一悶着あった春雨事件。
平和になった鎮守府は、穏やかな日々を過ごしていく……。
「…………」
「――七海いいいいいい!?」
訳がなかった。
さて、今回の事件は。
七海の友人、赤松提督が提供してくれたネタである。
ここで問題。彼の嫁は誰でしょう?
答えは、金剛さんと榛名さん。
で、この二名、姉妹にとんでもない奴がいるってご存じだろうか?
なに? シスコンのやべー奴とインテリヤクザしか知らない?
今眼鏡の美女がそっちに試製46cm持って向かったから早く逃げたほうが懸命だと思う。
今回は……まあ、あれだ。
シスコンの方だ。これで大体察して欲しい。
そういうことであった。
まず最初は、赤松提督からの一報だった。
助けてくれ、死ぬというSOS。
マジでヤバそうだったので、取り敢えず七海は冷静に自分のところの憲兵に通報。
それを通じてそっちの憲兵が助けに向かうも、翌日に再びきたSOSで聞けばまさかの全滅。
「!?」
鍛えに鍛えた憲兵が全滅と聞いて流石に七海も絶句した。
何事か聞くも、連絡をしている最中、常に赤松は絶え絶えで、窮地においこまれていた。
逃げ回っている、援護を頼むと言って、乱暴に切られた。
(……まさか、テロ!?)
七海は赤松の言動に最悪なシナリオを思い浮かべた。
民間による鎮守府へのテロリズム。考えにくいが、あるいは艦娘による暴動。
赤松の人柄からして後者は有り得ない。ならば、テロだ。
深呼吸して七海は直ぐ様桜庭に直通の連絡を入れる。
何かあったときの非常用回線。驚いた桜庭が出て、七海は用件を伝える。
赤松の鎮守府で何かあった。本人が危険な状態と思われる。
此方にSOSが来ているがどうしようと。憲兵も全滅したらしい。
(全滅? 陸の連中がテロに負けるわけないし……まさか。嘘でしょ、相手は中佐よ!? あいつらが動き出した!? 盲点だったわ……低い階級まで狙うとか、見境がありゃしない! 本当に厄介ね奴等は!!)
何か思い当たる節があったのか、桜庭も焦りだした。
詳しくは機密故に言えないが、元帥クラスが動揺する事案。
これは、なにか不味いことが起きている。
国家の危機、と七海ですらパニックに陥って、慌てだした。
所詮子供で、国家の危機となればおかしくても右往左往する。
「お、落ち着きなさい七海!! 大和さんなら大丈夫だって!!」
「…………どうすれば? あたしはどうすれば……!?」
「ちょ、七海ちゃんそれはダメ!! 他の元帥さんたちに連絡したら余計に広がっちゃうわ!!」
高速で思考を巡らせて、必死に打開しようと考えていたが、解決案は見出せずパンクした。
兎に角数で攻めると片っ端から行動する暴走状態の七海を、五十鈴と由良がまたも止める。
桜庭が自分で現場に向かうと、なんと出撃していった。
で、数時間経過して。
「渋谷さん……危険だから、来ちゃダメ……。死んじゃう、わ……」
と、お前は来るな的なメッセージが七海に届いた。
それ以降、連絡がつかない。桜庭が、負けたようだった。
七海は最も信頼する彼女の敗北に、完全に暴走を開始した。
(桜庭さんが負けた……!? 何に、何に負けたのですか!? 桜庭さんですら危険って!?)
自分が第一人者だからといって気負い、理性の余裕が全部消えた。
人類の切り札の一人が、中佐の鎮守府に向かい、敗北するという理解できない現状。
自分の国が本格的に危機的と思って、七海は信頼できる提督たちに連絡を強硬。
思考が止まらずに、動ける全員で対処するという相談の意味を履き違えて拡散してしまった。
大事になった騒ぎは留まることを知らず。
最強の艦娘ですら負けたという言葉に、こうしちゃ居られないと大勢の連中が押し掛けていく。
「あ、バカ!! 七海何してるの!?」
気づいた五十鈴が受話器を引ったくる前に、電話した相手が悪かった。
「元帥殿が倒された!? これは非常時か……! 分かった、私も赤松提督の鎮守府に至急向かう!! なに、テロには負けんよ! これでも鍛えに鍛えたこの肉体、テロごときでは倒れん!!」
愛国者、島村提督。こういう場合は信頼できる。
頼もしい言葉と共に、赤松提督の鎮守府にハゲも向かう。
七海が無駄に広げてしまった。
「あああああああああ!? 手遅れになっちゃってるー!?」
由良が真っ青になって絶叫した。
七海が拡散させて、何と20名近くの提督が、お連れの艦娘と憲兵を携え向かいだした。
挙げ句には一部陸軍の憲兵をも巻き込んで、大勢が決戦のごとく雪崩れ込む。
「あたしも行かないと……!!」
「お願いだから落ち着いて七海!! あんたでも無理だってば!!」
結局自分も向かうと言い出して、突撃しようとする。
由良だけじゃ足りなくなり、仕舞いには……。
「落ち着くんだ七海!! 分かった、みんなわかってるから!!」
「七海さん、冷静になって!!」
「一人で対応は無理だってば!! 衣笠さんも一緒にいく!!」
「……こういうときぐらい、役に立たなきゃ」
「気張ってないで山城さん、鈴谷と一緒にななみん止めるの手伝って!」
最近落ち込み気味だった響、強くなった古鷹と衣笠、気張っている山城に鈴谷。
羽黒や飛鷹も手伝って、全員で抑えている。
「ママ……? どうしたの?」
「何かあった、七海姉?」
「司令官、事件でもあった?」
「何事でしょうか!?」
山風、弥生、如月、何時しか一緒に世話されている春雨も様子を見にきた。
で、緊急事態と聞いて、此方もパニクる。連鎖する恐慌状態。
「あたしも行くんですよー!!」
理屈すらすっ飛ばして、関係のある人間が危険だと知り、七海だって助けに行く。
理由を無理矢理にあげるなら、あとで助けを求められて起きながら見殺しにした人殺し、なんて言われたくないから。
出来ることがあるならやっておけば言われない、という判断。
で、来るなというのに突撃していく。安否すら不明ならば、誰かが行かねば全滅のまま。
七海が助けてと言われたのだ。だから赤松を助けに行く。
「うらーーーーー!!」
ロシア語と日本語の混ざった雄叫びをあげて、まさかの全員を蹴散らした。
出ていこうとするのを、全員で押し潰して押さえていたのに、気合いで吹っ飛ばしたのだ。
「きゃー!?」
全員倒れて、放たれる暴走危険生物。
案の定、執務を押し付けて逃げ出した!!
「待ちなさいこらー!!」
五十鈴が真っ先に復活して直ぐ様追いかけた。
彼女、いつの間にか荷物を準備して、知らせてあった憲兵の車に飛び乗りやがった。
予め、助けてと言っておいたようだ。一大事と憲兵も協力的なのが悪化の原因。
あと、四人は反射的に七海を追いかけて一緒に移動、五十鈴とギリギリ追い付いた由良と何故か山城が搭乗。
取り敢えず、全速力で向かっていったのだった……。
車で大体三時間。
高速道路をかっ飛ばして、慌てて彼の鎮守府に到着。
すると……。
「ぐはっ!?」
車を降りた途端に、七海が悲鳴をあげて倒れた。
鼻を摘んでもがいている。
「うぇ……? なにこの臭い?」
五十鈴も降りた途端に感じる異臭に、顔をしかめる。
強烈な刺激臭。生ゴミが腐った臭いに、目が痛くなるような感覚。
艦娘はこれで済むが。最後に降りた運転手の憲兵が呟く。
「……この臭い、まさか遅効性の毒ガスか!?」
いわく、艦娘は辛うじて大丈夫だろうが、人間はアウトの毒ガスの臭いに似ている。
非常時の装備で一名分のガスマスクがあるので、憲兵がそれを直ぐに装着。
「このご時世にバイオテロとは……。皆、これは非常時だ。攻撃を許可する。渋谷提督、大丈夫か……?」
中にまだ誰かが居るかもしれない。戦うことを憲兵が代わりに許した。
七海は涙を浮かべて何とか起き上がる。
「……ギリギリ生きてます」
七海は艦娘になったせいで、未だに刺激臭が弱点のひとつ。
特に沈丁花の匂いは一発アウトで、今でも失神する程だ。
気分は悪そうだが、戦えそうだ。
周囲に漂う、毒ガスと思われる臭い。
鎮守府内部はもっと危険だろう。
彼らは、慎重に中に向かっていった……。
(……死屍累々ですか)
建物の中身は、地獄だった。
沢山の艦娘と提督らしき人物が倒れている。
廊下で、玄関で、階段で、室内で。
至る所で白目を剥いて、口から泡を吹き出して倒れる人々。
窓が開いているので、これが広がっている原因と思われる。
辛うじて生きているので、山城や由良が、救助を続けている。
救急車も呼んでいるが、人数が多すぎる。一体、なにが起きているのか……。
知っている面々も転がっていた。内部を調べる彼女たち。
異臭はずっと続いている。七海は強烈な頭痛を起こして頭を押さえている。
「ママ……あたし、苦しい」
「弥生も……辛い、です……」
「一度戻った方が良くない? 如月も、目眩が……」
娘、妹、自称嫁が体調不良を訴えている。
それぞれ偏頭痛、耳鳴り、目眩。症状が違うようだ。
春雨だけが、けろっとしている。
「わたしは、何とも無いんですけど……。甘い匂いが充満してて、胸焼けはしますが……」
どうも、彼女だけは感覚が違うらしい。
春雨は特別なので仕方ない。
「吐き気が酷いわ……。凄まじい悪臭ね、本当に……」
憲兵に向こうの捜索を任せて、保護者の五十鈴もフラフラしていた。
広範囲の毒ガス攻撃。放っているものは果たしてなんだ。
こうも継続しているなら、本体が必ずあるはずだ。
それを探そうと思う。七海はもう少し付き合って貰うことにした。
暫く歩き、次々顔見知りを見かけては外に連れ出す。
島村提督もいた。何故か上半身素っ裸で、筋骨逞しい肉体美を披露するのはいい。
此方も白目を向いて気絶している。死んではいない。
だが、激しく争ったようなボロボロの軍服をきていた。犯人と果敢に戦ったのか。
「素直に、今回は称賛するわ、筋肉達磨……」
五十鈴は彼を引きずり出して、放置しながら呟いた。
彼も解決に向かって戦った勇者。素直にこういう場合は称賛するべきだ。
二階にあがると、執務室に向かう廊下で桜庭も見つけた。
彼女の場合は、やめるんじゃねえ的なポーズで気を失い、指先で方向を示している。
その方向は、どうやら執務室ではない。
執務室は、彼女の倒れる廊下の角を曲がった所だ。
異臭は、真っ直ぐ続くほうから濃厚に漂っている。
「あ、良い匂いがしますね。向こうからですよ、司令」
区別のため、七海を司令と呼ぶ春雨が、指差した方向から強い臭いがすると言った。
この頃には、春雨以外全員がグロッキーで、死にかけていた。
特に七海は、三人を引き摺っているので殆ど無言だった。
娘も妹も自称嫁も気絶寸前。五十鈴も意識が朦朧としていた。
「なんで春雨は平気なのかしら……?」
寧ろ活性化している気がするのだが。
五十鈴がぼやくが、ついていく。
元気な春雨が今回、意外な役に立つのだった……。
彼女が辿ったのは、なぜか厨房のある食堂だった。
そこで漸く赤松を発見した。彼はテーブルに突っ伏し死んでいる。
換気をしてないので一段と強烈な臭いを中和するべく、春雨が窓を開けて換気。
入れるレベルまで薄まってから入室。調査開始。
ここで三人が脱落して、気を失った。長椅子に丁寧に横たえて、五十鈴と七海で続けるが。
死体が何人かいるだけだ。全員廊下に出してから、探していると。
「司令!! 見つけました!! 多分、臭いの元はこれです!!」
春雨が、厨房から七海を呼ぶ。
ゾンビのような足取りで向かうと、厨房にも誰かが倒れていた。
タイル張りの床には、駆逐艦磯風とここの雷、そして……戦艦比叡が、ぶっ倒れていた。
大きなガスコンロの上に、巨大な鍋が置いてあり、一際悪臭を放っているようだった。
春雨は、この鍋の中から臭いがすると言うのだが……。
換気扇も回ったまま、何日も放置されているのか、艦娘たちは反応しない。
一応助け起こして退かし、七海が代表で蓋のない中身を調べる。
すると……。
――中身は、暗黒物質だった。
原型?
そんなものあるのか聞きたいぐらいの、ぶよぶよした物体が中で加熱されてないのにも関わらず、煮えている。
ぼこぼこたぎるそれを見下ろした七海は戦慄した。
で、覗きこみ臭いをもろに吸い込んだ。
で、脳が命を守るべく、意識をシャットアウト。
そのまま、後ろに倒れこんだ。
「七海いいいいいい!?」
慌てて五十鈴が受け止めたのはいいが、数分後。
五十鈴も同じ目にあうのを、まだ誰も知らない……。
後日。
この謎の大騒ぎは、海軍黒歴史として認定。
関わった全員に箝口令が敷かれたため、原因は不明のまま。
一説によると、戦艦比叡の作り出した新手のバイオ兵器の試作品ではないかと言われているが、真実は誰も知れない、嫌な事件だった……。