さて、問題はどうやって皆で逃げ出すかだが。
着々と準備を進めていく。
監視カメラは位置を微妙にずらして映らないように細工して。
知られないように浮遊要塞に新しい艤装を頼み込み。
ついでに、要となる細工も慣れない手つきで拵えて。
分からないように少しずつ、荷物を要塞に押し込んで。
そして、万端になるある日の夜。七海は不敵に笑っていた。
ここは、先の大鯨のやり方を真似ることにした。
その為には、でっち上げないといけない。
舞台を。敵を。何よりも、シチュエーションを。
七海は画策する。切り札を使うときが、来たようだ。
(始めましょう……逃走劇を)
人類に別れを告げて。
七海は皆に、冷静になりつつ適度に芝居をして、頃合いを見て合流を命じた。
その頃には秘密裏に説明され、合意した彼女たちは、静かに行動を始めた。
五十鈴たちを、騙すため、そして……傷つけないために。
その日、五十鈴は悲鳴を聞いた。
夜間の警備に出ていた如月が深海棲艦に襲われたのだ。
その時、彼女は一人で警備に出ていた。
油断していたわけではない。少々、上の空になっていた。
その少し前に、夜の廊下で大声で七海と何やら揉めていた如月は、七海を激怒させたらしい。
「もういいです!! 如月の事なんか知りません!!」
話も聞かずに、自室に閉じ籠ってしまった七海は仲裁した五十鈴にも何も言わずに、出てこない。
泣きじゃくる如月も、自分が悪いと言って説明せずに、一緒に行く筈の警備に責任を感じて自分で向かっていた。
そして、悲劇は起きた。
「如月!? 如月ッ!!」
砲撃の音。雷撃の音。次々重なる嫌な二重奏。
攻撃が直撃したのか、如月は必死に抵抗を続けている。
五十鈴が呼びかけても、反応なし。
一緒にいた由良が内線で慌てて七海を呼び出すが、七海は無反応であった。
応援に行くように支度していると、攻撃の気配が止んだようだ。
敵の反応が消えた。イ級などの群れに単機で突っ込み襲われている。
完全に慢心の結果だったが、それはどうでもいい。
「……大丈夫。如月は、生きてます……」
絶え絶えの声で、漸く応答する如月。
手痛くやられたようだ。が、鎮守府の広域電探の反応がおかしい。
如月の艤装は、真っ赤に染まっていた。
航行速度の低下に、急激な温度上昇。
直撃弾を受けて爆発寸前だったのだ。
近くには普段遠征で立ち寄る小島ぐらいしかない。
そんな夜の海のど真ん中で、ノロノロ移動する如月。
要するに、轟沈寸前。早く戻れと五十鈴が言うが……。
「……多分、もう……間に合い、ません……。ごめんなさい、嘘を言いました……」
如月が、悲しそうに言うのだ。もう、持たないと。
大破している如月が、戻るまでまだ距離がある。
小島に行くにも、距離は有りすぎる。
大破寸前なのだ、本人もきっと大ケガをしているに違いない。
五十鈴が今助けに行くと言うが、彼女は来なくていいと言った。
「今来ると……爆発に、巻き込まれます……」
その頃、漸く七海に通じて、血相を変えた七海が執務室に飛び込んできた。
電探の反応を見て、真っ青になり、直ぐ様無線に取りついた。
「如月!? 如月、大丈夫ですか!?」
遅れた事を謝る七海だが、彼女は。
そう聞くと、如月は……こう、七海に伝えた。
「ごめんなさい……司令官……。バカなこと、言って……」
同時に、無線から爆音。
電探から、如月の艤装の反応が、途絶えた。
五十鈴、由良は、絶句した。……シグナルロスト。
この意味は……。
「えっ……。如月、如月ッ!? 返事をして、如月ッ!!」
呆然とした七海が何度も叫ぶ。シグナルロスト……即ち、艤装の消失。
もっと有り体に言えば……轟沈。沈んだ。
七海は何度も叫ぶ。次第に泣き叫ぶが、彼女のシグナルは戻らない。
「……くっ!!」
七海は焦れったくなったのか、無線を叩きつけて執務室を飛び出していった。
由良と五十鈴も続こうとするが、丁度その時。
「……どうかしましたか? 提督が泣きながら走っていきましたけど?」
村雨が、出ていこうとする二名を見て首をかしげた。
用事で来たらしい彼女は、顔面蒼白の二人を見て、何事か聞いた。
端的に説明する。如月が、沈んでしまった。
そう聞いて、村雨も焦る。が、出ていこうとする二人を止めた。
「ダメです!! 出ていったら、誰が連絡を取るんですか!? 落ち着いてください!! 提督が消えているのに、お二人まで居なくなったら困りますよ!?」
慌てて制止して、七海が勝手に出ていったのだから、此方は待機するべきと冷静に指摘する。
二人は村雨の言葉に、何とか気持ちを落ち着かせて、深呼吸してから、戻る。
……沈んだ。如月が、死んだ。
消えてしまった。海の藻屑に、なってしまった。
広域電探が、七海の艤装を映した。凄い速さで現場に向かっている。
深夜の時間帯。普段ならば川内が張り切っている。
だが運悪く、今日は川内は昼間の七海の暴走により、撃沈されていた。
創作料理を作ると言い出した七海が完成させた謎のブラックマテリアルを毒味で食わされ、腹痛でドックに入った。
にも関わらず痛みが抜けずに寝込んでいるのだった。
その代わりに七海たちが出る予定だったのに……。
「嘘でしょ……? 嘘って言ってよ……」
パニックを起こしている五十鈴は、ぶつぶつと小声で呟き。
由良は失神してしまった。突然の事に、二人はついていけない。
無駄に騒ぎを大きくしないでと、村雨が口を封じ、拡散を阻止して。
更に、悲劇は……続く。
「な、何ですかこいつ……!?」
無線から、助けに向かった筈の七海が、誰かと交戦していた。
小島よりも少し離れた場所で、それは起きた。
電探の反応は……未確認。判別不能の、新種。しかも仮定分類は……姫。
七海は、救出に向かう途中に、間が悪く突然出現した新種の姫に襲撃されていた。
「七海!? 逃げなさい!! 早く!!」
もう沢山だ。これ以上、誰かが死ぬのは。
五十鈴が撤退を命令しているのに、七海は拒絶した。
「嫌ですッ!! 助けなきゃ……あたしが、あたしがあの娘をッ!!」
如月を助けることに固執して、その未確認と戦闘に入ってしまう。
応援に、七海の不在に気付いた山風と弥生が執務室に来てしまい、事態に案の定暴走。
命令を無視して此方も助けに行った。村雨が春雨と小春を叩き起こして、一緒に向かう。
未確認は凄まじく強いようだ。七海が、一方的に押されている。
「邪魔をするなああああ!!」
怒り狂う七海が暴走しているのを差し引いても異常なしぶとさだ。
かれこれ30分以上粘っている。
由良たちが出る前に、応援の娘と妹が加勢したのにも関わらず。
あの娘たちもそこそこの練度はあるのに、防戦一方になっていた。
「由良、あんたも出なさいよ!!」
「準備してるよ!! ちょっと待って!!」
五十鈴がもっと応援に行かせるように、由良にも言う。
連絡は五十鈴がするから、早く行くように言うが、由良は焦れるように呟く。
「リセちゃんが静香さんと工厰でまだなんかやってる……!」
内線で問いただす。二名は、何やら装備の改造を夕方から夜中になるまでずっとやっていたようだ。
先程から何人か飛び出していったが何事か逆に聞かれる始末。
専用の耐熱ヘッドフォンをして音楽を聞きながらやっていたので、走っていく姿しか見てないと言うのだ。
それはそれで、危険な行為だったが今はどうでもいい。
工厰の髭や妖精はすっかり寝ているし、二人は許しを得て何かしている。
由良は苛立つように、作業の中断を要請。
彼女たちの作業が、由良と五十鈴含む艦娘の装備をする設備の機能を阻害しているのだ。
「ごめん、これだけ待って。今、鉄を融解しているから、今やめると火事になっちゃうの」
鋼材の加工を遅くまでやっていたせいで、出られない。
悉く、邪魔が入る。由良は無理だと五十鈴に叫ぶ。
「何やってんのよあいつらは!? あぁ、もう!!」
思わず怒鳴る五十鈴。本当に今日は間が悪い。
そうこうしている間に、村雨と春雨、小春も到着。
未確認との接触をしたのだが……。
「いい加減に死ねえ!!」
七海が激昂して殺しにいっている。
深海棲艦、姫も三人いるのに、全く相手は退かない。
七海が奮闘しているのだが、軈て。
「きゃあ!?」
七海が、直撃を受けた。
続いて、七海を庇ったのか山風、弥生も直撃。
「ママ……無事? 良かった……」
「ミスしちゃっ……た……けど……。七海姉……逃げ……て……」
そして……痛みを滲ませる声で。
彼女たちも、シグナルの光が、黒くなった。
五十鈴の見る先で、表示する画面から……また二人、静かに、消えた。
「山風!? 弥生ィッ!!」
思わず叫ぶ悲痛な声に、由良も更なる悲劇を知った。
戦場でも、怒り狂う七海の獣じみた咆哮と、激昂した村雨や小春の声も無線に混じった。
だが、現実は……無情である。
戦闘の音に気付いたイ級などの雑魚が群がってきた。
混戦となる現状で、眺めるしかない二人は指示を出すも追い付かない。
動きが鈍った七海が集中的に攻撃され、小春たちは未確認と激しく戦っている。
数分経過して……。
「し、司令……」
「お嬢様……!」
「嘘よ……ね……!?」
連鎖的に、未確認が三人を撃破して、沈めた。
一瞬だった。一瞬で、消耗していないのか奴は、姫を撃破したのだ。
驚く村雨、七海に助けを求める春雨と小春も、海に消えた。
画面からまた、光が黒く呑まれた。
「…………」
ここまで死人が連続すると、声すらあげなくなる。
五十鈴も、由良も、黙って眺めていた。
悲しみが限界を超えて、何も感じなくなっていた。
嘘だ。こんなのは悪夢だ、とすがる思いで見下ろすのに。
最大の悪夢が……非情にも訪れた。
最早発狂している七海は、死に物狂いで片っ端から殺していくようで、イ級など数秒で全滅した。
無線がイカれたのか、何も聞こえない。だが、一つ言えることは。
その直後、最も恐れていた、七海のシグナルがロストするという、最大の恐怖と悪夢が、二人に現実を直視させるのだった。
謎の未確認が大切なものたちを、夜の海に消した悪夢から数日経過した。
七海たちは、MIA扱いとなり、正式に死亡が確定した。
結局、朝になって探しに行って発見されたのは、波に漂う大破した皆の艤装の機関部や残骸だった。
未確認も、七海を殺したあとに忽然と姿を消した。それ以降の行方は不明。
詳しく調べると、死ぬ間際に全員が無理矢理外そうとしていたことが判明していた。
海の上で艤装を外せば、即座に沈んで溺れる。それを承知で最後の抵抗ではないか、という見解だった。
無惨に破壊された残骸は、如何に激しい戦闘だったかよくわかる。
鎮守府は提督の死亡により、皆がおかしくなっていた。
リセ、静香は自分のせいだと言って、事情を知ったのち、自沈した。
つまり、自殺した。彼女たちも勝手に出てって勝手に沈んでしまった。
遺書を残して。謝るだけの内容で、下手くそな文字で書かれていた。
大半はその未確認を憎んでおり、血眼になって捜索している。
特に五十鈴と由良の憎しみは半端ではない。
性格が激変したように凶暴化しており、邪魔するものを片っ端から排除して探しているという。
……事実上の、姫園鎮守府の、壊滅だった。
「いやぁ、上手くいって良かったですね」
「……一言いいですか、提督」
「はい?」
「最低ですね。真面目に」
「……合法で逃げるにはこうしかないんです」
「ま、まあまあ……。落ち着いて村雨姉さん」
「ともかく。後で五十鈴と由良も迎えに行ってきますね」
「うぇ!? マジで行くんですか!? 察知されますよ!?」
「新しい艤装の用意はあります。それで襲って拐うのです」
「うわぁ……」
という会話が、何処かの島で行われていることを、皆は……まだ、知らない。