君と結ばれる、物語の作り方   作:らむだぜろ

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死者への冒涜

 

 

 

 

 

 

 

 異常者。そう言われたのは生まれて初めてだった。

(あたしが……サイコパス?)  

 他人の気持ちを理屈でしか理解しない。

 相手の心を度外視している。

 ……バカな。そんなことはない。

 学校では友人もいた。それなりに楽しくやっていた。

 あまりコミュニケーションは得意ではない。それは認める。

 けれど、サイコパスと言われる謂れはない。

(……いいえ。あり得る話)

 と、そこまで自己分析して思い当たる。

 大淀は艦娘。根本が異なる化け物だ。自分でも言った。

(あたしは提督。皆は艦娘……。そう言うことですか。つまり、人間の都合は艦娘からすれば異常者に見える。彼女たちからすれば、人間は大半が頭がイカれているということになる。主に、大本営とか)

 要するに、艦娘の都合は人間とはかけ離れている。

 根本が異なるのだ。あり得る話。七海がおかしいんじゃない。

 化け物と人間の違いだ。だって、そうだろう?

 七海がおかしいなら、それを指示して、話を持ってきた大本営はどうなる?

 彼らまで艦娘はサイコパスと言うつもりか?

(理解できない。艦娘の感情まであたしに面倒見ろと? 冗談じゃない。大本営は喋る肉の塊扱いしろといっているんですよ? 化け物扱いでも上等なのに、あたしに化け物を分かれって言うんですか? 勘弁してくださいよ。化け物の思考回路が人間にわかるわけないでしょ。珍獣の思考回路だってあたしには見えないのに。向こうが人間を異常と言っているのに、何で此方が真摯に向き合うことになるんです?)

 艦娘だって、人間の事情なんて汲もうともしない。なのに一方的に分かれと言うのだ。

 そんなワガママが通じるわけがない。バカらしいと七海は一層拒絶する。

 分かりたくない。化け物の思考なんて。知りたくもない、化け物の感情なんて。

 ……なのに。

 

「大淀のやつ、錯乱してたんじゃないの……? 七海、大丈夫だった? 何かあれば五十鈴が守ってあげるから、ちゃんと言うのよ?」

 

「七海さん、腕が腫れてる……。お医者様はなんて?」

 

「由良が聞いた限りじゃ、結構酷いみたいなの。七海ちゃん、暫くは秘書と護衛を兼ねるから誰かと一緒に居てね」

 

「衣笠さんもお手伝いしちゃうよ。無理しないでね、七海。仕事に集中するのはいいけど」

 

「いやぁ……建造されて早々乱闘とか賑やかすぎないここ? でも、無事で良かったよななみん」

 

「……なにか、あれば言ってください。手伝える範囲で、手伝いますから」

 

「え、渋谷襲われてたの!? なんで!?」

 

 最後は別として、重巡と軽巡、主に七海よりも精神的に成熟している彼女たちが、こんなに心配してくれる。

 何故? 化け物は、人間を異常者と言うんだろう?

「……なんであたしを心配するんですか? 理解できません……」

 そう、医者に見せられ戻ってきた帰り道、七海はぼやいた。

 なぜだ。重巡と軽巡は、何故七海を嫌わない。なぜ敬遠しない。

 嫌われる言動の相手なのにどうしてこんなに心配してくれる?

 普段喧嘩するのに。普段あれだけ怒鳴っているのに。

 いざというとき、真っ先に助けてくれた。危ないのは同じなのに。

 

 ……………………どうして?

 

「……あんた、何いってるの?」

 

 五十鈴が怪訝そうに問うと、周囲を見て、七海は今度はパニックを起こしていた。

 

「理屈が通らない……。嫌うはずの相手を、こんな風に心配するはずがない。ああ、もう!! 本当に何なんですか艦娘って!? 化け物なのに、あたしを案ずるなんて! おかしい、おかしいですよこんなのは!! 何が起きているんですか!? 分からない!! 艦娘の感情なんて、あたしには分からないッ!! やはりあたしはおかしいんですか!? あたしは異常者……サイコパスなんですか!?」

 

 ダメだ。頭がこんがらがる。

 こいつらはなんなんだ。化け物の癖に、どうして嫌う相手を優しくする。

 助けようとする。庇おうとする。救おうとする。

 

「艦娘は化け物でしょう!? それとも無機物の方が正しいんですか!? 兵器として接する大本営のやり方が正しいんですか!? 人間じゃないのに、なんで感情なんてあるんですか!? ああ、分からない!! 分からないッ!! もう、全部が苛々するッ!! 結局あたしに、あなたたちはどうしろっていうんですか!? 人間扱いでもしろと言うんですか!? そうならそうって言ってくださいよ!! 混乱するじゃないですかッ!! いい加減にしないとキレますよあたしも!!」

 

「意味の分からない唐突なマジギレ!? いや、なんの話!?」

 

 取り敢えず分からないので、本人たちにキレ気味に聞いていた。

 分からないなら聞くのが最短。そういう理屈で。で、近くにいた鈴谷に凄む。

「ほら、鈴谷!! あなたは人間ですか!?」

「知らないよ!! 艦娘は艦娘じゃん!?」

 突然パニックからの前触れなしの逆ギレ。

 帰り道の廊下で全員に七海は噛みついた。

「そんな曖昧な答えで許すと思ってるんですかッ!?」

 キッチリ分けろと言っているのだ。

 艦娘なんて適当な答えでお茶を濁すなと怒鳴る。

「じゃあなんて答えりゃいいのさ!?」

「化け物か人間か、どっちですか!?」

 選択肢は二つしかない。化け物か、人間か。

 その二つによって、七海はやり方を変える事にした。

 艦娘の心。感情。精神の存在。

 それを無視して大淀にひどい目に合わされたのだ。

 繰り返さないために、ここで白黒つけようと決めた。

「由良、あなたは!?」

 鈴谷がテンパって意味がないので、次。由良に聞いた。

 少し考えるように迷い、答える由良。

「……んー。じゃあ、由良は人間の方で」

「そうですか、じゃあそうしますっ!!」

 由良は人間にしろと言った。じゃあ人間として接する。

 次、五十鈴。

「……大淀に何か言われて、困ったってこと? まあ、良いけど……五十鈴も人間で」

 五十鈴は何やら察して、頭を撫でながら答える。

 撫でる感触がなんか気持ちいいのでそのまま。

 次、古鷹。

「……人間がいいかなぁ……。人権が欲しいから……」

 小声で恥ずかしそうに言うので、人間とする。

 次、衣笠。

「衣笠さんも人間かな! そりゃ、化け物は嫌だしね」

 と言うので、人間で決定。

 次、羽黒。

「え……えっと、わたしも……人がいいです……」

 控えめながら言った。人間としておく。

 次、今頃騒ぎに気付いてふらっと現れたくの一。

「私だけ扱い酷くない!? くの一でもいいけどさ!!」

 了解、お前はくの一とする。

 最後は。

「鈴谷ァッ!! ハッキリ答えなさいッ!!」

「怖いよ!! なんで鈴谷だけ凄むのさ!? 鈴谷も人間ですけど!?」

「……」

 ここは正直予想していた。

 案の定に、黙る七海。

「え、なんで黙るのいきなり!? おかしなこと言った!?」

「いえ……確かに鈴谷は人間やってるな、と思いまして。あたし、一応現役JKですけど、鈴谷はそれ以上にJKやってるし……主に軽いって意味で」

「酷くない!? なに軽いって!?」

「……資料で読んだ限りじゃ、完全に女子高生を騙ったエロサキュバスだったんですが……」

「止めてェ!! 他の鎮守府の鈴谷と一緒にしないでェ!! そんな大人向けのDVD出てないから!!」

 ここの鈴谷、資料で拝見したのと随分と雰囲気が違って謎だったのだが、ああやっぱり別物なのだそうだ。

 泣き叫ぶ鈴谷に納得。鈴谷はJKサキュバスでオッケーだった。

「違うってば!?」

 なんでもいい。人間なら問題あるまい。

 女子高生として、こんな見た目スケベな奴は女子高生と認めない。

「見た目スケベとか失礼極まりないよね!?」

「いえ、実際に大本営の資料に載ってました。警戒心弱で、なつきやすいチョロい女子高生。夜はエロサキュバスに大変身。性欲旺盛な提督は嫁にオススメ、と」

「大本営ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 知らぬ間に鈴谷の扱いは酷かったらしいが、割愛。

 しれっと語る七海に、悔しそうに吼える鈴谷だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。今回の原因を説明しないといけない。

 治療を終えて執務室に戻った。

 散らかった室内を、駆逐艦たちが片付けてくれていた。

 襲われたと聞いて、皆慌てていたらしいが、無事と聞いて安心はしているようだった。

 重巡と軽巡には、言わなければいけないだろう。

 七海は自分の場所に座り、皆はそれぞれ適当に楽な格好で聞いてもらう。

 七海の、選択肢を。

 軽く説明。要は、新しい装備の入手が可能になりそうだと言う話。

 それも、条件付きだがかなり良いものを、ただで。

 なぜ、そんなことが大淀が襲いかかる理由になるのか。

 それを今、明かそう。

「……艦娘浮上計画。あたしは、それに肖ろうとしています。艦娘からすれば、最悪な手段でしょうけど」

 そう前置きしてから、七海は自分の選んだ方法を口にする。

 あっという間に、皆が嫌そうな顔をするのを、見ながらだった。

 

 

 

 

 

 

 艦娘浮上計画。

 それは、大本営が軍縮に対応して立ち上げた新しいプロジェクト。

 本当にシンプルに語るのなら、この一言で済む。

 

 ――早い話が、墓荒らしだ。

 

 その名の通り、艦娘を浮上させる計画なのだが。

 これは、戦いで轟沈した激戦区を対象に、ある程度海域の安全を確保してから行う作業。

 ……艦娘は、戦いに負けると轟沈する。つまり、死ぬ。

 海に沈んで、そのまま眠る。そして終わる。それが当たり前。

 だが、艦娘浮上計画はその先にある、死後の安らぎを奪う行為だった。

 沈んだ艦娘を、サルベージするのだ。

 なんでも、轟沈した艦娘は海底で大抵が保存の良い状態で沈んでいるらしい。

 それをわざわざ引き揚げて、遺体を……大本営は残骸と言っているが、それを回収。

 牽引して持ち帰り、大本営の設備で沈んでいた遺体の纏う艤装を解体して、装備を取り外す。

 それを修理、補修して再配備すると言う計画だった。

 またの名を、リサイクルプロジェクト。

 亡くなった艦娘を持ち帰り、優秀な装備ならば直して配ると言う元手がかからない良い計画。

 挙げ句には、余った遺体はそのまま資材に変換し、また配分すると言い出した。

 沈んだ艦娘は、最早数えきれないほど海の底で重なっている。

 深海棲艦との戦いも始まって長い。

 人類は、長年無駄に捨ててきた資源を回収するエコロジーな選択を選んだのだ。

 軍縮という天敵に、新たな財源として、海底資源のように回収しようという話だった。

 艦娘という存在を、死後ですら軽視して徹底的に利用する。

 それが、艦娘浮上計画。死んだ後すら糧にされる、人間の究極のエゴ。

 七海の賛同する計画だった。

「…………」

 皆は、七海の選択肢に、理由を聞きたそうに、黙ってみていた。

 文句は言わない。それが、大淀が狂っていると言った理由だと分かった。

 七海ははっきり言った。

「最悪でしょう。でも、必要なことですよ。お金と、資源は無限じゃない。リサイクル出来るならするのが利口だと思います。実際、艦娘や大半の提督たちは反対しています。そして、配分される装備を受けとる気もないんだそうです。だから、沢山余っています。質の良い最高級の装備もロハで手に入ります。あたしは、この計画に賛同し、受け取れる装備を全部受けとります。嫌とは言わせません。何を言われようとも、実行するつもりです」

 使えと。嫌がってでも、命令してでも使わせる。

 これだけは譲らないと、断言した。

 本人たちを前にして、言い切る七海に五十鈴は聞いた。

「どうしてそこまでするの? 五十鈴たちは、そこまで練度も高くはないわ。ここは新設された鎮守府だし、技術もないのは分かる。けど、強大な敵もいないここでは、無意味だと思うけど」

「装備の質に無駄などないです。強ければ死なない、それでいいと判断しました。大体、練度が低いから危険な目に遭う。それを装備で補うのに、おかしな部分などないでしょうに」

 七海は言う。死なない為の最善としてリサイクルを受け入れる。

 手っ取り早い方法で、ある程度の動作チェックなどすれば受け取れるのだ。

 ここまで美味しい話はない。と、倫理を全部無視して豪語する。

「あたしは、失敗を糧にすると言いました。その結論が、艦娘浮上計画ですもの」

「……七海ちゃんは、これになにも感じないの?」

 由良が辛そうに聞く。異常者と言われる所以はこれだ。

 やはり、理屈で判断して倫理と道徳を蔑ろにしていた。

「感じません。死んだ奴は死んだやつ。死人に口無しです。海底で放置されるぐらいなら、もう一度戦場に出して今を生きる艦娘の力にするべきです。死人が持っていても意味などない。それを使って皆が生きられるなら、越したことはない。死人は戦いません。ただ、死んでいるだけ。だったら、過去の遺産となり忘れられるよりも、未来の礎になるべきだと、あたしは思う。死んだから、そこで終わりだなんて誰が決めたんですか? 世界は現在を生きている命のもの。今を懸命に戦う艦娘に使って、何がいけないんですか? 死人は死んでいるだけでなにもしない。せめて、次に命を繋ぐぐらい、していただきたい。ただ無惨に朽ちるよりは余程価値がある」

 まただ。また、死を理屈で語っている。

 彼女の言うことは理屈過ぎる。まるで機械のような判断だった。

 しかも、確かに必要で有効な手段だから、皆は使う艦娘として、否定できない。

 無意味に死んでいるだけなら武器を寄越せ。

 なにもできないなら糧になれ。放置するぐらいなら有効に活用してやる。

 お前らのすべてを、糧にしてやる。これは必要な犠牲なのだと。

 七海はそう、言っていた。

「…………拒否権は?」

 衣笠が聞くと、首を振った七海。

「ありません。あたしの出した結論です。文句はあたしに言ってください。けど、代わりに誓います。こんなことまでしてるんです。……絶対に、あたしは死なせませんから。誰も」

 ……そうか。皆は分かった。

 これは、七海なりの答えなのだと。大人である彼女たちは理解してくれた。

 言葉の彼女の努力の結果。

 倫理を無視するほど、逆を言えば皆を死なせない為に必死になっている。

 大淀と違い、部下である皆はそこをちゃん感じていた。

 異常だろうが、そこには理由があった。

 理由さえあればなにしてもいいのか、と聞かれれば困るだろう。

 だが、理由さえあれば皆が危険にあっても良いのか?  

 戦争をする限り、正解など選べない場合だってある。

 新人の七海の、精一杯艦娘たちに応えてくれている。

 それを感情で否定しても、全部はできない。

 ……倫理と道徳は最悪だろう。けれど、実際に皆は必要としている。

 未熟ゆえに、手段は選べない。弱いから、届く範囲の善悪を越えていく。

 七海は頭がおかしい。大淀の指摘は間違いじゃない。

 だが、一部足りない。

 七海は、おかしいけれど、狂っているけど、壊れてはいない。

 少なくとも、艦娘を死なせないと言う決意は本物だ。そこは信じる。

 軈て。皆、分かったと頷いた。

 驚く七海に、古鷹は言った。

「確かに嫌な方法ですけど……でも、私達には必要なものです。必要悪として、受け入れます」

 仕事の口調で、皆は受け入れてくれた。

 大体、言いたい事は同じだと答えた。ただ口外はしない。

 幼い子達にはショックが大きい。大淀の二の舞になる。

「提督。……ありがとうね、話してくれて。覚悟、しっかりと受け止めたわ」

 五十鈴が七海がここまでしたのだから、戦い抜くといってくれた。

 何でもするなら、艦娘も応えよう。倫理すら無視するような人だ。

 それでも、艦娘に対しての言動はちゃんと筋が通っている。死なせないと言う、筋が。

 だったら、戦うまでだ。死なずに必ず帰ろう。彼女の努力に、報いるために。

 その日、皆は評価を改めた。渋谷七海は頭がおかしい。

 でも同時に、努力を続ける、そんな人だと……。


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