あんハピ♬︎ 〜ANswer to HAPPIness〜 作:綾月楓
「ま、間に合ってる……と思うわ。多分……」
目の前で広がった異様な光景に、暫く目をぱちくりさせていたヒバリだったが、先程の少女の声が自分に向けられていたものだと気づき、しどろもどろに答えた。ヒバリが頷くのを確認すると、少女は安堵した様に溜息を吐く。その息まで震えているように感じられた。
「よ、よかった……ボク、間に合わなかったら、ど、どうしようか、って……」
少女の声は語尾に向かうにつれ、まるでラジオのボリュームを絞るみたいに小さくなっていった。今しがた怪物を吹っ飛ばした少女のものとは思えない。
「グ……ゴゴゴ……」
沈黙していた怪物が再び動き出した。先の一撃は強かったものの、怪物を葬るにはパワーが足りなかったようだ。
「し、しぶとい……早く終わらせて、帰りたい、のに……」
少女はハンマーを持って構えるが、その足元は携帯のバイブレーションの如く高速で震えていた。見ている方が不安になってくる。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない、けど……ボクにしか、できない、から……」
少女は怪物に向かって、疾風の如く駆け出した。勢いそのままにハンマーを振るい、もう一度怪物の顔面へと重い一発を食らわせる。鈍い衝撃音が響き、再び怪物は後ろへと吹き飛ばされた。
「もしかして倒したの!?」
「ま、まだ……でも、次で決める――迸る『情熱』よ……ボクに、力を貸して……!」
少女が左手を掲げると、その手の先に四つ葉のクローバーを象った、巨大な紋章が現れた。それと同時に、右手に持つハンマーに光が収束する。そのあまりの眩しさに、ヒバリは手で目を覆った。
少女はその場から高く跳躍し、
「お願いだから、決まって……『バウンサー・インパクト』……ッ!」
未だ動けない怪物の胴体に、光を纏った一撃を食らわせる。怪物はそのまま真っ二つに割れると、黒い粒子になって霧散した。
「凄い……」
鳩が豆鉄砲を喰らった顔で、ヒバリは指の隙間からその光景を見つめていた。
まるで本当に夢の中の出来事のようだ。自分も女子ではあるし、そういう変身ヒロインが出てくるアニメに興味が無いと言ったのなら嘘になる。けれども、そういうものはてっきり物語の中の世界の特権だと思っていたのだ。
「は、早くこっちへ」
怪物を倒すや否や、少女が凄い速さでヒバリの元へと戻ってきた。すると、ヒバリの服の襟をむんずと掴んだ。
「えっ、いきなりどうしたのよ……?」
「は、早くしないと、結界が、消えちゃうから……人目のつかないとこに……」
ヒバリには少女の声の小ささも合わさって、何を言っているのか分からなかったが、少女の尋常じゃない冷や汗のかき方から、急いで隠れた方がいい事は理解した。
「こ、こっち……! 早く……」
「分かったから引っ張らないで! 制服が崩れちゃうから!」
少女に半分引き摺られるようにして、ヒバリは建物の物陰へと連れていかれた。不審者さながら辺りを風が鳴るようなスピードで周辺の安全を確認した少女は、その場で変身を解いた。
「あれ……あなた、その制服って」
普段の姿に戻ったであろう少女の服装は、紛れも無くヒバリが通っている天之御船学園の制服であった。
「あ……ええと、ああ……!?」
ヒバリが意外そうな瞳で見つめると、少女は『しまった』という表情になり、おびただしい量の冷や汗をかきはじめた。さっきの運動神経から考えて、もしかして先生が説明していた体育クラスの子かしら? 目を奪われるような綺麗な金髪の少女は、見ればひと目で覚えられそうだ。ヒバリが思い出してみたところ、今日の教室にはそんな子はいなかった。つまり別のクラスの人で間違いないだろう――そんな結論に至った。
「え、あ、これはその、ええと……」
目の前の少女はきょろきょろと瞳を泳がせ、ヒバリが目を合わせるのを許さない。先程も思ったが、あの大きな化け物を倒したとは考えられないほど挙動不審だ。
「……今日、ここで起こったことは、ないしょにして……! じゃ、じゃあっ」
「え、ちょっと!?」
ヒバリの制止も虚しく、少女はそれだけ言い残し、隠れていた物陰から飛び出していった。後を追おうとはしたが、全く追いつける気がしなかった。少女は既に結構離れた場所まで逃げていた。どんな逃げ足だ。
「はあ、なんなのよ、本当に……」
ヒバリはその場で頭を抱える。入学初日からこんなヘンテコな事件に巻き込まれて、身が持つ方がおかしい。はなこの今朝の行動をとんでもなく不幸だと思っていたヒバリだったが、自分も中々負けていない――いや、突飛だという点ではむしろ勝っていると考え直した。勝っていたところで、何もいいことはないのだが。いや、はなこだったら、こんな状況を珍しいとでも言って喜んだだろうか?
「……やめときましょう、ばかばかしい。あの子も黙っていてって言ったんだし、あたしがこれ以上考える必要なんて――あら?」
立ち上がり、家へと戻ろうかと思ったところで、何かがヒバリの足に当たった。六角柱の、手に収まる程度の箱でできた何か。
「これって、さっきの子の落とし物……?」
拾い上げても、特に音はしない。表面に四つ葉のクローバーのマークが描いてあり、底に小さな穴があるだけで、それ以外はなんの変哲もないただの箱だ。
「……もやもやするし、明日届けようかしらね」
ヒバリはバッグに箱をしまおうとして、そこでバッグがないことに気がついた。慌てて先程来た道を戻ると、逃げる際に落としたそれが歩道に横たわっていた。
「あ……」
――その中から転げ落ちたであろう卵も、その場でぱっかり二つに割れていた。
◆ ◆ ◆
「おはようございます、ヒバリさん。たまご……どうでしたか?」
翌日。バッグには卵ではなく謎の箱を入れたまま、ヒバリは登校した。
「おはよう。……ええ、色々あって割れちゃったのよ。こんなこと、簡単だと思っていたのに……」
「私も、昨日はなこさんと帰っている途中にですね――」
そこまで言いかけたところで、先生が教室のドアを開けて入ってきた。ぼたんはヒバリに軽く会釈し、席へと戻る。ヒバリもそのまま自分の椅子に腰掛けた。
先生は課題、と黒板に大きく書き、クラス中を見渡した。ヒバリはもしやと思い、周りを見回す。そう、卵を机の上に置いている生徒がいないのだ。ということは……そこで先生が口を開いた。
「全員、卵を割ってしまったようですね。これも想定内です♪ どんな状況で割ってしまったか、紙に書いて提出を――」
「せんせーい!」
ヒバリの右隣から、元気な声が上がった。それは彼女も考えていなかった可能性で、絶対にこの子だけは一番最初に割ってしまうだろう、それぐらいに考えていたのに。
「じゃーん!」
はなこだった。彼女は得意気な表情をして、割れていない卵を頭の上に掲げる。クラス中から驚きの声が上がり、先生もこれには驚いたという表情を浮かべた。はなこの席の周りに、クラスメートがぞろぞろと集まる。
「はなこは割れなかったの!?」
「すごいです♡」
目を丸くするヒバリと、はなこを褒めるぼたん。はなこはそんな二人を見つめ返しながら、卵をゆっくりと撫でる。
「えへへ♪ 一晩中抱いて寝てたんだぁ〜!」
そう言って、彼女がきゅっと卵を包んだ瞬間だった。
――ぱき、ぱきぱき。
「ピヨっ!」
卵を割って、中からヒヨコが出てきた。ぴょーんと勢い良く飛び出したヒヨコは、そのままはなこの頭の上へと乗っかった。
「嘘でしょ……」
ヒバリは呆然としてその光景を見つめた。か、かわいい! おでこが好きなの〜? などと言って喜び出すはなこを横目に、やっぱり一番残念なのはこの子なのかも、と思うのだった。