例えば、だ。あなたがもしも、提督をしているとして。
こういう場合は、どうするのが正解だと思う?
強い武器がほしい。けれど、手元の資材が足りない。
自分はまだ新人で、開発するにも難しい。
そんなとき。あなたならどうする?
武器を強化して、近代化改修するというのも一つの手段だろう。
寧ろ当たり前の手段である。マトモな手段である。
普通に考えて、それを選ぶべき。あるいは、知り合いの提督から譲ってもらう。
正常な認識をもって、人間としての通常の感性を持つなら、これが正しい。
彼女もこうしようとした。実際やっていた。それでも足りない。
だから、資材とにらめっこしている。
何故かと言えば、受け取れるものはあまり質の良いものではない。
余り物を融通してもらったのだ。
貰えるだけ有り難いし、それを元手に改修して現在運用している。
だが、多分これは資材を使わないだけで、自分の場所でも作れた。
いくらあの珍獣達が怠け者でも、これぐらいは最低でも作れるはずだ。
(……)
現場からの声を聞いて、ざっとパソコンで纏めた。
主砲は威力が低すぎる、連射がきかない、弾を詰まらせやすい。
魚雷は到達するまでの速度が遅い、射程が短い、威力が弱い。
電探はぼちぼち、口先で騙してそれなりの物を貰ったので問題ない。
ま、敵を探す役目を軽視してのちほど怒られたらしいがそれがなんだ。
返せと言われても返さない。渡す方が悪いし、ちゃんと約束しているので理屈で倒した。
ソナーは……まあ、最低限ながら適度に強くしているので此方も問題なし。
ここら辺は潜水艦が多くて困る。
五十鈴や由良、駆逐艦たちに毎日爆雷投げ込んで掃除してもらっているのに数が減らない。
酷いときは空母たちまで頑張ってもらう始末だ。最悪、潜水艦同士で争ってもらう場合もある。
最重要として早めに開発しておいて良かった。
成る程、戦艦を入れるなと言うわけだ。潜水艦がこうも多いと、戦艦は一方的に倒される。
古鷹や衣笠が悲鳴をあげる前に倒しておかないと、主力が潰されてしまう。
で、流石に重巡二人では辛いとして、更に重巡を増やしてもらった。
建造して、鈴谷というノリが軽い奴と、気の弱い羽黒という重巡が増えた。
因みに七海とはまたも仲が悪い。鈴谷はなんというか、煩い。羽黒は、ビビられていた。
そんな感じで重巡も最高値になったのでこれが主力だ。
で、艦載機。これは非常についていた。
ポンポン質の良いものが量産できている。髭の珍獣が言うには、幸運だそうで。
烈風などの艦載機を既に低練度ながら、三人は使用して上機嫌であった。
なので、懸念していた航空戦に使う艦載機には余裕がある。問題は……。
(水上打撃力と、魚雷ですか……)
多くの主砲と、魚雷の問題。
特に駆逐艦や潜水艦の主力が貧弱で、大半の皆が苦労している。
何時になれば連装砲に切り替えができる。
主戦が現在、資材を考えて余裕がない。改修に使いすぎた、というか誤魔化しもそろそろ限界だ。
皆が不安になっている。通じない場面も聞けば増えていた。
(……四の五の言ってられない)
決めただろう。死なせないと。
不安を抱かせないようにしないと。それは、七海の仕事だ。
敵を殺せるように策を練る。武器を開発、調達、強化するのも仕事。
それ以外になにもする事がないなら、それぐらいはしっかりとやれ。
自分に言い聞かせる。そう、だから。
(……良いでしょう。現状が行き詰まったのなら、最早これまで。王手、詰みならば……あたしも最後の札を切ります。正道を、王道を外れればいい。どうせ、あたしは縁起なんて気にしない。出来るなら、選ぶだけ。外道、邪道、悪道。上等です。罵りたければ、罵りなさい。あたしは何も間違ってなどいない)
方法はもう、選べそうにない。
丁度、美味しい話が舞い込んでいる。
ただ、それは提督にとっても艦娘にとってもあまりにも嫌がる内容であるが。
大淀に頼んで件の内容を伝えた。彼女は驚いていた。
「正気ですか!? あの話を受けるって……!?」
「正気ですよ。宝の持ち腐れや税金の無駄遣いに比べれば遥かに」
「提督……貴方って人は……」
艦娘なら当然の反応に、七海は顔色を変えずに告げた。
最悪な方法だろう。知れば誰もが思うだろう。
この女は、頭がおかしい。それ以上におかしい、大本営と同類なのだと。
マトモな倫理観など、生憎と薄いようだ。意外と気にならない。
「……皆のためですか? 自分じゃ出来ないから、何でもするんですか? 皆の気持ちはどうするんですか!?」
大淀に聞かれる。
理解できずに困惑する彼女に、七海は無表情で言った。
「どう思われようが、あたしは感情移入はありません。お仕事の一貫。それだけですよ、大淀さん」
「然し……ッ!! これは、余りにも艦娘には酷すぎる話では……!!」
「艦娘ならそうでしょうね。けど、人間はそうじゃない。……生き方の違いです。大淀さんは艦娘です。あたしは、提督です。提督ですから、現場の声に応える義務がある。それだけですよ」
「ですが、それで皆が喜ぶと思いますか!? 軽蔑されるだけですよ!?」
これ以上誤解を招くような事をするなと言っているようだった。
漸く、信頼とまでは行かなくても一部では上方修正されつつあるのに。
自ら株を暴落させようとする七海。
まだ間に合うから、身の丈の方法で強くなってと懇願する大淀。
なんで必死になってくれるのか、イマイチ七海はわからない。
「身の丈……ですか。それって何か意味がありますか?」
初めて、七海は笑った。苦笑い。大淀の前で、笑っていた。
大淀も初めて見る、七海の笑みは……困っていた。
「大淀さん。甘いんですよ、そんな感情に囚われていては」
逆に指摘するのだ。
大淀は、感情的になっていると。
「喜ぶとか、軽蔑とか。そんなものが、戦場で何か役に立ちますか? 生きているからこそ感情は意味がある。死ねば感情もへったくれもありません。全部消えます。それを防ぐのが、あたしの役目。皆さんが何を思おうが知ったことじゃないです。使いたくなくば、命令してでも使わせます。文句があるなら生きて帰って聞きますよ。生きると言うのは、感情じゃあない。理屈です。選べる最善が、感情と倫理の最悪な手段だった。ただ、それだけの理屈。問題だとしても生きていなければ問題にすら上がらない。あたしは、提督としての最善を選んで、結果嫌われるなら別にいいです。どうせ、嫌われていますし、あたしもどうにも思いません。お好きに罵ってください。謗ってください。知りませんよ、誰がどう言おうとも。あたしはこれが仕事です。故に、行います」
自分がどう思われようが、知らないと七海はいうのだ。
嫌いたければ嫌えと。好きにしろと。
皆にどう思われようが、七海は気にしない。
「大体、あたしは好かれる様な人間じゃない。そして、好かれる理由も特にない。好かれたいとも思わない。ほら、何にも問題ありませんよ。恨まれる、憎まれる。ま、それも良いじゃないですか? あたしは恨まれる理由などないですしね。仕事の一貫でいざこざが起きても、そんなものは何処にでもありますし。勝手にしてください。あたしは、知ったことじゃない。ただ、死なせないと誓った以上、やれることはなんでもする。大淀さん、分かりますか? 口ではなんでもすると言うのは簡単です。ですが、本当になんでもするっていうのは、こういう意味だと言うことです」
目的遂行の為ならば、倫理すら忘れて行動する。
七海は、理屈の上なら倫理すら気にしないと言うのか。
そのまま、デスクワークに戻る。暫し、沈黙する大淀だが。
「提督……。失礼を承知の上で、言ってもよろしいですか?」
苦笑して、キーボードを叩き画面を見る七海に、眼鏡に陰りを落とした大淀は小声で言った。
なにか? と問うと。
大淀は、ハッキリと彼女の顔を見て、こう断言した。
「――提督。あなたは、頭が可笑しいです。イカれています」
嫌悪の表情だった。キョトンと、七海は目を丸くした。
頭がおかしいと突然言われた。イカれていると指摘された。
理由を、大淀は説明する。
「私にも、漸く分かりました。提督は、相手の感情を理屈としてしか、理解できてないんですね。興味すらないんですね。相手の心情を度外視しているようにしか、見えません。生きていると認めておきながら、その精神を蔑ろにしている……。矛盾しています。生かすという目的のために、心を犠牲にしているんですよ? 自分に向くであろう感情が分からないわけでもないのに、なんでそんなに酷いことを平然とするんですか?」
「そんなもの、どうでもいいからですよ。どんな感情があったって、あたしには関係ない。笑おうが泣こうが、皆さんで好きにすればいいでしょう? だから、何ですか。やってはいけないことですか? 違いますよね? 軍規にも記されない、全くもって問題のない行動ですけれど。それでも何か言いますか、大淀さん。艦娘の感情について大本営に、あたしは何かを求められていません。求められている仕事をしています。それ以外に、役割など言われてません」
仕事はしている。なのに、何故文句を言う。
何がおかしい? 別に区別しているだけで、差別はしてない。
無機物と扱っているわけでもない。言われた問題に対処しているじゃないか。
問題解決の最短である。それの何がおかしい?
相手が七海を信じようが信じまいが、続けていく。
大体が、艦娘の感情を汲んで、それで何の意味がある?
それ自体は否定はしないし、邪魔もしない。
何を思おうが自由だと言っているだけ。
妙な感傷は失うものはあっても、救える物はない。
少し考えれば分かるではないか。
生きる死ぬの世界で、同情と迷いは、死ぬ最大の原因だと七海は思う。
「感情的過ぎますよ。……要するに、大淀さんはあたしが不愉快ですか? ならば結構。その場で力及ばす死ぬだけです。あたしは嫌ですよ。自分の出来ることをせずに艦娘を死なせるのは。自分の責任になりますので。あたしは、命を預かる立場。死なないように努めるのがお仕事です。何もおかしいことはしていない。イチイチ相手を窺って、それで死なせるような阿呆に成り下がる気はないんですよあたしは。目先の感情に囚われて、本質を見失う……。大淀さん、少し冷静になってください。熱くなりすぎです。思い出して、問題はソコじゃないんです。戦いが激化しているこの状況を打破するための最善策を探しているんですよ。感情なんてものは、後回しでも十分間に合います。酷いとかそんなもの、どうでもいいと分からないんですか? 生きるか、死ぬか。論点はそこであって、感情という副産物に脱線していては話が前に進みません」
「……………………」
七海が語るだけ、大淀は更に困惑していた。
なぜだ。なぜ、必要なことを話し合っているのに、大淀は戸惑っている。
「提督……あなた、正気、ですか? 本気で、言っているんですか……?」
青ざめていた。大淀の目線は、恰も化け物を、理解できない異物を見る目になっている。
七海も困る。大淀の意図が、読めなくなっていた。何が言いたいのか、七海には見えない。
「……? 何がおかしいんですか? あたしは、普通ですよ?」
「……分かりました、この違和感の正体が……!! 提督、あなたは異常者です!! 狂っていますッ!! 医者に見てもらってくださいッ!!」
突然、大淀は何やら錯乱したように七海の腕を近づいて無造作に掴んだ。
荒っぽい動作に、思わず痛みが走る。
「痛ッ!!」
「正気じゃないですよ、渋谷さん!! あなた、何時からこんなことになってたんです!? そこまで提督の仕事を我慢してやってたんですか!? なんでもっと早く相談を……兎に角、軍医に見てもらってください!!」
いけない。大淀がパニックを突然起こしていた。
喚くように叫ぶので、七海は素早く内線の受話器を掴み、放る。
弱いなりに抵抗しながら、ボタンをすぐに押す。憲兵を呼ぶのだ。
緊急コールに一秒未満で憲兵の応答を確認。七海は大声で叫んだ。
「憲兵さん! 大淀さんがあたしをどこかに連れ去ろうとしていますッ!! 話が通じません、助けて下さいッ!!」
「話が通じていないのは提督の方ですよ!! 憲兵さんを呼ぶ前に軍医を呼んでください!!」
言い争う声に、驚いたようだが、非常時と分かって、直ぐに向かうと返事をした。
で、更に七海は援軍を呼んだ。机に必死にしがみつき、今度は内線で艦娘を呼び出す。
「痛ッ……!! 大淀さん、腕千切れる……止めてください!!」
「止めません! 今すぐにあなたは精神科に見てもらいますッ!!」
何を言っているのか、まるで分からないが……今は刺激しないようにするしかない。
抵抗している間に、ようやく相手が内線に出た。
「五月雨、五月雨居ますか!? ちょっと、助けて下さい!! 殺されるッ!!」
寝惚けたような声で応答したので、焦らせる事をわざと口走る。
すると、動揺したのか相手……五月雨は、派手に転んだような音をさせた。
受話器からひどい音が聞こえる。しまった、五月雨じゃ逆効果だった。
失態に焦ったと後悔するも、幸い違う相手がいた。
「な、七海!? どうしたの!? 今殺されるって聞こえたけど!?」
慌てている、衣笠の声だった。
同室に居たのか、何事か聞いてくる。
大淀が嫌がる七海に怒って、強引に連れて行こうと身体を抱き抱えた。
小柄な七海はすっぽりと捕縛される。
冷静になろうと努め懸命に抵抗しながら、騒いで知らせる。
「きゃああああ!? 殺される、殺されるううううう!!」
多少大袈裟でも良いだろう。真面目に悲鳴が出た。
机の上の物を投げて、抗った。書類が散乱して、備品が壊れていく。
「提督、抵抗しないで!! いい加減おとなしくしなさいッ!!」
暴力まではいかないものの、怒鳴る大淀の声を受話器は拾った。
衣笠が大淀の声に気がついた。
「今の声……まさか大淀さん!? 何してるの!? 五月雨、古鷹と鈴谷呼んできてッ!! 羽黒は……ダメだ、あと由良と五十鈴!! 川内は……寝てるし、あとは憲兵さん!! 急いで、提督死んじゃうよ!! 衣笠さんもすぐいくよ!! 待ってて提督!!」
乱暴に内線を切ったようだ。
これで何とか、誘拐される前に到着してくれれば。
七海は一層激しく嫌がって暴れる。
「離しなさい、大淀さん!! 提督にこんな真似して許されると思っているんですか!?」
「あなたに言われる筋合いはありません!! 精神が歪んだ人間は危険なんです!! 医者に行くだけでこんなに暴れて、自覚あるんでしょう!?」
殴って蹴って抗うも、艦娘に子供が勝てる訳がない。
騒がしくなる室内。
いよいよ連れていかれると思った瞬間。
執務室の扉が乱暴に破られた。
「大淀ォッ!! あんた七海に何してるのよ!?」
「七海ちゃん、無事!? 大淀さん、何してるの!? 七海ちゃんを離してッ!!」
五十鈴と由良が真っ先に助けに来てくれた。
普段あれだけ喧嘩してる五十鈴が率先して大淀に掴みかかる。
「五十鈴さん、邪魔しないで!! この人は頭がおかしいの!! 医者に見せなきゃ!!」
「意味のわからない事を言うんじゃないわよ!! おかしいのはあんたでしょ!!」
大淀が離すまいと逃げ出すが、由良も怒っていた。
見たことのない顔で、睨んでいた。
「大淀さん、由良を怒らせたわね……?」
後ろから襲いかかる。そして、七海を奪回した。
同時に憲兵も到着。散乱した室内を見て、大淀の乱心と判断した。
警告するが、当然大淀も興奮しているので聞いてない。
衣笠も来てくれた。新人の鈴谷、古株の古鷹も。
「ちょ、何この乱闘騒ぎ!? ゲッ、マジで殺そうとしてんの!? 止めなってば!!」
鈴谷が驚いて、仲裁に入る。
一方、古鷹は七海の救護に向かう。
「七海さん、怪我はない!?」
「腕が……」
「腕痛いの!? 早く行こう、由良さん!!」
「分かってる!! 七海ちゃん、少しだけ我慢してて!!」
由良が七海をお姫様抱っこで回収して、走り出す。
「大淀さんさ……衣笠さんも、許せないことってあるんだよ?」
怒り心頭の衣笠が追おうとした彼女を遮った。
「……話が通じないのは、あんたの方よ大淀。覚悟は、出来ているのよね?」
五十鈴がハッキリと敵意を見せて、立ち塞がる。
「いやぁ……この部屋の中の荒れた具合からして……殺意マシマシじゃん? 止めるしかないっしょ」
話が見えないが、鈴谷も加勢している。
武装した憲兵も加わり、四面楚歌。大淀は説明するが、方法は悪かった。
数分後。抵抗むなしく、真実を知る第一人者は、捕まった。
大淀は言う。おかしいのは七海だ。彼女は頭がイカれている。
サイコパスを提督にする前に医者に見せろと。が、誰も取り合わない。
そのまま、真実は……闇に、葬られるのだった……。