君と結ばれる、物語の作り方   作:らむだぜろ

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退役の理由

 

 

 

 

 

 

 

 

 七海の死亡の後の後始末。 

 姫園鎮守府には、後釜として元帥の桜庭が着任した。

 理由は簡単だ。桜庭が自分から権力の無駄遣いをして仕向けた。

 七海が死んだ事は皆に大きな傷跡を残していた。

 桜庭は悔いた。教育がしっかり出来ていなかったこと。

 彼女に対して出来ることをしなかったこと。

 結局、自分が命じた特務のせいで殉職したこと。

 死に追いやったのは自分だと感じていた。

 だから、せめて贖罪をせねばなるまい。

 彼女の預かっていた皆の面倒を見るのが償いだと思ったからだった。

 他の元帥も彼女の異動にはケチをつけずに認めた。

 深海棲艦がいるのだ、これぐらいはしておいて当たり前。

 そういう判断をしたらしい。

 桜庭の着任により、姫園鎮守府はある程度は落ち着いていた。

 何だか最近、深海棲艦の活動が活発化しているがそれよりも、この鎮守府の深海棲艦と艦娘たちの面倒の方が優先だった。

「五十鈴、落ち着きなさい。良い? 渋谷さんの敵討ちなんて止めなさい。あの娘がそれを望むと思う?」

「望もうが、望むまいが……五十鈴が納得する方法はこれしかないんです! 五十鈴は七海のお姉ちゃんだから……仇は取らなきゃ、報われない!」

「…………」

 独房に赴き、何度も五十鈴に止めろと言うのに、五十鈴は荒れていた。

 あんなに世話を焼いていた妹が見殺しにされたのだ。

 我慢しろという方が酷な話だが、桜庭は根気よく宥めて、説得する。

 復讐などしたって、七海は帰ってこないと理屈で言うが、そんな彼女みたいなやり方でこの娘が落ち着くわけがない。 

 桜庭は言った。

「なら、根本は私のせいよ五十鈴。私を好きなだけ襲いなさい。死地に追いやったのは私だから」

「…………ああああああああああっ!!!!」

 見殺しにする以前の問題で、危険な任務を命じたのは桜庭の仕業だ。

 それを言うと、本当に五十鈴は襲ってきた。

 泣きながら、叫びながら、感情を爆発させて襲いかかる。

 何度も何度も殴られるも、戦艦に軽巡が勝てるわけがない。

 手傷を負わせることも出来ずに無抵抗の桜庭をずっと殴り続けてきた五十鈴だったが……。

「……元帥は、卑怯な人だったんですね……」

 一頻り殴り続けて、拳が血塗れになった五十鈴は、俯いて吐き出した。

 憎しみだった。五十鈴はこう、言った。

「分かりました。恨む相手を、憎む相手を五十鈴はあなたにします。元帥を五十鈴は絶対に許しません。五十鈴たちから七海を奪った人間を……決して、五十鈴は忘れません」

「そう。それでいいのよ。私は恨まれるべき相手なの。五十鈴、気が済むまで恨みなさい」

 他人に被害を出さないために、憎まれ役を買って出る桜庭。

 五十鈴は殺せない相手を恨み続ける選択肢を強いられたのだ。

 だから、卑怯な人。人間を優先して、艦娘を下げる卑怯で……妥当な選択だった。

 五十鈴は言うことを聞く気もない、とハッキリ言った。

「構わないわ。けど、仕事はして五十鈴。後は、好きにしていいから」

「……言われなくてもそうしますよ」

 今は亡き七海の居場所を存続させるために戦ってくれと桜庭は頼んだ。

 五十鈴だって、桜庭の為になど戦う気はない。

 ここには、七海の思い出がある。だから、戦うだけ。

 七海の残り香を保つために、思い出という最後の繋がりを守るために。

 その為だけに、日々を生きると決めた。彼女を恨みながら。憎みながら。

 壊れた如月、山風、弥生は未だに出てこられない。

 精神が緩やかに廃人に近づいているらしく。

 如月は相変わらず自分の世界に閉じ籠り、虚空を見て幻覚の七海を作り出し。

 生きることを諦めた二名は死にたいと毎日呪いを吐き続ける。

 何れは心が壊れて、使い物にならないことになる。

 生きたまま死んだ状態になるだろうと予測された。

 春雨、村雨も似たようなものだ。

 此方はずっと現実逃避をしており、引きこもってずっと泣いていた。

 餓死するから何か食べろと言っても無視して泣いている日々。

 長くは持たないと、桜庭が強引に突破して食事をさせて、此方も入院させた。

 案の定、廃人になりそうな危険な状況になってしまっている。

 小春のみ、深海棲艦たちを束ねて前向きになっていた。

 深海棲艦たちは、七海を弔うように毎日空に向かって、線香を焚いて手を合わせている。

 人間でいう、供養に似たモノのようだ。彼女たちは、死者を弔って、生きていくと桜庭に言っている。

 強い子だと思った。こういう場合、深海棲艦の方が精神的に打たれ強いのだろう。

 由良も悲しみを湛えたまま、毎日過ごしている。

 悲しみはあるが、彼女は帰らぬ人となった七海の為に出来ることをしている。

「由良も……何時かは、会いに行けますから」

 そう告げる由良は忘れるように忙しいことばかりをする。

 悲しみを誤魔化すために必死になっているんだろうと桜庭は見てて感じている。

 他にも、山城は不幸という口癖を止めた。

 七海という提督のそばで戦えた幸運を否定したくないからと言って。

 ヴェールヌイは、七海の遺品を一つ受け取り、大切に保管していた。

 彼女との思い出は一度消えたが、恩人であることには違いないと言った。

 皆、それぞれ七海の事を、ゆっくりと受け入れ前に進もうとした矢先に、その連絡はきた。

 死んだはずの渋谷七海、その人から……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、七海はどうも生きていたらしい。

 理由は全くもって不明だが、奇跡としか言いようがない。

 だが、無論奇跡と言えど代償はあった。

 七海は、沢山のモノを失っていた。

 病院で治療を受けると同時に桜庭は根回しして、少し簡易的ではあるが検査も行わせた。

 搬送された病院が軍部の息のかかった場所でよかった。

 簡単な検査は行えた。だが、結果は絶望的だった。

 七海はまず、記憶を欠落させていた。

 自覚があるようだが、どうも海軍に入ってからの記憶……特に、艦娘と深海棲艦絡みの記憶を殆ど失っていた。

 自分が今まで艦娘のために何をして来たかを何もかも忘れてしまったのだ。

 島村や赤松、桜庭などの艦娘を通じて出会った人間の事は覚えている。

 が、その出会いなどは曖昧に補完している為に事実とは矛盾が発生しているようだ。

 部分的な健忘症のようなものらしいが、いつ思い出せるかは不透明。

 仮に思い出せても、もう意味などない。

 七海は、提督の素質も失っていた。

 試しに再会した際にさりげなく妖精を同行させたのだが、見えていなかった。

 無反応だったのだ。無視しているかと、彼女の知らない艦娘と言わずに会話もさせたが、常人と同じ反応をした。

 つまり、妖精が見えずに艦娘の言語も理解できない普通の人間となっていた。

 そして、最大の消失は。

 七海は全ての力を失っていた。

 艦娘と深海棲艦の力を失い、人間に戻った。

 一般的な高校生に逆戻りしている。

 常人となった七海は、以前の艦娘を化け物と言う言動に戻り、皆との思い出を思い出せない。

 要するに、だ。

 

 七海はもう、提督を出来ないという意味だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唯一の肉親である母親に桜庭は直接謝罪した。

 散々彼女に激務を与え、挙げ句には死亡寸前の事態まで起こしてしまった。

 元帥があろうことか人間に民間人に頭を下げるという異例の事態。

 母は言った。

「七海はもう、十分役目を果たしました。いい加減、うちの娘を解放してくれませんか?」

 詫びる気持ちがあるなら誠意を見せろと糾弾された。それもそうだろう。

 桜庭は独身ゆえに娘などいない。母親の気持ちは想像するしかない。

 だが、愛娘を軍部の機密という建前で隠されながら利用されるのは、義務と言えどよい気分ではない。

 母ならば、噛みつくぐらいはすると思っていた。だから、頷いた。

「分かりました。私が責任をもって、娘さんを除籍するように手配するとお約束します」

 元帥ほどの立場なら、退役も簡単に出来る。桜庭は約束した。

 実際、素質の消えた七海は続行は不可能。

 軍部の記憶も消えているので、解放しても何ら問題はない。

 多少の制限あれど、七海は自由になれる。

 これ以上、彼女を追い込むのは……桜庭も心が痛かった。

(渋谷さんは十分頑張ったわ……。もう、海軍に縛り付けるのは止めないと)

 償いにはならないが、桜庭は自分が全ての後を継ぐという条件で引き受けた。

 七海の仕事は桜庭が後任となって続けていく。それで解決した。

 あとは、艦娘たちには生きていたことは言わない方がいい。

 余計なショックを与えるだけだ。何せ、誰だと聞かれるのが目に見えている。

 だって、七海は覚えていないのだから。

 あれ以上の残酷な運命を与えれば皆の心が死んでしまう。

 秘匿する。それが、桜庭の決定だった。

 そして。七海は、自由の身となった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久々の我が家はどう? 七海」

「漸く帰ってきた気がします。ここがあたしの家ですから」

 二週間後。七海は検査入院を終えて、日常生活には問題なしと下されて家に帰ってきた。

 久々に見上げる平屋の一軒家。ここが七海の実家。母と生きていた居場所。

 七海が七海のまま、娘として生きられる唯一の世界。

 夜遅く、母と戻ってきた七海は、少しの間は自宅療養をしてから高校に復学する。

 学校の友人たちにも一応連絡した。

 海軍で理由あって退役してきたと言うと、お帰りとそれなりには歓迎されていた。

 まだ、連中には七海は価値があったようで、困ったことがあったら何時でも言えといってくれた。

 損得勘定の関係であったが、互いに繋がる程度の理由はあると七海は思う。

 どうせ、鎮守府の事は思い出せないし、忘れている方が日常的には楽チン。

 どうでもいいと、思い出すつもりも更々ない彼女は、念願の我が家に戻ってきたのだ。

「お母さん、何か食べましょう」

「そうねえ……。折角帰ってきたんだし、母さん奮発しちゃおうかしら」

「じゃ、私も手伝いますね」

 親子仲良く、家の中に戻っていく。

 遅い夕飯を食べようと、久々の母の手料理を楽しみにする七海であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……待って。

 確かにお母さんと一緒に暮らしたいのも否定はしない。

 けど、足りない。あたしは、足りない。

 これだけじゃないの。

 あたしが欲しいモノは……日常だけじゃ足りない。

 けど、ちょっと頑張りすぎたかもしれない。疲れちゃった……。

 だから、今は……少しだけ。

 少しだけ、休ませて……。

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