それは、バレンタインの夜だった。
相談したいことがあると言われて、ある少女は訝しげに母と向き合った。
「七海、深海棲艦って……知っている?」
一人の高校生、渋谷七海は母に聞かれた。
それは、運命の瞬間。なりたくもない未来を押し付けられたある少女の、物語である。
深海棲艦。誰でも知っている海の化け物。
正体は未だに不明。目的不明。
シーレーンをぶち壊し、空以外の道を絶った謎の集団。
一部じゃ幽霊だの、怨霊だのと言われているがそんなもの興味はない。
深海棲艦と戦うために海軍が日々奮闘していると言うが、一般小市民の彼女の知ったことじゃない。
勝手にやっていろという話だ。税金でも何でも好きに使え、但し巻き込むな。
そういうスタイルで生きてきた十六歳の高校生。
現役女子高生である。勿論未成年。なのに、言われてしまったのだ。
「……あなたにね、提督適性試験の知らせが届いたの。検査、受けてきて」
「嫌です」
「……そういうと思った。けど、これは義務なのよ。お願い、七海」
提督適性試験。それは、深海棲艦に対抗する人造人間、艦娘を指揮する軍人の適性試験。
人口の一割にも満たない指揮をする素質を持つ人間のあぶり出し、と七海は思っている。
そんで、素質のある人間を有無を言わせずに軍所属の軍人に仕立てあげるのだ。
いくら希少な提督適性とはいえ、拒否権すらないと聞けばうんざりする。
大体国防の名誉だとかなんとかと叫ぶ周りの頭が可笑しい。そんなもの、知ったことじゃない。
巻き込むなと言いたかった。どうせ適性なんてありゃしないと、安心していたらこの様だ。
「……珍しい。高校生という若さで、しかも女性で適性ありとは」
「そうですか。だからなんです? あたしは行きませんからね?」
「いや、これは強制なんだ。……済まない、人員不足でな。拒否権は無いんだ」
「はぁ? 今時何をほざいているんですか?」
面接を嫌々受けたらまさかの適性あり。面接官に来いと言われて速攻拒否した。
苦い顔で嫌がる彼女を見て、面接官は苦笑して聞いた。
「……何がそんなに嫌なのか聞いてもいいかな?」
「死にたくないんですよ。深海棲艦相手と言えば戦地でしょう。内地に居れば蚊帳の外でいられるのに……。あたしは一般小市民ですよ? 子供に国防任せるなど、軍人のやることですか? 正直、正気の沙汰とは思えませんね」
「……真っ当な理由だな。そして、手厳しい」
理屈は通っている。死にたくないから行かない。拒否する。当然の発想だ。
七海は高校生。しかもごく普通の国民である。
限られた情報のなかで育った感性では、ことなかれが当たり前。
当然の如く、嫌がっていた。
「名誉なんて言葉に、あたしは騙されない。死んで英雄なんて真っ平ゴメンです。あたしはまだ、十分に生きちゃ居ないんですよ。軍に人生を利用されるぐらいなら、この手で死んでやります」
「……………………ここまで強烈に嫌がる人も稀だな……」
七海は面接官に向かって吐き捨てた。
自由にならない人生ならば、いっそ自分で終わらせる。
その覚悟だってあった。誰が自分の時間を軍などに明け渡すか。
死ぬなら平和な世界で自分で死ぬ。化け物に殺されるよりは万倍マシだろう。
「あたしの人生は、あたしの物です。軍が、国民の時間を奪っていいと思っているなら、思い上がりも大概にしてください。志願した人間から探せばいいしょうに。居なければ居るまで探せって言うんですよ、クソが……」
正に慇懃無礼。丁寧な口調で毒を吐き続ける彼女の剣幕に、面接官も言葉を失う。
……彼女だって分かっている。見つかれば、あとは個人の意思など無視される。
それが法律と言うものだ。世の中がおかしいのは、前から知っている。
子供の癇癪だろうとも。だが実際子供だ。癇癪を起こして何が悪い。
「チッ……。なんであたしが、人造人間なんて化け物を指揮しなきゃならないんです。大体、素質って何ですか。機密とか言ってどうせ教えないんでしょうけど、こっちは納得などしてませんからね。従いますよ、従えばいいんでしょう。あぁ、本当に最悪……いっそこの国滅びませんかね……」
酷い悪態を吐き捨てて、面接官に散々文句を言って、立ち上がる。
わざわざ遠い場所まで来てこれだ。学校は休学、友人とは離ればなれ。
彼女は全部失ったのに、代価は何もない。
「一応、ご両親には提督の仕事に移行する際に、支払いが発生している。無論、ただとはいわない。それなりの高額な金額が、君の人生に支払われているハズだ」
「最低限でしょう、そんなもの。金すらけちっていたらそれこそぶち殺しますよ海軍。子供だと思って舐め腐って……」
独り言を言いながら、七海はそのまま帰っていく。
連絡は通達されるだろう。家に帰ると、母に心底同情された。
そして、なにも出来ずにゴメンと謝られた。
「……一度決まれば、死にでもしない限りは覆ることはないんですって。あなたを死地に送り出すなんて……嫌だけど、今の世界じゃ、これが当たり前だから」
「いいんですよ、お母さん。気にしないでください。これも人生最後の親孝行だと思います。今までお世話になりました」
「……笑えない冗談だから、尚更辛いわ」
「生きて帰れる保証なんてないですから。言えるときに言おうと思って」
無力を痛感する母に、七海は諦めた。どうせ無駄なのだ。国に個人は逆らえない。
言われた通りに使役されるだけ。頭では冷静に受け止めていた。
母に言えるときに、感謝と親孝行をして置きたいと思う。
嫌だけど、行くしかない。母に感謝しながら、その日は眠った。
……数日経過した頃。海軍の関係者と名乗る黒服たちが自宅に現れた。
この数日で、七海は学校を休学扱いで休んでいる。無期限だ。
友人たちには栄誉ある人間になれて良かった、頑張れと応援されて落ち込んだ。
誰も、七海を引き留めてくれなかった。皆送り出す方だった。
(世の中がおかしい……きっと、そうに違いない……)
嗚呼、こんな世界嫌だ。死にたくないのに、未練があるのに戦場に放り込まれる。
死にたくないのに、指揮をしろと命令される。行きたくない。死にたくない。
とぼとぼ荷物をもって、彼女はその日、人生を諦めた。
なりたくもない、提督などという役職に、就かされて。
台無しにされた人生を、無理矢理生かされる人形となったのだから……。
一ヶ月ほどは、訓練をするための学校に放り込まれた。
そこでは、主に大人が候補生として、日々学んでいた。
大抵が男性で、一部女性。だが、高校生の適性は七海一人で、最年少だった。
軍属になってようやく明かされる適性の中身。
それは……。
「こんにちは、候補生の皆さん。工厰の妖精代表としてきました!」
妖精とか言うファンタジーそのものの謎の小人がいた。
手のひらに乗るほどの小人。流暢な言葉で名乗り、適性とは妖精が見える事を言うらしい。
普通の人間には妖精は見えないし、艦娘という連中とも意思疎通がとれないと聞いた。
授業のように座って学ぶなか、七海は。
「…………」
興味もなさそうに、昼寝をしていた。
妖精さんと呼ぶらしい彼らが注意しても。
「喧しい珍獣。イナゴの佃煮みたいにしますよ」
なんと命知らずにも逆に脅して、戦慄させる始末だった。
あまりの態度に、上の人……要は、上官と名乗る男性に叱られた。
「貴様、妖精さんになんて事を言うのだ!! 謝罪しろ!!」
「お断りします上官殿。失礼ですが、あたしはやりたくてやっている訳じゃありませんし、軍に従うつもりも更々ありません」
鬼と影で言われる程の恐ろしい男に怒鳴られているのに、七海は萎縮すらしない。
逆に言い返した。周りの候補生が唖然としていた。あの鬼に真っ向から反抗している。
「何だと!? 貴様何様のつもりだ!? 追い出されたいのか!!」
「お子さまですが? 何度でも言います、あたしはただの学生だった人間です。それを無理矢理仕立てあげたのはそちらでしょう? 軍に入れば言うことを聞くとでも? どうぞ、お気に入らないのでしたら独房でも何でも入れてくれてください。何ならクビでも構いません。というか、クビにしてください。こんな問題を起こす人間を抱えるのは嫌ですよね、上官殿」
「き、貴様ァ……!!」
名誉ある候補生の立場を失いたい彼女には脅しが通じない。
男性は暴力を禁じられているゆえに何も出来ずに、逆に怯んだ。
コッソリと調べておいて良かった。
あまりにも言動が酷いものは、違約金を支払い問題ありと判断され、放り出される。
知った情報に関しては、候補生の状態なら数年監視がつくだけですむ。
違約金も、受け取った同額を支払えばいいと聞いて、母が手付かずで貯金してある。
つまりは、何時でも逃げ出せる。立場などどうでもいい七海は無敵であった。
「……わ、私に歯向かえば独房入りになるのだぞ!? 良いのか!?」
「承知しているといったはずです。こんな珍獣を見るよりは独房で過ごした方が有意義でしょう。勉強はしますよ。一人の方が集中できます。そこの喋る佃煮の素など、向き合いたくもない」
けんもほろろ。辞めたい彼女は結局、丸一日独房に放り込まれたが、全く反省していない。
それどころか、より反抗的になっていった。
で、定期的に行われる試験も、暇潰しに落書きしている時点でまるでやる気なし。
このまま順調に行けば、候補生で辞められる。その、筈だったのに……。
彼女の計算は見事に狂うことになる。
補欠以下だった彼女も、何故か提督にされてしまった。
「なんであたしが……」
候補生としては最下位。やる気もないのに、人員不足で結局逃げられず。
いわく、候補生の二名が交通事故で死亡、難病を発症して長期入院、しかも退院の目処なしという悲劇が襲った。
で、落第していた彼女が、急遽空いた穴を埋めるように命じられた。
このまま行けば逃げられたのに、と移動中項垂れる。
候補生の中では悪名が轟いていた。あだ名が『命知らずの女子高生』。
後に知ったが、上官に飽きたらず、妖精さんには悪態をつく、勉強こそするが、試験は不真面目。
説教されようが、独房に放り込まれようが改心せず、という徹頭徹尾の態度が一部には受けていた。
なので、一部の友人ができた。上官の悪口で仲良くなった、悪友的な人間が居たのが幸いだった。
彼らも提督になったらしい。ドンマイ、と本音を知る彼らには慰められた。
「はぁ、不幸……」
連れていかれたのは、大きな新品の建物。
鎮守府と書かれた、軍属の設備だった。
常駐する憲兵に挨拶。悪名高い候補生が新人として配属されたと聞いて、嫌そうな顔をした。
(嫌なのは此方だって言うんですよ)
仕方なく来ている。こんな場所居たいとすら思わない。
化け物の指揮をするなんて考えただけでゾッとする。
艦娘というものを知らない一般人ゆえ、どんな色物が出てくるのか想像できなかった。
言われた通り、道中知らされた道順を進む。
広い建物のなかは後で艦娘が配備されるらしい。
人間は憲兵除いて自分一人。普通が恋しい、閉鎖空間。
なんか、初期艦娘がどうとかいって選べと言われて、あまった奴でいいといった覚えがある。
どんな怪物が出てくるのかと思いながら、ソイツは既にいると聞いていた。
基本的な知識は一応ある。あとはまあ、何とかする。もうここまできたら仕方ない。
嫌々、執務室と書かれたプレートを下げられた部屋に入る。
……すると。
「……へっ?」
「はわっ!?」
「……えっ?」
……見慣れない女の子三人が、なんか着替えていた。
彼女を見て、着替えたまま停止した。
七海は目を細めた。誰だこいつら? 初期艦は一人じゃないのか?
まさかの着替え中に鉢合わせ。
そんな感じで彼女たち、五月雨、電、吹雪との出会いは、割と最悪だった。……。