君と結ばれる、物語の作り方   作:らむだぜろ

36 / 143
迷う駆逐艦

 

 

 

 

 

 

 

 

(……強くなりたい)

 そう、思っているのは認めよう。

 強くなりたい。皆を、守れる力が欲しい。

 けれど、世の中にはリスクを伴うのは当たり前。

 どうすればいい? みんなが当然に出来る権利を、彼女は受けられない。

 恩恵を貰えないこの身体は、どうすればいいのだ。

 覚悟か? 覚悟さえあれば、彼女は強くなれる。でもそれは、捨てがたい物で。

 諦められる程、安いものでもない。

(私は……信頼に応えたいだけなんだ)

 皆と戦う。でも、最近は置いていかれる。

 姉妹の中で唯一、追い付けない。

 心配してくれる心遣いが苦しい。

 気遣われている。足手纏いになっている。

(教えてくれ、七海……。私はどうすればいい?)

 選ぶしかないのに。

 どちらが正解なのか、自分でも見失った。

 駆逐艦、響の悩み。

 それは、守りたいモノと引き換えの向こう側。

 先にあるモノとの、等価交換だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁型姉妹次女、響。

 クールで冷静、姉妹の中で最も大人びた性格の艦娘。

 恐らくは皆の中で一番七海に近いと思われる。

 思うだけ。七海は、何を考えているかもう分からない。

 彼女は変わった。変わってしまった。

 常に微笑を浮かべて、周囲には四人に増えた艦娘を侍らせている。

 娘に妹、一名不明に一名深海棲艦……いや、最近は個性をつけるとか言い出した七海によりメイド化している。

 本人は嫌だと言って逃げ回っていたが、捕獲されて改造を受けた。主に衣装の。

 結果……。

「暖かくなったとはいえ、ヘソを見せているような破廉恥な格好は許しません。メイド服を着なさい春雨」

「何でですか!! 横暴ですよ!? 大体どこで入手したんですこのクラシックなメイド服は!!」

「似合うでしょ? 手縫いです」

「手縫い!?」

 メイドになれと言われた哀れな春雨は、拒否権を奪われて渋々従っている。

 どうも、七海には恩義を感じるので強くは出られないらしい。

 嫌なものは嫌と言っても良いだろうに。ひどい話だ。

 なので完全に我が世の春を謳歌している。

(七海はただの変態だったのか……)

 嬉しそうに日々、四名とイチャイチャしている。

 更には皆ともそれなりにうまくやろうとしているようで。

 慣れてきた周囲も、おっかなびっくり受け入れるようにはなってきた。

 初期のような、敵対の意思や軽視の意識も消えている。

 改善したのだろう。改善は。

(……笑顔の仮面で、何を考えているか悟らせないようにしていないか?)

 だが、響は違う。より、彼女が理解できなくなった。

 笑っているせいで表情は固定。行動原理は全くの不透明。

 理屈で動いているのは多分同じ。そこに、突発的な感情論が入り始めた。

 唐突に飛び出していく。唐突に何かを始める。

 そういう、瞬間的な言動が見えているのだ。

 暴走。まさに、今の七海は暴走している。常にだ。

 響はそれが怖い。誰にも、本人すら制御できない行動をどう予測しろと。

 カバーしている五十鈴などを見れば分かる。とばっちりと後始末の連続だ。

 七海は悪意などないだろう。善意がノンストップで走り回り、周囲を巻き込んで自爆する。

 しかも、自分を蔑ろにしている気がするのは気のせいか?

 この間の原付との衝突も然り。自分を犠牲にするのを是として、動いている。

(誰も言わない。気づいていないのか……?)

 気付いていないのか、日々の喧騒で指摘できないのか。

 どのみち、今の七海は分からない。表情は変わらず、行動は適当で。

(ダメだ。今の私は、どうにも七海を受け入れる事が出来そうにないよ)

 困惑したまま、どう彼女と接すればいいのか。

 強いていうなら、分からないから信じられない。

 聞けば答えてくれるだろう。だが、その言葉に偽りはないと言い切れるか?

 疑心暗鬼になりすぎだ。被害妄想にも程がある。

 どうして、ここまで七海を悪く思えるのか。我ながら、自分が情けない。

 彼女が何をしたというのか。何もしていない。

 悪いことは、何も。良かれと思っての行動が、裏目に出るだけと言うか。

 結果的に伴わないだけだ。七海はいつもそうだろう。

(私は……本当に最低だな)

 自分が理解できない相手を悪く思い、自分を正当化する。

 己でもここまで矮小な性格だとは思わなかった。

 こういうことだ。結局、響は今の七海を受け入れない。

 あの変化は危険だと思うから、巻き添えは嫌だと思っている。

 保身するのも、正直言うと怖いから。

 七海の言動は、信じてくれているのか。

 自分達を信じているか、示してくれない。

 自分だけの自己完結でやっている。他人の意見は後回し。

 聞いても活かされるのは次回以降。

 響たちを、本当はどう思っているんだろうか?

(……何も、彼女は言わないからね)

 そう。行動が極端すぎて分かりにくい。

 そのくせ、肝心なことは言わない。

 いや、響に言わないだけか。響自身が、七海を敬遠している。

 遠ざけているせいで、疎遠になっていた。

 そんな状態の癖に、七海にすがろうとしている。

 嗚呼、嫌だ。また、七海が悪いことが前提になっている。

(この繰り返し。自分が嫌になる……)

 自己嫌悪のスパイラル。終わらない負の連鎖。

 自分は悪くない。あの言動の七海が悪い。

 そうやって、自分がおかしいのではないと思い続けて。

 響は、結局何なのだ。この決断を、七海にするのかしないのか。

 最終的な決定権を七海が持つ。彼女が強いれば抵抗できない。

 ハッキリしろ、響。お前は、彼女を信頼するのか、しないのか!?

(……ごめんなさい、七海。私は、君を信頼できない)

 出来ないから、このままでいい。

 そうやって、周囲に負担をかけて、責任は七海に押し付ける。

 お前はそうやって、七海に全部自分の所業の理由を使うのだ。

 彼女が悪い。七海はおかしい。七海は、狂っている。

 そう思っているんだろう!? 

(……ごめんなさい)

 謝っても、主張は曲げない。そういう艦娘だものな、響は。

 そんな奴が、よくもまあ『信頼』の名を継ぎたいと言えるものだ。

 烏滸がましい。自分を振り返ってから何かを言え。

 お前は、卑怯な奴なのだ。卑劣な奴なのだ。

 恥を知れ、この艦娘の屑が!! 

 ……と、自分が自分を責めてくる。

 頭がぐちゃぐちゃする。何だか、苦しいのも感じなくなってきた。

 何時までこの状態なのだろう。誰に言えばいい? どう説明すればいい?

 響は言わない。言えない。言葉にできる気がしない。

 簡単に言えば。

 響は、いつぞやの七海と同じ状況に陥っていたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 そして。

 響は、大きな間違いを犯していた。

 今の七海に、下手に悩みがある素振りなどしない方がいい。

 山城の一件で分かっていたのに、余裕のない彼女は気付けなかった。

 何時でもどこでも、響の後ろに這いよる変態。

 渋谷七海です、と言わんばかりに魔の手を伸ばしていく……。

 

 

 

 

 

 

 響は悩む。何時しか何時も以上に孤独を好むようになっていた。

 一人の方が気楽でいい。周囲に気遣いをされずにすむ。

 今日も夜遅く、姉妹たちは風呂に入っている最中、誘われても適当に断った。

 後で一人で入ろう、と食堂で長椅子に座って、虚空を見上げてぼうっとしていた。

 時間を潰す。時計を眺めて、終わるまで。

 ずっとそうしているつもりだった。

 なのに。

 

「はぁい、響ィ……」

 

「きゃあああああああ!?」

 

 テーブルの下から、声がした。

 ねっとりした、気持ち悪い声だった。

 見下げれば、椅子とテーブルの間。

 丁度、足を入れている部分に何故か七海が見上げてニヤっと笑っていた。

 思わず悲鳴をあげて、椅子から転げ落ちた。

 スカートの側から見つめる顔は正にホラー。

 慌てて起き上がる。テーブルの下の司令官様は笑っている。

「七海、何してるんだ!? 驚かさないでよ!!」

 クールな響にしては珍しく、顔を真っ赤にして怒った。

 のそのそ出てきた七海も立ち上がってしれっと言った。

「いえ。集団行動をしなくなったというあなたにサプライズを」

「サプライズでテーブルの下に潜む奴がどこにいる!? 変態か!」

 聞き付けてきたか、感付いたか。七海はどうも知っているらしい。

 響は何でもない、と誤魔化して去ろうとするも。

「逃がしません。カモン、春雨イド」

 パチンと指を鳴らす。

 すると、何処からともなく春雨メイドが参戦。

 呆然とする響をカウボーイよろしく縄で捕獲した。

「春雨!? 何をしているんだ!? 離してよ!!」

「うぅ……ごめんなさい響さん。メイドはご主人様に歯向かえないんです……」

 泣く泣く捕まえた春雨は、そのまま引き摺っていく。

 倒されて転がる響。抵抗虚しく回収される。

「七海、君って女は!! 春雨に何をさせているんだ!!」

「喧しい。春雨イドはあたしのメイド。可愛がるも愛でるもあたしの勝手」

「一緒じゃないか!! 春雨の人権は!?」

「あ、別に嫌じゃないですよ? 何て言うか、求められて認めてもらえる喜びがありますので」

「春雨!? 七海に洗脳されてないか!?」

 この変態、春雨にメイドプレイを強要した挙げ句に洗脳していた。

 じゃあ何であんな泣きそうに、と聞かれると。

「カウボーイじゃないんです……。わたしはメイドなんです」

「そこ!? 悲しいのはそこなのかい!?」

 春雨は丁寧にメイドとして重用されている環境が嬉しいようだ。

 この辺の変化は追々説明するとして。

 まあ、兎に角。

「カモン、春雨イド。続きなさい。入浴タイムです」

「はい、司令……じゃなくて、ご主人様」

 呼び方まで変えていた。

 三人は移動する。お風呂に入るので。

「止めてえええええ!! 私の話を聞いてえええええ!!」

 悲痛な訴えを、食堂で仕込みをしていた間宮は聞いていた。

 七海が先んじて許可をもらったのはこういう意味だったのか、と今さら理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに、執務室にも小さいが風呂はある。

 主に提督が忙しい時に使う簡素な物だが。

「春雨イド。髪を見せなさい。洗いましょう」

「いいんですか? ありがとうございます」

 で、湯槽に放り込まれた不貞腐れる響を横目に、目をつむる春雨の髪を洗う七海。

 狭い風呂場だが、一遍に三人ぐらいなら余裕で入れるぐらい浴槽は大きい。

 代わりに洗い場は狭いようだが。

 優しく、慣れた手付きで洗っていく七海を、響は思う。

 皆で慣れていたんだろう。手慣れているようだ。

 春雨は色々貧相だが……七海は体格すら変化したので、以前ほどではない。

 寧ろ年頃の体つきになっていた。響は……お察しください。

「なんで私まで……」

「あなたが迷っているからでしょう。いい加減、改装の事で迷っても仕方ないでしょうに」

「……気づいていたの?」

 七海はシャワーを浴びせながら言った。

 響の悩み。それは、己の改装のこと。

 響はその成り立ち故に、最終改装で姿が変わる。

 ヴェールヌイ。そう、名前すら変化して、別人になる。

 普通ならばこうはならない。響特有の仕様だ。

 響は特別で、最終改装をすると、内面も変化してしまう。

 艦娘響だった頃の記憶を失い、駆逐艦ヴェールヌイとして生まれ変わる。

 文字通り、別の人間となる。

 言葉は全てロシア語に、記憶も装備も無くして、練度のみを引き継ぐ特殊な改装。

 姉妹との連携が上手い彼女からすると、己の存在意義を全部失うに等しい。

 愛しい姉妹の記憶すら消えてしまう。そんなジレンマを抱えている。

「ええ。その話をしたのは、あたしです。分からない訳がないでしょう」

 響が、周囲が次々と改装するなか、踏みとどまる理由。

 力を求めるか、思い出を捨てるか。

 何時までも選べないからだった。

 七海は、春雨に今度は髪を洗ってもらいながら言った。

「今の響では、連携が取れません。他の三名はもう、随分と成長しました。暁は終わっていますし、雷と電は元々まだありません。ですが響。あなたは、それ以上の上昇は見込めない。何時まで迷っているんですか?」

「…………」

 辛辣で適切な指摘。言われる通り、性能で置いていかれた。

 妹には追い付けず、姉には既に最終改装すらされているのに。

 響だけ、前に進めない。足踏みする。

 俯く彼女に、七海は容赦しない。

「まさか、あたしに任せる気ですか? 自分のことを、あたしに委ねてどうするんですか?」

「決定権は七海にある。私は、抵抗しないさ。好きにしていい」

 気付かれているなら、仕方ない。諦めよう。

 響はそう、決めた。七海には七海の立場がある。

 これ以上足手纏いになれば、姉妹の危険を増やすだけ。

 ならば、彼女にいっそ決めてもらえばいい。

(そっちの方が楽だよ。心も、身体も……)

 自棄であった。散々言い訳に七海を使っておきながら、最後まで決められない自分がいた。

 響はこんなに情けない奴だったのだ。自分のことも満足に決定できない、バカな女。

 七海は呆れていた。心底、失望したように見えるのは気のせいじゃない。

 その程度の艦娘だった。響は、希望すらなく迷ってばかり。

 どうしたいかもわかんないのだから。

「ん……。じゃ、お好きにします」

 七海は、そう言ってそれ以降は何も聞かなかった。

 言わなかった。それはつまり、改装するんだろう。

 ヴェールヌイになるのだ。全てを、失って。

(……信頼しないくせに、信頼を名乗るのか。私は、どうしようもない……)

 七海を信じないのに、恥知らずめ。

 響が、一番救いがたい奴。自己嫌悪は益々悪化する。

 そう、思った夜だった。

 

 

 

 

 

 

「はい。暁、雷、電。全員響とよく話をしなさい。纏まるまで出てくるの禁止」

 で、後日。

 姉妹全員を捕らえて、一室に放り込んだ。

 響の今後を全員で決めろと命じて、閉じ込めた。

 唖然とする四人を、無慈悲に幽閉。

 要するに、決めるなら周りと決めろと言うのが七海の判断。

(……嘘でしょ)

 響は思った。

 この人、本当に……何しでかすか分からない。

 取り敢えず、今は白状しよう。

 パニックになる姉妹に謝りながら、響は漸く、動き出したのだった……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。