今のは一寸した余興。魔法というより手品の類だ。だが、手品のタネに気付いた者は、私の見たところ五人だけだった。……つまり」
ㅤ九島烈はそこで一度、言葉を切る。
「もし、私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしたら。それを阻むべく行動を起こすことが出来たのは五人だけだ、ということだ」
ㅤ会場が一気にシン、と静まった。
ㅤ仮にそんな状況になっていたら、僕はどうするだろう。毒ガスは出所が分かっていれば、収束系統で何とかなる。爆弾は振動減速で熱量を下げることで解決できる。そう思うと、何だか気が楽になった。
「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。そのことを思い出して欲しくて、私はこのような悪戯を仕掛けた。私が今用いた魔法は、規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。魔法力の面から見れば、低ランクの魔法でしかない」
ㅤ間違ってはいないが、正しくもなかった。精神干渉魔法は誰にでも使えるものではない。第四研にルーツを持つ四葉の魔法師でも、全員は使えないのだから。低ランクの魔法では決して無いのだ。
「だが、君たちはその弱い魔法に惑わされ、私がこの場に現れると分かっていたにも関わらず、私を認識できなかった。魔法を磨くことはもちろん大切だ。魔法力を向上させる為の努力は、決して怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じて欲しい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ」
ㅤ十師族の序列を自分で作っておきながら、現在の魔法師のあり方を否定したような発言をする九島烈。酷く無責任な発言だ。でも、彼の魔法に気づけなかった僕に、とやかく言う資格は無いのだろう。
ㅤ九島烈は、今の僕には倒せない。搦め手を使われれば、「ワルキューレ」でも歯が立たないだろう。世界は広く、優れた魔法師もまだまだいるのだと、改めて認識した。
「明後日からの九校戦は、魔法を競う場であり、それ以上に、魔法の使い方を競う場だということを覚えておいてもらいたい。魔法を学ぶ若人諸君。私は諸君の工夫を楽しみにしている」
ㅤ演説が終わり、まばらな拍手が起きる。少なかったのは、この話にどう応えればいいのか分からない者達もいたからだろう。それでも、だんだん拍手が起きて、最後には全員が手を叩いていた。
ㅤ急に、九島烈と目が合う。一瞬だったが、こちらを見て少し笑っていた。分家のことを知っていてもおかしくはないが、僕も知られているとは思わなかった。
ㅤ流石は「老師」である。侮りがたく、喰えない老人だ。
◆
ㅤ懇親会も終わり、生徒達が部屋に引き上げた後のことだった。
ㅤ外の空気を吸いたい気分になって、僕は夜の散歩に出掛けていた。万一のことを考えて、CADを持ち歩いてはいる。襲撃者がいたとしても、こんなところでは下手に殺せないのが厄介だが、それは仕方ない。
ㅤホテルの庭をのんびりと歩いていると、人の気配を感じた。それはあちらも同じだったようで、「誰だ!」という鋭い声が飛んできた。逃げるのもおかしいので、僕は相手の前に姿を現した。
「修行中だったのか。悪いことをしたな」
「いや……。誰もいないからって、結界を張っていなかった僕も悪かった」
「ここはお互い様ということで。ところで、君は? 僕はB組の武倉理澄だ」
「……僕は吉田幹比古。名前で呼んでくれ。苗字で呼ばれるのは好きじゃない」
「あぁ、理論が三位だった……」
ㅤ名乗られる前から、僕は彼のことをよく知っている。入学前の魔法事故で魔法力を失った、と世間からは認識されている元神童。達也と一緒にモノリス・コードに代理出場したことで、自信と能力を取り戻すことになる男だ。
ㅤ残念ながら、そのイベントの布石となるモノリスの事故は起きない。僕が
「実技三位の君に比べれば大したことは無いよ」
「卑下することは無いと思うけど。取ろうと思って取れる点数じゃない。かなりの努力を必要とした筈だ」
「実力主義のこの学校では意味を為さないさ。……魔法の高速発動が出来なくなった僕には、何も残っていないんだ」
「……何かあったのか?」
ㅤ生垣のレンガ部分に腰を下ろして、幹比古はポツポツと話し始めた。僕は完全な他人なので、彼も話す気になったのかもしれない。
ㅤ内容は原作でも言及された「星降しの儀」についてだった。
「これは罰なのかもしれない……。自分の力を誇示しようとした、僕の醜い心を精霊も見抜いていたんだ」
ㅤ現代魔法学においては、精霊は単なる情報体でしかない。意思を持つことも無ければ、心を読み取ることもできない存在だ。その感覚には非常に懐疑的だが、古式の術者と議論をしたい訳ではない。だから、僕は違う言葉を掛けた。
「自分の力を見せつけることは悪いことではないよ。そもそも、その儀式もそういう性質を持つものだろう? 精霊が君を否定する訳がない」
「そうだといいけど……」
「多分、魔法力を失ってしまったのではないんじゃないかな。巨大な情報体によって、魔法演算領域を限界以上に動かされた弊害だろう。これなら十分、治る余地はあると思うよ」
ㅤ原作知識を、さも自分が考えついたかのように披露する。幹比古が自分の力を取り戻せなくなったとしたら、それは僕のせいになる。申し訳ないので、手助けくらいはしてやりたかった。
「治る!? 僕は魔法を取り戻せる……?」
「きっとね。良い腕の魔工師にCADの調整をしてもらって、スピードの感覚を掴み直せれば。そこから先は精神的な問題だ」
「CADの調整かぁ……。かなり勉強はしたはずなんだけど、そこは盲点だった。やはり、古式魔法は現代魔法に劣るのか……」
「そんなことは無いと思うぞ」
「達也? いつから居たの?」
ㅤ闇の向こうから、急に達也が現れた。僕達の話を影で聞いていたのか、話へと自然に混ざってくる。
「古式魔法と現代魔法に、優劣は無い。それぞれに長所と短所がある。単に正面からぶつかり合えば、発動速度が圧倒的に勝っている現代魔法に分があるというだけで、知覚外からの奇襲ならば古式魔法の威力と隠密性に軍配が上がるだろう」
「古式の術には、弱点を突かれないよう、偽装を施してある。CADで発動するときは、それが無駄となって発動スピードに関係してくるのか」
ㅤ幹比古が顔を綻ばせる。一人で抱え込んでいた問題に解決策が見えてきて、安心したのだろう。
「そうだ、達也。幹比古のCADを見てやってくれないか?」
「俺がか?」
「術式のアレンジは得意だろ? 新人戦で使う僕の魔法もアレンジしてくれたんだから」
「それはそうだが、古式の魔法は得てして秘匿されているものだ。幹比古だって困るんじゃ無いのか?」
「いや、秘密なのは呪符による発動までのプロセスで、魔法式そのものじゃない。力が取り戻せる可能性があるっていうのなら、是非君に頼みたい」
ㅤ達也は少しの間逡巡した後、頷いた。幹比古の人生を左右する役目を担った僕も、お陰で肩の荷が下りた。
ㅤ事件が起こらないから、会話重点になっていく……。九校戦編の後は原作からどんどん離れていくはずなので、その布石は打っていく予定にはしています。