初陣の演習。夕立は早速二名を脱落させた。
スタンドプレーは控えるべく、これ以上の追撃はしなかった。
規格外の夕立に、暁は完全にパニックに陥っていた。
そう言えば初めて戦う現場を見た。今までは執務室で無線を聴いていただけ。
見るのは初めてで、実際報告だけの状況と見比べる。
(由良……あなた、身内贔屓してましたね?)
見てわかる。由良のやつ、報告を水増し修正しているようだ。
なんだこの様は。少し脅かしただけで、暁は発狂したように無駄に砲撃を続けている。
由良も由良で、吹雪と響の二名と共に囲って撃ちまくる。
夕立は軽く包囲をされても回避する。雑だと思う。
人数の有利もあるのに、フェイントも混ぜずに素直に狙いすぎる。
だから素人の夕立にも回避できる。適当に避ければ大体当たらない。
戦術を任せたらこれか。冷静さを失って、由良、暁、吹雪は手数で押しきろうとする。
落ち着いて対処すればいい。何のための数の有利だ。
(酷いものですね……)
視点を七海に戻して見つめる。
魚雷を放つ。跳び跳ねて回避。
海中の魚雷が当たらないのは、一見すれば分かるだろうに。
事実、五十鈴はそれを踏まえて突撃させている。
なんで姉妹の由良にはそれが分からない?
同じぐらいの経験はしているだろう。なのに、由良は余裕がない。
響だけは、控えめに、そして先読みするように放っている。
先に着地地点を読んだのか、何度か危ない場面もある。
……提督として、この有り様はちょっと看過できない。
「由良。一度演習を停止なさい。提督として、言いたいことがあります」
通信で由良に言った。一時停止。由良の指示で、一度止める。
審判の古鷹にも一報を入れて停止させる。
五十鈴に説教するからその場で待ってろと命じて、夕立から七海に戻り、お説教開始。
「由良。確か、あなたの報告では、暁はもう少し余裕のある対処ができると聞きました。……何ですかこの様は?」
提督として、実際に相手をしてわかる、統率が取れていない現状。
由良は素直に謝罪する。暁は漸く落ち着いて、こっちを見ていた。
「暁。……何処を狙っているんですか。あたしには、かするどころか届いてさえいません。威嚇にすらならない攻撃は資材の無駄と、教えたはずですが?」
「あ、ぅ……」
厳しい言葉に、俯く暁。
七海は一切加減せずに指摘していく。
「捉えられないなら、追いかけるか先読みしなさい。分からないなら皆を頼りなさい。同じ艦隊の中で情報の共有はしろと言ったはずなのに、取れてませんね? これでもあたしは加減しているんですよ? 反撃してしまえば、皆さん既に全滅していますし。加速だって初手以外はあげてません。なのに、派手に動いているだけの的にパニクって、無駄に攻撃を繰り返す……。通じない攻撃は諦めて、他の手段を模索するなりするならまだしも、愚直に繰り返すとは何事ですか。由良、これは旗艦であるあなたの責任です。次にこの無様なやり方を繰り返した場合、あたしが吹雪以外を全滅させて終わらせます」
吹雪以外。彼女とは、真っ向から戦うので別枠。
本人が睨んでくるが、由良は黙って首を振る。
七海の指摘は間違ってないし、今回は言葉を選んだ柔らかい言い方をしている。
普段なら、もっと辛辣に暁を糾弾するし、由良に対してもキレるような態度で迫る。
落ち着いたいつも通りのトーンで言うだけ、七海の態度も緩和されていた。
「……暁。良いですか。次は、あたしの情報を与えます。響のやり方を意識して、真似てみなさい」
意外な事を言い出した。
なんと七海が、怒るだけではなく、改善の方法まで教え始めた。
丁寧に自分の方法を噛み砕いて教えて、響のようにやってみろとアドバイスしている。
「響。……狙いは、上手です。良い先読みの仕方ですが、もう少し早めなら、当たるかもしれません。頑張って。あと、忘れないでください。今のあたしはこれでも遅くやっています。やろうと思えば、さっきの雷のように一瞬あれば距離を縮めることも可能です。それじゃ演習になりませんので、どうすれば倒せるか、しっかり落ち着いて、考えてみてください」
何より、七海は面と向かって褒めた。
絶対に褒めずに遠回しに言っていた彼女が初めて、人前で褒めてくれた。
応援もしてくれる。無表情のままだが、優しく説明してくれた。
目を丸くする響をおいて、由良にも言った。
「由良は先ず、予想外の対処が遅すぎます。旗艦でしょ? 皆の頼れる相手はあなたなんです。冷静にならないといけません。先ずは、出方を見なさい。砲撃は構いませんが、無闇に撃つのではなく、様子を見るなどして次に活かさないとダメです。物量で圧倒するなどしないように。皆がそれに対応できませんので。あと、倒しても我が鎮守府の資材が溶けたら、怒りますよ」
軽口を交えながら、七海は由良にも穏やかに言っていた。
……成る程。五十鈴の言う通り、隣で言えばこんな風に七海は反省して態度を改める。
由良は安易に怒り、七海を刺激した。だから、反発してこうなったのだ。
基本的に面倒くさい性格の七海には、根気がいるのだと言われた。
大人として、というか意識は妹を見る姉のような気分でやれと。
こうは言うが、普段の七海に付き合うなら姉ポジを目指せと。
そうすれば、接するのも幾分楽になる。世話のかかる妹がいると思えばいい。
由良は了解した。今回は自分の失敗を活かしていかないといけない。
頷いて意識すると確認して。
渦中の、吹雪に七海は向き直る。
依然として睨む吹雪には、七海は敢えてこう、言った。
「一番大雑把なのは、誰か言うまでもないですよね?」
「……でしょうね。私です」
「ええ。先走る攻撃が、焦りすら見せるからか、明後日の方向に飛んでました」
七海は至って平穏なまま、吹雪に言う。
黙って俯く吹雪。
吹雪も自覚しており、勝てないと分かっていても、倒したい、殺したいという感情が手元を狂わせる。
折角狙っても、憎しみが手先を惑わして見当違いに飛んでいった。
狙っているのに当たらない。動いて居なくても、あの有り様じゃ当たらないだろう。
尤もな言葉に、吹雪は言い返さない。
焦っている。否定はしない。自分でももて余す感情に振り回されて、こんな大事になった。
増幅した気持ちを晴らせるか、と聞かれると分からない。
演習で、実弾を七海に向けて当てたとき、果たして吹雪は満たされるのだろうか?
そのあとは? 恨みがそれで抹消されるのか?
本来は信じるべき司令官相手に、自分は何をしているんだ。
こんなワガママで、事故だった件を引き摺って、七海を巻き込んで。
どうすれば解決する。それすら、分からない。自分でも、何も。
「……あなたが望むなら、転属も考えます。いいんです、あたしを無理して信じなくても」
七海は、また予想外の事を言い出した。
顔をあげると、七海は苦笑していた。
「知ってますか? 人間社会じゃ、対人関係で仕事を辞めるなんて珍しくもありません。嫌なやつと毎日仕事をしていると、身体を壊しますよ吹雪。無理をしないで言ってください」
嫌いなら嫌いでいい。無理もしないでいい。
いっそ、逃げてしまっても誰も責めない。
そう、七海は言っていた。
「司令官……?」
「構いません。あたしが悪いと思うなら、それでも。あたしを恨んでも良いですし、憎んでも良いです。この戦いを終わらせて、出ていきたいと言うなら手配します。その前にお返しがしたいなら受けてたちます。自分でも分からないのなら……一緒にいるべきじゃないと、あたしは判断します。互いに苦しむだけですし」
この問題の根っこは解決は出来ないだろうと、七海は思う。
どちらかが譲歩しない限り、延々と恨み続けてしまう。
そんな辛い苦しみは、避けるべき。
七海は辞められない立場ゆえ、吹雪を追い出す形になりそうだ、と謝った。
「戦場ですもの。司令官を信じられないと、あなたも死ぬかもしれません。あたしは死なせないと誓っている以上、此のままでは埒があかないと思います。立ち去っても、あたしは文句を言えないので。吹雪があたしに愛想を尽かしてもおかしくはないですし。正直に言ってください」
「…………」
分からないから、逃げてもいい。去りたければ、去ればいい。
信用できない人間に仕える必要はないと、七海は断言した。
吹雪は思案する。自分でももて余す憎しみ。
ここにこのままいれば、本当に七海を殺しかねない気がした。
気付いたのだ。一回ブッ飛ばしたぐらいじゃ、やはり許せない。
理不尽だろうが、一度過熱した憎しみは、このまま戦い、仮に勝利しても。
満たされるどころか、味を覚えて七海の命その物を狙い出す。
そんな予感がした。要は、吹雪は、七海をそこまで、逆恨みしている。
理屈も、理由も、全部関係ない。憎いのだ。自分でも律する自信がないくらい。
そして。七海は、軍規に反して襲えば、多分迷わず殺す。
今の七海は艦娘だ。吹雪のアドバンテージは消えている。
陸でも、襲いかかれば……この人は生きるために殺るだろう。
今度は、自分を守るために。
一度実行した七海ならば、間違いなく、行う。
聞いてみた。仮に、吹雪が襲いかかったらどうするか。
七海は案の定こう言った。
「死なない程度に半殺しにしてからつき出すか、あるいは本当にもう一度、繰り返してしまうかもしれません」
彼女も自信がない。自分のために、相手を殺しても誰だって糾弾できないと吹雪も思う。
やはり。憎しみを抱き続けて、寝首をかこうとしている艦娘は、自分のためにもいない方がいい。
七海は襲えば殺すだろう。吹雪だって死にたくない。
でも、我慢できない憎悪はどうすればいい。
一番平穏で平和な答えは……離れて、時が癒すまで、会わないことだろう。
分かった。吹雪は、初対面の時から、七海が大嫌いだ。
信用できないし、したくないし、一緒にいるのも嫌だし、指示を聞くのも嫌悪を抱く。
一緒にいるべきじゃない。嫌いなやつに従う必要はない。
「……そうですか。なら、お言葉に甘えて、そうさせていただきます」
ふぅ、とため息をついて、吹雪は言った。
漸く見つけた、妥協できる互いの範囲。
もう演習はいらない、と七海に言った。折り合いは自分の中でついた。
「もう、良いです。私、此処から出ていきたいと思います。司令官の顔をみたくありません」
正直に言えと言うので、言葉で溜め込んでいた毒を吐き出す。
本人が、好きなだけ罵倒しろと言うので思いっきり言いたい放題、数分に渡って罵り続けた。
ありったけの嫌悪感を込めて、最後に纏める。
「頭がおかしいんですよ貴女は。医者に見てもらった方が軍のためです。よく今まで平然と暮らせましたね」
「よく言われます」
「言われるなら医者に行ってください。そして、二度と出てこないでください。私の妹のような犠牲者をまた出したら……私は、我慢できるか自分でも分かりません」
「…………保証出来かねます」
思っていた事を全部ぶつけた。
一方的な憎しみや悪意に、周囲は逆に吹雪に対しての印象が悪くなっているだろう。
だが、逆に聞く。姉妹を不可抗力で殺された人間の痛みや苦しみが誰か一人でも分かるのか、と。
吐き捨てる感情に、多少はスッキリした。
吹雪は最後に、ワガママに等しいバカを言ったことと、この騒ぎに対しては、謝罪した。
「でも、他は謝りません。絶対に、何を言われようとも」
根本は謝らない。決して、彼女には。
吹雪はこれだけは、どうしても無理だった。
「そうですか。じゃ、後は適当に演習して止めましょう。さ、再開しますよ」
七海は了解した。吹雪は、この演習が終われば、速やかに転属する。
七海には愛想を尽かした。もう、付き合っていられない。
頭がおかしい人間になど、自分の命を託す気はない。
諸とも死なれるがオチだろう。
冗談ではない。狂人に尽くすほど、吹雪は阿呆ではないのだ。
何とでも言えばいい。悪いのは吹雪だろうし、所詮逆恨み。
それでも恨みは恨みに変わりはない。
だから、去ろう。これ以上の大きな事件になる前に。
これ以上、自分も相手も苦しまないために。
吹雪は決めた。姫園鎮守府を、自分から居なくなる選択肢を……。
追記。
演習自体は七海が相手を皆で潰して勝利した。
吹雪も結局勝てずに敗北。そして二日後、さっさと出ていった。
七海が手際よく転属の手配をして行った。
吹雪はなにも言わずに荷物をまとめ挨拶すらせずに去った。
これで良かった、と七海は思う。
彼女はどうも、頭がおかしいことを自覚をした方が良いかもしれない。
そんなことを、今回で学んでいるのだった……。