君と結ばれる、物語の作り方   作:らむだぜろ

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暴走司令官七海

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の中は、大騒ぎになっていた。

 七海が、また姿が変わって帰ってきた。

 その話を聞いて、艦娘たちは嫌な予感を抱かずにはいられなかった。

(七海に何かあったの……!?)

 五十鈴は特に、後悔を感じていたため慌てて七海を探していた。

 仕事は放り出してきている。どこにいる? あの娘はどこ!?

 そう、焦りを感じ懸命に探す。

 もうこれ以上壊れれば、狂人になってしまう。

 理性が崩壊して、サイコパスと同義になってしまう。

 神様と言うのは、本当にろくなやつじゃない!

(何でよ……なんでまた七海が!! 七海だけが全てを背負うのよ!?)

 出来ることは全部行うような奴だ。

 誰にも相談せずに、背負い込んだらどうなるかも分かっていながらそれが義務だと決め実行する。

 なんで七海だけがこんなに残酷な事ばかりを受ける。

 早く。早く見つけないと。

 まだ何かをしようというなら、五十鈴は止める。

 今度こそ、間に合わせて見せる。

(七海……七海ッ!!)

 五十鈴は走る。少しでも早く見つけて、教えるのだ。

 彼女の決意は、然し。

 ……今度も、間に合わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府を一周しても発見できずに執務室に戻る。

 丁度、代理の提督が敬礼して、荷物を抱えて出ていく所だった。

 若い男性は、戻ってきたとだけ簡潔に述べて、去っていった。

 五十鈴は直ぐにドアを開ける。すれ違っていたようだ。

「七海ッ!!」 

 叫び、中に飛び込むと。

「おや。五十鈴、お久し振りですね」

 

 ……知らない艦娘が、提督の白い軍服を纏い、座っていた。

 

 誰だこいつは。少し身長が伸びている。

 体型も少女らしい柔らかな曲線を描き、顔立ちも見覚えがない。

 右目は深紅、左目は茶色のオッドアイ。

 光も生気も欠落した、色のついたビー玉のような目だった。

 髪型は耳のような茶色の癖毛のロングヘアー。

 毛先が薄いクリーム色になっている。だが、その声は……聞いた覚えがあった。

「なな……み?」

 ……この少女は。五十鈴の知る……七海だった。

 また、外見が変わっている。今度は一見して、誰だが分からない。

 声で気づいた。体格すら少し成長して、彼女の膝の上に座る嬉しそうな如月よりも大きい様に見える。

 それは、まるで。駆逐艦夕立と七海の姿は、融合しているように。

 彼女とは思えない、優しく柔らかい声色で話しかけ、微笑んでいる。

 その、笑顔は。五十鈴に、残酷な事実を突きつける。

(七海が……完全に、壊れた……)

 有り得ないモノがあった。

 七海が笑っている。ただ、日常であり得る光景なのに。

 決して、過去に笑うことのなかった七海が、自然に笑っている。

 そう、自然に。……虚ろで、イビツで、痛々しささえ滲ませて。

 それが当たり前の如く。微笑んでいる。今まで感情を分からないと悩んでいた子供が。

 酷く、今の七海は大人びて見えた。

 けれど、背伸びを通り越して、足を切り落とし代わりにつけた義足で身体を大きくした、目的のために自分を度外視したあとのような、思わず目を覆いたくなる姿だった。

 五十鈴は悟る。完全に、七海は、壊れていた。

 悩むなどと言う人間らしい所業はもう、失われているように。

 彼女は首を傾げている。あんな仕草はしなかった。

 今は自然体でやっているのだと分かるが、なんでこんなに見ていて辛くなる。

(七海が……狂ってしまった……)

 頭がおかしいを超えた。

 狂った。七海は、とうとう狂った。

 いち早く、五十鈴は真実に辿り着く。

 渋谷七海は、この時点で既に狂人であった。

 膝から崩れる。嘘だと思いたい。

 だが、目の前には様変わりしている七海がいる。

「……五十鈴? どうかしました?」

 ああ、一番聞きたくなかった台詞が出てきた。

 思わず耳を両手で塞いだ。

 確定だ。今ので確信した。

(七海、自分が狂っているって自覚がない!!)

 なぜ、この状況でどうかしたか? と聞けるのだ。

 どうかしたのは七海の方だ。今までの自分の言動を振り返れば、一目瞭然。

 違和感しかないこの現状でなぜ、訊ねた。答えは明白。

 彼女は狂った自覚がない。彼女は自分の変化が分からないのか。

「七海……あんた、七海だよね……?」

 自分でも意外なほど、弱々しい震えた声で問いかけていた。

 起き上がる。まだ、絶望してはいけない。

 七海は七海だ。如何様に狂おうが、きっと意味はあるのだろう。

 そう、無理やりに前向きになる。

「……? ええ、あたしですが? 五十鈴はボケちゃったんですか? お若いのにご冗談を」

 なんて軽口を言いながら、彼女はクスクス笑った。

 五十鈴は愕然とした。七海が自分からそんなことを言い出した。

 思い出せ。前の彼女は、真顔で何をいっていると聞くだけだった。

 なのに……笑っている? 冗談を言って? 

「…………」

 少し話しただけで違和感を強烈に感じる。

 誰だこいつは。七海を騙った別人か。

 なんでこんなに気安くなった。なんでこんなに優しくなった。

 ……入院中に一体何があった!?

「如月!! あんた、なにも感じないの!? 七海がおかしくなっているのに!?」

 五十鈴は如月に聞く。

 彼女は恍惚とした表情で七海を見上げているだけで、話を聞いていない。

 問いかけて漸く反応した。

「五十鈴さんはなにを言っているの? 司令官は司令官よ? どこもおかしくなんて……ない」

 理解できないと、如月は言った。おかしいのは五十鈴だと。

 その目を見て、五十鈴は一瞬で意味を察した。

(……色が、ない!? 如月まで……同じ風に……!?)

 七海と似たような目の色だった。

 あるべき生気が欠如した、死んだ魚類のような無機質な目で、五十鈴を見ている。

 バカな。なぜ、と思うが此方には思う節がある。

 七海が消えてから、一時期精神的に不安定だった如月は、何とか持ちこたえていた。

 確かに引き込もっていたが、仕事はしていたし、コミュニケーションも取れていた。

 ただ、極端に会話が減って事務的なもの以外は終始無言で俯いているという状態だったが。

 ……彼女も周りが気付かない間に極度のストレスを溜めていた。

 それが、七海の帰還により解放され、結果……。

(如月……あんた、寂しかったのね……? 七海が居なくなって、代わりの誰かも居なかったから……。頼ることもしないまま、ずっと我慢して……)

 五十鈴は彼女の心境は理解できた。

 寂しさのあまり、如月も……病んでしまったのか。

 あの麻薬に溺れる中毒者に似た表情、恐らくは間違いない。

 如月も異変を来している。山風と弥生と大差がないようだった。

「……そう。七海、自覚ないのね……」

「自覚? 何のですか?」

 ダメだ。一応聞いてもこの有り様。

 問いかけは遅い。意味などない。

 多分、他の艦娘が見ても、内外の激変には違和感を感じるだろう。

 五十鈴はここで、絶望した。

 何度経験しても後悔ばかりが残る、悲しい感情をまた味わう羽目になる。

 狂気に呑まれたであろう、提督と駆逐艦を、受け入れられずにいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命の対峙。

 全員が大抵、言葉を失った。

「夕立姉さん!?」

 と、五月雨は初見で見間違えた。

 やはり、夕立に近づいているのは間違いないと見る。

 あまりの変化に一部は偽者ではないかと言い出した。

「久々の提督相手に偽者ですか? じゃあ本物はどこにいるんでしょうねえ」

 ……普段ならば流石に怒る事を言ってたのに、朗らかに対応している。

 誰がこれを七海に見える。何があったか聞いても、なんの話かも分からない。

 ただ、彼女の変化は聞かせてくれた。

 適合率のオーバーフロー。非常に危険なまま安定して、戻された。

 外見の変化はオーバーフローが原因。それも分かった。

「まあ、仕事は問題なく継続できるので。安心してください。あたしは、あたしっぽい」

 ……稀に、あの特徴的語尾が出てくるのも影響のせいだと言われた。

 微笑み続ける七海に、由良はふらっと失神して倒れ、救護室に運ばれた。

 話し終えると、一目散に駆逐艦の大半は逃げ出した。空母たちも逃げ出した。扶桑姉妹も逃げ出した。

 気持ち悪くて受け入れられないようだった。堪えているのは、響だけ。

「ななみん……マジでわかんない? 今のななみん、めっちゃキモいよ?」

 鈴谷が素直に教えてと言われて容赦なく指摘するが、如月が怒るだけで七海は分からないと首を振る。

 困惑している重巡と軽巡たち。古鷹も、羽黒も、鈴谷も、衣笠も、五十鈴も。

「へえ、良いじゃん。ねえ、渋谷。今度私と夜の海、見に行こうよ! 私がオススメの夜景スポット、教えてあげる!」

「面白そうですね。是非お願いします川内」

 川内だけは、今の七海のほうが接しやすいと言ってあっさり適応していた。

 七海も仲良くなれる機会は率先して拾うので、二人はガッチリと握手していた。

 夜の海。夕立の影響だろう。ソロモンの悪夢としての血が騒ぐようだった。

「言うほどあたしは変わっちゃいません。最適な方法で最適に達成して、最適な環境にしようと思っただけです」

 最適な方法で。

 そう語る七海の言い分を聞いていくうちに、川内以外の全員の顔から血の気が失せていく。

 要するにそれは、自己犠牲そのもので、己の軽視以外の何物でもない。

 自分を鎮守府運営のための歯車、否。

 自分自身を燃料にする気満々なのだと。

 川内は気にせずに、やりたいようにやればいいと言って出ていった。

 七海の意思を尊重する、という立場を貫くらしい。

「心配しないでください。前みたいに倒れません。もっと頑丈になりました。もっと強くなれました。これならこれまで以上に頑張って働けます。多少鈍くなっても戦えて、働ければいいんです。あたしなんて、ドック入れておけば治りますし。艦娘ですから。融通聞いて便利ですよね」

 もう入院することもないと笑った七海。

 信じられない台詞を笑って宣った。あたしなんて。

 自分を、『なんて』と評する人じゃなかったのに。

 七海は、ここまで変わってしまった。

 最早狂ったとしか言えないと、のちに満場一致している。

「七海さん……どうして、あんなことを……?」

 羽黒はただ困惑して、挨拶をしたのち秘密に集まった場所で、皆に聞く。

 重巡と軽巡の集まり。適当に借りた会議室で、集まった彼女たちは考える。

 悩みがあるのは、知っていた。それが原因で倒れて医者に送られた。

 戻ってきたら解決していて、挙げ句には狂った状態だった。

 見舞いにすら行けない状態だったのに、蓋を開ければ適合率のオーバーフロー?

 それはつまり、なにか?

「七海は理屈を曲解させて狂ったまま、暴走しているってこと?」

 五十鈴が言えば、意識が回復して合流した由良も頷く。

「そうだと由良も思うわ。……七海ちゃん、考えすぎに加えて雷ちゃんの言っていた事を解答として見て、最短で考えたとか、有り得ない?」

 七海ならあり得る話だ。

 何分、理屈を考えた場合、先に答えが出ていればそれ以外を模索しない奴である。

 それ以外の道など、想像もしなかったに違いない。

 散々悩んで、何があったかは不明だが、それを目指すために道筋を立てた結果が自己犠牲。

 自分を壊して狂って働くという結論。

「うわぁ……。七海らしい解釈だね。現状、多分それが一番あり得るんじゃない」

 衣笠も頭を抱えた。七海のやりそうな考えだ。

 あの小娘は、結局自分だけで対処しようとしている。

 何故なら、自分が提督で、艦娘は自分の部下だから。

 その責任と義務があるから。

「七海さん……相変わらず不器用というか……」

 古鷹も唖然とする。不器用レベルじゃない。

 理屈による暴走。暴走としか言えない次元であった。

「ってそれもう、手遅れじゃん!? どーすんのさ!?」

 鈴谷が言う通り、下手すればこの時点で手遅れ確定。

 今の七海に伝えて、とてもじゃないが修正できる気がしない。

 十中八九、首を傾げるだけだろう。

「……五十鈴たちで、カバーするしかないわ」

 五十鈴はそう、皆に言い出した。

 戦艦姉妹は怖がって言えない。駆逐はビビって逃げ出す。 

 あの状態じゃ、如月も無理。医者に行っている二名も期待できない。

 空母も潜水艦も似たようなものだろう。きっと、無理だ。

 なので、残った重巡と軽巡が、あの暴走特急のブレーキにならないと、脱線事故を起こすだろう。

 それだけならまだしも、自力で線路に戻って再び爆走し、自分では制御もわからず走り続ける。

 待っているものは、自滅の道なのは容易に想像できる。

 彼女たちには七海はまだ必要不可欠。度外視されては困るのに。

 言って分からぬなら、行動で止めるほかあるまい。

「狂ったら狂ったで、世話が焼けるわね……。うちの司令官様は」

 ため息をつく五十鈴は、皆にそう言った。

 実際、この惨状は、五十鈴が早い段階で気づきながら何もできずに放置した結果。

 責任の一端はあると自覚する。由良も似たような思いだった。

「助けなきゃね……。今度こそ」

 故に由良も五十鈴の言葉に頷いた。

 もう、繰り返したくはない。

 あんな風に、悪化して壊れ狂う彼女を、見たくない。

 艦娘のために、というのは痛いほど伝わっている。

 応えるべきなのは、此方も同じこと。

「支えないといけないんですね。七海さんは、まだ……子供なんですから」

 羽黒とて、末期とも言える七海のやり口には不安しかない。

 滅びを受け入れる方法の何が最善なのか。そんな訳がなかろうに。

 理屈ではどうせ勝てない。皆であの自滅司令官に立ち向かうのだ。

「しょうがない。衣笠さんたちが一肌脱いであげましょうか!」

 強気の笑顔で、ガッツポーズで衣笠は宣言する。

 暴走するなら上等だ。手綱ぐらい、しっかりと握って見せよう。

 面倒を見るのは嫌いじゃない。手間がかかるなら、世話を焼くまで。

「七海さんの努力は私も知ってますし、今度は私達が努力する番ですよね」

 不安を感じさせない優しげな笑顔で古鷹も賛同する。

 あの少女の流儀はいつも抜けている。

 それらを助け合うのが艦娘と提督の関係だと古鷹は思う。

 だったら、努めよう。彼女の支えとなるために。

「……何時から鈴谷たちはななみんのお姉ちゃんズになったんかねえ……。ま、やるけどさ」

 鈴谷は半ば呆れていた。主に七海に。

 世話を焼くばかりに気をとられて、焼かれるとは思ってないだろう。

 七海は目の前ばかりに集中するから、脇や後ろががら空きなのだ。

 鈴谷命名、七海のお姉ちゃんズは始動する。

 暴走クレイジーバッドエンド司令官、渋谷七海のサポートプロジェクトの成功を誓いあう。

 当然、七海は知らないまま……。

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