支えるというのは、存外難しいこと。
特に相手が聞いているのかいないのか、判別がしにくい場合などはそうだろう。
戻ってきてからの日々は、平穏……でもなかった。
重巡と軽巡は、七海に対して、こう約束をした。
大変だったら、迷わず頼ること。
何かあれば、自分達に相談すること。
自分だけで対処しようとするなと。
出来てもやるな。ろくなものじゃないから。
「……でも」
「でもじゃないの。良い? 鎮守府はあんたが一人で運営してるんじゃないの。皆で作ってくの。責任者が七海なだけ。あんたの一存で最後は決まるけど、あんたが一人の独断でやってる訳でもないわ。だから、秘書がいるんでしょ」
五十鈴が根気よく説得している。
得意の理屈で、七海が一人で背負える程鎮守府は安くないと教え込む。
皆でやる。七海が大変なときは秘書がいる。
それを心がけろと。一人で全部を背負ってやるな。
事後報告も止めろ。一緒にやれ。
当てに出来ないなら重巡と軽巡が手伝う。当てにしていい。
分からないなら一緒に学ぶ。出来ないなら一緒に頑張る。
一蓮托生でやっていこうと、五十鈴は七海に言った。
「はぁ……。まあ、分かりました」
七海はあまり理解していないようだ。
全部自分で行うという癖がついている。
他人には相談しなくてもなんとかなると思っている。
だから、ルールを設けた。
「重要なことは自分で決めない。他の艦娘の意見も聞きなさい。独裁政治じゃないんだから」
「……確かに、一理ありますね」
自分だけの独裁をしていると言えば、嘘も方便。
七海は自分の振る舞いが独断であると反省した。
その通り、自分だけで判断している部分もあった。
それでは不満があると五十鈴が言うのならば、意見を取り入れるのは当然。
改めると約束した。
(……自分に間違いがあるって分かれば、それっぽく誘導するのは難しくないわね。七海の理屈癖は、先を読めばなんとかなりそう……)
内心冷や汗の五十鈴は、口先で七海を誤魔化し、初めて口で勝った。
七海は騙され、誘導されているとは気づいていない。
数日もすれば、山風も弥生も戻ってくる。七海の復帰を聞いて、回復したそうだ。
相変わらず生気のないビー玉の目だが、徐々にサポートしていけばいい。
七海はこうして、戻ってきた。
激変したのは見た目だけじゃない。
中身も、十分変わっていると、皆は直ぐに目の当たりにする……。
日々の海域の戦闘。
七海の戦い方は、極端であった。
「そーれー!!」
一つ。まず、戦いを面白がっている。
何も考えずに突撃して、一人で敵の艦隊に飛び込む。
愚直に掻き回すのはいいが、かなり派手に食い散らかすのだ。
艤装も変化しており、背負う機関は体躯に合わせて巨大化している。
頭の電子類も広範囲をカバーする大型の物に変更。
脚部の連装速射砲も口径が大きくなり、黒と黄色の配色に飛び散ったような深紅も交じっている。
大笑いしながら、殴り倒す、持ち上げて放り投げる、相手の骨を折るなど、艦娘と言うよりは獣だ。
狂犬のあだ名がついていると後で聞くが、無邪気に笑いながら殺しまくる彼女は犬と言っても過言じゃない。
狩りだ。あの状態の七海が行うのは趣味の様な狩り。戦争じゃない。
言うことは聞くが、突撃思考になっているのか、矢鱈と前に出たがる。
この状況では海の上を確りと疾走しているので、皆と足並みは揃う。
後ろは皆に任せて、自分は兎に角殺したい。そして自慢気に戦果を見せるのだ。
「どうですか!? あたし、これだけ仕留めましたよ!?」
死骸をぶちまけて戻ってくる頃には頭から大抵血塗れで、鉄臭い。
そりゃ、首を強引にへし折った挙げ句、眼球を潰すように指を突っ込めばこうもなろう。
それを気にしないで戦うから、殺戮に等しい鮮血の海が広がるのだ。
沈めるのではない。殺すのだ。深海棲艦を、殺している。
砲撃も雷撃も使わない。打撃のみで、仕留めてしまう。
猟犬にしたって、もう少し利口に殺すだろう。
だから、狂犬。
一方で、終始無言で淡々と処理する機械のごとき戦いぶりを見せるときもある。
これが規格外で、初手で最高速度に達して移動するので電子類に彼女の姿が認識できない。
いわく、跳躍。足腰のバネだけで短距離を跳び跳ねているため、またも魚雷が当たらない。
で、更に悪化したのは脚部の速射砲を追撃と移動のための手段に使っている。
簡単に言うと、反動が大きいのを逆に利用して、加速したり減速したり、空中で無理矢理軌道を変えたり、跳躍距離を伸ばしたりに使う。
彼女の砲撃は機動性を底上げする手段と同時に、空中からの連続砲撃に使う、倒れた相手を踏みつけた際の至近距離の追撃に使う、攻撃の威力を上げるために使うなど。
この状態では主に蹴り技をメインにして戦うためか、道理で脚部の速射砲を大型化したわけである。
彼女の本来のやり方はこれらしい。オーバーフローの影響で、普段は暴走していると聞いた。
艦と言うよりは、人の喧嘩に近い戦法。しかもその一つ一つが恐ろしく速いので皆がついていけない。
いきなり波を残して忽然と消えればそうもなる。
そのせいで、駆逐艦に分類されるのに潜水艦に攻撃できなくなっていた。
やろうとしても、爆雷の重さで加速を相殺されて、動けなくなる。
五十鈴が小型のを渡してみたが、
「きゃー!?」
何を血迷ったのか、思い切り爆雷を蹴り飛ばして落とそうとして、自爆。
七海が言うには、爆雷は扱えないとの事。
習ったし練習もしたが、何故かうまくいかない。感覚がついていかないといわれる。
なので、日々海域に出てくる大捕物がメインであった。
お魚退治は他の艦娘に任せている。
指揮に関しても、以前は潜水艦が得意だったが、現在は自分を含めると戦艦や空母撃破に、居なければ従来通りという、ややこしい事になった。
混在すると戦艦を殺そうとする癖がついている。
出来ないこともないが、もう少し配分を考えてほしい。
ここは協議して修正をしていく。
で、日常は。
「不幸だわ……」
と嘆く戦艦妹にみっちり特訓に付き合ったり。
姉にも的として訓練に協力したり。
空母たちの艦載機の整備を手伝ったり。
駆逐艦と遊んだり。格段に皆と向き合っていた。
だが、やはりその変化に皆は戸惑う。
今までが酷すぎたのもあるだろうが、極端すぎる。
危ない薬でも試して狂っているんじゃないかと噂されていた。
「別になにもしてませんが……」
謂れのない噂を本人は苦笑で流しているが、何よりその激変がおかしいと皆は思っている。
本人しか納得できない理屈による変化。
周りを置いてきぼりにしたとしても、彼女は向き合う、触れあう。
今までが悪かった。故に改め、皆に対して理解を深めようとする。
それが、周囲にわかってもらえるかは、別として。
入院中の二名も無事に復帰。
したは、いいが……。
「ま、ママ……!?」
「七海姉!?」
戻ってきた二人が見たのは変わり果てた彼女の姿。
一回目を知らない二人は、夕立に似ている七海を見てやはり困惑する。
見た目も声も違う。別人のようになった七海だが。
「はい、ママですよ。……おいで、山風」
中身も別人だった。腕を広げて笑顔で山風を招く。
おろおろしながら、でも微かな感覚を信じて、寄っていく。
自分よりも小さかった母は、今ではすっかり山風と同じ目線であった。
「お帰りなさい。あと、ごめんなさい。心配させてしまって。ママはもう、元気です。安心して下さい」
頭を撫でながら過ごす執務室の一時。
抱き締められる彼女たちは、感じた。
山風は確信した。この人は、ママだと。
何度も世話を焼いてくれた人と同じ感覚を感じる。
不器用で困りながらの優しさから、歪んで、曲がって、捻れているけど、以前と変わらぬ優しさがあった。
「ママ……ママ!! 良かった、良かったよぅ……」
無事だった。姿こそ違えど、この人は母である。
山風の、正真正銘。姉に似ていても、中身は七海のまま。
泣きながら、無事で良かったと、自分よりも先に安心していた。
べそをかく山風に、黙って丁寧に頭を撫でる七海。
その表情は、正しく母親のような慈愛に満ちていた。
但し、やはりどこかイビツで、ひび割れている危うさも浮かんでいる。
何かがおかしい。あるいは、何かが決定的に間違っている。
そのまま、解答に至ってしまった少女。それが、ここにはいた。
「大丈夫。ママはもう勝手に居なくなりません。娘を置き去りにするお母さんではないですから」
囁くように山風を抱擁する。
弥生は見ていて、思った。
この人は母であり、弥生の姉であり、そして如月の大切な人。
随分と兼務しているが、その根本は全て同じ感情なのだろう。
(……愛されているなあ、弥生たち……)
何か、気になりはするが、大切にされているのは見れば分かる。
以前はもう少し扱いに慣れていないようだったが、今は自然に接している。
山風が泣き止むまでお預けにされていた弥生だが、譲られると……。
「ふあ!?」
「お帰りなさい、弥生。心配させてしまってごめんなさいね。もう、お姉ちゃんは心配要りませんから」
抱きしめ、目一杯愛してくれる。声も随分と感情が乗っている。
彼女は嬉しそうだった。帰ってきた娘と妹を、こんなにも優しくしてくれる。
ストレートに感情をぶつけてくる彼女に、違和感を感じなくもないが……弥生は受け入れた。
(弥生は、これでいい……。こっちの方が、弥生は嬉しい……)
弥生にとって、些末な出来事だった。
愛されなかった、無機物として接してこられた弥生からすれば、違和感程度がなんだというのか。
命として見られなかった嘗ての闇のなか。そこから掬い上げてくれた彼女が、姉で悪いのか?
恩人であり、姉と呼んでいいと言われたから、姉と慕っている。
七海が居なければ今頃スクラップだったのだ。たとえ、七海が狂おうが弥生は慕う。
この命は、七海から貰ったもの。七海と生きるための命。
彼女が愛してくれるなら、弥生も応えよう。
それが、妹の出来る数少ない恩返し。
娘は、気にすらなっていない。
母が帰ってきた。やっと、自分の居場所が戻ってきた。
母の近く以外には、山風が許される居場所はない。
母が許してくれるから、山風はここにいる。
母が絶対。母こそ絶対。絶対にして、唯一の頼れる人。
(ママ……ママ……!!)
依存を通り越していた。
山風のそれは既に崇拝であり、絶対なる神のような存在。
生かすも殺すも母の意思のままに。
山風は七海が死ねと言うなら今度は喜んで死ぬ。
それが、母の役に立てるなら、本望とすら思えた。
たった一人の母。娘と言ってくれた。娘になれた。
山風は、渋谷七海の娘。一人しかない娘。
そう。山風にのみ許された、娘という確固たる立場。
山風の生きる場所であった。
(ママ……。あたし、頑張るよ。嫌われないように。見捨てられないように。だから、捨てないでね……)
母に嫌われるなら生きていても仕方ない。
母に求められないなら、動いていても意味がない。
だから、山風は七海の言うことなら何でもしたい。
戦えと言うなら必死に努力する。それでもダメでも頑張る。
七海しかもう、山風には居ないのだ。
彼女の意思が、山風の意思。
七海の思うがままに。山風の心は、身体は、七海に捧げる。娘として。
嗚呼、始まった。
同時に消え行くハイライト。微笑む表情は、狂い出す。
二名もまた、伝播する狂喜に呑まれて壊れ始めた。
元々壊れていたのが、トドメのように悪化していく。
二人の姉と母は、手遅れかもしれないが。
それ以上に、妹と娘は、完璧に、手遅れだった……。