ゲートからウマ娘達が一斉に飛び出して行く、綺麗に揃ってスタートした後は、各ウマ娘が自分のベストポジションを確保しようと位置どり争いが始まっていた。
観客席からは大きい歓声が上がっていた。一人のウマ娘を応援する者、全員を応援する者、色々な人がいる。
俺は自分がレースに出るのは消極的だが、小さい頃から見るのは好きだった。どんな展開になるかを考えたり、誰が勝つか前走の走りを分析して予想するのが楽しかった。
今行われているレースは、あまり縦長にはなっておらず、どちらかと言えば集団で固まっているような展開だった。これでは外にいるウマ娘が圧倒的に不利だ、後半でへばってしまう。
一人で勝手に展開を読んでいると、集団から一頭のウマ娘が抜け出して先頭に立ったや否や、そのまま一気に差を広げていた。
ゼッケン8番、サイレンススズカだ。
「は、速い!...でもあのペースのままで大丈夫なのかな...」
スペの言う通り確かに速い、いや、速すぎる。あのままではスタミナが切れてしまうだろう。普通ならな。
「ところで君、ウマ娘だろう?男の」
不意に男に声をかけられた。目立ってしまうから耳と尻尾を帽子とズボンの中に隠していたが、バレていたか。
「男のウマ娘なんて珍しいな、君に夢はあるのか?」
「別にありません。何も...」
そう答えると男は一瞬不思議そうな顔をした。だがすぐに笑顔に戻り、
「なあ、あの娘、あのまま飛ばして勝つと思うか?」
そう言ってサイレンススズカを指差した。俺はこの時、試されているような気がした。俺は思ったままの事を言った。
「あれは飛ばしてなんかいませんよ、ただ普通に走っているだけです。あれがあの娘のマイペースなんでしょう」
そう言うと男は、
「よく見ているな、君は洞察力がある」
そう満足そうに言うと、レースの方に顔を戻した。
サイレンススズカが4コーナーを回って直線に差し掛かった。後続が一気に押し寄せてくる。スペが不安そうな顔をしていた。交わされると思っているんだろう。
だがサイレンススズカは、そこから一気に二の足で加速し、また大きく差を広げ、さらに加速し続けた。
終わってみれば2着に大差をつけてのゴール。だがサイレンススズカは、さほど息は切れておらず、既に呼吸が整っているようだった。
「へぇ...」
思わず自分の口からそんな言葉が漏れた。何を思ったかは自分でもよくわからない。だが、俺の中に沈没していた闘争心が、少しだけ、ほんの少しだけ反応したのが分かった。まあレースなんてごめんだから、すぐに収めたが。
「す、凄い!あんな人がいるなんて!」
スペシャルウィークは目をキラキラさせてそう言った。こいつなら、いや、普通なら、一緒に走ってみたいと素直に思えるんだろうな。
「とっても速かったねっ、ディープ君っ!」
「ああ、そうだな」
「君たち、見ていかないのか?」
そう男が言うと、スペシャルウィークは「あっ」と何かを思い出したかのように、
「ウイニングライブ!」
そう言った。
ウイニングライブとは、レースに勝った上位3着に入ったウマ娘だけが立てる舞台。観客と喜びを分かち合うと共に、己の強さを証明する事にもなる。
俺たちはサイレンススズカのライブを見ていく事にした。
ステージの中心にいる3人のウマ娘にスポットライトが灯り、音楽が流れる。観客も大盛り上がりでペンライトを振っている。
「♪〜♪♪〜♪」
サイレンススズカが歌う。透き通った綺麗な歌声だ。それに合わせて軽快なダンスも披露する。ステージに立ったサイレンススズカは、今日1番輝いていた。
俺とスペシャルウィークは暫くの間、ウイニングライブに酔いしれていたが。何か忘れているような気がした。
「「あっ!!」
俺とスペシャルウィークはほぼ同時に気付いた。
「「下宿先の約束時間過ぎてる(じゃねえか)!」」
スマホを見ると、既に約束の時間から数時間が過ぎていた。
「どうしようっ!どうしようっ!」
「落ち着け!っいや落ち着いてる場合じゃねえっ!急ぐぞ!」
俺たちは人に危害が及ばない程度のスピードで、下宿先の寮に急いで戻った。
次話はなるべく早めに出します