平穏に暮らしているとはいえ、海賊というのは娯楽が少ない。
当然で、孤島に住まう以上は、基本的には日々の暮らしをどうにかすれば、やることはない。
皆、いい加減に娯楽を持ってくる必要があった。
義務もない。責務もない。自由には責任が伴うが、ここは人類が近寄らない海域の一画。
お隣さんは、順調に勢力を伸ばしているようだ。
以前にも増して、漂流物が手に入る。
海外の物資も構わず彼女は襲っているらしい。この間は貨物船を沈めたと聞いた。
……洒落にならない勢力になりつつあるが、あくまで彼女の目的は、決戦だ。
そう。単なる決戦。国土を焦土にすることじゃない。侵略することでもない。
強い敵と、殺しあっていたいだけ。戦闘に狂っていると言えばいいか。
「物騒ですねえ……」
「貴様がそれを言うか?」
モグモグと。名もない小さな島で、戦闘に狂っている女と愛に狂っている女は能天気に飯を一緒に食っていた。
晴天の青空。長閑な浜辺で、火を起こして二人で膝を折って座り、肉を焼いていた。
缶詰のコンビーフである。海外産だろうか。言葉は読めないが、写真はコンビーフだ。
食い方を知らない彼女に、七海は適当で良いから美味しい食べ方を教えるために、コンテナから拾ったフライパンで軽く焼いて、調理している。
待っている間、彼女が自慢するように言うので、相槌を打ちながら焼く。
「やはりあれだな。人類は滅ぼすべきじゃないな。損失が大きい。旨いモノを失うのは些か勿体ない」
「はぁ」
「特にちょりそー? とかいう肉は旨かったぞ。次はそれも焼いてくれ。ほれ、持参した」
「はいはい」
彼女は人類を絶滅させる気はない。
ただ、個人と戦う事さえ満たされれば大人しいものだ。
大体、信じられるか? なぜ彼女が海域を広げているか。
「肉だ。肉を食うためだ」
だそうで。貨物船を沈めて、肉を奪うためである。
自分の腹の為である。信じられない。それだけの為に、あのバカみたいな能力を発揮する。
奪ってきたチョリソーの袋を取り出した。保存の仕方を教えているので、ちゃんとクーラーボックスに入れている。
冷えた保冷剤も七海の場所から物々交換で受け取って、入れているようだ。
「全部ですか? 手持ちの油が少ないのですが……」
「あぶら? ああ、これか? 菜種油とか言ったな。持ってきたぞ」
焼かれたコンビーフを渡した瞬間に貪る彼女。凄い熱いのに気にしない。
以前の間延びした口調は、どうやら復活したばかりで眠かったかららしく、今はハキハキと喋る。
ボトルの菜種油を渡された。……多少賞味期限が過ぎているがいけるだろう。
七海は自分が食わないので気にせず投入。次々炒める。
「小娘よ。肉には、酒だ。見よ! 陸から奪った名酒だそうだ!」
で、よく冷えている日本酒も取り出す。全部奪ったもんである。
すっかり気分はBBQ。肉を食らって、豪快に酒を煽る深海棲艦。
完全におっさんとなっていた。七海は未成年なので、飲めないと断っていた。
因みに深海棲艦は酔っ払うことが無いらしい。そういう性質のようで。
(あの銘柄……。ああ、島村提督の故郷のですか。今は復興して、お酒も作るんですね……)
彼女が持っている大きな瓶の銘柄は、前にハゲが言っていた故郷だった。
いつぞや聞いたが、実はあのハゲ……生まれ故郷を、戦火で焼かれていたらしい。
小さな港の出身である彼は幼少時、深海棲艦によって故郷を失っている。
だが、長い年月をかけて復興した町は、今では名産品の地酒を生み出すまで回復した。
島村は、実家が焼かれても、挫けずに生きてきた。
そこには、周囲の人々と、化け物に怯まず立ち向かい、復興に携わる戦士たちが居たと。
その人々とおかげで再生した町を見て、号泣したと何時か言っていたのだ。
彼が常に国や文化に感謝しているのは、見知らぬ人たちが失われた故郷を甦らせてくれたこともあると言っていた。
自分に出来る恩返しは、戦って、二度と焼かれぬことだと自負している。
あの屈強な精神は、生きてきた時間がもたらしたものだそうで。
道理で、あの国防に全てを捧げる豪傑が出来上がるわけだ。
彼女は海外に行く船を襲ったら入っていたと肉をくわえながら言った。
で、味の方は。
「ん? 旨いぞ? この爽やかながらも芳醇な米の香りとコクは、格別だ。貴様が言っていた場所を襲うのは止めよう。あと、襲っている連中が居たら殺す。この酒を失うのは無視できない損失である」
(良かったですね、島村提督。地元のお酒、美味しいそうですよ)
まさか深海棲艦が的確な味を評価するとか、そんな事を思うとは思うまい。
悦に入った彼女は、らっぱ飲みして満足して肉をかっ食らう。
どんどん焼いていく。彼女もどんどん飲んでいく。
七海はもう食べ終えていた。軽く保存食の缶詰を流し込んで、腹を満たした。
後はこの底の知れない深海棲艦を満たすだけだ。
戦い以外にも得るものがあって彼女は嬉しそうだった。
「そう言えば、小娘よ。貴様、何時だったか迎えに行くとか言ってなかったか?」
彼女は、今度は分厚いベーコンを取り出して、渡しながら聞いてきた。
……ブロックベーコンをどうしろと言うのか。
呆れる七海は面倒なので焚き火でそのまま串を刺し、炙りながら答えた。
「行きますよ。頃合いを見て、ね」
「ほぅ。では、陸か?」
ヨダレを垂らしている彼女が、香ばしい匂いをあげるベーコンを見て、然し鋭く言った。
……分かっていたか。七海は参ったと認める。
「お見通しですか」
「まあな。あの桜の名を持つ女を甘く見ない方がいい。海から行けば、罠にハマるぞ。裏をかくなら、陸から攻めるべきだろう。連れてくるなら、尚更な」
七海は降参する。そう、相手は桜庭だ。
どうせ七海の魂胆など見抜いているし、それを踏まえて七海も事を起こした。
彼女ならば、真正面から来ると思っているに違いない。
だから、逆の発想で陸地から五十鈴と由良を発見して連れ去る。誘拐するのだ。
取り敢えず、二人の意見は無視。
リセ達が言うには、七海が死んだと思っていた時期は相当荒れていたそうなので、問答無用で拉致する。
何せ、桜庭は目の前の彼女と同等。交戦すると今度こそ命はない。
下手すると、陸地を吹き飛ばすような存在だ。
自称、もう一度戦いたいと言う深海棲艦は彼女を高く評価している。
何年も前に戦ったときは、彼女は接戦の末に撃破され、沈んだ。
だがこうして復活している以上は、再度戦うと誓っている。
不敵に笑って、彼女は言った。
「あの女は、強いぞ。流石は国の名を継いだ艦。侮れぬ。……確か、貴様ら人間は我にも名をつけたそうだな」
彼女は、元々名前などない。
ただ、凄まじい強さを持った、名無しの深海棲艦。
それを、大損害を被った以前の人類は、畏怖を込めてこう呼ぶ。
「何ですか、中枢棲姫。あなたは規格外でしょう。強いなら、あなたも十二分ですよ」
「……純然たる事実を言いながら、貴様は怯まない。媚びない。大した胆力よ」
真っ白な、服か肌かも見分けのつかない姿に、一体化する髪のような一部。
深紅の瞳と、相手が竦み上がる威圧感を放つ、深海棲艦。名を、中枢棲姫。
分類は、拠点基地。こいつは、艦ですらない。
あまりにも強すぎて、分類は鎮守府と同等という破格の能力であった。
要するに生きている鎮守府。移動する要塞の様なものだ。
浮遊要塞とは桁が違う。こいつは、周囲の深海棲艦を支配して、強化や治療、はたまた指揮まで全部出来る。
大半の機能が集約された、桜庭並みの超生物。だから、拠点基地。
深海棲艦サイドの最強と名高い、異次元の化け物であった。
彼女の居る場所は全てが拠点である。設備は勝手に周囲が言われずとも作る。
そう、建物を陸地に深海棲艦が新造する。必要な知識は彼女が全部持っている。
深海棲艦の拠点が増えて、人類に対して攻勢になる。それが彼女の特色。
更には自衛の能力も破格で、艦が前提で倒せるレベルではない。
彼女が生きている限り、増え続ける拠点により、艦娘たちは苦戦を強いられる。
それを打ち倒したのが桜庭であり、全ての拠点を破壊した功績で元帥になったらしい。
後にも先にも、中枢棲姫を根刮ぎ撃破したのは国の名前を持つ艦娘、大和のみだそうだ。
つまりは、七海はそういう異次元の化け物双方と知り合いであった。
あまつさえ良好な仲を保っていた。
褒める中枢棲姫は、焼き上がったベーコンを丸かじりしながら提案する。
肉の礼に、陸までの海路を確保してくれると言うのだ。
驚く提案に、中枢棲姫は。
「……正直な話な。我の中にも、このような技術はないのだ。戦争に必要なものは揃っているが、肉を如何にして旨く食うかなどの技術は、貴様頼りなのだ。我が支配のものたちも、戦いは出来ても……肉は、焼けぬ。焦げるのだ」
「あぁ……」
要は好物の焼き肉を作ってくれる奇特な奴は七海しか居ないんで、ご贔屓にしてほしいので今のうちに礼を尽くすらしい。
生の肉は、あまり美味しくないようで、缶詰や瓶詰も悪くないが、焼きたてには敵わないと言うことか。
悲しい実情だった。深海棲艦ゆえに、仕方ない事だろうが……切実すぎる。
「肉は持参するし、物資も必要なら提供しよう。貴様ほど我は出来ぬ……。そして、肉の味は戦いと同等に尊いものだ。我に出来ることは何でもする。贔屓にしてくれぬか?」
「構いませんが……」
調理の技術と等価交換と言うことのようだ。
あの中枢棲姫が、七海に頭が上がらないという意味不明な現状があった。
別にいいと言うと、途端に嬉しそうに彼女は次の肉も取り出した。
……焼き鳥だった。缶詰の。
「そうか! なら、次はこれを旨くしてくれ! 冷えているのは食いあきた!!」
「湯煎ぐらいは出来るでしょうに……」
湯を沸かすため、鍋も取り出した。
中枢棲姫が加熱するために直火でやって失敗して諦めたというのを聞いて、そっちだったかとツッコミを入れたかった七海だが、何とか堪えた。
……深海棲艦専用のシェフとはこれ如何に。
胃袋を掴むと強いというのは、此方も同じだったようで。
取り敢えず、お迎えの準備を、そろそろ始めるのであった……。
で。
何人かデートを兼ねて一緒に陸地に久々に出かける。
今回は、大事な用事だ。
暇をもて余す中でも、何時もの面々で行くことにした。
より、七海の言いつけを守る嫁、妹、娘、メイドたち。
「大人の男に近づいちゃダメですよエロメイド」
「誰がエロメイドですって!? って言うか、近づくかッ!! 村雨は男は知らないって言ってるでしょ!!」
一応、淫乱村雨イドにも言っておくと、グーで殴られた。
コブが出来る七海は、涙目で頭を抱えて、反撃に小春が立ち向かう。
「淫乱メイド。お嬢様はお前が変な男を釣らないよう言ってるだけ。心配しているのに殴るなんて流石に酷い」
「……提督。分かりにくいですって。ごめんなさい、そう言う意味だったんですか……」
ついつい、いつものノリで殴ってしまった。
慌てて謝る村雨に、七海は首を振る。
謎の色気を振り撒かないように、とたしなめたつもりが殴られた。
行いが悪いからこうなるのである。
「いえ、知らないところで村雨がラブホに消えていくなど許せませんので。主に相手を殺します」
「分かりました、遵守します。提督が殺人しないように全力で」
危ない。村雨に以前近づいて殺そうとしていた時点で察していた。
彼女に人殺しをさせないように守ろうと誓う。
一応、遠方から電車やら何やらで行きつつ、基本的に野宿か空き家をぶち壊して侵入する予定。
陸路で元、己の鎮守府に向かい、張り込みで二名を見つけ次第、襲撃して誘拐。
後は洗脳するなりして連れ帰るという算段。
「洗脳!?」
「あ、はい。あたし、前に少しその手の書籍で学んでいます。原理さえ分かれば、洗脳なんて簡単ですよ」
危ない技術を既に会得していた。
だから、春雨や山風、弥生に小春は心酔するわけである。
納得の村雨であったが、そんなことはなく単なる愛で飲み込んで染めただけ。
難しいものはなく、単純に愛した。逆に余計に危険だが。
「では、行きましょう。紙幣は中枢棲姫に貰ったので」
貨物船に入っていたよくわからん紙で良ければと、大量の札束も彼女はくれた。
国内紙幣をたんまり受け取り、彼女たちは出掛けていく。
目指すは軽巡二名の略奪。今、ヤンデレが上陸する。
地獄のお出掛けが、とうとう開始されたのだった……。