理解できない。
何故だ。何故わかっていると言うのに逆恨みをする。
異論がないと言いながら殴りかかろうとする。
言行の不一致だ。何なのだ吹雪は。
響は気持ちを分かってくれないと文句を言う。
分かろうと努力しているだろう。
行動で示しているのに、まだ分からないのか。
奴らが救いがたいバカなのか、理解する気がないのかどっちだこの場合は。
あるいは、単純に嫌われているだけか。
大体、逆恨みを理解してどうする。
理不尽極まりないガキの癇癪じゃあるまいに。
理解しているなら感情ぐらい抑え込め。本当に迷惑だ。
由良は由良で、違うことで怒り出す。
正しいことは指摘しなければ改善しない。
言うからこそ意味があるのに。
正しければ、何を言っても良い訳じゃない?
バカな。正しくなければそもそも言わない。
それとも何か? 間違いを放置したまま黙っていろと?
ふざけるな。間違いの指摘は提督の義務だ。
そんなこと、考えるまでもない。
逆恨みを止めろと言うその言葉の何が間違っている?
本当に、感情論ばかりで嫌になる。
全員子供か。喚けば相手に勝てると思い上がって。
提督として、少しお灸が必要なのは向こうの方だ。
「……あたしがどれだけ努力したって、連中が死にたがったり、恐怖を求めるから無駄になった。もういい。そこまであたしが気に入らないなら、実力で叩き込んでやる。あいつら全員殺してやる。演習ならどうせ死なないから、加減なんてしない」
七海は余りの剣幕に本当に激怒していた。
言葉で如何に教えても、行動で如何に示しても理解しないなら物理で教えるしかない。
今の七海は戦える。こっちが歩み寄ろうとしているのに、逃げ出した挙げ句文句しか言わないバカは躾をしないと。
「島村提督のようにしてやりましょうか」
あの人のように、もう言うことを聞かないなら、あいつらは例外で物扱いでいい気がする。
物品扱いの方が余程気楽だ。人間として見る理由が消えた。
ここは軍隊だ。上官に噛みつく艦娘など必要ない。解体、とまで言い出していた。
「七海、早まらないの。あんた、何時もの冷静さはどこに消えたの?」
「…………」
五十鈴が止めろと静止して、漸く止まる。
七海とて、何度も頭がおかしいと言われれば腹が立つし、我慢できなくなる。
しかも相手は感情論丸出しで、七海の感覚で理解できる範疇を超えている。
感情を理解するのは分かるが、あれはしなくていい部類だと思う。
「五十鈴は、向こうに付かないんですね。意外でした」
以前は同じように責めただろうに、五十鈴は迷わず七海に味方した。
七海が、執務室で日程を怒りで歯軋りしながら決めている夜。
一緒にいる五人のなか、五十鈴に聞いた。
五十鈴は七海の気持ちは分かっていると説明した。
「あの言葉に嘘はなかった。それを知ってて吹雪についたら、単なる裏切りよ。五十鈴はなんだかんだ、七海の気持ちが少しは分かるから。喧嘩しているのは伊達じゃないわ」
と、件の対立を一番冷静に見ているのは五十鈴だった。
七海は完全にお冠だし、吹雪はあれだし……。
今回は、五十鈴がでしゃばるしかない。
ため息をついて、七海を宥めることにした。
このまま行けば、怒りに任せて島村というクソ野郎の二の舞になりかねない。
落ち着かせないと、話は進まない。
気を利かせて、如月が飲むものを持ってきてくれた。
七海はコーヒーを片手に、日程を組んでいる。
演習はやる。近海で、しかも従来型の七海を相手に。
規格外の仲間入りの七海を相手取るとは、それこそ命知らずにも程がある。
七海は大体、大本営で最強の従来型、大和元帥の手解きを受けている。
この時点で戦いには慣れている。勝ち目はないと、五十鈴は思う。
此方には現在練度一位と二位が混じり、一人は枠外の艦娘。
響は何を考え仕掛けたのかは見えないが、その場で殺しあうのを避ける方便か、あるいは。
(そろそろ七海に教えてあげないと。努力の方向音痴だからね……)
教えるためか。この期に及んでまだ自覚できないおバカさんに。
何を周りが求めているか、を。
「……へえ。確かに一番喧嘩はしてますが、あたしの事を分かるとは、大きく出ましたね」
試す様に、表情が薄い七海は言った。
五十鈴の言うことを信じていない証拠だ。故に説明した。
「どうせ、あんたの事だから、吹雪に関しては訳がわからないって思ってる。どう考えても子供の癇癪で、バカじゃないかって。一番キレてるの吹雪でしょ。で、響はまだ此方を分かってくれないって怒ったから努力してるのに、っていう一種の逆ギレ。で、由良は……間違ってないのに何が悪いってムカついている。合ってる?」
スラスラ出てくる心情に、驚愕したのか深紅の瞳を大きく見開く。
そんなバカな、という表情だった。
「なんで分かるんですか……? しかも大体あってる」
「一番喧嘩してるのは伊達じゃないって、言ったでしょうに。対立しているからこそ、相手の感情を汲み取るの」
「……さっぱりわかりません」
だろうな、と思う。
七海の弱点とも言える、コミュニケーションにおける欠点だから。
どうも自分の中の理屈だけで判断して、外部の言葉に対してのアクションが薄い。
しかもその自分の中の理屈というのは、そこそこ周りにも筋が通っているから性質が悪い。
要は確かにそうだ、と言わせるような事をそれっぽく言うのだ。
で、七海は自分の判断が間違っているとは思わないらしい。
周りの話をあまり聞いておらず、自分の判断のみを優先しているからだろうと五十鈴は考えた。
傍から見ると、七海は自己解釈が大半だ。客観的に確かに見ていることもある。
が、結局は自分の理屈のみを先に出すので、周りの理屈は後回し。
ハッキリ言おう。
七海は自分勝手かつ、周囲に対する興味がない。
努力は確かにしているのだろう。それは見ていてわかる。
だが、それは何のためだ? 恐らくは仕事のため、と言うだろう。
七海の根本を改めて見つめると出てくる回答。
全部、義務である仕事のためでしかない。
そして七海は、仕事をしたくてしている訳じゃない。
割り切ってやっているだけ。強いて言うなら、興味など微塵もない。
だから、必要なラインを設定して、それ以上は知ろうとしない。
必要ないから。無くても困らないから、割愛する。
……性格の問題だろうか。
七海は興味のないことは、最低限しか行わない。
故に彼女の努力は、最低限の中で曲解したまま進み、結果艦娘になっていた。
知るためだ、と言うが逆に言えば提督のままじゃどうせ理解できないという妥協。
手っ取り早く艦娘になればいいという結論。
努力の方向を間違えている方向音痴。
不器用を通り越して迷走しているのだ、この提督は。
響は方法が悪い。七海は言ってもまず、落ち着かせないと興奮して直ぐにキレる。
冷静に見えてただの激情家の七海は、特に沸点が低いので、挑発すれば対話が成立しない。
そこを響は分かってない。半端に彼女も七海の扱いを知るから、派手に対立する。
こういう場合の七海との会話の仕方を、喧嘩による失敗から学んだ五十鈴は知っている。
先ずは、彼女の味方をして、隣から教えること。
そうすれば、この小生意気な提督は話を聞くだけ聞こうとする。
前から教えても、生意気で反抗的な小娘には通用しない。
子供の扱い方が、五十鈴は慣れてきていた。
由良も分かっているだろうに、普段甘いので怒ると対立を選ぶ。
こう言うときこそ、隣に立って優しく教えれば、問題なかっただろうに。
由良も響と同じ。半端に知るが故、扱いを間違える。
七海に足りないのは周りへの興味。
それこそ、如月が良い例だ。
現在一番七海に甘やかされているのは彼女だ。
イムヤも何だかんだ近寄っているので良くして貰っている。
如月は甘えまくるから、数少ない七海からの贈り物も貰えるし、イムヤも頼っているから七海も応えようとする。
七海を知ろうとして、如月は寄っていく。
イムヤは応えようして、向き合っている。
だから、七海とは揉めることが少ない。
つまりは、七海に対しての興味が、周囲もない。
こういう女だ、そう決めつけているせいで。
なんという悪循環。努力を迷いながら走る彼女と、もう嫌な人と思っているかもしれない周囲。
(救いがないわね……。誰かが、架け橋にならないと)
これ以上は泥沼の平行線。
互いに繋げる誰かがいないと、延々と対立する。
重巡や軽巡はまだいい。メンタルに余裕があるから、五十鈴がこれからカバーしていけば。
問題は駆逐艦、潜水艦、飛鷹除く空母二名に戦艦二名。
手遅れの可能性を否定できない。
緩衝材を誰かがやるしかない。
五十鈴が、それが一番できると思う。
何せ、真っ先に七海と喧嘩をしたのは五十鈴だ。
互いの気持ちは分かる。先ずは、七海から説得しよう。
順を追っていけば、彼女だって頭で処理できるはずだ。
「七海は、何で由良が怒ったか、分かってるの?」
「知りませんよ。何がいけないんですか。あたしは間違ってないです」
そう。今回は別に七海は間違ってない。
吹雪との対立が発端であり、吹雪もそれは自分が悪いと自覚している。
周囲が騒ぎ立てて大事にしているだけ。
言えば、七海はバカではない。納得はするだろう。
「そう。あんたは、間違ってないわ。由良が怒ったのは、あんたの言い方」
「……は?」
本気で分からないようで、不愉快そうに見上げる七海。
いつも慇懃無礼で、無遠慮な七海の言葉。
ストレートに吐き出す言葉は、殆ど武器と変わらない。
性分だろうが、指摘せねば。
「だから、あんたが口悪すぎるって言ってるの。大体、七海だって正しくても言われりゃ怒るじゃない。この貧乳」
「ぶっ殺しますよ!?」
ほら、怒った。気にしている体型の事を言われると七海は瞬間的に噛みつく。
ここを使えば理解できるだろう。何故なら五十鈴のほうが乳はデカイから。
わざと見せつける山脈を見て唸る七海。
「あら、五十鈴は嘘を言った? どうなの?」
「…………」
こういう風に言えば、七海は自覚しただろう。
彼女風に言うなら、自分が言われて嫌なことは、他人にも言うな、という理屈。
悔しそうに、由良の言った意味を自覚して、睨み付ける。
「分かった? 由良の怒った理由」
「……ええ。でも、あの場合は仕方ない気がしますが……」
そう。あの場合は仕方ない。それも事実だ。
だから、次は響の事を語る。
「じゃあ、次は響よ。彼女はね、相手の感情を逆撫でする七海の態度に怒ったの。あんた、他の子に無関心すぎ。相手がどう思っているか、知る気はあるけど、興味はないでしょ? 提督のお仕事に必要だと思うから、今まで行動してきたんだもんね?」
「……いけないんですか?」
七海はやはり、指摘されて否定しないのでその通りなのだろう。
疑問を浮かべている。
義務のための努力、大いに結構。五十鈴は前提として、そう言った。
その上で続ける。
「義務だと思うから、必要な部分だけしか知ろうとしない。七海、皆はあんたが思っている以上に、あんたを見ているの。興味があるの。渋谷七海っていう、人間に。けどあんたは、今も自分を明かさない。五十鈴はあんたの過去を全く知らないし、あんたの提督以外の部分も知らない。だって七海は見せないから。理屈や損得勘定で動いている七海からすれば当たり前でしょうけど、周囲はそれが異常なの。自分が接している相手に、あんたは常に無関心。無関心なくせに、知ろうとして、努力するのは良いけど、全員が五十鈴や如月みたいな相手じゃない。努力が空回りして相手に伝わらない。あんたは理解が足りないんじゃないわ。それ以前。興味が足りないのよ」
「…………他人への関心?」
「そ。足りないのは、配慮とか気遣いよりも前。あんたは誰にも興味を示さない。それが全ての原因」
核心をつく言葉に、七海に衝撃が走った。
訳のわからない周囲への完璧な解答を貰った気がした。
自分では当たり前の損得勘定、理屈での判断。
道理で分からないわけだ。凄く、五十鈴の言葉に頷けた。
知ろうとしていても、前提が興味のない物には最低限の七海からすれば、当然の結論。
皆に興味がないのだ。その通りだった。
他人への関心が昔から皆無の七海が、他人をわかるはずがない。
仕事だから始めたことであり、嫌々やってればそれじゃぶつかるはずだ。
自分は周りなどどうでもいい。何の得にもなりやしない。
この、『どうでもいい』という部分こそが、全ての根元であった。
同時に思う。
「既に詰みなのですが!?」
七海は思わず叫んだ。
こればかりは、七海の性格だ。
分かるために自分を変えろという難題を出されている。
しかも、艦娘としてじゃない。精神的な意味で。
ぶっちゃけよう。……無理だ。
「でしょうね。性格の相性ってのは、何処でもあるし。……無理して変えなくてもいいわ。取り敢えず、七海は先ず自覚すること。皆に対しての関心の薄さ。もう少し周りを気にしなさい」
ぽんぽん、と頭を撫でて五十鈴はそれだけでいいと優しく笑って告げた。
急に変えると言うのは誰でも無理だ。16年も七海はそれで生きている。
機械じゃないのだ。突然全部変化したら、誰でも戸惑う。
今は、自覚させて改めさせればいい。
少なくとも、自分の性格の問題だと分かっていれば振る舞いにも気を使う。
「む……。そうですか?」
「そーよ。いい? 五十鈴や如月、イムヤみたいな子は少数よ。あんたは変人奇人だって、自覚なさい。今回だって、五月雨はあくまで七海の行動を支持するんであって、本人に味方する訳じゃないみたいだし。睦月は単純に恩返しみたいだし」
黙って聞いていた皆に聞くと、首肯して五月雨は言った。
「正直いうと、七海ちゃんのことは、わたしは分からない。これでも正式な初期艦だけど、ごめんなさい。今回は保留にしておく。今は一連の良し悪しの前に、吹雪ちゃんの行動がおかしいと思ったから、七海ちゃんを手伝うだけ」
と言って、味方する訳ではないとハッキリ告げる。
七海の性格なら言い切った方がいいと思ったらしい。
睦月は逆に言うのだ。
「悪いとか良いとか、あんまり七海ちゃんの場合は関係なさそうって言うか、睦月には基準がよく分からないのね。七海ちゃんはすぐ小難しい事言い出して、話聞いてくれないし。困っちゃうにゃし」
と、本当に困っているようにやんわり苦情を言った。
七海は分かったとだけ言って、振る舞いには気を遣うと謝った。
自覚すれば改善もする。七海の美点は、ここだと五十鈴は思う。
「吹雪の八つ当たりも、分からなくは無いけど。でも、殺意を抱くのはやり過ぎじゃない」
七海は聞けば、姉妹は居ないそうだ。ならば、長女の苦悩や葛藤を言ってもダメだろう。
実感の湧かない感情を言っても、七海には届くまい。姉妹のいる五十鈴は何となく察するが。
「きっと、普段のあたしの行いの印象のせいでしょうね」
早くも自分の原因の一端だと反省していた。
こうすればいいのだ。少し、事態は好転した。
少なくとも、七海は既にやることを見ている。
即ち、二人に対する謝罪である。ごめんなさいと言うべきだと、分かっている。
「演習の前にでも、由良と響には謝っておきましょう」
皆はそれがいいというのでそうする。
けど、演習は続ける。吹雪が、我慢できないと思うのだ。
好きなだけならば、戦おう。
鬱憤溜めるよりも殴りあってスッキリした方がいい。
兎に角、今は演習の準備に入る。
最後の難関は、感情をもて余す吹雪なのだから……。