(……強くなりたい)
そう、思っているのは認めよう。
強くなりたい。皆を、守れる力が欲しい。
けれど、世の中にはリスクを伴うのは当たり前。
どうすればいい? みんなが当然に出来る権利を、彼女は受けられない。
恩恵を貰えないこの身体は、どうすればいいのだ。
覚悟か? 覚悟さえあれば、彼女は強くなれる。でもそれは、捨てがたい物で。
諦められる程、安いものでもない。
(私は……信頼に応えたいだけなんだ)
皆と戦う。でも、最近は置いていかれる。
姉妹の中で唯一、追い付けない。
心配してくれる心遣いが苦しい。
気遣われている。足手纏いになっている。
(教えてくれ、七海……。私はどうすればいい?)
選ぶしかないのに。
どちらが正解なのか、自分でも見失った。
駆逐艦、響の悩み。
それは、守りたいモノと引き換えの向こう側。
先にあるモノとの、等価交換だった……。
暁型姉妹次女、響。
クールで冷静、姉妹の中で最も大人びた性格の艦娘。
恐らくは皆の中で一番七海に近いと思われる。
思うだけ。七海は、何を考えているかもう分からない。
彼女は変わった。変わってしまった。
常に微笑を浮かべて、周囲には四人に増えた艦娘を侍らせている。
娘に妹、一名不明に一名深海棲艦……いや、最近は個性をつけるとか言い出した七海によりメイド化している。
本人は嫌だと言って逃げ回っていたが、捕獲されて改造を受けた。主に衣装の。
結果……。
「暖かくなったとはいえ、ヘソを見せているような破廉恥な格好は許しません。メイド服を着なさい春雨」
「何でですか!! 横暴ですよ!? 大体どこで入手したんですこのクラシックなメイド服は!!」
「似合うでしょ? 手縫いです」
「手縫い!?」
メイドになれと言われた哀れな春雨は、拒否権を奪われて渋々従っている。
どうも、七海には恩義を感じるので強くは出られないらしい。
嫌なものは嫌と言っても良いだろうに。ひどい話だ。
なので完全に我が世の春を謳歌している。
(七海はただの変態だったのか……)
嬉しそうに日々、四名とイチャイチャしている。
更には皆ともそれなりにうまくやろうとしているようで。
慣れてきた周囲も、おっかなびっくり受け入れるようにはなってきた。
初期のような、敵対の意思や軽視の意識も消えている。
改善したのだろう。改善は。
(……笑顔の仮面で、何を考えているか悟らせないようにしていないか?)
だが、響は違う。より、彼女が理解できなくなった。
笑っているせいで表情は固定。行動原理は全くの不透明。
理屈で動いているのは多分同じ。そこに、突発的な感情論が入り始めた。
唐突に飛び出していく。唐突に何かを始める。
そういう、瞬間的な言動が見えているのだ。
暴走。まさに、今の七海は暴走している。常にだ。
響はそれが怖い。誰にも、本人すら制御できない行動をどう予測しろと。
カバーしている五十鈴などを見れば分かる。とばっちりと後始末の連続だ。
七海は悪意などないだろう。善意がノンストップで走り回り、周囲を巻き込んで自爆する。
しかも、自分を蔑ろにしている気がするのは気のせいか?
この間の原付との衝突も然り。自分を犠牲にするのを是として、動いている。
(誰も言わない。気づいていないのか……?)
気付いていないのか、日々の喧騒で指摘できないのか。
どのみち、今の七海は分からない。表情は変わらず、行動は適当で。
(ダメだ。今の私は、どうにも七海を受け入れる事が出来そうにないよ)
困惑したまま、どう彼女と接すればいいのか。
強いていうなら、分からないから信じられない。
聞けば答えてくれるだろう。だが、その言葉に偽りはないと言い切れるか?
疑心暗鬼になりすぎだ。被害妄想にも程がある。
どうして、ここまで七海を悪く思えるのか。我ながら、自分が情けない。
彼女が何をしたというのか。何もしていない。
悪いことは、何も。良かれと思っての行動が、裏目に出るだけと言うか。
結果的に伴わないだけだ。七海はいつもそうだろう。
(私は……本当に最低だな)
自分が理解できない相手を悪く思い、自分を正当化する。
己でもここまで矮小な性格だとは思わなかった。
こういうことだ。結局、響は今の七海を受け入れない。
あの変化は危険だと思うから、巻き添えは嫌だと思っている。
保身するのも、正直言うと怖いから。
七海の言動は、信じてくれているのか。
自分達を信じているか、示してくれない。
自分だけの自己完結でやっている。他人の意見は後回し。
聞いても活かされるのは次回以降。
響たちを、本当はどう思っているんだろうか?
(……何も、彼女は言わないからね)
そう。行動が極端すぎて分かりにくい。
そのくせ、肝心なことは言わない。
いや、響に言わないだけか。響自身が、七海を敬遠している。
遠ざけているせいで、疎遠になっていた。
そんな状態の癖に、七海にすがろうとしている。
嗚呼、嫌だ。また、七海が悪いことが前提になっている。
(この繰り返し。自分が嫌になる……)
自己嫌悪のスパイラル。終わらない負の連鎖。
自分は悪くない。あの言動の七海が悪い。
そうやって、自分がおかしいのではないと思い続けて。
響は、結局何なのだ。この決断を、七海にするのかしないのか。
最終的な決定権を七海が持つ。彼女が強いれば抵抗できない。
ハッキリしろ、響。お前は、彼女を信頼するのか、しないのか!?
(……ごめんなさい、七海。私は、君を信頼できない)
出来ないから、このままでいい。
そうやって、周囲に負担をかけて、責任は七海に押し付ける。
お前はそうやって、七海に全部自分の所業の理由を使うのだ。
彼女が悪い。七海はおかしい。七海は、狂っている。
そう思っているんだろう!?
(……ごめんなさい)
謝っても、主張は曲げない。そういう艦娘だものな、響は。
そんな奴が、よくもまあ『信頼』の名を継ぎたいと言えるものだ。
烏滸がましい。自分を振り返ってから何かを言え。
お前は、卑怯な奴なのだ。卑劣な奴なのだ。
恥を知れ、この艦娘の屑が!!
……と、自分が自分を責めてくる。
頭がぐちゃぐちゃする。何だか、苦しいのも感じなくなってきた。
何時までこの状態なのだろう。誰に言えばいい? どう説明すればいい?
響は言わない。言えない。言葉にできる気がしない。
簡単に言えば。
響は、いつぞやの七海と同じ状況に陥っていたのだった……。
「……」
そして。
響は、大きな間違いを犯していた。
今の七海に、下手に悩みがある素振りなどしない方がいい。
山城の一件で分かっていたのに、余裕のない彼女は気付けなかった。
何時でもどこでも、響の後ろに這いよる変態。
渋谷七海です、と言わんばかりに魔の手を伸ばしていく……。
響は悩む。何時しか何時も以上に孤独を好むようになっていた。
一人の方が気楽でいい。周囲に気遣いをされずにすむ。
今日も夜遅く、姉妹たちは風呂に入っている最中、誘われても適当に断った。
後で一人で入ろう、と食堂で長椅子に座って、虚空を見上げてぼうっとしていた。
時間を潰す。時計を眺めて、終わるまで。
ずっとそうしているつもりだった。
なのに。
「はぁい、響ィ……」
「きゃあああああああ!?」
テーブルの下から、声がした。
ねっとりした、気持ち悪い声だった。
見下げれば、椅子とテーブルの間。
丁度、足を入れている部分に何故か七海が見上げてニヤっと笑っていた。
思わず悲鳴をあげて、椅子から転げ落ちた。
スカートの側から見つめる顔は正にホラー。
慌てて起き上がる。テーブルの下の司令官様は笑っている。
「七海、何してるんだ!? 驚かさないでよ!!」
クールな響にしては珍しく、顔を真っ赤にして怒った。
のそのそ出てきた七海も立ち上がってしれっと言った。
「いえ。集団行動をしなくなったというあなたにサプライズを」
「サプライズでテーブルの下に潜む奴がどこにいる!? 変態か!」
聞き付けてきたか、感付いたか。七海はどうも知っているらしい。
響は何でもない、と誤魔化して去ろうとするも。
「逃がしません。カモン、春雨イド」
パチンと指を鳴らす。
すると、何処からともなく春雨メイドが参戦。
呆然とする響をカウボーイよろしく縄で捕獲した。
「春雨!? 何をしているんだ!? 離してよ!!」
「うぅ……ごめんなさい響さん。メイドはご主人様に歯向かえないんです……」
泣く泣く捕まえた春雨は、そのまま引き摺っていく。
倒されて転がる響。抵抗虚しく回収される。
「七海、君って女は!! 春雨に何をさせているんだ!!」
「喧しい。春雨イドはあたしのメイド。可愛がるも愛でるもあたしの勝手」
「一緒じゃないか!! 春雨の人権は!?」
「あ、別に嫌じゃないですよ? 何て言うか、求められて認めてもらえる喜びがありますので」
「春雨!? 七海に洗脳されてないか!?」
この変態、春雨にメイドプレイを強要した挙げ句に洗脳していた。
じゃあ何であんな泣きそうに、と聞かれると。
「カウボーイじゃないんです……。わたしはメイドなんです」
「そこ!? 悲しいのはそこなのかい!?」
春雨は丁寧にメイドとして重用されている環境が嬉しいようだ。
この辺の変化は追々説明するとして。
まあ、兎に角。
「カモン、春雨イド。続きなさい。入浴タイムです」
「はい、司令……じゃなくて、ご主人様」
呼び方まで変えていた。
三人は移動する。お風呂に入るので。
「止めてえええええ!! 私の話を聞いてえええええ!!」
悲痛な訴えを、食堂で仕込みをしていた間宮は聞いていた。
七海が先んじて許可をもらったのはこういう意味だったのか、と今さら理解していた。
因みに、執務室にも小さいが風呂はある。
主に提督が忙しい時に使う簡素な物だが。
「春雨イド。髪を見せなさい。洗いましょう」
「いいんですか? ありがとうございます」
で、湯槽に放り込まれた不貞腐れる響を横目に、目をつむる春雨の髪を洗う七海。
狭い風呂場だが、一遍に三人ぐらいなら余裕で入れるぐらい浴槽は大きい。
代わりに洗い場は狭いようだが。
優しく、慣れた手付きで洗っていく七海を、響は思う。
皆で慣れていたんだろう。手慣れているようだ。
春雨は色々貧相だが……七海は体格すら変化したので、以前ほどではない。
寧ろ年頃の体つきになっていた。響は……お察しください。
「なんで私まで……」
「あなたが迷っているからでしょう。いい加減、改装の事で迷っても仕方ないでしょうに」
「……気づいていたの?」
七海はシャワーを浴びせながら言った。
響の悩み。それは、己の改装のこと。
響はその成り立ち故に、最終改装で姿が変わる。
ヴェールヌイ。そう、名前すら変化して、別人になる。
普通ならばこうはならない。響特有の仕様だ。
響は特別で、最終改装をすると、内面も変化してしまう。
艦娘響だった頃の記憶を失い、駆逐艦ヴェールヌイとして生まれ変わる。
文字通り、別の人間となる。
言葉は全てロシア語に、記憶も装備も無くして、練度のみを引き継ぐ特殊な改装。
姉妹との連携が上手い彼女からすると、己の存在意義を全部失うに等しい。
愛しい姉妹の記憶すら消えてしまう。そんなジレンマを抱えている。
「ええ。その話をしたのは、あたしです。分からない訳がないでしょう」
響が、周囲が次々と改装するなか、踏みとどまる理由。
力を求めるか、思い出を捨てるか。
何時までも選べないからだった。
七海は、春雨に今度は髪を洗ってもらいながら言った。
「今の響では、連携が取れません。他の三名はもう、随分と成長しました。暁は終わっていますし、雷と電は元々まだありません。ですが響。あなたは、それ以上の上昇は見込めない。何時まで迷っているんですか?」
「…………」
辛辣で適切な指摘。言われる通り、性能で置いていかれた。
妹には追い付けず、姉には既に最終改装すらされているのに。
響だけ、前に進めない。足踏みする。
俯く彼女に、七海は容赦しない。
「まさか、あたしに任せる気ですか? 自分のことを、あたしに委ねてどうするんですか?」
「決定権は七海にある。私は、抵抗しないさ。好きにしていい」
気付かれているなら、仕方ない。諦めよう。
響はそう、決めた。七海には七海の立場がある。
これ以上足手纏いになれば、姉妹の危険を増やすだけ。
ならば、彼女にいっそ決めてもらえばいい。
(そっちの方が楽だよ。心も、身体も……)
自棄であった。散々言い訳に七海を使っておきながら、最後まで決められない自分がいた。
響はこんなに情けない奴だったのだ。自分のことも満足に決定できない、バカな女。
七海は呆れていた。心底、失望したように見えるのは気のせいじゃない。
その程度の艦娘だった。響は、希望すらなく迷ってばかり。
どうしたいかもわかんないのだから。
「ん……。じゃ、お好きにします」
七海は、そう言ってそれ以降は何も聞かなかった。
言わなかった。それはつまり、改装するんだろう。
ヴェールヌイになるのだ。全てを、失って。
(……信頼しないくせに、信頼を名乗るのか。私は、どうしようもない……)
七海を信じないのに、恥知らずめ。
響が、一番救いがたい奴。自己嫌悪は益々悪化する。
そう、思った夜だった。
「はい。暁、雷、電。全員響とよく話をしなさい。纏まるまで出てくるの禁止」
で、後日。
姉妹全員を捕らえて、一室に放り込んだ。
響の今後を全員で決めろと命じて、閉じ込めた。
唖然とする四人を、無慈悲に幽閉。
要するに、決めるなら周りと決めろと言うのが七海の判断。
(……嘘でしょ)
響は思った。
この人、本当に……何しでかすか分からない。
取り敢えず、今は白状しよう。
パニックになる姉妹に謝りながら、響は漸く、動き出したのだった……。