嫁とイチャイチャしているうちに独房の期間は過ぎていた。
反省する点もない七海はしれっと出てきて、周囲の憲兵を完全に萎縮させていた。
心は決めている。こんな世界、もう願い下げだ。
(戦う理由も……あたしは本来、個人のためですしね)
国防の思いも、名誉も矜持もない。
自分が死なないため、身内が死なないため、それだけであった。
だが、それもお仕舞いだ。七海だって分かっている。
自分はその理由さえも捨てようとしている。選ぼうとしている。
全員は守れない。自分の限界を知った。
ここにいても、七海は分身も分裂もしない。
一人で守るには、敵が予想よりも多すぎた。
何よりも、他者に興味がなかったせいで、守る対象の悪意を測り間違えていた。
無数にいる人間たち。人類全てを皆殺しにはしないが、それにしたってハエの数が多すぎて。
苦しめる者にイチイチ報復していると間に合わない。
もっと、手っ取り早く、悪意あるものを殺せる手段がほしい。
(……武器を。もっと強い力を求めれば)
頼るという選択肢もあるが、それが出来るのはまだいない。
誰にも言えない秘密なのだ。あの死んだであろう連中以外には、喋ってない。
それを踏まえて言ったのだから当然として。
七海は本腰を入れる。綿密に計画を立てて、邪魔する者は全部殺して。
その為に、準備を……始めよう。
先ずは、自分についてきてくれる、そして連れていきたいものたちを選ぶ。
本音を言えば全部さらいたい。けど、それは物理的にも精神的にも無理。
反発する艦娘はいるだろう。そういう子は、置いていく。
好きに生きればいいのだ。七海が居なくても、ここの艦娘は生きていける。
溺愛はしているが、束縛する気はない。自由に選べばいい。
少なくとも、七海は逃避行、脱走を選ぶわけだし。
(……如月は絶対に連れていく。あとは……)
如月は絶対についてきてくれる。
あとは、あの子達だろう。
「山風、ママのこと好きですか?」
「好きだよ? どうして?」
出てきてから翌日。如月に深海棲艦になったことは秘密に、と言って彼女は仕事に戻る。
五十鈴たちにお礼を言ってから、一人ずつ確認していく。それとなく。
初回は、愛娘の山風。膝の上に抱っこして、抱き締めて聞いた。
即答する山風は、理由を聞いた。
「ママ、お仕事で単身赴任するかもしれないのです。……山風、一緒に来ますか?」
適当に誤魔化しつつ聞くと、
「行くよ。一緒にいく。何処でもママとあたしは一緒!!」
彼女はすぐに言った。じゃあ、と例えばと前置きして。
「ママが……もう、ここには帰ってこなくても?」
「うん。あたしはママの娘だから。地獄だろうが一緒だよ?」
暗に、そういう意味じゃないと含みを入れて聞くと。
あのハゲの鎮守府にいた影響か、何となく……理解は、したようだ。
少し、神妙になり。振り返り、小声で言った山風。
「……地獄でも、誰もいない海でも……ね。あたしはママの娘」
「そうですか」
賢い娘だ。これだけで意味を悟ったか。
七海がもう、逃げ出すかもしれないと分かったのか、甘えるように山風はそばにいると繰り返す。
答えは得た。彼女も連れていこう。
次は、妹だ。
「弥生?」
「……なに?」
その日の昼に、一緒に執務室でご飯を食べているとき。
何となく言い出したように、七海は無表情で昼を食べる弥生に問う。
「あたし、転職したいんですけど……どう思いますか?」
「……えっ」
今度は転職という体で、聞くと弥生は驚いたようにカレーを食べるスプーンを落とした。
驚いている。七海はまだ、そういう気になっているとだけ言ってから続ける。
「弥生は、もしもあたしが此処を出ていくとしたら……一緒に来てくれますか?」
「そ、それは……そうだよ。弥生は……七海姉と一緒がいいから。行っても良いなら、行きたい」
不安そうに揺れる瞳。
七海は秘密にして、と言ってから弥生に言うのだ。
「じゃあ……来てください。お姉ちゃんと一緒に」
「……うん。いつになりそう?」
「詳しいことは決めてません。五月蝿いので、秘密にしないといけないので。弥生は……簡単に荷物、バレないように纏めてくださいね?」
「分かった。準備、しておくね」
弥生も一緒に行くと言うので、連れていく。
これで三人は確定。次は、メイド三名。
「そういうことなので淫乱村雨イド。言うことを聞きなさい」
「誰が淫乱ですってぇ!? 話が見えません!! 主語を言ってください!」
条件反射で殴りかかってきた淫乱メイドのパンチを受けながら、七海はメイド服の村雨に言った。
いつも通り怒る村雨。可愛い。じゃない、事情を説明。
彼女の場合は深海棲艦だ。
自分が転属するかも、と適当に言うが……。
「嘘言わないでください提督」
速攻バレていた。むすっと拗ねた顔で、村雨は言い出した。
「逃げ出すんですか、此処から。あるいは、反逆ですか? どのみち、突拍子も無いですが」
「……詳しくは言えませんが。然しいつ、気がついたんです?」
村雨は呆れたように、肩を竦める。
毎度七海に振り回されていたので、経験で何となく察していたらしい。
「散々揉め事起こして、そんな風に言い出すってことは、自分からですよね。転属するかも、なんて……提督には有り得ません。その前に、それを言ったお偉いさんは血祭りですよ。今の提督は、邪魔するなら暴力で突破するような人物ですので」
よく見ている。そして、よく分かっている。
流石はエロメイドだの淫乱村雨イドだのと言われるなんちゃってメイド。
心酔していないので、客観的に七海を見ている。
「流石はエロ担当とツッコミ担当の淫乱村雨イド。お見逸れしました」
「殴りますよ?」
怖い笑顔で凄むので取り敢えず謝って。
村雨は、ため息をついて返答する。
「村雨は一緒にいきましょう。春雨が絶対についていくので、心配なんですよ。提督の餌食になりそうで」
「……意外ですね。あなたはあたしを本気で嫌ってると思ってました」
理由を言いながら、村雨はどこかアホを見ているような生温かい視線で七海を眺める。
嫌っていると思っていたのだが、村雨は言うのだ。
「まあ、村雨をエロだの淫乱だのメイドだのって散々好き放題いってくれましたけど、別にそれは……この鎮守府っていう安全圏を提供してくれて、その上でのイジリですから。前提は、提督が受け入れてくれた空間があってこそでした。そこを感謝しないほど、村雨は人でなしじゃありません。感謝しているんです。最低でも、命をかけて毎度守ってくれてますし。提督の背中を見てますので」
言葉はないが、行動で見ていると。
七海の愛情は、間違いなく本物で、皆を深く愛しているのは知っている。
なので、今度は恩返しぐらいはしたいと。
「すみません、今まで誤解していて」
失礼をしていたと七海は謝り、村雨は気にしないと言った。
そして、苦笑する。
「ま、村雨は貴重なツッコミ役ですから。ボケを殴り倒すのも使命です。ツッコミ不在の恐怖を知りませんね?」
軽口を言うぐらい、村雨は信じてくれている。
そこは素直に、頭を下げて礼を言う。
次は、春雨。
「ご主人様に尽くすのです、あたしの可愛いメイド春雨」
「はいっ!! わたし、何処までもお供致します!!」
一言で事情も言わずに懐柔。チョロい。
で、ついでに。
「小春。幸せにしますので、あなたを下さい」
「分かった」
小春もプロポーズして確保。
因みに幸せの内容は。
「お嬢様のそばにいると安心するの。だから、お側にいたい」
「覚えておきます」
小春は七海の側が良いと言うので、仕えて貰うことにした。
これで、一番近い面子は聞き終わった。
次は、慎重にしないといけない。バレる可能性がある。
七海は、ゆっくりと、行動を開始する……。
多分五十鈴は無理だ。シバかれて阻止されるに決まっている。
お姉ちゃんのような五十鈴には言い訳も通用しない。
正直、五十鈴には分かって欲しいが無理だろう。
と、思い込んで七海は五十鈴を除外していた。
由良も……きっと、五十鈴に味方すると思うので除外。
一通り考える。……艦娘は、基本的に無理な気がする。
だって脱走だ。深海棲艦とは違い、それは裏切りになる。
誰もついては来てくれまい。早々に、冷静に判断して諦めた。
下手なリスクは抱えられない。真に信用するに足る人物のみ選定する。
……七海は、甘い。そこまでお姉ちゃんたちは、薄情ではない。
言えば、簡単についてきてくれる。そう、特に筆頭二名は。
そもそも人間に不信感は、まだ抱いている。
七海の一件で皆は、七海のために戦っても、人類の為には戦わない。
それを視野に入れていない。故に見落とす。
まあ、駆逐艦や潜水艦、空母は……友人とは言えないが、それなりの仲だった。
だが、それなりではダメだ。邪魔をされたら、排除しないといけない。
殺しはしないだろうが、痛い目には遭わせる。それが嫌なので、真面目に脱走を企てているのだ。
では、残りの深海棲艦は?
リンゴは拒絶している。他人が気にならない彼女は、上手い飯がある鎮守府に住み着くつもりらしい。
周囲との隔絶がどうしたと言わんばかりに日々を謳歌している。
リセ。彼女は、七海の異変に気付き……多少迷ったが、軈て。
「司令官様。……ねえ、もしかして……」
リセは、七海についた。
最後の揉め事は、リセの報復であった。
人間らしい生き方をしたいリセだが、七海にこうして救われておきながら、無視するのは寝覚めが悪い。
そういう理由で、加担してくれた。
「あたしも、人間らしい生き方って言うけど……いっそ、海賊みたいに生きるのも、良いかもしれないわね。こんな時代だもの、海賊なんてあたしたち以外にはできないだろうし」
七海にそんな風に適当なことを言ったリセだが、まさか。
逃げたあとのプランがなかった七海に天恵を与えるとは、思ってもみなかっただろう。
それはおいといて。次、パクチー。
彼女も残る組のようだ。詳しく言う前に嫌がった。
七海には感謝しているが……波乱万丈な世界は怖いので、この鎮守府に残るみたいな気配がある。
なので、ここでお別れのようだった。
つぎ、静香。速攻で握手。ついていくと頷いた。
何故か? シンプルな理由だった。
彼女……聞けば、一種のコミュニケーションができない部類で、ここも上手く周囲と馴染めない。
顔見知りの方がいいという情けない理由であった。そりゃ寡黙ならこうもなろうに。
最後、翔鶴。彼女も残る。
居心地の良い鎮守府を守りたいと笑顔で言われて、速攻で断念した。
聞くまでもない。もう結論はもらっていた。
なので、逃げる際は……結構な大所帯になりそうだが、この面々で逃走をはかることにした。
次は、浮遊要塞の懐柔である。
七海に懐いている浮遊要塞たちは、正直に話すと、別にいいぜと言ってくれた。
今では翔鶴の艦載機も十分揃っている。翔鶴も最近では浮遊要塞に構ってくれないようだ。
出番終了と思っていたのか、全部が七海の手下になった。
本音で、お前らを一番頼りにしていると言うと喜んでいた。
何でもできる浮遊要塞。これを解析して最近では砲台小鬼なる新型も海軍は配備予定のようで。
益々お払い箱になりそうで、怖かったらしい。
一生姉貴についていきます! と騒がしく手下たちは忠誠を誓ってくれた。
「ありがとう、浮遊要塞。頼りにしています」
こうして、着々と準備は進んでいく。
艤装も浮遊要塞が居れば問題ない。
彼らの活躍が、皆の生命線でもある。
頼られて張り切って、彼らと共により細かい計画を練っていく。
逃亡する海路、脱出の仕方、目的地。
その他もろもろ、打ち明けた浮遊要塞とバッチリ相談して、気づいている村雨にも聞いた。
「可能だと思いますよ。っていうか……提督、ゲスい事考えますね……」
「効率の問題です」
大量の姫を抱えて、躊躇わずに艦娘を襲うと言い出した時点で、覚悟は決めていた。
これからは、生きるために何でもする時代なのだ。
七海は逃げたあと、どうするかを村雨には言った。
リセが言い出した、あれを。
「海軍逃げて、海賊になりましょう!!」
今のご時世、いるはずがない海の荒くれもの。
海賊として好き勝手に生きていこうと言う、無謀で……然し、割と現実味のある計画が、立ち上がったのだった。