【完結】お兄様スレイヤー   作:どぐう

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ㅤ気づいたらランキングに載っていました。50位台でもやっぱり嬉しい!





ダブルセブン編
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ㅤ夏休みの課題を免除されているので、最終日に泣きながら端末に向かう……という事態は避けられた。九校戦に出場したことは、思ったよりもプラスに転んだのかもしれない。

ㅤとはいえ、母親には新人戦で大活躍したことに対して、苦言を呈された。津久葉や新発田の方は高校時代にきちんと魔法力を隠していたから、特に思う所があったのだと思う。

ㅤ逆に、御当主様からは何も言われなかった。それどころか、「一条の跡取りを倒してくれば良かったのに」とまで言われる始末。無論、それを真に受けている訳ではないが。それでも、僕の目論見は予想通り当たったとも言える。

 

 

 

ㅤ中華街の一件は、「人気中華料理店でガス爆発」という内容で報道された。かなりの大嘘なのだが、十師族の絡む案件をそのまま流そうとするようなマスメディアは居なかったようだ。

ㅤしかし、火の無いところに煙は立たないという法則は、いつの時代でも通用するらしい。魔法師の仕業であるという話は、まことしやかに世間を流れていた。

 

「……確かに爆発くらいなら魔法で再現できるもんね。収束系で水素を分離したりしたらさ」

「振動魔法で発火点まで温度を上げる方法もあるね。けど、想子センサーがあるからなぁ……。普通にバレるんじゃないかな」

「そうよね……。理澄くんはどう思う?」

 

ㅤ僕はと言えば、遊園地――コンセプト色の強いテーマパークへと来ていた。九校戦で仲良くなった同じクラスの英美に誘われたからだ。流石に二人きりでは無く、同じくB組の桜小路紅葉とD組の里美スバルも一緒である。外伝のエピソードに僕が混ざる形になったわけだが、普通に楽しい休日を過ごせている。

ㅤ英美が急に迷子になってしまうというアクシデントがあったものの、何とか無事に再会できたので、今は遅めの昼食をしているところだった。

ㅤまぁ、クレープなんて食べても腹は膨れやしないのだが、ここは女性陣に合わせるのが吉だろう。

 

「想子センサーが反応しないなんてことはあり得ないからね。本当に事故だと思うけど?」

 

ㅤ実際はセンサーを切っていただけだ。それに、センサーに反応するような余剰想子なんて僕らは出していなかった。四葉の魔法師は意識的に魔法を使う際、そのようなヘマはしない。「魔法の兆候は隠せて当然」を基準として育てられているからだ。

 

「そうなのかな……? それにしては、結構色んな説が流れてるよね。一番有力なのは、大亜連合のスパイを一掃する為に、公安か何かが事故に偽装したってやつ」

「あり得る話じゃない? 昼間はともかく、夜の中華街は危なかったもの。でも、警察が入ったお陰で少しはマシになったらしいし」

 

ㅤ事実、中華街に官憲の手が入ったことで、違法入国者が一斉に入管へ収容されるという一幕はあった。今まで素知らぬふりをしていたのに、きっかけがあれば急に動き出すのだから、虫のいい話である。けれども、多くの人々にとっては安心へと繋がったことには間違いない。

 

「だよね。誰かの仕業だったとしても、戦争とかになる前に起こって良かったのかも。ガス抜きみたいになって」

「そう思っとくのが一番いいんじゃない? 分からないことを追求するよりかはさ。ヤバいのが関わってるかもしれないしね」

 

ㅤ僕は内心ホッとしながら、スバルの言葉の後を継いだ。現に四葉はヤバいやつであり、もしも知られたら口封じは必要だろう。だから、真実と違う方向に話が向かったことは都合が良かった。

 

「確かにそうね。どうする? 下手に踏み込んで、闇討ちとかされたりしたら?」

「急に襲われるなんて、ホント笑えない冗談よ……」

 

ㅤ英美がゲッソリとした顔で言う。彼女は先程そのような目に遭っていたのだから、嫌になるのも無理は無い。

 

「……そういや、ここって『ワンダーランド』なのに、何でウサギじゃないのかな?」

 

ㅤ話題を変えるように、英美が呟く。ちょうど縦縞模様の服を着たスタッフが、僕達の前を通り過ぎて行った。

 

「あのね、それだと流石に版権に引っかかっちゃうでしょ」

「んっ? もしかしてエイミィ、バニーボーイを侍らせたいとか」

「違います! もう……せっかく不思議の国だったらスタッフにも、もっとそれらしい格好させた方が良くないかなって思っただけよ」

 

ㅤ不意打ちに、ちょっと慌てて言い訳をしている。

ㅤさっき出会った筈の十三束のことでも考えるんだろうな、と思いつつ彼女を見た。しかし、僕の視線は彼女と交差した。それどころか、紅葉もスバルもこちらを見ている。

 

「……なっ、なに?」

「理澄くん、意外といけるんじゃない?」

「そうよね! 結構女顔だし」

「それにゴツくないもの。鍛えてます、って人も悪く無いけど、私あんまり好きじゃないのよね」

「分かる〜! 十文字会頭とか、司波くんとかね。筋肉!ってなるのがちょっと」

「それ、深雪に言ったら凍らされるわよ!」

 

ㅤ姦しい話し声を横で聞きながら、僕は小さくため息をついた。体質なのか、身体を鍛えても筋肉が殆どつかないのだ。

ㅤ今でこそ違うが、僕も元々は文弥と同じ女装仲間だったくらいである。昔のコードネームは「メロディ」。リズムだからメロディである。たまに津久葉家の夕歌さんなどは、「メロディちゃん」とからかい混じりに呼ぶ。酷すぎる黒歴史。泣きたくなる。

 

ㅤ現在進行形で黒歴史を生成している文弥のことは、意識から追いやった。

 

 

 

 

 

 

ㅤ人の噂も七十五日。何なら、現代ではそれよりも早い。夏休みには話題になった事件の噂も、二学期には無くなっているだろうと踏んでいた。

ㅤけれども、それはあまりにも楽観的な予測だったようだ。

 

ㅤ人間主義。

ㅤキリストの教義から分岐した亜種キリスト教を骨子として生まれた思想だ。魔法を人間にとって不自然な力と認識し、自然な力、つまり魔法を使わないで生きようと主張しているらしい。

ㅤ考えてくれるのは結構なのだが、魔法師の存在そのものを否定する為に、過激な排斥運動も行なっていることが問題となっている。宗教柄、アメリカ西海岸で発展していたが、それが日本にも飛び火した――。

 

「――いくらなんでも早すぎる。何でこうなった?」

 

ㅤそもそも、西海岸ですら活発化したのは「吸血鬼事件」から。今、パラサイトは存在していないし、今の原作時間軸であれば人間主義が活発化することはなかった筈だ。

ㅤとはいえ、周公瑾を殺されて警戒した顧傑が手を回したと考えれば、そこまでおかしくはない。問題は日本へと流れてきたスピードの速さだ。

ㅤ端末で反魔法的な書き込みを検索しながらも、僕は頭を抱えずにはいられなかった。

 

「最っ悪だ……!」

 

ㅤ以前よりもかなり悪化している。キリスト教と直接関係の無い独特の教義を持つ反魔法団体までもが、大騒ぎを始めていた。おまけに誰かがマスコミにまで手を回したのか、いくつかのめぼしいネットニュースのトップにも記事が掲載されている。

ㅤでも、僕は一つ気になることがあった。このような展開を、見たことあるような気がするのだ。

 

「……そうか。ダブルセブン編だ……」

 

ㅤ二年生の部、最初のエピソード。今までのレギュラーメンバーが進級して、二年生に上がる。それに伴い、新キャラが登場するのだ。七草の双子と、師補十八家の七宝琢磨。だから、「ダブルセブン」。

ㅤ内容としては、七草がマスコミ工作を行い、反魔法師の風潮を煽るというもの。それに対して、達也がいつも通りアクションを起こすのである。

 

 

ㅤもしも、これが七草の仕業だったとすれば。異常に速い人間主義の広まりにも、説明が十分付く。目的は恐らく、四葉なのだろう。

ㅤ八月上旬の中華街強襲は、秘密主義の四葉にしては派手なものだった。崑崙方院の他の生き残りに対する、見せしめの部分もあったからだ。

ㅤしかし、その影響は他の部分にも出てきたらしい。原作から考えると、九島も一枚くらいは噛んでいるだろう。作戦前に懸念していたことではあったが、こうも直接的だとは思わなかった。

ㅤ原作では十文字が七草に抗議をすることで、一時的に運動は止まる。多分、ここは同じように行く筈だ。十文字会頭は実質十文字家の当主であり、高校生ながら社会情勢にはかなりアンテナを広げている。決して、気づかないことは無いだろう。

 

ㅤ七草が暗躍している証拠を掻き集めること。そして、一般人に対しての、魔法師に代わる脅威を作り出すこと。目下のところはそれしかあるまい。

ㅤ本家は逆マスコミ工作に武倉を使うしかない。証拠探しは黒羽が担うことになるだろうが、分家でマスコミへのコネクションがあるのは武倉だけだ。上手く行けば、武倉は分家筆頭の家になれるかもしれない。そうなると、今は実力が上の黒羽などに対し、僕は発言力を持てるようになる。

 

「魔法師に代わる脅威か……」

 

ㅤとはいえ、急にそんなことを思いつかない訳で。簡単に考えつくなら、苦労は無い。

ㅤ一番早いのは戦争だろうが、それは悪手だろう。そのためにマテリアル・バーストを使用する展開を無理に逸らしたのだから。停戦中なだけで戦時中の括りには入るが、何も起こっていない凪の状態なのは確かだ。あんまり大きな事件が起こると、どんな風に事態が転ぶか今以上に分からない。それは避けたかった。

 

 

 

ㅤ急にノックの音が、部屋に響いた。ドアを開けると、菜子が立っていた。

 

「よろしければ、お茶にしませんか? 今日は朝からずっとお部屋にいらっしゃいましたから。少しは休まれないと」

「そうしようか。一人で考えるよりも、誰かのアイデアが必要な気もするし」

 

ㅤ端末を閉じて、僕はリビングに移動した。ソファに座って、用意がされるのを待つ。元から準備はしてあったのか、すぐにティーセットは置かれた。

ㅤ紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。お菓子は手作りのチーズケーキ。昔から僕はチーズケーキが好きだった。そう話したのを、彼女は覚えていたらしい。

 

「……魔法師と非魔法師の違いって、何なんだろうね」

 

ㅤお茶の時にする話でも無かったが、とにかく今は人の意見を聞きたかった。

 

「魔法を使えるか、使えないかなのでは?」

「それもあるよ。でも、非魔法師は魔法師を違う人種のように扱っている」

「単純に怖いからだと思います。魔法のメカニズムを知らないので、すれ違うだけで殺されると勘違いしているかもしれません」

「機密に触れない程度なら、魔法関連の書籍はいくらでも存在しているのに。魔法師だって万能じゃないのは読めば分かる筈だよ」

「人は興味の無いものを知ろうとはしませんから……」

 

ㅤティータイムというよりは愚痴大会の様相を為してきていたが、話すことで情報を纏め易くはなった。

ㅤ非魔法師に対して、魔法に興味を持たせる。この指向性で間違いない。その上で、魔法が万能であるという幻想を打ち砕く。

ㅤ元々力を隠している四葉には、そこまでダメージは無い。困るのは、他の魔法名家だ。

 

 

ㅤお茶の時間も終わり、菜子は後片付けを始めた。そうは言ってもシンクに持っていけば、後はHARが片付けてくれる。

 

「ありがとう、菜子。おかげで何となく目処が付いたよ」

「お役に立てて、何よりです」

 

ㅤ声を掛ける人物はもう決まっていた。ダブルセブンにはダブルセブン。12巻で物語を少しばかり引っ掻き回した人気女優――小和村真紀に手を貸してやろう。彼女の目標とする「新秩序」が何かは知らないが、今の情勢は彼女にとって都合の悪いものだろう。利害が一致するなら、それで良かった。

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ反魔法主義が跋扈していても、魔法を使う機会は無くならない。今日も今日とて、僕は戦闘をする羽目になっていた。

 

「見境が無くなってきたな。工作がバレたのが相当痛かったに違いない」

「十師族内の大スキャンダル……。どの家も黙って隠蔽すると踏んでいた筈。マスコミからすっぱ抜かれたことは、予想外だったんだろうな」

 

ㅤ小和村真紀は、思いの外使える駒だった。カル・ネットを通じて、魔法師擁護の報道をさせたのだ。それによって、過激な方向に走っていたマスコミを沈静化させた。おまけに、七草の工作までも公表した。参考程度に、と渡した情報なのだが、使うとは正直思っていなかった。一番過激なのは、彼女なのかもしれない。

ㅤ僕も別の方向から手を回し、「カル・ネットこそが現代のマスコミの理想形」という風潮を生み出させた。所謂、age記事である。これには、亜夜子辺りが顔をしかめているだろう。彼女はマスコミ嫌いだからだ。

ㅤ反魔法系の団体は、スポンサーの正体が七草だと知り、混乱に陥っている。「非魔法師に味方する唯一の一族」と持ち上げている人間もいるが、あまり上手くいっていない。二枚舌を嫌うのはどこの業界でも同じだ。

 

「けど、魔法師に味方した奴を殺そうとするのはなぁ……」

「七草なんてそんなものだ。昔から美味しい所だけを掠め取る。そういう奴らなんだ……」

 

ㅤ今、話している相手は、師補十八家の一つ、七宝家の一人息子――七宝琢磨だ。小和村に彼を紹介されたのだ。その時は、勘違いした琢磨によって修羅場になりかけたが、適当におだててやったら大人しくなった。ついでに、七草の件について教えてやると、面白いくらい怒りに燃え出した。単純で与し易い奴なのはいい。

 

ㅤ七草の魔法師部隊の目的は、小和村真紀の暗殺にあった。そして、僕らはそれを阻止する為に小和村の住むマンション近くで待ち構えているのだ。

ㅤ大々的に表に出れない僕にとって、琢磨の存在はかなり便利だった。十師族ではないとはいえ、七宝にはネームバリューがある。七宝家当主は慎重派と聞くが、息子が暴れれば表舞台に出ざるを得ない。七草に対して声明くらいは出すだろう。そうすれば、「七草」そのものに悪意を押し付けられる。

ㅤこれで十師族落ちしてくれれば一番いいのだが、そう簡単に事は運ぶまい。「老師」が出てきて、全てを有耶無耶にしてしまう可能性が濃厚だ。そこに関しては、僕にはどうすることもできない。

 

「……そろそろだぞ。準備はいいか?」

「当たり前だ! 俺を誰だと思っているんだ」

「次期当主様だろう? 分かってるさ」

 

ㅤ軽口を叩きながら、敵の様子を探る。噛ませ犬ランキングで一、二を争ってそうな男と共闘するのは少々心配だが、そこは僕がサポートするしかないだろう。実戦経験はあって悪いものでもない。少なくとも、2090年代では。






ㅤ九校戦からダブルセブンに飛ぶという変則的展開。今回は中々書けなかった。オリジナルも楽じゃないですね。もちろん、時期がずれただけなので、達也や深雪もまだ一年生です。

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