メトロイドvsプレデター ―サムス クロニクル―   作:ぷるぷるゼラチン気質

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チャプター03 狩人と戦士

 グレイヴォイスは言葉を失っていた。

 

 予定通りに、明くる日…グレイヴォイスは何時も通りに散歩へ出立したサムスを追跡した。それもパワードスーツまで装着し、超人の領域にまで到達している彼女に気付かれないようにするという念の入れようだった。

 その結果、彼は予想とは余りにかけ離れたモノを見ることになる。サムスの姿が…谷を降りた途端に、まるで空間に吸い込まれるように消えたのだ。

 グレイヴォイスは直ぐ様パワードスーツのXレイ・スコープを起動…空間を凝視すると、サムスが消えていった谷間は複合的な認識阻害力場に覆われていた。

 

(なんだ、これは…!)

 

Xレイバイザーからマザーブレインへとデータを転送。彼女の力も借りてフィールドの解析を試みるも、さらなる驚きがマザーから齎される。

 

「信じられません…こんな力場がゼーベス地表部(クレテリア)に展開されていたなんて!光、振動、芳香化合物、熱量、電磁波、重力、アストラル振動…私が知り得るあらゆる情報伝達を屈折し、またフィールド外部と内部の物質差異をグラデーションさせ、透明な存在にしてしまう性質を持つ極めて高度な複合擬態フィールドと思われます。私にすら解析出来ない不明物質(アンノウンマテリアル)の伝達阻害にも対応しているようです…この事から…最低でもチョウゾと同等か、我々を上回る科学文明圏でなければとても造れない力場であると思われます…!」

 

 マザーからの情報にグレイはゾッとした。

 自分達の根城に、己らを上回るかもしれない文明の利器を持った何者かが潜んでいるやもしれず、そしてその存在に〝チョウゾの後継者〟たるサムスが関わってしまっているかもしれない…いや、ほぼ確実に関わっているという事実に。

 一歩、グレイは足を踏み出す。何者かが張った透明化の結界…ステルス迷彩フィールドへ突入しようというつもりらしい。だが、

 

「お待ち下さいグレイヴォイス!フィールド内に潜む者の正体が皆目見当もつかない以上、無闇な突入は賢明ではありません」

 

マザーが必死に制する。

 

「だが、その正体不明な何者かの元にサムスは向かっている。時間が惜しい。その何者かに悪意があれば、1秒の遅れでサムスがどうなるか分かったものではない」

 

「相手の真意がどうあれ、サムスに火急の危険が迫っているとは思えません。数週間は通っているのにサムスは健康的な心身で健在なのです。毎日我らの元にも帰還しています。一時帰還し、オールドバードと協議の上、冷静な状態で相手と平和的接触を試みるべきではないでしょうか」

 

 むぅ、と小さく唸るグレイ。確かにマザーの言い分には一理あると思えた。

 

「そうだな…一旦退くべきか。…だが、フィールドの内側だけは偵察しておきたい。それぐらいは賛成してくれるかな、マザー」

 

 こういう場面では、衰えたチョウゾに適格なアドバイスをし最適な判断を下すマザーの助言は何よりも頼りになる。

 

「…条件付きで賛成します。隠密行動(スニーキングミッション)で、武力行使は厳禁…そして侵入許可エリアはフィールド外苑から10mとします。目的はフィールド内を視覚デバイスに映すだけなのですから。検証は帰ってから行いましょう」

 

「…戦うつもりはないよ。寿命を無駄に縮める気はないからな…全て了承した、その判断に感謝する」

 

護身の為…念の為にチョウゾ古来のスピアを展開し、グレイはゆっくりと足を進めだした。

 

 

 

 

 

 

 

そしていつもの花畑では、

 

「あれー?おじさーーーん!……ん~、どこ行ったんだろ?めずらしい。いつも宇宙船をいっしょうけんめい直してるのに……あれ?」

 

 今日も5枚の食事プレートを引っさげたサムスがいた。しかし銀の宇宙船の周囲をどれだけ探しても彼はいなかった。だが…、

 

「これ…鳥のおじいちゃん(とこ)にあった宇宙船の部品…?」

 

宇宙船の厚く短めのウィングの影に隠すように、明らかにチョウゾの造形の趣の強いパーツが大量に転がっていた。

 

「んー…、これ…ひょっとしておじいちゃんのを…盗っちゃったのかなぁ…?」

 

 宇宙船を直すためなのだろうと3歳ながら聡明なサムスは理解できたが、それでも真っ当な家庭で育った少女の良心は晴れやかな心持ちにはならなかった。

 

「むぅ~、私に言ってくれればおじいちゃんに頼んであげたのに!グレイもマザーも、困った人を助けるためならパーツぐらいくれるよ」

 

 マザーなら許さないかも…と思いはしたが、それでもサムスはオールドバードが何だかんだで説得してくれるに違いないと思う。その程度にはマザーブレインへも慣れ始めているのだ。

 

「…ひょっとして今もおじいちゃんとこ行って盗もうとしてるのかな………うーん…よしっ、ゴハンはここに置いて……ちょっと引き返そう」

 

 少女はすぐに踵を返す。もし窃盗をしようというなら止めるのが友人というものだとサムスは信じていた。

 

 

 

 

 

∴∴∴

 

 

 

 

 

 慎重に歩みを進めるグレイヴォイスと、浮遊するマザーの視覚デバイス。

 

「…これは……毒花(バジャーグローヴ)!馬鹿な…ゼーベス在来の物ではない花がこんな繁茂しているなんて。一体どこから流れ着いた…」

 

測定(サーチ)……一番大きなバジャーグローヴでも年齢は3年未満。恐らく前回のスペースパイレーツ襲撃の時に持ち込まれたのではないでしょうか」

 

 フィールド内に咲き誇っていた美しい花畑は、全て外界の毒花であったのだ。

 

「全て焼き払わねばならんな…その手配も頼んだよ、マザー」

 

「了解しました」

 

 また一つ予期せぬ心配事が増えたことに溜息が漏れる思いがするグレイとマザーだが、今回は毒花以上に厄介なことの調査だ。気を引き締めて慎重に進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな2人をジッ…と眺める何者かがいることに、グレイもマザーも気付いていない。

 その者はグレイヴォイスとマザーブレインの音声、姿、仕草、行動パターン…全てをつぶさに観察している。

 彼らが驚嘆したステルス迷彩フィールドの簡易版であるパーソナル・クローキングデバイスによって透明化している『彼』は、熱量・エネルギー量を感知するサーモグラフィーに似たスキャンビジョンで対象を観察し尽くすのだ。

 

「Krrrrr………ケンメイ・デハナイ………rrrrr……」

 

―ブゥゥゥン…

 

 不気味な電子音が静かに響く。

 彼のマスク型ヘルメットが対象の声を録音し、それと自身の声帯を連動させて彼は声真似を単調に繰り返す。そして繰り返す程に精度を上げていく。彼は学んでいた。

 

「ケンメイ・デハナイ………ヒクベキ・カ……………………………ケンメイデハナイ…………カンシャ・スル…カンシャスル…Krrrrrr」

 

 鎧をまとう鳥人族。その者が握る槍状の武具を見て漏らした顫動音はどこか嬉しそうですらあった。

 いや、実際に彼は嬉しいのだった。喜び、歓喜している。鳥人族の動きを観察し続けていれば自ずと分かることがあった。彼は強い。彼の動きは戦う者…『戦士』の動きに違いない。そういう者こそを狩る(ハント)するのが彼の種の至上の誉れだった。

 

mesh'in'ga(夢のような戦いの一時) … kv'var Me'tei(さぁ狩りの時間だ)…」

 

 同族以外の者にはとても言葉として聞こえない獣の呻き声のようなその声。彼本来の種族言語で、彼は狩りの開始を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…?マザー、その光は?」

 

「光?」

 

 グレイが、マザーの球体視覚デバイスに浮かび上がった3つの赤い光点を指摘した次の瞬間だった。

 グレイの後方から彼の頭の直ぐ横を高速のプラズマ弾が通過。あっ、と思う間にマザーの視覚端末が爆散してしまった。

 

「マザー!?くっ…よせ!我々に交戦の意思はない!」

 

 フィールド内に潜む者からの攻撃なのは明らかだった。やられたのが代替の効くマザーの端末だったのが幸いだが、これが命ある同胞であったならチョウゾも牙を剥くだろう。特にこのグレイヴォイスなら。

 

「ハッハッハッハッハッ……」

 

 返事の代わりに、どこかたどたどしい笑い声が聞こえた。だが姿は見えない。

 

(そうか…!このフィールドを作り出すような者なら…!)

 

 グレイヴォイスは即座に視覚をXレイスコープへと切り替える。

 

「…どこだ…!どこにいる!」

 

 必死に周囲を探索するグレイの足元に、マザーの端末を貫いたあの赤い照準がちらつくがそれは一向にプラズマ弾を発射する気配がなかった。

 

「私を舐めている…?いや、これは…楽しんでいるのか…!」

 

 何時でもお前など撃ち殺せるのだ。舐めるようにグレイの体を這う光点はそう言っているようだった。

 

「…いたな!そこだ!」

 

 グレイのXレイバイザーに陽炎のように揺れる人影が映る。手にしたチョウゾスピアの切っ先を向けると、その先端から数発の光弾が撃ち出されて陽炎の男へと殺到した。

 

「RRRRR…!!」

 

 陽炎が跳躍する。一回のジャンプで悠に10m程跳び光弾を躱しきってしまう。

 

「並の身体能力ではないな…だが、もう見えている!そこだ!」

 

 だがグレイは着地地点を予測し、素早くそこへスピアの光弾を連射すると、

 

「ッ!!!」

 

陽炎が光弾の巻き起こした爆炎の中に消えていく。さすがの狩人も、自身の透明化が早々に見破られたのは驚いたようだ。

 

「う!?ぐわ!…く、あ、あの状態から反撃を…!」

 

 しかし、グレイの攻撃とほぼ同時に陽炎を包んだ炎の中から飛び出てきたプラズマ弾がグレイの足を貫いていた。

 

「くそ…、パワードスーツがたった一発で貫かれたか!」

 

 超文明の塊であるチョウゾの鎧を一撃で破壊し、内側の肉体の表面がしとどに焼かれてしまっていた。恐るべき破壊力だ。

 願わくば、先の一撃で陽炎の敵が重傷を負っていてくれれば…とグレイは思うが…、

 

「………Rrrrrrrr」

 

もうもうと晴れる煙の中から、巨漢の陽炎が青白いスパークを発生させながらその姿の一端を垣間見せた。

 片膝付いたグレイを差し置き、その異星人は腕のガントレットを操作し、透明化…クローキングデバイスの不調を調整している。グレイの願い虚しく、どうやらグレイの攻撃は彼の透明化を不調にしただけらしい。

 

「うぐっ…く、も、もう…心理プロテクトが…くそ…!戦いの最中に、相手から目を離すとは迂闊だぞ!」

 

 胸の内を抉るような痛みに、スーツ内のグレイヴォイスの顔が歪む。グレイヴォイスはチョウゾの戦士タイプとして確かな力量と勇ましさを持ってはいた。だが種として、生命として衰退するチョウゾの宿命からは逃れなかった。

 いかに彼が勇猛に戦おうとしても生命の根幹…魂ともいうべき場所に深く刻まれた平和を愛しすぎる心理プロテクトは戦士たる彼を苦しめる。

 しかしグレイはそれでも己を鼓舞してスピアを眼前の異星人へと向けたが、

 

「Grrrrrr…」

 

少しもグレイへ視線を寄越すことなく、異星人の肩の小型砲から吐き出されたプラズマ弾がグレイのスピアを弾き飛ばし、地に落ちたチョウゾスピアは火花を散らして射撃機能を停止してしまった。

 

「しまった!」

 

 グレイが眉をしかめた。

 一気に動きが鈍重になったグレイヴォイスを不思議そうに眺める異星人は、

 

―pi・pipipi

 

電子音を鳴らしながらガントレットを操作すると覆っていた青白いスパークが消え、途切れ途切れに彼を覆っていたクローキングが完全に消えていく。

 ハッキリと、完全に露わになったその姿は表情の伺えぬ顔面全てを覆うマスク。網状の衣装に所々を覆うプロテクター。そして様々な動物の髑髏のアクセサリー。

 

「…っ!それがお前の姿か……ま、まだ終わってはいないぞ!」

 

 片足を庇いながらもグレイは落ちたスピアを横っ飛びで拾う。射撃機能は死んでも、その見た目通り槍としてならまだまだ戦える。チョウゾの武具だけあって切れ味も一味違う。切っ先の刃はレーザーを纏う超振動刃(ヴィヴロブレード)となっていて、当たれば戦艦の装甲とてバターのように切り裂ける。

 

「……」

 

 グレイに相対する彼もまた、右腕の刃を伸張・展開。

 グレイヴォイスとの真剣勝負に乗ってくれるようだ。

 

「…ふっ、こいつは粋なことをするじゃないか」

 

 グレイの息は荒い。心理プロテクトが、これ以上の闘争行為を拒否している。しかしグレイの戦士としての矜持は、眼前の敵との勝負に対してふつふつと血肉を滾らせていた。

 

「ゆくぞ!」

 

 無傷のままの片足でグレイは跳んだ。チョウゾとて多くの宇宙種族から見れば超人的な身体能力を持つ部類。その距離と速度は驚嘆に値する。

 

「…!」

 

グレイの飛び掛かり様の突きを刃で跳ね上げる。と刃がぶつかり、その瞬間…

 

――ギィィィン

 

という耳をつんざく激しい超高音が彼らを取り巻く大気中を震わせた。

 

「…!お前の(ブレード)も超振動か…!」

 

 超振動同士の共鳴に双方の鼓膜が悲鳴をあげたが、そんなものを物ともせずに2人はひたすら切り結ぶ。

 一合、二合、三合と互いの切っ先が火花を散らす度、激しいスパークと超音波が撒き散らされた。

 グレイの槍はリーチの差で圧倒的にリストブレイドの優位に立つ。だが、グレイは片足を負傷し、そして何より心理プロテクトが武器を振り回す度に技の切れ味を低下させ動きは鈍っていく。

 20回も刃を交わした時には既に勝負の行方は決した。グレイの槍が宙をくるくると回り、異星人の後方にまで弾き飛んでいた。

 

「っ!?槍が…っう、ぐ……がっ!」

 

 筋肉で覆われた逞しい左腕がグレイの首を掴み、パワードスーツも含めると身長2m、体重100kgを悠に超えるグレイの体を片手で軽々と持ち上げてしまう。

 

Ell-osde(お前の) Syra'yte(頭は) Pa'ya-te. Kv'var-de(狩人の名誉となる) ……Krrrrr」

 

 お前の死は我が至上の誉れとなる。例え伝わらずとも、獲物への敬意故に彼はそうグレイに告げた。一方的な価値観の押し付けではあるが、狩り(ハント)の果ての死こそが彼らにとって狩る者と狩られる者、双方の名誉だ。獲物が違う価値観を持っていようといまいと、それは彼らの種族には全く関係の無いことだった。ギラリと右腕の刃が光る。

 その時だ。

 

「待って!」

 

狩人にとって、ここ最近で聞き慣れた透き通った声が聞こえた。振り返るまでもなく、その声はあの少女のものだと彼には理解できていた。

 

「そのひとは、そのひとは…私の…家族なの!なんでおじさんとグレイが戦ってるの!?お願い…!はなしてあげて!おじさん、お願いだから!!」

 

 少女…サムスが狩人の足にしがみつき、必死に懇願する。

 

「Krrrrr」

 

「ぐ…サ、ムス…」

 

 狩人は、掲げた『トロフィーになる直前の戦士』を見、次いで泣きつく少女の顔を見た。もう一度獲物を見て、スキャンビジョンでつぶさに頭蓋骨を値踏みする。

 

「おじさん…!おじさんと私はお友達だから、だから…お願い!はなして!もうグレイにひどいことしないで!何か気にさわったならあやまるから!!」

 

 そして狩人はサムスに以前治療して貰った傷跡を見、最後に少女の泣き顔をもう一度眺めると、とうとう手を離した。グレイが地に落下して尻もちを着く。咳き込んでいるが、命に別状はない。

 

「グレイぃ~!!わーーん!」

 

 サムスは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のままグレイヴォイスへと飛びついた。グレイのパワードスーツがどんどん少女の鼻水で汚れていく。だがグレイも満更ではないようだ。パワードスーツ頭部の展開を解除し、むき出しになった顔は少し優しく微笑んでいた。

 

「やれやれ…キミのお陰で、どうやら助かったようだな」

 

「わ~~~ん!無事でよかったよーー!グレイ~、なんでおじさんとケンカしてたのよー!うぅ、ぐすっ!おじさんも、グレイを助けてくれてありがとうだけど、ケンカしたら『めっ!』なんだよ~!!もー!」

 

 サムスは、羽毛でもふもふするグレイの首と、丸太のように逞しい筋肉質な狩人の足の双方を行ったり来たりして…その両方に鼻水と涙の洗礼を食らわしていた。

 

「……rrr」

 

 狩人は少女を不思議なものでも見るように観察し続けていた。

 


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