スペシャルウィークの背中に追いついてから数分たつと、レース場が見えてきた。
「わぁー!すごーい!こんなに人がいっぱいなの、故郷とは大違い!」
スペシャルウィークの言う通り、レース場は大迫力だった。テレビで観たことはあったが、実際にその場に居合わせてみると一回り大きく感じる。
予想以上の迫力に圧倒されていると、スペシャルウィークが向こうからこちらに走ってくるのが見えた。
「ディープ君!たこ焼きにたい焼き、フランクフルトも買って来たよー!一緒に食べよっ」
いつの間に買って来たんだ...つーかそんなに食わねえよ...
そう思いつつ、仕方なく俺は食べ物を一つずつ受け取り、スペと一緒に近くのベンチに座った。
フランクフルトを口に運びつつ、俺はもう一度レース場を見渡す。
観客席には老若男女問わず沢山の人が押し寄せていて、このレースの人気ぶりが伺える。
「トゥインクル・シリーズ」
ウマ娘たちが競い合うレースの名称。国民的娯楽として定着しており、ウマ娘達が、時には仲間、時には敵として、ライバルと互いに己を磨くために切磋琢磨し、このレースに全てを注いでいる。
無論、俺たちもこのトゥインクル・シリーズに参加するためにやって来たわけだが(俺は乗り気じゃ無い)。
スペと昼食を取りながら談笑していると、奥の方から歓声が聞こえて来た。どうやらパドックが始まっているらしい。
スペシャルウィークが見たいと言うので、俺たちは歓声がした方向に歩いて行くことにした。
パドックの周りは、観客席よりも人の密度が高かった。俺とスペは、パドックが見える位置に体をずらした。すると、パドックの奥から、一人のウマ娘が出てきた。
やや明るめのオレンジ色のロングヘアー、耳には緑色の耳カバーとカチューシャが付いていた。その娘が出た瞬間に、一際大きい歓声が上がった。人気のウマ娘なのだろう。
1番人気、ゼッケン12番、サイレンススズカと実況に呼ばれたそのウマ娘は、全く表情を変えることなく、真っ直ぐな瞳をしていた。
「...綺麗...」
スペがそう呟いたのが聞こえた。確かに綺麗だ、人気が出るのも分かる。だが俺はサイレンススズカの走りの方が気になった。
「お前も負けてないけどな。」
「ふぇ!?」
「顔だけ。」
「!もうディープ君のばかっ!」
パドックの奥に戻っていくサイレンススズカを見つつ、顔をほのかに赤らめたスペをからかっていると、俺たちは不意に脚に違和感を感じた。首だけで後ろを向くと、棒付きのキャンディを加えた男が、俺たちの脚を揉みながら、うんうん頷いていた。
「二人とも腿の作りも良いじゃないか、まさに肥えウマ娘に難なし...ぶへぇッ!!」
何やら一人でぶつぶつ呟いていたが、それは甲高い悲鳴を上げたスペから繰り出された後ろ蹴りによって遮断された。
「なっ ななな何するんですかぁ!...ってあれ?」
「おいおいもろに顔面入ったぞ...」
スペの蹴りによって後方に吹っ飛ばされた男は、ピクリとも動かないまま仰向けに倒れていた。流石に死んではいないと思うが...
「あ...あの..大丈夫ですか...?」
「おい、生きてるか変質者。」
そう言いながら俺らが近づくと、その男はトラップが作動したかのように一瞬で起き上がった。
「ああいいよ、平気平気、慣れてるから。」
「なっ慣れてるぅ!?」
「ところで君、どこのウマ娘?出身は?年齢は?体重はぁ〜?」
目をギラギラさせながらスペの事を舐め回すように見てくる、反射的に蹴りを入れたくなったが堪えた。
「し、失礼な人ですねっ!お母ちゃんが言ってた通りです!都会は痴漢が多いって、失礼しますっ!」
「え?痴漢?」
不思議がる男をそこに残して、俺はズカズカと歩いていくスペの背中を追った。
男は俺らが離れていくまで、真剣な眼差しで俺らの事を見ていた。
怪しい男と一悶着あった後、俺たちはレースを見るためにゴール前に足を運んでいた。
「1番人気のあの人、どこにいるんだろう?」
楽しそうな顔をしているスペを横目に、俺は芝を見つめる。
見事なまでに洗練された芝だ。いつかここを走ってみたいと思った。
レースはごめんだが。
そんな事を思っていると、ファンファーレがレース場全体に響き渡った。観客から大歓声が上がる。それと同時に、ウマ娘達がゲートに入っていく。その中に、先程パドックにいたサイレンススズカの姿を見つけた。
どんな表情をしているかはここからは見えないが、おそらくパドックの時と同様、眉一つ動かしていないだろう。
「その様子だと本物のレースを見るのは初めてか。」
聞いた事がある声がしたと思えば、先程の怪しい男が横に立っていた。
「あ、貴方はさっきの!...初めてですけど、それが何か...?」
「ふむ、レースデビューを目指して田舎から出てきました、とかそんな感じか?」
そう話しかけてくる男を見て、俺はこの男がただの変質者ではないとなんとなく思った。だがスペシャルウィークは先程の件から完全に変質者だと思っているようで、
「私、日本一のウマ娘になるって、お母ちゃんと約束したんです。だから邪魔しないでくださいっ。」
そう言ってスペシャルウィークは口をプクーっと膨らませた。これはスペが怒った時にやる癖だ、可愛い。
「ほう..日本一か。」
それを聞いた男の顔が変わったのが分かった。腿を触った時とはまるで違う、未来を見据えているような瞳だった。
「なあ、日本一のウマ娘ってなんだ?」
「え?そ、それは...」
男は、俺も前から聞きたかった事をストレートに言った。スペシャルウィークは昔から、日本一のウマ娘になるとずっと言っていた。だがそれだけでは、明確な目標とは言えない。日本一のウマ娘なんて、ほぼ全てのウマ娘がなりたいに決まっている。大事なのは、「日本一」と言う言葉の中にどんな意味を見出すかだ。それが具体的にどんな意味なのか、完璧な模範解答は存在しないだろう。故に一人一人が自分の中でその「答え」を肯定して努力する。それこそ個々が思い描く「夢」に直結するのだろう。
スペシャルウィークは自分が思い描く「答え」がまだ漠然としているままだ。もっとも夢なんて持ったこともない俺よりはマシだが。
「お、そろそろだ」
スペシャルウィークが質問に対する返答を返せないまま、スタートゲートが開いた事でこの話は終わった。
2話にして話の進行ペースが遅い気がしてきた...