本音を言うと、彼女たちの問題は自分達で解決するべきだろう。
七海は響の今後を考えて、幽閉して取り敢えず環境を隔絶。
自分達で解決させることを選んだ。意思を尊重する、という意味だ。
(自分の将来をあたしに背負わせるなど許せませんね)
ヴェールヌイになりたいかならないかぐらい、自分で決めろ。
どっちでもいい。性能は伸びないが、そのぶんは七海がカバーしてみせる。
そのつもりなので、別段どっちでもいい。
投げ遣りな思考になっている響に対するカンフル剤になればいいが。
冷静になれば、幾分マシな判断を下すだろう。
七海は閉じ込めた彼女たちを放置して、本日のお仕事を開始する。
夜の戦。川内がこよなく愛する魂の世界。
駆逐艦が最も輝く瞬間。悪夢を見る時間。
「ってことで、行こうか……夜戦へ!!」
「行きましょうか」
深夜二時。娘と妹と嫁を寝かせた七海は、大変珍しい事を言い出した。
夜間警備、行ってくると。その日の夜勤である五十鈴に言い出したのだ。
「ファッ!?」
あまりの事で奇声を発する五十鈴。持っていたマグカップを落としそうになる。
七海が、普段仕事以外では滅多に起きない七海が……夜の海に出掛けると言った。
しかも、自分から?
「川内あんたはァッ!! 七海に何を吹き込んだの!?」
また七海の暴走が始まったらしい。
今度は問題を起こす二人目、忍者が原因か。
懲りないので五十鈴の攻撃が疾風の如く走る。
最近、言っても分からない川内には物理でお仕置きをすることにした。
憲兵も安眠妨害と規律違反を無視できないので、勝手に殴っていいと許した。
彼女も相当、暴走をしているのである。
執務室で夜勤を担当する五十鈴の、必殺トラックラリアットが忍者に炸裂。
簡単に言うと、仮眠をとる際に使う、いつぞやの七海のお土産であるトラックのぬいぐるみを投げる。
で、それを咄嗟にガードする相手をぬいぐるみ諸とも真正面からラリアットを叩き込むのだ。
「ヴェアアアアアッ!?」
川内、大破。吹っ飛んで転がった。
五十鈴も軽巡であり、夜の戦には強い。
川内だけが強い訳でもないので、七海に悪のりさせる危険因子は排除する。
七海は撃破される川内を無表情で見下ろしていた。
「七海、いい? 夜は、静かにね?」
「騒いでいるのは五十鈴ですが」
疲れたようにぬいぐるみを持って、交代まで仮眠を取りに五十鈴は向かう。
川内は死んでいた。白目を向いて。
理由を聞くと、七海は侍らせている三名の世話に時間を割くので夜戦未経験。
春雨の時も結局戦わず。なので、暇もできたこの頃に少し経験しておきたいと。
警備の仕事なので、そんなに大変でもない。練習には丁度良い。
と、簡単に言うが……。
(ヤバい。絶対にこの娘暴走している。言うこと聞く気ないわ)
一つ知ったが、七海は楽しみにしていることがあると、無意識にのめり込む。
どうやら、知らない夜の戦に興味津々のようで、彼女は乗る気満々だった。
やる気に溢れている。つまり、話を聞かない。今はその状態だ。
夕立の悪影響か、夜に戦えるとなるとこうなるのか……五十鈴は眠気を噛み殺す。
「はいはい。五十鈴も行くわよ。少し眠気覚ましに、運動したいし」
「……川内は?」
「毎日やっているんだから、今日ぐらいは安眠させてあげなさいな」
交代の山城が、その時執務室に顔を出した。
……何で同じようなトラックのぬいぐるみを抱えているのか。
「あのぅ、交代ですよね? 私、入ります」
七海がいると気付くと、軽く会釈して挨拶。
床の川内は、七海が無造作に掴んで廊下に放り出しておいた。
「何かありました?」
「別に。あのバカが七海に妙なこと吹き込んだだけ」
「あぁ……」
山城は皆まで言わずとも、御愁傷様という顔をした。
川内の刷り込みを受けたと聞いて、ドンマイと励まされた。
全く、本当に困った子だ。五十鈴は苦笑する余裕も生まれていた。
取り敢えず付き合おう。七海の戦いぶりを、久々にこの目で確認する。
二人は夜間警備に、向かって行くのだった……。
近海の沖に出る。
七海は、楽しんでいた。
「……前に来たときは、余裕がなくて分かりませんでしたが。夜の海は、綺麗ですね」
ゆっくりとペースを落として、見張りをしている。
五十鈴は前に出て、首だけ振り返る。
静かで、穏やかな夜の海。七海は、それを喜んでいるようだった。
途中、イ級などの邪魔が入るも、
「邪魔です」
と、確認して直ぐ様飛びかかり、豪快に蹴り飛ばして蹴り殺した。
一撃であった。水切り石のように、恐らくは海面をバウンドしていっただろう。
遠くで爆発して、電探から反応が消えた。
「あんたは……」
呆れる五十鈴。
やっぱり、五十鈴の出る幕はない。
七海の異常な反応速度に、速力。
理性のある七海は、一瞬電探画面から消失するぐらいの加速を行う。
速すぎて軌跡が見えないほど、追えないほど素早く接近して、蹴り飛ばす。
彼女の蹴りは下手すると戦艦の装甲も凹ませる。貫通も有り得る威力だ。
駆逐艦では大抵、即死する。
「釣りとか出来ませんかね」
「遊んでるんじゃないの。護衛でもしたいわけ?」
「……漁船の護衛ですか。機会があれば是非」
夜の海で海釣りをしてみたいらしい。
大体、今のご時世海産物は確保が大変なのだ。
呑気に海釣りしている時間があるなら、漁船の護衛でもしろと五十鈴は言う。
「前に聞きました。この辺には、栄螺や牡蠣がたくさんいるんだそうです」
「栄螺ねえ……。七海は食べるの?」
「いえ。あたし、貝などは好きじゃないんですよ。子供の頃、一回派手に中りまして。医者に送られました」
「うわぁ……」
七海が昔話をしてくれた。
初めてかもしれない。こうして、自分の過去を語り出すのは。
警備をしながら、二人で話す。雑談をしながら、見回る。
五十鈴は感慨深かった。漸く。漸く、七海が自分を明かした。
自分から、自然に。自分の過去を、艦娘に話してくれた。
長い道のりだった。狂うわ、壊れるわ、すれ違うわ、揉めるわ。
散々な事ばかりでも、やっとこぎ着けた。
七海は、五十鈴相手に、時間をかけて、自分を教えてくれた。
(……やっとか。自分から、話してくれたわね。ここまで変化するのに、どれだけの犠牲を出したかは……考えないでおこうっと。前に進めたことを喜ぶべきよね)
七海は言う。彼女の人生は、ずっと平坦であるようだった。
それを詰まらないというか、平穏というかは、それぞれだろう。
でも、気になることがある。
「七海……。あんた、お父さんは?」
「小さい頃事故で死にました。あたしも巻き込まれたのですが、幸運にも無事でして」
……七海は、片親だった。
父は事故で他界。七海は顔もろくに覚えていないらしい。
軽い口調で話すが、七海にとっては父は最早意味のない存在らしく。
全く気にしていないと、五十鈴に説明する。
「自分の親ですが、死んだ人間に何を思っても、無意味ですからね。それよりも、生きている人間に時間を使うべきです」
以前の計画の時のように、死人に大した思い入れは、ないと。
ハッキリ断言する。自分の親だというのに、七海は穏やかに続けている。
筋金入りだったようだ。この七海の思考は。
自分のことでも、変わらない。死人は死人。
死者を気にしないのは、艦娘だけじゃなかった。
七海を薄情と言えるほど、五十鈴は生きていないし、艦娘にはどうこう言えない。
親なんて艦娘には居ないから。
(……五十鈴には分からない世界なのかもしれない。親、か……)
七海の成り立ちには、これも関係しているのだろう。
だが、五十鈴は所詮艦娘。人間の気苦労など、果たして理解できるのか。
……夜の海を一緒に進みながら、考える。
五十鈴は、本当に……彼女を、分かっているのだろうか、と。
で。
五十鈴は、七海の事を知ろうと思う。
嘗ての如月のように、彼女を分かれば……きっと。
きっと、彼女の力になれる。何度も手遅れになった身だ。
何を今更。そう、思うが……知ることを始めなければ、ずっと分からないまま。
簡単なことでいい。もう少し、もう少し理解を深めれば。
五十鈴は、もっと頑張れる。
「……うわ」
初めに、七海の私室に訪問。
酷い有り様だった。
室内は、五人ぶんの私物で溢れている。
ごちゃごちゃした乱雑した、しかし散らかったわけでもない見事な混沌。
要は、部屋が狭くて全員が過ごすには窮屈だと言うことか。
四人が狭いなかでわちゃわちゃしているが、七海はマイペースにやることを続けている。
いつもこんな調子らしく、幸せそうだ。
七海らしい姿なので、五十鈴は敢えて何も言わなかった。
次に、七海の仕事以外を拝見。七海には少し見せてくれと頼んである。
「構いませんよ」
と言うので遠慮なく見せてもらうが……。
訪ねた先の、山城の部屋で何をしてるかと思えば。
「違いますよ。そこは、縫い方が雑です」
「……こうですか?」
「そう。でも、少し綿を詰めすぎてコンテナが大きいです。扶桑はこんなトラックに乗ると思いますか?」
山城と扶桑専用巨大トラック型のクッションの作成をしていた。
此処のところ、皆の衣服を手縫いしている七海は手芸がかなり上達しており、山城の先生をしているようで。
今は長距離トラックを縫い込んでいる。
見事な出来映えだが、これは既に枕のレベルの大きさであった。
白いコンテナのトラック。模様に扶桑の艤装の模様が描かれていた。
「……毎回思うんですけど。提督は……わたしを、何だと思っているんでしょうか……?」
一番最悪なのは、途方にくれる扶桑が近くにいて、山城専用大型バスのクッションの作成をしていることか。
困ったように見ている扶桑を尻目に、着々と進むクッション作成。
五十鈴も呆れるしかないが、まあ……何だかんだ、平和であった。
次。由良となにやらしている。
これは……ポーカー?
他にも古鷹や羽黒も参加している。瑞鳳や祥鳳もあとから来た。
「むむむ……」
「無駄なことを。由良があたしに勝てるとでも? 今日の夕飯は由良の奢りですね」
「まだよ……由良はまだ敗けを認めていないわ!!」
唸る由良は、七海の手札を睨んでいる。適当に分かりやすくしたルールで、夕飯を賭けているようだ。
五十鈴は見物しているが、由良はフォーカードを揃えている。
七海は決して表情を崩さない。こういうゲームは強いそうだ。
現に、由良以外は皆負けている。他のババ抜き然り、神経衰弱然り。
勝負に出ると、由良はフォーカードで出た。
これはさすがに無理だろう、と見ている皆は思った。
が……。
「はい、ロイヤルストレートフラッシュ。あたしの勝ちです」
普通に有り得ない役を揃えていた。唖然とする一同。
いわく、手札の逆算など諸々の技術で算出は出来るそうだが。
「七海、それイカサマでしょ?」
「技術です」
五十鈴がズルいと言うが、七海は知らん顔。
堂々と勝ちは勝ちと言うのだ。ふてぶてしい奴であった。
由良は再度挑むもまたも惨敗。何度やっても七海には勝てなかった。
次、懲りない川内と戦いを始めた。
今度は白兵戦を極めるとか言い出した川内に七海は感化されてしまった。
あまり行かない、鎮守府の倉庫方面でちゃんばらをしていた。
「止めなさい、危ないでしょっ!! コラ、七海!!」
野外とはいえ、鉄パイプを振り回す川内に徒手空拳で挑む七海も怖い。
五十鈴が懸命に止めるが、おっ始めてしまった。
これも、七海の戦いのスキルアップとは言うが……。
「バッドラックと……踊っちまった……です……」
鉄パイプで脳天を殴打されて、一発でノックアウト。
オッドアイをぐるぐる回して、気絶してしまう。
川内が勝つために、なんと弱点だと知っていて沈丁花の煙玉を持参。
火をつけて放ち、逃げ損ねた七海は吸い込んでしまい、怯んだところを殴り倒した。
「渋谷、流石忍者汚いと言って欲しいね!」
どや顔で誇る川内は、勝ち誇ったように言うのだ。
本当に汚い忍者であった。
……で? このアホ忍者は、誰の前でそれをやった?
「――川内、あんたって奴はぁぁぁぁ!!」
某主人公のように雄叫びをあげて、五十鈴がキレた。
懲りない奴は、五十鈴の前でそれをやった。
当然、こうなる。
「ひえええええ!? 五十鈴!? 五十鈴なんで!?」
慌てて逃げ出すが、逃げきれる訳がない。
五十鈴は追いかけて、すぐに追い付いた。
七海のように豪快に背中に目掛けて飛び蹴りを放った。
「ぐわー!?」
吹っ飛び、顔から地面をスライディング。
川内は泥だらけで起き上がった。
「川内、川柳を詠みなさい……。介錯してあげるわ」
五十鈴さんの怒気に、川内さんは絶叫する。
後を歩いて追いかける五十鈴は、怒髪の状態であった。
「!?」
不良漫画よろしくの反応をする川内。
番組が違うが細かいことは気にしてはいけない。
「ちょっと待て、そこはハイクだ、違うでしょ」
などと律儀に詠むから、こうなるのだ。
腰を抜かしている川内に追い付いた五十鈴。
ヤバい雰囲気が増していた。
「何なのかしらぁ、今のはァ……?」
どこぞのブロッコリー的悪魔のような台詞を吐きながら、川内の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
白目向いていないだけましか。
ガタガタ震え、青ざめる川内に五十鈴は。
「お仕置きの時間よゴルァッ!!」
ちょっとキャラ崩壊を起こしつつ、処刑開始。
介錯と言うよりは、真面目に処刑であった。
――ヴェアアアアアアーーーーー!!
川内の断末魔が、鎮守府に響き渡った。
哀れ川内さんは、五十鈴さんの鉄拳により、爆発四散!
さよなら!! であったとさ……。