七海がMIA扱いとなってから。
そこそこ、波紋は広がっていた。
数少ない友人たちは悲しみに暮れた。
赤松は特に、落ち込んで暫く再起不能になった程だ。
「武蔵よ、過去の分析を全て私に回せ!! 今すぐにだ!!」
「了解した」
島村は逆に行動を起こしていた。
彼は確かに悲しみがあった。だが、それは何時でも出来る。
肝心で、急務なのは……七海を倒した未確認の深海棲艦。新種と聞いて、彼は迅速に動く。
あの七海が敗れるほどの相手に凄まじい危機感を感じとり、古今東西片っ端から僅かなデータを手がかりに情報を集め、倒す算段を立てていた。
(渋谷提督……貴女の無念は私が晴らす。貴女を蹂躙した、かの深海棲艦を必ずや討ち取って見せよう。今は静かに……眠ってくれ)
死者に対する弔いを感じつつ、彼女を倒した脅威が他に飛び火しないように、島村は奔走した。
結果的に不明のままで徒労に終わったが、成果もあった。
島村独自に性能を予想で数値化することぐらいは成功しているあたり、この男は只者ではない。
だが……。
「…………倒せるのか、この深海棲艦は……?」
背筋が凍るような結果を算出して、島村は腕組みをして、唸っていた。
そばにいた武蔵すら、数字を見て目を見開いた。
「正気か相棒……!? なんだこの数値は!?」
「武蔵よ。貴様、これが過剰に見えるか?」
「……いいや。無いな。寧ろこれでも、優しい方だろう?」
一枚の紙を見せて、二人は愕然とした。
その新種は……少なくとも。
少なくとも、正気を失い暴走していた事実を差っ引いても尚、全力で襲いかかった七海相手に30分以上持ちこたえ。
練度50以上の駆逐艦二名を一撃で轟沈させ、姫クラスの深海棲艦の駆逐艦すら連続で沈め、あまつさえ恐らくは大したダメージを負わずに、最終的に七海を殺した。
後任が教えてくれた情報を纏めて算出しておいて、装甲の数値はざっと400を超える。
火力は最低でも300は軽く凌駕し、耐久は恐らく……800は下らない。
これは、この国の主要な都市を単騎で殲滅を可能にする数値だと島村は武蔵に説明する。
「バカな……。そんなものが、姿を隠して移動しているとでもいうのか!?」
「残念だが、元帥殿にもお伺いした結論では、これでもまだ甘いと言われた。分かるか、この意味が?」
問うと、武蔵は真っ青になって、彼に聞いた。
「……まさか。まさか、『奴』に匹敵する深海棲艦が……まだ、存命していたのか……!?」
「あぁ。機動力と隠密能力は上だろうな。終焉の可能性が、また……出てきたと言うことだ」
冷酷に、島村は遠くを見た。
ほんの10年ほど前にあった、知られざる真実を、提督になってから知った。
民間には秘匿されている、ある情報。
それは、この世界は意外にも直ぐ近くに、滅びの可能性が忍び寄っていた、という事実であった……。
姫園鎮守府。
提督の死亡を受けて、大本営は軽いパニックに陥っていた。
深海棲艦の一部が鎮守府に残っている。誰があの深海鎮守府に着任するのかで。
当然、直属の上司は責任をとらされるが、生憎とその女も無視できない存在である。
人類の最終兵器。世界に数名しかいない従来型艦娘の最強の一員。
言うまでもない、国内最強の艦娘である、桜庭。彼女は何かを考えて、自分から提案した。
「私が行くわ。それでいいしょう?」
大本営で元帥として原則、現場には非常時以外には出撃しない女が自ら、重い腰をあげた。
彼女がひとたび動けば国民の税金が湯水の様に消費される。
悪燃費も加速しており、簡単に説明すれば、彼女の通常出撃は、平均的なサラリーマンが家を一軒建てるのと同じぐらいの金がかかる。
それだけ、彼女の戦いは周囲の負担が重い。
だが、その抑止力としての強さも最強である桜庭は、姫園鎮守府に後任として、着任すると言い出した。
そうしないと、抑えが利かないと言うことで他の元帥も桜庭に泣きついた。
七海が殺された件で、その海域には未確認の化け物がいるかもしれないという恐怖から、対抗できる彼女の着任には大賛成だった。
あとは現場で方法を考えると告げた彼女が数日経過してから、現れたのだった。
「現場なんて久々ねえ。……はい、皆落ち着いて。今日から着任する、桜庭薫子よ。階級は元帥。知っていると思うけど、渋谷さんの直属の上司だったわ。よろしくね」
……言葉を失った。桜庭が、姫園鎮守府に来てくれた。
この悲しみ、憎しみを唯一理解してくれるかもしれない、七海の数少ない味方だった人。
五十鈴たちは全員呼ばれて、顔を合わせて萎縮していたり、深海棲艦は気絶したり、涙を流したりしながら聞いていた。
久々だという桜庭は、元帥の証である紋章を見せながら、七海が死んだときの状況を詳しく聞いていく。
手早く執務室にあった広域電探などの機器の情報も調べてから……軈て。何かを分かって、盛大なため息をついた。
「……ねえ。この中で、渋谷さんが亡くなる前に、変なこと聞かれた人いない?」
そう質問されて、回復したリンゴが、そう言えばとおずおずと手をあげて言い出した。
今の環境は良くなっているか? という、あまり彼女が聞かない質問だったと言った。
それで何かを分かったのか、桜庭はざっと皆を一瞥して、重巡たちと軽巡を残して、全員の退室を命じた。
何か不味いことでもしたのか。今も、人間に不信感を抱いていると知られたか。
ビクビクしながら、直立不動で待っている一同。
全員が出ていくのを見てから皆に聞いた。
「あなたたちは、どうやら……渋谷さんの面倒を、艦娘のなかでもかなり見ていたようね。差はあれど、他の娘よりも漏れている気持ちが強そうだから」
そう切り出してから、五十鈴と由良を見て、問う桜庭。
「ねえ五十鈴、由良。……工厰にいるはずの浮遊要塞、どこ行ったか知ってる?」
浮遊要塞の事を、二人に聞くのだ。
そう言えば、いつの間にか全員居なくなっていた。
工厰にいるはずの浮遊要塞は、生きている。
勝手に移動する事も過去には何度もあったので、すっかり忘れていた。
バタバタしていて、その存在を完全に見落としていた二人は知らないと答えた。
如月が沈む前には、確か残っていたはずだが……。
同じ質問を全員にする。答えは同じ。
すると……桜庭は、面倒そうに頭をかいた。
「やってくれたわね、あの娘……。そう言うことか、やっぱり……」
あの最強の大和の魂を宿す彼女が、途方に暮れている。
何事か理解できない皆に、落ち着いて聞けと前置きしてから、桜庭は単刀直入に切り出した。
「多分、渋谷さん……脱走したんだと思うわ。轟沈を装って、MIAにすることで……追われるのを避けるために、偽装して。要は、生きてるとは思う。けど、どこ行ったかも私にも見当はつくけど、追えないかな……」
「!?」
……何と。
桜庭は、七海が脱走したと言い出した。
何を証拠に、と五十鈴が思わず怒鳴りそうになるが。
「おかしいと思ったのよ。ねえ、部下の皆に聞くけど。本当に渋谷さんが沈むなんてあり得ると思う? 実際本気のあの娘と戦った私が言うわ。渋谷さんを殺せる深海棲艦は、私は数種類しか知らない。そして、その数種類に匹敵する新種が居たとしても、渋谷さんなら確実に逃げられるし、突破もできる。断言するわ……多分、細工してるんじゃない。予想は、如月って子かな。先に沈んだのも、恐らくはフェイクだと思うわ」
どういうことだ。なぜ七海は鎮守府から脱走などする?
混乱する皆に、理由は兎も角原理を説明する桜庭。
「先ず、どうやって偽装したか。これは単純でね……この、広域電探。こいつの原理を知っていれば、割と簡単。まあ、協力する奴がいないといけないけど」
と、執務室にある巨大なモニターを親指で指差して、桜庭が続ける。
「こいつの原理は、皆の電探と同じ原理。要するに、水上電探な訳。だから……水中の敵は発見できない。潜っている相手には意味がない。あの娘、それを知ってたから、浮遊要塞を潜水させて、如月って娘に同行させてたんじゃない? だから、これの記録には浮遊要塞の出撃した跡が残ってない。鎮守府のすぐ近くから潜ると、灯台もと暗しで、記録されないからね……。至近距離に穴があるって、よく気づいたもんよ……。これって、これの欠点だけど、特に問題ないから放置されているのに」
いわく、浮遊要塞は水中でも呼吸ができるうえに、何でもできる万能な生物。
この広域電探は、艤装の機関部や生物の出す特定の周波数により判別し、どこにいるか、何と戦ってるかを記録する。
深海棲艦は体内に艤装と似た機能を持つイ級などの場合もある。
その手の類いも判別できるが、例外的に水中の相手には意味がない。
水上電探の為、水のなかは分からないらしい。対空と水上のみだと言われた。
まあ、水中の深海棲艦は大抵魚雷が主武装だし、良くて爆撃をするぐらい。
対空を発見できれば、問題はないし水上に顔を出せば直ぐ様察知できると言う。
然し、欠点として……鎮守府のごく至近距離。
浜辺近くの浅瀬などが死角になり、探知できない。
そこから入って潜れば、範囲外に逃げればわからないというのだ。
「ちょっと工厰のカメラも見たけど……上手い具合にずらしてある。出口に死角を作るように角度を調整しているみたいだわ。やってくれるわ……。どれだけ手間かけてやってるのよこれ」
証拠に、監視カメラの映像も見せる。
……微妙に何か、違和感を感じる。
当たり前で、知らぬ間に角度を調整されている。
当日の映像も見るが、何故だか半端にしか皆が映らない。
しかも、割とどうでもいい部分ばかり。肝心な場所が見えなくなっていた。
「艤装も確か、無理矢理外そうとした跡があったんだっけ? それ、細工でもしたかな。電探の仕組み知ってるし、機関部さえ破壊すれば、沈んだように見えるしね……。実際、多少沈んでも、水中に待機している浮遊要塞の上に乗っかれば浮上できるし、艦娘そのものを探知する訳じゃないもの。まあ、如月がどうやって沈んだのかはちょっと分かんないけど、自分から攻撃受けたんじゃないかな。覚悟はいるけど、できない事じゃない。火がついたら、無理矢理自分で引き剥がして沈みながら爆風から身を守り、浮遊要塞がそれをカバーして逃げる……。全員、浮遊要塞で離脱したってことになるわね」
便利すぎる浮遊要塞の特性をよく分かっていると、桜庭はため息をついた。
解析している以上はその機能も分かっている。
生きている生き物を従わせるあたり、七海は流石と彼女は苦笑いしてほめた。
ならば、と五十鈴が聞いた。
今の言い分は理解した。納得もいく証拠も見せてもらった。
だが、最大の謎である、皆を殺した新種は何なのかと聞くと……。
「……まさか、如月ちゃん?」
由良だった。黙って話を聞いていた由良は、あの新種は如月なのかと問う。
五十鈴が振り返る。由良は真っ青で、震えていた。
……つまりは、そう言うこと。
「お察しの通りよ、由良。その新種は、多分変異した如月だと思う。さっき聞いたわ。独房に一緒に入ってたときに、長い棒状の袋を持ち込んでいたって。本人が大事そうに抱えていたから、憲兵は聞かなかったんですって。職務怠慢にも程があるけど、恐らくはムラマサをその時に持ち込んで、誰にも知られることなく変異していた可能性があるわ。道理で新種な訳ね。初のお披露目だもの。知るわけないじゃない」
ムラマサ。七海を変異させた呪いの刀。
五十鈴も触れたが、彼女は変異しなかった。桜庭も触れている。
なのに、何故如月は変わったのかも、推論は立っていた。
「私は、奴の声を跳ね退けた。五十鈴もそうなの?」
「はい。五十鈴も……ギリギリ、弾きました」
「じゃあ、それは答え。如月は逆。受け入れて変異した」
五十鈴のなかで見た光景に、七海も受け入れて変異したのなら、納得は行く。
例外はあの国防のハゲで、奴は涙して受け入れたのではなく、理解した。
自分のなかには入れずに、相手を尊重した事で、共に歩む選択に至ったと言うらしい。
成る程。頷ける理屈だった。
で、最後に自殺した二名も、下手すれば逃げたかもしれないと言うのだ。
あれは、静香がリセを抱えて勝手に出ていき、沈んだようだし、偽るのは簡単だろう。
知らずに本当に死んだ可能性も否定はしないが。
ただ、沈んだ面々は、七海に近い人物や、七海を強く慕う者ばかり。
作為的なものをずっと桜庭は感じていたと言う。
「で、理由は……皆気づいているでしょ。人間に嫌気がさしたんだわ。渋谷さんは、自分で皆を守る道を選んだとしか思えない」
七海は散々酷い扱いをされてきた。
そのせいで、人間そのものを絶望視して、脱してしまったのだと、桜庭は指摘した。
皆が、人類に猜疑心を抱くように。見抜いた上で、説明する。
そして、唖然とする彼女たちに、桜庭は告げた。
ここの提督として、これから七海をどうするかを。
心配そうに見られるなか、桜庭は。
「……取り敢えず放置でいいわ。私もよく分かる気持ちだから。なにもしないし、敵対したら話し合ってみる。私がね。あの娘は皆を大好きなはず。絶対に攻撃はしてこないわ。必要ない限り。だから、見かけたら、直ぐに言って。私が話をつけるから」
……桜庭は、見逃すつもりのようだった。
ホッと安堵する皆に代わり、五十鈴が礼を言った。
これで、もしも生きているなら、殺されずに済む。
後任の寛大な処置に、一同はずっと礼を言っていた……。