ㅤクラウド・ボールも特に問題なく、優勝することが出来た。こちらの方には吉祥寺のような歯ごたえのある相手が居なかったのは、少し残念だった。試合において大事なのは、良きライバルである。来年の本戦は上級生もいるので、今からそれを期待している。
ㅤ七日目の夕食の時間には、生徒達――特に一年女子は新人戦の結果ではしゃいでいた。達也を取り囲んで、お喋りに興じている。
ㅤそれに対し、男子側は微妙な空気だった。一応僕が二つ優勝しているので、悪い結果では決して無い。けれども、森崎の機嫌がかなり悪いせいで、どうも盛り上がりに欠けるのだった。
ㅤ彼はスピード・シューティングが三位、モノリス・コードが二位という結果に終わっている。早撃ち準決勝で吉祥寺に、モノリス決勝で三高に当たったにしては良い結果なのだが、悔しくて仕方ないらしい。夕食の時間まで引き摺るのはどうかと思わなくも無いが。
「なっ、なぁ……? 森崎、元気出せよ。俺なんか予選落ちなんだからさ。お前はスゴイって」
ㅤ早撃ちで、僕や森崎と一緒に代表だった奴が慰めの言葉をかける。しかし、これは逆効果だった。
「そうだったら、武倉はどうなるんだよ! コイツは優勝! 俺は三位! 全然違うんだよ!」
「いや……。そんなキレなくても」
ㅤライバル心を持ってくれるのは結構だが、上しか見ていないのも大問題である。
ㅤ森崎の成長イベはちゃんと来てくれるのだろうか。
ㅤ男子チームメンバー全員で森崎を宥めていた時に、僕の端末が鳴った。いつもは音が鳴らないようにしているのに、鳴ったということは本家絡みの通知だ。内容を見て、僕は顔色を変えずには居られなかった。慌ててトレーを戻しに行き、食堂を出ていく。後ろで誰かが何か言っていたが、無視をした。
ㅤ必要な物を部屋へ取りに戻り、ホテルのロビーへと急いだ。そこでは達也と深雪が言い争っていた。
「どうしても行かれるというのですか」
「叔母上の命令だ。今は拒否する訳にいかない」
「ですが、お兄様……!」
ㅤシリアスな場面だが、空気を読んでいる場合ではない。さっさと兄妹の間へと入っていく。
「もう来てたんだ。早いね」
「来たか。じゃあ、そろそろ行くな? 深雪」
ㅤ達也は深雪の髪を優しく撫でてやる。その時だけ、彼女は穏やかな表情になった。しかし、すぐに顔を険しくさせて、僕を見た。
「理澄君! 貴方は何も思わないの?」
「何を? 達也を戦わせること? それとも、僕が命令に従っていること?」
「どちらもよ。私にはそれらが正しいことに思えないわ」
「……正しくなかったとしても、このやり方でしか生きていけないんだよ。きっと、文弥や亜夜子ちゃんもそう思っているはずだ」
ㅤ四葉から逃れて生きていくのは困難な道だ。普通の魔法師である僕には尚更である。
ㅤ転生した当初は、四葉家に生まれたことを幸運だと思った。魔法の才にも恵まれたからだ。でも、それは違った。才能に恵まれれば恵まれるほど、悲しい生き方をしなくちゃいけないのがこの世界だ。何が正しくて、何が間違っているのかなんて、僕には見分けが付かなくなっている。
◆
ㅤ待たせていた車に、僕と達也は乗り込んだ。車内で待っていたのは、珍しく北斗ではなかった。
「計画が繰り上げになったから急いで来てくれ、としか書いてなかったけど、一体どういうこと?」
「こちらの動きを勘付かれたのです。偵察部隊が交戦に入ってから、なし崩しに戦闘になっています」
「周公瑾には逃げられていない?」
「黒羽の部隊が包囲しているので、今は何とか」
ㅤ周公瑾に逃げられてしまえば、こちらの負けである。身を隠されてしまうと、最初から探し直さねばならなくなるからだ。
「飛ばすので、一時間程で横浜へは到着するでしょう」
「スピード違反で止められないか?」
「所々の道を工事中と偽装しています。警察も入っては来ませんよ」
ㅤ本当に一時間と少しで中華街に着いた。かなり滅茶苦茶な運転だったが、僕も達也も酔ってしまうようなタイプでは無い。十分、戦闘に移行できる。
「兄さん達! やっと来た!」
ㅤボブカットの少女が、僕達に駆け寄ってくる。ハイネックのぴったりとした服にジャンパースカートを合わせている。手袋とタイツも身につけ、肌の露出は殆ど無い。
「ヤミちゃんじゃないか。今日も可愛いね」
「からかわないでよ! 好きでしているんじゃないんだ! ……達也兄さん、久しぶり! 達也兄さんがエンジニアしてた試合は、全部見たよ!」
「その話は後にしよう、ヤミ。今話すべきじゃない」
「そうですよね……。ごめんなさい」
ㅤしょんぼりと肩を落とすヤミ――もとい文弥。その様子はとても可哀想だったが、達也の言うことにも一理あった。
「周公瑾は何処に?」
「自分の店の中に立て籠もっているんです。特殊な結界が張られていて、手出しが難しい状況で。それで、達也兄さんを待っていたんです」
ㅤわざわざ立て籠もっているということは、その方が彼にとって有利であるのは間違いない。店そのものを媒体にして、誰かが突入するとそれを贄に発動する術式でも用意しているのだろう。しかし、それに乗ってやることは無い。
「分かった。すぐに『分解』してしまっていいのか?」
「ううん、店の近くに行ってから。結界が消えてすぐ、突入して貰わないといけないから」
ㅤ僕らは周公瑾が立て籠もる店の前へと移動する。横浜は夜遅くになっても様々なところに光源がある為に、とても明るい。
ㅤ周がオーナーを務めるこの店は、ガイドブックにも掲載されている人気中華料理店だ。まさか、こんなことになるとは誰も思わなかっただろう。
「達也、頼めるか?」
ㅤその問いに、彼は頷くことで答える。達也は愛機のトライデントを構え、三連発の魔法を行使した。
ㅤ分解魔法「トライデント」。
ㅤ最初は、標的の領域干渉を分解。次に、情報強化を分解。最後に、標的そのものを分解する。
ㅤ店自体が「分解」され、結界が消滅したことが、僕にも知覚できた。
ㅤ地下に潜んでいる周を出て来させる為に、地面に向けて「破城槌」を発動する。これは確実に防がれるだろう。
ㅤその証拠に、奴は自分の足で僕達の前に立っていた。かなりの出力で放った「破城槌」は、普通なら全身骨折は免れない筈だというのに。
「周公瑾……!」
「私如きに、こんなに多くの四葉の魔法師が相手をしてくれるとは光栄ですね」
「お前の手駒は皆死んだ。大人しく投降するなら、今のうちだぞ」
ㅤだが、周の笑みは崩れない。
ㅤ今だって、何もしていない訳ではない。達也は奴の四肢の一部を「分解」して穴を空けているし、文弥は「ダイレクト・ペイン」を使っている。それらに何の反応も見せないということは、何らかの術を使っているのだろう。
ㅤ急に、周の周りが揺らぐ。「鬼門遁甲」を使ったのだ。しかし、その対策を怠っている筈が無い。
「こっちです!」
ㅤ今この中で、彼女一人だけが、奴を捉えている。
ㅤ僕は、声のする方へ「ワルキューレ」を放った。魔法式は跳ね返り、周の胸へと吸い込まれていく。その瞬間、彼は体を反らせてゆっくりと地面に倒れていった。
「……殺した、か?」
ㅤ誰かが呟いた。
ㅤ確かに、周公瑾は死んだ。しかし、まだ終わりでは無かったのだ。
ㅤ古式魔法は効果を発揮する時間を遅らせることもできる。死ぬ間際に周は一つの魔法を発動していた。
「……、っ!」
ㅤ僕の影から勢いよく這い出てきた幻獣が、腹を食い破った。内臓や血の生温い感覚が口内に広がる。思わず体をくの字に折り畳んで、胃の中のものを吐き出す。赤い何かが飛び散り、それは小さな泡を作った。
「理澄様!」
ㅤ菜子が泣きそうな声を出して、僕の側にやってくる。顔を見ると、彼女は実際泣いていた。いくら作戦上必要とはいえ、ガーディアンどころか護衛でもない、普通の女の子を連れて来たことを、今更ながら申し訳なく思った。
ㅤ人を押し退けてこちらへ来る北斗の姿が、菜子の後ろで見えた。彼は責任感が強いので、きっと自分を責めるだろう。そうではない、と言ってやらないといけない。
ㅤ意識が朦朧とする。こんな感覚になるのは初めてだった。前世での死に際を覚えていないのもあるかもしれなかった。お前は中華街で死ぬんだ、と前世の僕に言えば、どう反応するだろうか。
ㅤでも、僕が死ぬことは無かった。負った傷が、急に全て消滅したからだ。
ㅤ起き上がって周りを見回すと、達也がCADを僕の方へ向けていた。その横に立っていた文弥が、僕の元へ走り寄って来る。
「理澄兄さん! 即死じゃなくて良かった……!」
「死ぬかと思ったよ……。文弥は何も怪我は無い?」
「うん。手下と戦った時のかすり傷くらいだよ」
「それは良かった。それで、死体は黒羽が持っていくか? こうなると吉見の出番だろう」
ㅤ東雲吉見。黒羽の縁戚に当たる人間で、サイコメトリーの能力を持っている。彼女は人体に残る想子情報体の痕跡を読み取ることが可能であるらしい。
「そうだね。持って帰らせて貰うよ」
「何か分かったら、情報だけ回して欲しい」
「了解」
ㅤ文弥が自分の部下の黒服に指示を出す。だが、女装をしているのでイマイチ格好がついておらず、ついつい笑ってしまった。それに気づいた彼は、僕を睨んだ。あまり怖くなかった。
◆
ㅤ富士演習場の宿舎に帰り着いた時には、一時を回っていた。何だか今日は濃い一日であった。
ㅤ僕が五体満足で帰ってこれたのは、達也の「再成」があったからだ。けれど、彼は、何故助けてくれたのかという疑問は消えないままだった。
ㅤ達也は、深雪に対するもの以外の強い感情を取り去られている。彼は妹に関係することしか、衝動的に動くことが出来ない。そういう風に作られているのだ。
ㅤ帰りは、僕は部下達に囲まれていた為に尋ねることが出来なかった。部屋に帰るまでにこの質問をしないと、きっと答えは聞けないままになってしまうだろう。
「あのさ、達也」
ㅤ僕よりも先に進んでいた彼を呼び止める。彼は思ったよりも、すんなりと振り向いた。
「なんだ?」
「……どうして、僕を助けてくれたの? 僕の生死は深雪とは直接的に関係ない。文弥が悲しむから? だけど、それだけでわざわざ魔法を使うとは思えないんだ」
「そのことか。……俺は、確かに深雪以外のことは正直何も思うことが出来ない。例えば、文弥や亜夜子が居なくなったとしても、作りかけのデータをデリートしてしまった時の残念な気持ちと同じくらいにしか思えないだろう」
ㅤ悲しみの感情すら、このようなくだらない気持ちと混同してしまうのだ。彼は人間の振りをして、残念さを悲しみだと思い込んで動くことしか出来ない。
「……だがな、理澄。お前もそれくらいのレベルには思えているんだ。文弥と亜夜子くらいにはな。この答えでは、不満か?」
ㅤそう言って、達也は前へと向き直り、歩いて行った。
ㅤ作りかけのデータにも一応愛着はあるということだ。どうも、僕はその中に入っていたらしい。人の気持ちが分からないのは一体どっちだ。
「いや。……ありがとう」
ㅤ彼はもう振り返らなかった。
ㅤ自分の部屋の前にようやく着いて、ドアを開ける。鍵はまだ掛かっていなかった。同室の人間は酷く不用心な奴である。実家が護衛業をやっているとは到底思えない。
「おい、武倉。何処に行っていたんだよ。もう一時過ぎてんぞ」
ㅤ寝転んだまま、端末で動画を見ていた森崎が僕に文句を言ってくる。時間が経って、機嫌は治っているらしい。
「野暮用だよ。野暮用」
「こんな夜中までうろつく用事なんか、何があるんだ」
「夜の闇に紛れて、悪人を倒して来たとか言ったらどうする?」
「そんな訳あるか。いつの時代の手描きアニメだよ」
ㅤ何だかムカついたので、森崎の顔にクッションを投げつけてやる。なかなか上手くクリーンヒットした。
「何するんだよ! 帰ってきたと思ったらいきなり!」
「常在戦場って言葉を知らないのかよ!」
「少なくとも、こんな状況では使わねぇよ!」
ㅤお互いに枕だの何だのを投げ合う。騒ぎを聞きつけたのか、近くの部屋のチームメイトが混ざり始めて大騒ぎになる。
ㅤ騒音で目が覚めたらしい服部先輩が怒鳴り込んでくるまで、なし崩しにスタートした枕投げは続いた。
ㅤ四葉に生まれてしまった以上、正義のヒーローみたいな生き方は出来ないし、するつもりも無い。
ㅤこれから僕はどうやって生きていけば良いのか、手探りの状態は続いている。達也を殺さなくてはならない日が来るのか、来ないのか、それも分からない。
ㅤ少なくとも、平和な日々ができるだけ長くあってくれることを祈ることしか出来ないのだ。
ㅤ
ㅤ主人公の固有魔法を強くしすぎたせいで、戦闘が一辺倒になりがち。今回は頑張って捻ったけれども……。
ㅤ構想段階では完全原作沿いだったせいで、パラサイトに対抗できそうな魔法として作ったんですよね。でも、よく考えて見ればパラサイトそのものを視認できないので、ダメだったかもしれない。