あんハピ♬︎ 〜ANswer to HAPPIness〜 作:綾月楓
「おかしいわ……見つからない」
同日、放課後。簡単なオリエンテーリングのみの授業は午前で終わった。ヒバリは終礼が終わるやいなや教室を後にし、一年生のフロアを歩き回っていた。まだ生徒達は教室に残っているようで、あちらこちらから話し声が聞こえてきた。手に持ったバッグの中には、昨日拾った六角柱型の箱が入っている。謎の金髪少女が身に纏っていた服装は、確かに天之御船学園の制服そのものだった。しかし彼女の姿は、ヒバリがきっといると思っていた体育クラスにもなければ、勉学クラスにさえない。こっそりクラスを覗き込むのが怪しかったのか、帰りがけの生徒からくすくす笑われる始末だ。
(……こういう視線、ほんとに嫌)
ヒバリは――本人の意思とは真逆に――周りから嘲笑されるような視線には、ある意味で慣れてしまっていた。慣れてしまったというか、慣れざるを得なかった。それは、彼女の好意を寄せる相手が、あまりにも特殊だったからで――
(ううん。バレないために、ここを選んだのもあるんだから。今度こそ、そんな風に見られないように、頑張って隠し通さないと)
頭を横に振って、ヒバリは次に打つ手を考える。体育にも勉学にもいないとなると、上の学年……? そうなると、放課後を一回費やす程度では見つからないだろう。生徒のコスプレをした変人というわけでは、恐らくないだろうし。大体、金髪碧眼なんていったら、すぐ見つかると思って捜しに来ているのに……教室のどこにもいないこと自体が、ヒバリには予想外だった。金髪のあの子を素早く見つけて、このへんてこりんな箱を渡して、昨日のことは綺麗さっぱり忘れた方がいい。彼女の本能が、そう告げている気がした。
「ヒバリちゃーん?」
「きゃあっ!? ……って、はなこね……びっくりさせないでよ。どうしたの?」
「わわっ、ごめんね! ヒバリちゃんが帰りの会終わってすぐぴゅ〜っていなくなっちゃったから、何かあったのかなぁってついてきちゃった! 今日も一緒に帰れなさそう?」
はなこはヒバリの顔をじっと見つめてくる。恥ずかしくなり、ヒバリはそっと目を逸らした。
「昨日とはまた別件なの。落とし物を返そうと思ってて、持ち主を捜してるんだけど……全然見つからないのよ」
「うーん……落とした人、この学校の生徒さんなの?」
「ええと、多分ね。制服は絶対にここのだったし、間違えようがないと思うわ」
「ん〜、もう帰っちゃったとか、今日は来てないとかなのかなあ……」
ヒバリの隣でむむっと唸っていたはなこが、そこで急に顔を上げた。光った豆電球が頭の上に見えそうな、明らかに閃いた! という表情をしている。
「そうだっ! 先生に聞いてみるのはどう!?」
「先生に……? 確かに、それは思いつかなかったわ。ありがとう、はなこ」
なるほど、生徒のことなら先生かとヒバリは思った。担任の小平先生が知らなくとも、同僚の誰かは知っているかもしれない。あんな目に遭った以上、この箱が直感的にこっそり渡すべきものだと思っていたヒバリは、無意識に一人でなんとかしようとしていた。しかし、生徒がいるかどうか聞くぐらいだったら問題ないだろう。ヒントを得られればそれでいい。
「えへへっ、どういたしまして〜!」
「それじゃあ、ごめんなさい。一緒に帰るのはまた今度でいいかしら……?」
「うん、大丈夫! 持ち主さん、見つかるといいね! きっとその子も困ってると思うしっ」
この木箱が何なのかは分からないが、ヒバリも心の中で激しくそれには同感した。あんなに挙動不審な子だったのだ、なくしものをしてあたふたと慌てている姿が、何故だかヒバリには簡単に想像できた。
「それじゃ、また明日ね、ヒバリちゃんっ!」
「ええ、また明日」
はなこに手を振って見送り、ヒバリは生徒の数がまばらになった自分の教室へと戻った。幸い、小平先生はまだ教卓でなにやら資料の整理をしている。ヒバリはこの教師のことがあまり得意ではなかったが、目的のために思い切って声をかけた。
「あの……先生? 少しいいですか?」
「あら。どうかしましたか、雲雀丘さん?」
「その、諸事情あって、金髪で蒼い目をした女の子を捜していて。一年生にそういう見た目の生徒って、いますか……?」
「……!」
ヒバリには、いつでもにっこり細目な女教師のその双眸が、ほんの一瞬だけ開かれたように感じた。だが、すぐに小平先生は普段の笑顔に戻った。
「それだけ特徴的な見た目なら、入学式の時点で目立ってもおかしくないと思うのですが……先生にも心当たりがありませんね」
「そう、ですか……」
「もしかしたら生徒ごっこをしている変態さんかもしれないですね♪」
先ほど自分が可能性に挙げたことをズバリと指摘され、ヒバリはぶるりと震え上がる。この先生、なんだか底が知れないのだ。
「それでは、先生はこれから職員会議がありますから。また明日、教室で会いましょう〜」
「あ、はい、さようなら……」
すたすたと去っていく先生を引き止めることもできず、ヒバリはこれからどうしたものかと考える。結局、謎の箱はバッグと共に自分のところにある。
「はあ……とりあえず、今日のところは帰るしかないわね」
大半の生徒が下校した今、学園に残っていても意味がない。ヒバリは人気の少なくなった廊下に出た。そうして、昇降口に差し掛かったところだった。
(……っ!?)
誰かに見られているような気がして、ヒバリは下駄箱の周囲を見渡す。生徒の姿はない。
気のせいかしら。元々他人の目線には敏感な彼女だが、周りに誰もいないのに視線を感じることはそうそうない。昨日の今日で色々なことを気にしすぎているのかもしれない、早く家に帰りたい。彼女は不気味な現象から逃げるように、急ぎ足で校門を通り過ぎた。――その時だった。
「……!」
ほんの一瞬だけ、視界がぐにゃりと捻じ曲がるような感覚があった。まるで立ちくらみでもしたかのように、風景が乱れたのだ。嫌な予感がして、ヒバリは数歩後ずさる。しかし、そこにない筈の透明な壁がまたもや彼女の退路を阻んだ。学校の方に逃げることはできない。
(さっきまではなかった壁ができてる……落ち着くのよ、あたし。二回目だし、学園にも近い。もし昨日のあの子が生徒だったら、異変に気付いてくれるはず)
手元にこの木箱がある時点で、自分もこの不可思議な現象に巻き込まれてしまった当事者だという実感が、ヒバリにはあった。昨日は突然の出来事で逃げるしかなかったが、この壁際にいれば、どこから敵が来るのかも分かるはずだ。彼女の頭は驚くほどに冴え渡っていた。
(出た……!)
ヒバリの通学路でもある橋に、その怪物は現れた。そばに数人、巻き込まれて逃げ惑う生徒が見える。昨日と同じ、ウサギのような姿をした怪物だ。それはぎこちなくその首を動かすと、ヒバリの方をじっと凝視した。目が合った。
怪物は昨日と同じく、のっそりとした動きで歩みを始める。明らかに狙いは自分だということに気付いたヒバリは、透明な壁伝いに逃走を開始した。あの速度だったら、小走りで逃げられる。後はあの子が来るまで時間を稼げばいい。しかし、さっと逃げる方向に視線を向けたヒバリは、巻き込まれている生徒の多さに絶句した。透明な壁の先に進めず、押し合いの大混乱を起こしている。当たり前だ。学園はちょうど下校時間で、通学路のど真ん中に結界が出来てしまったのだから。
(これ、もしかしなくたってピンチなんじゃない……?)
ヒバリの背中にたらりと冷や汗が垂れる。彼女があちらに逃げれば、生徒達は丸ごと巻き添えになるだろう。そう考えているうちにも、ウサギの怪物はヒバリへずんずんと距離を詰めてくる。ヒバリの足はすくんでしまった。動けない、逃げられないと思ったその時――
「スピネル・パンチマインド……っ!」
何処からともなく、聞き覚えのある声がした。ヒバリの隣から颯爽と人影が飛び出し、怪物に向かって一直線の軌跡を描く。あの金髪少女だ。
「た、たぁぁぁぁっ!」
巨大なハンマーを一振りし、少し情けない声を上げながら怪物の頭部を強打した。逃げ惑っていた生徒達は、謎の少女の登場に困惑し足を止める。
「え、あっ、人が、多い……!?」
視線は一気に少女に向けられ、ヒバリにも分かるほど少女の顔は真っ赤に染まってしまった。怪物はそれを好機と見たのか、前足を大きく振るう。
「グガァァァァッ!」
「ふぎゅ……っ!」
少女は咄嗟にガードしたものの、その威力を受けてまともに後方に吹っ飛んでしまった。ヒバリは彼女の元へと駆け寄る。
「ちょっと、大丈夫……!?」
「あ、キミは、昨日の……っ!? どうして、ここに……?」
少女は驚いて目を見開く。ヒバリはバッグの中身から木箱をそっと差し出した。
「あなたを探してたの。……これ、あなたの落とし物でしょう?」
箱を見た途端、少女は頭が取れてしまうのではと思うほどにぶんぶんと首を縦に振った。
「よ、よかった、シャッフラー……拾ってくれて、ありがとう……これでもう、先生に怒られなくて、済む……」
助かった、というような表情を浮かべ、少女はその場にへたり込んだ。
「先生ってことは、やっぱりあなたも生徒なのね……って、前っ! 前見て!」
「え、わっ、ぁぁあっ!」
「グアアアアッ!」
二人が話している間に怪物はすぐ側へと迫っていた。ヒバリは箱が壊れたらいけないと、咄嗟にまたバッグの中にしまい込んだ。少女は振り上げられた怪物の足をなんとかハンマーを構え直して受け止める。だが、あまりの衝撃に持ちこたえられそうにない。
「ぐ……っ、やっぱり、強い……! このウサギ、キミを、狙ってる……っ、キミが、きっと、すごい不幸の持ち主、だから……!」
少女の言葉に、ヒバリはどきりとして唾を飲んだ。やっぱり、あたしを狙ってるんだわ。じゃあ、この怪物はあたしの『不幸』を狙っているってこと? ヒバリには事態が飲み込めていなかったが、少女の言うように自分はきっと不幸を抱えている。自分では認めなくない、けれど――
「な、何……!?」
ヒバリが考え込むと同時に、ヒバリのバッグが急に輝き出した。違う、バッグが光っているのではない。その中身だ。あの、おみくじのような箱が光を放っている。
「その光、キミ、まさか……っ」
少女が驚きの眼差しをヒバリに向ける。押さえ込んでいたバッグの中から箱が飛び出し、ヒバリの手元へと収まった。
「ま、待って、何か凄く嫌な予感がするのだけれど……」
「振って……!」
「えっ……!?」
「その箱、振って……! ボクひとりじゃ、倒せない……キミの力を、貸して……っ」
ヒバリはもはや苦笑するしかなかった。この事は早く忘れた方がいい、そんな嫌な予感が当たってしまったのだ。なんとなく、この後の展開は読める。今の状況はどう考えても、ヒバリだってよく見ていた物語の勧誘場面で――これはもう、断りようのない運命だ。どちらにせよ、ヒバリには逃げ場がない。彼女は覚悟を決めた。
「もうっ……どうにでも、なりなさいよ……!」
半分ヤケになって、ヒバリは箱を勢いよく振るう。瞬間、眩い光が彼女を包んだ。