寝惚けているのかと思い、深く考えずに事務所に向かったのだが、そこにいたのは超能力を使うアイドル達だった。
その日、サイキッカーアイドルである堀裕子は、自分の机に見慣れぬ物が置かれているのを見つける。
「えっと……ランプ?」
手に持ってみると、それは黄金色のランプだった。
ランプと言っても、明かりを照らす方ではなく、おとぎ話に出てくる魔法のランプだ。
とある作品では、ランプを擦るとランプの魔人が現れたが……
「あはは、まさかそんなわけ──ひゃっ!?」
適当な布でふきふきしてみた裕子は、ランプから吐き出される煙に驚く。
思わずランプを放り投げ、手にスプーンを持っていつでも対応できるようにする。
「ムムム。なにが来ても私のさいきっくパワーで成敗します!」
「──私を呼んだのは、貴女ですか?」
「ち、ちひろさん!?」
「違います。私はランプの女魔人です」
「え、でも」
「ランプの女魔人です」
アラブ系の衣装に身を包むちひろ……もとい、ランプの女魔人の眼力に、裕子は押されて頷くしかなかった。
それに満足したのか、ランプの女魔人は腕を組んで口を開く。
「それで、貴女の望みは?」
「の、望みですか?」
「ええ。なんでも一つだけ、貴女の望みを叶えてあげましょう」
「え、そんな事をいきなり言われても……」
いきなり要求され、頭を悩ませる裕子。
あれが欲しい、これをしてみたい、といった小さな望みは数あれど、いざなんでも叶えると言われたら、すぐには出てこないものだ。
実際、裕子自身も良い願いが思いつかず、小首を傾げて眉間にシワを寄せている。
そもそも、流されているままだったが、この魔人は信用できるのだろうか。
あまりにもちひろに似ていたので、つい気を許してしまっていた。
大体、願いを叶えるという言葉も、胡散臭い。
ランプから現れた事から、彼女はファンタジー生物ではあろう。しかし、それが良い人ではなく、俗に言う悪魔の可能性もあるのだ。
知り合いのアイドル風に言うならば、我が魂を狙いにきた俗物め、といったところか。
一度首をもたげた不信感は膨れ、自然と裕子は疑惑の眼差しを送る。
スプーンを前に掲げ、不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「なにを企んでいるか知りませんが、私を狙ったことが運の尽き! 私のサイキックパワーで、貴女を除霊……除霊? と、とにかく、貴女を倒してみせます!」
「わかりました。貴女の望みを叶えましょう」
「へ?」
重々しく頷いたランプの女魔人は、素っ頓狂な声を上げた裕子をよそに、発光しはじめた。
すぐに目を開けられないほどの光量になり、咄嗟に腕で目を庇う。
しばらくして輝きが収まったので、ゆっくりと目を開けて周囲を確認。
そこには、先ほどまでいたランプの女魔人は消え去っていて、いつも通りの部屋が目に入った。
「……夢?」
寝惚けてでもいたのだろうか。最近お仕事が続いて忙しかったとはいえ、いくらなんでも荒唐無稽の内容な気がする。
大きく首を傾けた裕子は、釈然としない気持ちのまま、部屋を出るのだった。
♦♦♦
「サイキックおはようございまーす!」
「おはよー」
元気よく挨拶をして事務所に入ると、ソファでだらけていた杏に迎えられる。
彼女はいつもの働いたら負けTシャツを着ており、飴を片手にだらけ切っていた。
「今日も早いですね、杏ちゃん!」
「そりゃあ、杏がログインボーナスを受け取らないと、みんなが大変なことになっちゃうし」
「ろぐいん?」
「こっちの話……ふぁぁ、眠い」
あくびを漏らした杏は、プロデューサーの机の上にあるお菓子に手を伸ばす。
しかし、当然距離があるので、届くはずがない。
「あ、私が取りますよ。どれが食べたいんですか?」
それに気がついた裕子がお菓子に近づこうとした時、目の前でありえない光景が広がった。
なんと、机の上のお菓子が、ひとりでに浮き上がったのだ。
まるで、見えざる手に掴まれたように、お菓子はふわふわと杏の元に向かう。
思わず呆然とした裕子の前で、杏はお菓子を口に含んでご満悦の表情を浮かべる。
「かな子ちゃんが作ったお菓子はやっぱり美味しいね」
「あ、あのあのあの!? 杏ちゃん!?」
「んー? どうしたの?」
「いいいいいま、お菓子がふわーっと! ふわふわーっと! しませんでしたか!?」
今の出来事は、夢か幻か。どう考えても幻覚を見ているとしか思えないが、いやいやまさかといった一抹の気持ちは収まらない。
つい先ほど、謎の自称ランプの女魔人と会った事も、裕子が慌てている原因の一つだろう。
身振り手振りで興奮している裕子を見て、杏は不思議そうに目を瞬く。
ソファから起き上がると、手のひらにある飴を浮かせる。
「これのこと?」
「それですっ! わぁ……本当に浮いてる。ムムッ、まさか杏ちゃんもサイキッカーでしたとは。感激です!」
「サイキッカーもなにも、この事務所のアイドルは皆超能力者でしょ」
「えっ?」
今、杏はとんでもない事を言わなかったか。裕子の耳がおかしくなっていないのならば、346プロに所属しているアイドルの全員が、サイキッカーだと。
一人や二人なら超能力者がいるかもしれない、とは思っていた。
しかし、流石に裕子の知り合いアイドル全員だとまでは考えておらず、思わず唖然としてしまう。
裕子が固まっていると、事務所の扉が開かれた。
次いで熱血アイドルである茜が入室し、いつものように元気よく声を上げる。
「おはようございますっ!」
「おはよー」
「あ、あの茜ちゃん! 茜ちゃんも──ええっ!?」
杏の言葉の真偽を確かめようと、勢い込んで茜の方に振り向いた裕子。
そこで、茜の全身が燃えているのに気がつき、目を丸くして驚きを露わにする。
「どうしましたか?」
「いやいやいやいや! 燃えてますよ!? 茜ちゃん燃えてるけど大丈夫なんですか!?」
「あ、消し忘れていました。これはうっかりですね! では、失礼して……ふんっ!」
なにやら茜が力んだかと思えば、全身を覆っていた炎が鎮火された。
服や身体に火傷の跡は見つからず、普段の彼女の姿に戻っている。
これでは、「さっきまで彼女は燃えていたんですよ。あはは、本当に熱血アイドルって感じでしたねっ!」なんて裕子が言ったとしても、誰も信じないだろう。
「一体、なにが起こってるんでしょうか」
思い当たる節なら、例のランプの女魔人しかない。
なにやら彼女は願いを叶えたと言っていたが……特に望みを告げた記憶もなく、願いの内容も意味不明だ。
なんというか、わざと捻くれた願いにしたと言われた方が納得できる。
やはり、あのランプの女魔人は悪魔だったのか。除霊をできていないのが悔やまれ、同時に魂を取られないか小さな不安感が顔を出す。
思わず頭を抱えて唸っていると、そんな裕子を見た杏達が首を傾げる。
「どうしたの?」
「なにか悩みがあるなら、私達に相談してください」
「悩みというか、サイキックお悩み相談室が欲しいというか」
どう答えるべきか考えていた裕子の耳に、巨大な音が入ってきた。
それに連動してか事務所が微かに揺れ、地震が起きたかのような振動を覚える。
「え、地震?」
「これは……!」
「現れましたね!」
机に潜ろうとした裕子に対し、杏達はこの現象に検討がついているらしい。
目付きを鋭くすると、事務所の外に出ようとしていた。
「二人ともどこに行くんですか? というか、なにが起こってるんですか?」
「そっちこそ、なにをしてるの? 早く行かないと!」
「そうです! 一刻も早く止めなければいけないんですから」
「え、ええー!?」
両腕を掴まれた裕子は、混乱したまま杏達に連れていかれるのだった。
♦♦♦
「な、なんですかこれはー!?」
連れられた場所は、事務所近くにある公園だった。
ここは裕子も行ったことがあるので、馴染み深いと言えば馴染み深い。
しかし、中央に立つ物は全く見覚えがなく、間抜けに口を半開きにしてしまう。
それを一言で表すなら、巨大ロボットであろうか。
メカメカしい雰囲気はもちろんあるが、全体的に可愛らしいデザインだ。
それ以上に目が惹かれるのは、ロボットの姿。
どこからどう見ても、裕子の知り合いの見た目をしていた。
すなわち、杏と仲が良い──
「きらりちゃん?」
「現れましたね、グラッシー帝国!」
「ぐらっしーていこく?」
「グラッシーハルナ、今日こそはきらりを返してもらうよ!」
「ぐらっしーはるな!?」
隣できらりんロボを睨んでいる杏達の言葉に、裕子はもうなにがなにやらわからなくなっていた。
いきなりロボットが出てくるのも謎だし、グラッシー帝国という国は聞いた事もない。
それに、グラッシーハルナという名は、もしかしなくともきらりんロボの足元にいる、偉そうな格好をしている春菜を指しているのだろうか。
思わず凝視している裕子の視線に気がついたのだろう。春菜──グラッシーハルナは、不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「ふっふっふ。今日は貴女達ですか。たった三人で我々を止められるとでも?」
「できるかできないかじゃありません。やるんです!」
「そーだそーだ! 油断していると痛い目を見るぞー! それに、杏達には心強い味方がいるし」
「ほう、心強い味方ですか」
杏の視線に釣られて、グラッシーハルナも裕子を見つめた。
全員から注目を集める形になった裕子は、思わず自分を指さして狼狽えてしまう。
「え、え? 私ですか!?」
「なるほど。確かに、S級サイキッカーのエスパーユッコがいるなら、その自信も頷けますね」
「へいへーい、降参するなら今のうちだよ!」
「あの、杏ちゃん? なんで私の背中に隠れているんですか?」
裕子の背後から煽っている杏を見て、グラッシーハルナは肩をすくめた。
「このままだと不利ですし、私も助っ人を呼びましょう。来なさい、幹部達!」
グラッシーハルナが片手を上げると、どこからか三人の人間が現れた。
幹部と言っていたから、恐らくグラッシーハルナに次ぐ人なのだろう。
それにしては、やはり彼女達も見覚えがあるというか。
「……えっと」
「ふふふ。怖くて声も出ませんか。自己紹介をしなさい三人とも」
困っている裕子を見て、勘違いでもしたのか。口角を上げたグラッシーハルナの命令に、一番左にいた可愛らしいメガネ女子……というより、まゆが微笑む。
「わかりましたぁ。では、改めて。まゆはハルナ様に仕える『拘束のまゆ』と言います。貴女達も、まゆのリボンで縛ってあげますね」
「『魅惑の奏』よ。貴女達も私のしもべになってみる? ふふ、ずっと幸せでいられるわよ」
「『グラスザニンジャアヤメ』です。以後お見知りおきを」
なんなのだ、これは。あまりにも超展開過ぎて、先ほどから裕子はついていけていない。
変な女魔人が現れたかと思えば、アイドル事務所が超能力事務所に変わり、同僚のアイドルが意味不明な国の出身になっていて、更にははぴはぴな巨大ロボットもそびえ立ち……
「はっ! これは、ドッキリですね! 聞いたことがあります。バラエティーでは、ドッキリをするために大掛かりな仕掛けを作ると」
仮にドッキリだとしたら、それを口に出すのはテレビ的に良くはないが。
ともあれ、裕子はこの超展開を、そのような帰結でまとめた。
実際、そう考えるのが妥当であろう。
こんな事が起こり得るはずがなく、普通ならば夢かドッキリか、そういった結論に至る。
ちなみに、裕子が夢だと思わなかったのは、夢にしてはリアルな気がしたからだ。
そんな風に裕子が考えていると、グラッシーハルナが騒ぎに寄ってきた野次馬を見回す。
「ふむ。ちょうど良いところに、人間達がいますね。貴女達、やってしまいなさい!」
『了解!』
ボスからの命令を受けた幹部達は、各々の得物を使って野次馬に襲いかかった。
拘束のまゆはリボンを巧みに動かして逃げ惑う人を捕え、魅惑の奏は背中の翼で飛んで空からハートを降り注ぎ、グラスザニンジャアヤメは手裏剣やちくわ、その他様々な飛び道具を駆使して人間を狙う。
そして、グラッシー帝国にやられた人達は、片っ端からメガネをかけられていく。
「いやー!?」
「奏様に忠誠を誓いますっ!」
「ワザマエ!?」
飛び交う怒号や悲鳴に、グラッシー帝国達の喜色を孕んだ高笑い。
彼女達によって、緑豊かな公園は戦場と化した。
「ど、ど、どうしましょうっ!?」
「くっ、罪のない人達にメガネをかけさせるなんて……なんて外道な!」
「裕子ちゃん、杏ちゃん! 急いでグラッシー帝国の攻撃を止めましょう!」
「止めるって言っても、どうやって?」
「我々には、心強い力があるじゃないですか。いきますよ! うおおおおおっ!」
裕子の当然な疑問を聞いた茜は、力んで全身から炎を吹きだした。
オーラのようにまとわりつくその姿は、まるで全身火山。彼女の熱血な性格とも相まって、非常に頼もしく映る。
瞳に使命の焔を宿した茜は、地面に白煙のレールを作りながら駆け抜ける。
すると、吹きすさぶ熱風を感じでもしたのか、リボンを操っていたまゆが茜の方へと振り向く。
「来ましたね。ですが、まゆには効きませんよぉ」
「その人を離してくださいっ!」
「うふふ。なら、力ずくで取り返してみなさい!」
全身炎の茜が飛び込むが、リボンを槍のように突き出したまゆによって吹っ飛ばされてしまう。
普通ならリボンは燃えてしまうが、特殊な作りなのか焦げ一つ見当たらない。
地面を滑りながら後退したあと、茜は後ろで戸惑っている裕子に向けて口を開く。
「拘束のまゆさんは私が抑えますので、裕子ちゃん達は他の人を!」
「わ、わかりましたっ!」
「じゃあ、杏はあの忍者と戦うよ。裕子ちゃんは空を飛んでる人をお願い」
そう告げると、念力であやめの投げた飛び道具をキャッチする杏。
普段の気だるげな雰囲気のまま、動かずに的確に相手の攻撃を捌いている。
「む、敵ながらやりますね。我が忍法を凌ぐとは」
「へいへーい。そんなへなちょこ忍法が杏に効くわけないじゃーん」
「ムッ、失礼な! そこまで言うのなら、全力でいかせてもらいます!」
背後から聞こえる応酬をよそに、裕子は走って奏の方に向かう。
空から奏がハートが落としてくるので、注意して躱さなければならない。
どうやら、このハートにぶつかると、奏の下僕になってしまうようだ。
「奏様のところには近づけさせない!」
「そうよ! 奏様を守るのよ!」
「わわ、どいてください!」
奏の下僕になってしまった目がハートのメガネ人間達に、裕子は阻まれて相手に近寄る事ができない。
そんな裕子の四苦八苦する姿を見て、空中で器用に脚を組んだ奏が微笑む。
「あらあら。私のファンを押しのけてまで熱心なこと。モテる女は辛いわね」
「むむむ……空にいたら止められません。こうなったら、さいきっくテレポートをするしか」
一旦飛び退いたあと、スプーンを掲げて目を瞑り、集中力を高めていく裕子。
想像するのは、テレポートをする自分。奏の後ろへと、瞬間移動するビジョン。
「むむーん……ムーン!」
瞬間、裕子は浮遊感を覚えた。
思わず目を開けば、視界に広がるのは奏の背中と少し大きくなった青空。全身に当たる風も感じ、少しずつ地面に引っ張られていく。
「わ、落ちる!?」
「っ! いつの間に!?」
「あ、待ってください!」
裕子の漏れた呟きを耳にして、素早い動きで振り返った奏。
そのまま羽ばたいて逃げようとしたので、裕子は慌てて彼女に抱きついてしがみつく。
「ちょ、離しなさい!」
「いやです! 離したら私が落ちちゃうじゃないですかっ! ぜーったいに離しませんからね!」
「くっ、重すぎて飛べなく……!」
「失礼ですね! 私は重くありませんから! これでもアイドルなんで、ちゃんと体重管理はしているんですから!」
ぎゃーぎゃー二人で言い合っているうちに、奏は地上に落ちていく。
急速に近づいてくる地面を見て、裕子は無意識に力を緩めてしまう。
恐怖を前に固まってしまったというか、そんな彼女の変化を見逃さず、奏は裕子を振り払った。
幸い地上付近で離されたため、転がって服が汚れたぐらいで、裕子が怪我することはなかった。
慌てて立ち上がり、再び空に飛ぼうとする奏に駆け寄る。
「しつこいわね!」
「逃がしませんよ! 町の人達にメガネはかけさせません!」
実のところ、裕子はよくわからないまま戦っている。
奏がワイヤーもなしに浮いていないかな、とか。もしかしてサイキック覚醒しちゃいましたか、とか。色々な感情が入り混じってはいるが、とりあえず無理矢理メガネをかけるのは良くないと考えていた。
と、考えながら動いていたのがいけなかったのだろう。
元々、理性より直感で物事を判断する裕子だ。賢く振舞おうとした時点で、こうなる事は決まっていたのかもしれない。
「わひゃっ!?」
「あら、痛そう」
足がもつれて、顔面から地面にダイブしてしまった。
幸いサイキックガード──という名の、腕の突き出し──をしたため、怪我をすることはなかったが、奏に逃げられてしまう。
裕子から離れられたことで余裕ができたのか、口元に手を添えて優雅に笑う奏。
しかし、周囲に気を配っている事から、裕子のテレポートを警戒しているらしい。
「うおおおぉ! 私が! 止めて! みせます!」
「うふふ。貴女にもメガネが似合いそうですね。えいっ」
「ふんっ! 私にそのリボンは効きませんよ!」
腕をさすりながら起き上がった裕子の目の前で、リボンによって後退させられた茜が通り過ぎた。
相変わらず炎を全身から噴出しており、その熱気が裕子の頬を撫でる。
直後にリボンを操るまゆが通過し、高速でバトル漫画のような戦いを再開。
「……」
目が点になった裕子は、目を擦って今度は杏とあやめの方に顔を向ける。
「ふっ。やりますね」
「そっちこそ、私の念力に対抗するなんてやるじゃん」
様々な物体が念動力で飛び交う、危ない空間だった。
あやめが投擲する手裏剣やちくわなどを杏が受け止め、サイコキネシスで突き返す。
控えめに言って、わけがわからない光景だ。
「えーっとぉ……これ、本当にドッキリですよね?」
「ふふっ、もうおしまい? 私を満足させてくれないなら──あら?」
戦場と化している公園に、一台の車がやってきた。
裕子にも見覚えのあるプロデューサーが使っているそれは、近くで止まると誰かが降りてくる。
その人物──卯月がやってきた瞬間、絶望に逃げ惑っていた人々の目の色が変わる。
「卯月ちゃんだ!」
「S級サイキッカーのユニット、ニュージェネレーションの島村卯月だ!」
「助かった! 俺達の勝ちだ!」
わっと歓声が上がる中、卯月は慌てた様子で裕子に駆け寄る。
「大丈夫ですか、裕子ちゃん!」
「は、はい。あの、これってドッキリじゃないんですか?」
「ドッキリ? いきなりどうしたんですか、裕子ちゃん。それより、早くグラッシー帝国の人達をなんとかしないと!」
裕子の隣でキリリと顔を引き締めた卯月は、余裕ぶった佇まいのグラッシーハルナを見つめる。
「待っていましたよ、卯月ちゃん。貴女をここで倒して、我々グラッシー帝国の力を見せつけてあげます!」
「そんなことはさせません! ファン達の笑顔はわたしが守ります!」
「ふっ。やれるものならやってみなさい」
「さあ、裕子ちゃん! わたしと一緒にスマイルパワーを集めましょう!」
「すまいるぱわー?」
「せーのっ、ピース!」
「ぴ、ぴーすっ!」
卯月に釣られて裕子も声を合わせると、車から降りたプロデューサーが手に持つ音楽プレーヤーの電源を入れた。
すると、辺りに卯月のソロ曲が流れはじめる。
卯月が歌いながら踊り、この場は瞬く間に即席のライブ会場に早変わり。
心なしか、彼女を中心にピンク色の風が渦巻いている。いや、気のせいでもなんでもなく、本当に卯月の周りがピンク色に輝いていた。
「えぇ!? ど、どうなって」
「裕子ちゃんも、一緒にスマイルパワーを!」
「よ、よくわかりませんが、わかりました! ムーン、さいきっくライブ!」
裕子も卯月のソロ曲を踊りはじめると、不思議と力が湧いてきた。
グラッシーハルナ達は魅入っているのか、こちらを攻撃してくる様子はない。
先ほどまで逃げていた人々も、いつの間にか取り出したサイリウムを振って盛り上がっている。
とりあえず流れでダンスをしているが、これで良かったのだろうか。
夢なのか、ドッキリなのか、それとも幻覚でも見ているのか。相変わらず意味不明な出来事で、裕子のキャパシティはいっぱいいっぱいだ。
そんなこんなしているうちに曲は終わり、ピンク色のオーラに包まれている卯月が腕を振り上げる。
「裕子ちゃん、今です。わたしと一緒に、スマイルパワーを!」
「は、はい! せーのっ──」
♦♦♦
「──さいきっくすまいる!」
腕を突き出して飛び起きた裕子は、辺りを見回して首を傾げる。
自分がいた場所は先ほどまでの公園ではなく、いつも通りの寝室。
近くに卯月はいないし、グラッシーハルナやきらりんロボがいる様子もない。
「……夢?」
と、考えるのが妥当だろう。
つまり、先ほどまで裕子が見ていたジャンルを間違えたとしか言いようのない超能力バトルは、自分が見ていたやたらリアルな夢だったのだ。
茜から炎は噴出しないし、杏はサイコキネシスを使えないし、卯月はスマイルパワーというよくわからない能力を集めない。
また、グラッシーハルナを初めとしたグラッシー帝国も存在しないはずだ。
「はっ! こうしちゃいられません。早く事務所に行かなきゃ」
目が覚めてきた裕子は、慌ててベッドから降りて身支度を整える。
「ムムーン! さいきっくテレポート!」
夢のようにできないか、とテレポートを試みるも当然失敗。
改めて、あれは現実ではなかったと肩を落としながら、家を出る裕子だった。
無事に事務所にたどり着き、部屋を開けると中にはかな子がいた。
寝ている杏がいないかと探すが、夢とは違い彼女はいないようだ。
「おはよう、裕子ちゃん」
「おはようございます。今日は、かな子ちゃんだけですか?」
「うん、他の人はまだ見てないかな」
「……燃えた茜ちゃんが来たりしませんよね」
「なにか言った?」
「なんでもないです!」
チラチラと扉を気にしている裕子を不思議そうに見ていたかな子は、手を合わせて微笑む。
「そうだ、裕子ちゃん! 新作のお菓子があるんだけど、どうかな?」
「かな子ちゃんのお菓子は美味しいですし、大歓迎ですよ! どんなお菓子なんですか?」
「ちょっと待ってね。今から作るから」
「へ? 今から?」
首を傾げた裕子に頷いたあと、かな子は懐から短い杖を取り出す。
「そーれっ。美味しくなーれ」
「え!?」
かな子の振るう手の動きに合わせて、机に置いてあった材料がひとりでに動く。
空中で器用に混ざり、こねられ、固まり、焼かれていき、あっという間に香ばしい匂いが充満していく。
どこからどう見ても、ファンタジーなお菓子作りだった。
「あ、あのあのあの!? かな子ちゃん!? おおおお菓子が浮いてますけど!?」
「え? それぐらい普通でしょ? ここに所属しているアイドルはみんな魔法使いだし」
「ま、魔法? 超能力ではなく?」
「あはは。やだなー、裕子ちゃん。超能力じゃなくて、これは魔法だよ?」
朗らかに笑うかな子をよそに、裕子はこの超展開に頭を抱えていた。
夢か。夢なのか。また自分は夢を見ているのか。これも、あのランプの女魔人のせいなのか。いや、そもそもあの女魔人自体が夢なのだから、目が覚めたここは現実かもしれない。それとも、今まで夢を見ていて、これも夢で今度目が覚めたら現実なのか。わけがわからない。なにが夢で、なにが現実なのかわからなすぎる。
「むむむむむ……誰か私を起こしてくださーいっ!」
色々と限界だった裕子は、頭から煙を吹きながら叫ぶのだった。
こうして、サイキックアイドルあらため、魔法使いアイドル裕子の受難が始まるのだった……?