(……赤松君とも連絡がつかない。途中までは分かるけど……GPSも死んでるか。これは、渋谷さんに殺られちゃった可能性は高いわね)
数日経った頃。
鎮守府の桜庭は、苦い顔で自分のところに来た連絡を考える。
数日前に、個人的な端末に緊急の連絡が入った。
七海が上陸している。深海棲艦を連れて、旅行していたようだと。
服装と経緯から推察するとそうなるが、出会った瞬間逃走した。
後を追いかけていると言ったきり、途絶する連絡。
GPSによる追跡も、どこかの廃墟に向かったまま、破壊されたようで足取りが消えた。
一応憲兵が命令で調べてきた。結果は、異常などない。普通の廃墟だったらしい。
写真も持ち帰り、目を通した。違和感はない。ただ、依然として赤松と付き添いの艦娘二名は行方知れず。
何処かに消えてしまった。
桜庭は誰にも言わずに、独断で判断する。赤松の言うことを明るみにすれば、また大本営が喧しい。
折角内密にしている七海の一件が、露呈するのは避けたい。
上司として、死後の安寧ぐらいは応援したかった。
……そう、したかった。
だが、もうダメだ。彼女は人間を殺した。
知り合いである赤松を手にかけていると思われる。
殺人の味を覚えた彼女は最早深海棲艦と大差はない。
(……責任取らないとね。私の甘さが、あの娘を追い詰めたんだから)
まだ、七海が生きているのを知っているのは、重巡たちと深海棲艦、そして最終兵器たちだけ。
他は殉職で誤魔化しているが……復活してもおかしくはない。
前例の事もある。仮に決戦時、出てきても……今回はこんなに味方がいるのだ。
もういい。甘やかすのは、終わりだ。桜庭は決断した。
(ごめんなさい、渋谷さん。あなたが人類を恨む気持ちは否定しない。けどね、私は大和なの。この国を守る艦娘なの。だから、渋谷さんを殺すわ。深海棲艦に堕ちたあなたには、相応の報いを与えます。私と一緒に)
彼女を殺そう。追跡をこの日から桜庭は始めた。
重巡たちにも、深海棲艦たちにも、最終兵器たちにも言わない。
個人の人脈で、片っ端から海路と陸路を探していく。
しらみ潰しに、目撃情報やら何やらを集めて纏める。
「あの……司令官さま? どうかしたんですか?」
翔鶴やリンゴ、パクチーは何やら不穏な空気を感じていた。
甘さが一切抜け落ちたような、桜庭の厳しい顔に、事情を察したと言えばいいか。
どうやら、決戦に向けて彼女は準備に本腰を入れているように見えた。
三人には何も説明しないが、しかも特定の相手を想定している演習も自分で始めている。
「大和、貴様何を隠しているのだ?」
「ガングートには、都合の悪いこと」
「……ぬぅ」
次に最終兵器たちも感じていた。
桜庭が、何かをつかんで、七海を殺そうとしている。
そういう雰囲気を察知して、皆で聞く。
すると、ならば教えてやると真顔の桜庭が七海が軍人を殺したと告げる。
お連れの艦娘もろとも、だ。流石にガングートも、渋い顔をする。
「……殺したのか。わざわざ、自分からか? 任務で巻き添えや、邪魔立てしたわけもなく。率先して?」
「ええ。可能性は高いでしょうね」
教えられると、ガングートは腕を組んでぼやく。
「ふむ……。まあ、殺人程度なら我が国は気にしないが……」
「言っておくけど、私は処分すると決めたわ。邪魔したらガングート……分かってる? 日本と戦争したい?」
桜庭は暗に、後継者にするのを止めろと脅していた。
人を自分から殺したような人間を最終兵器には招けない。
ガングートは気にしないが、他全員が気にする。
「私も大和につくわよ。人のことは言えないけど、私は必要だから殺したのよ。自分から意味もなく襲うような、単なる深海棲艦となったなら、殺すだけ。如何に強くても、私達なら勝てるわ」
アイオワも、大和の責任をとるという意思を汲んだ。
元々反対していた彼女は、個人的には気に入るが、行動は気に入らないと言っている。
他も大体、桜庭に味方した。看過は出来ないとのこと。
「流石に分が悪いか……。なら、勝手にしてくれ。私は彼女を襲うなら手を貸さない。好きにするといい。だが、覚えておけ。それで万が一生きていれば……私は、その少女を保護するぞ。我が国のトップもそれを認めさせた。誰が何と言おうが、気に入ったのだ。私は諦めんぞ大和。戦争ならば、こう言わせてもらおう。……上等だ。貴様と血塗れになって争うのも、私は吝かではない」
「……そう。中立ってことね。じゃあいいわ。その時は引退させてあげるわガングート」
素っ気なく桜庭はガングートの言い分を認めた。
余程高く買っているということだ。一度は身を引くが諦める気も毛頭無いらしい。
そういう性格だ。今更だった。
知らぬ間に、火花を散らす二名と、唖然とするアイオワたち。
ガングートがそこまで気に入ったのは、初めてでは無かろうか。
リスクを踏まえた上で宣言するあたり、絶対にこいつはやる。
恐らく、平然と殺人をする度胸と気概がガングートの気質に合うようだ。
この酒飲み、そういうタイプを好んでいるようだし。
ドン引きする最終兵器たちは、それはそれと、目前に迫った決戦に備えていく……。
で、此方は。
「闘争の気配がこれまでになく高まっているぞ……。我も気分がよい。人間よ、貴様にこれをやろう」
日に日に勢力を増していく中枢棲姫が、七海の住み着く根城に顔を出して、なんかくれた。
勝手に部下たちが毎日人間たちを襲撃して領海を広げているようだが、中枢棲姫の知ったことじゃない。
何やら想定外に相手が強くなりそうで喜ぶ戦争バカが、調子に乗って他の姫をかき集めているようだった。
そちらに侵攻を任せて、本人は平和に暮らす七海にこれをくれた。
「……指輪?」
五十鈴や由良が気絶する中枢棲姫相手でも(この二名は初見であった。ご近所さんと知らず)、もう慣れた皆は七海に贈られたそれを見ていた。二つセットで使うらしい。
漆黒の指輪だった。不思議なことに、とても冷たい。
なのに、何だか……持っていると、温かい気分になる。
金属製だろうか? 何か、妙な臭いがするんだが。
「ヘドロみたいな臭いがしますが?」
「気にするな。海底の金属で、あの白い球が仕上げた装飾品だ。臭いのは仕方なかろう」
勝手に浮遊要塞に何か与えたようだった。中枢棲姫はしれっと言った。
いわく、七海の刀と同質に仕上げているとかで、七海の刀が恋人と兼用になるなら、得物はそちらに渡す。
七海は新しく、ヘドロ臭い真っ黒な波形の手甲と具足で装備を固めた。
やはり殴る蹴るが七海には一番適している。もう、砲撃も雷撃も必要ないレベルであった。
手足にはめて軽く練習。如月も、受け取った刀から鎖を外して、七海に手渡す。
「使うかもしれないわ。持っていって」
「そうですね。貰っておきます」
如月が変身することも知っていた皆は、ぼろぼろの得物も交換したらと何度か言っていた。
なので、このタイミングで、浮遊要塞に頼んでみた。
「にゃー!!」
了承した浮遊要塞は猫のように返事をして、一度ムラマサを腹に飲み込む。
数時間経過して、何とムラマサを別の形で量産してくれやがった。
驚いた。全員がムラマサと思われる、見慣れない艤装を配られたのだ。
中枢棲姫も笑っていた。中々憎悪の籠った装備であると。
実際、装備すると……。
「何か、凄く人間が気に入らないわね」
「…………」
リセと静香は多少おっかないことをいうのと顔が怖いだけで済んだ。
平たく大きい飛行甲板を受け取っているリセと、巨大な連装砲を担ぐ静香。
こっちはまだ、辛うじて普通であるが。
「ふぅん……。深海棲艦の艤装も、悪くないじゃない」
「うん。想像していたのと、少し違ったね。食わず嫌いだったかな」
両手に嵌め込む形で取り付けた、ガトリングのような銃身を纏めている大きな機銃と、大量の爆雷を予め飲み込んだ資材を消費して生成する機関を搭載した五十鈴と。
主砲、飛行甲板、魚雷発射管、電探、ソナー、機銃などあらゆるモノを複合して全身に纏う由良。
互いにどす黒い色合いの艤装を、ハイライトが消えた目で身に纏う。
まだ、深海棲艦にはなっていないが、装備は全部深海棲艦と同等であった。
同時に、燻っていた人間への嫌悪が加熱されて、憎しみしか感じなくなった。
そう。五十鈴が嘗てはね除けた、深海棲艦の憎しみに、二人は……見事に適応していた。
お陰で性能は、艦娘装備だった頃の数倍には上昇している。
艦載機も全部深海棲艦お手製になり、艦娘の定規ではもう、彼女たちは測定できないだろう。
「ご主人様をお守りするのが、わたしの願いです……はいっ!!」
「こうなればもう、仕方ないわ……。戦うしかないんだよね……」
「お嬢様の仰せのままに」
メイドたちも、本来の装備に逆戻りして、純粋に強化されていた。
事の顛末は皆知っている。七海は人間を殺したのだ。
そして、何よりも……。
「殺人なんて、餌やりよりも簡単ですよ。あたしたちの生活を邪魔するなら、誰でも殺せばいいのです。邪魔する人間が大半である以上、加減などするだけ無駄と言うもの」
「そうよね……。如月たちの未来は人間とは違う場所にある、幸せだものね。あんな連中、死んでも何ら困らないわ」
如月と七海が深海棲艦に完全に適合したようだった。
なんと、その指輪を左手の薬指にはめていると、自分の意思で何時でも変身できる。
陸でも海でも関係ない。この指輪は、特に強い絆を持つペアに真価を発揮するようだ。
対になって、互いを愛し合う二人の感情が一致したからか、新しい如月のムラマサは、カットラスのような刀身の分厚いものに変化。
更に七海のと同種の具足、手甲を装備しており、機関部らしきものもなく浮かぶことすら可能にしている。
身体能力も爆発的に上がっており、如月も七海も、戦艦の一撃だって大した傷を負わなくなった。
姫に匹敵していた能力は格段に向上しており、戦う意思はなく、待っていると言った娘と妹以外は、全員が化け物となっていた。
「負ける気はしませんね。中枢棲姫、礼を言います。……利害が一致したようですので、件の決戦時にはあたしたちも加勢しましょう。丁度、目障りな存在が一人、あなたの敵として居ますので」
「……例の女か? 我の楽しみを奪うでないぞ?」
七海は、とうとう反撃に出る。
今までは襲われてから対処していた。
だが、今は違う。明確に見えたのだ、自分達の敵となる存在が。
生きているだけで、七海を脅かす脅威を、絞った。
彼女さえ居なくなれば。七海を構うモノはいなくなるはずだ。
とても強い。勝ったことなどない。だから中枢棲姫と共に行く。
桜庭。彼女を殺せば、少なくとも危険な可能性はずっと低くなる。
当面の目標は、桜庭の撃破だ。倒せる保証はないが、倒さないと……安定した未来などないのも事実。
賭けに出るしかないのだと、七海は中枢棲姫に話す。
「……良かろう。貴様も己のために戦うならば、我らは同胞だ。共に来い、渋谷七海とやら。我は、貴様を歓迎する」
中枢棲姫は、手を差し出す。握手をしろと言うのだ。
「……ええ。宜しくお願いします。一緒に、互いの目的を果たしましょう」
不敵に邪悪に笑った七海は、その手を取った。
この日、最悪の深海棲艦と、最低の人間が手を組んだ。
それは、人類破滅のカウントダウン。
想像を超える、悪夢の始まりであった……。