メトロイドvsプレデター ―サムス クロニクル―   作:ぷるぷるゼラチン気質

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平成最後の投稿


チャプター06 SR388の異変

「…なんということだ」

 

 行政区画(ツーリアン)・マザーブレインのお膝元…メインコンピューターの巨大モニターに映された映像を見て、チョウゾの古老オールドバードは絶望の声を上げた。

 

 映像は秘匿された危険惑星SR388のものだ。その星は銀河連邦に未だ発見されていない未開星で、その存在を知るのはチョウゾのみだった。しかしそこには悪魔が如くの生命体が存在する。チョウゾはそれを寄生生命体『X』と命名した。

 Xはあらゆる生命に寄生し、その特性-記憶・外見・能力に至るまでその全て-を遺伝子レベルから得て進化・変形し、あまつさえ寄生元を吸い殺す。もし吸い殺し損なっても強烈な排他的本能によって寄生元を確実に抹殺するまで付け狙う危険生物だった。

 宇宙レベルで災厄となり得るそのXが、銀河連邦によって発見されれば兵器としての利用を考えるものが必ず出る。そしてXは今の銀河連邦には制御できない…そんな生易しい存在ではないということをチョウゾは理解していた。故にそれを防ぐため、Xをこの世から葬る為にチョウゾはXの天敵を創造した……『メトロイド』である。

 メトロイドはあらゆる生命エネルギーを吸収する。Xがメトロイドに寄生しても、その瞬間にXを吸い殺せるだけの吸収能力を与えられており、そもそも細胞レベルでXの寄生・擬態能力に耐性を持つ。その性質上、X以外の生命に対してすら非常に高い脅威となるだろうが、Xと違ってメトロイドは育成次第で知的生命体に懐き共存も可能であり、また精神感応によって制御もできるチョウゾの傑作であった。

 計画は全て順調だったが、つい数日前にSR388に滞在しているチョウゾの同胞から緊急通信が入って事は一変したようだった。通信障害が起きたのか、激しい雑音が入り交じる通信は要領を得ず、しかもその通信は10秒と経たぬうちに切れてしまい、以後二度と通じなかった。危惧したオールドバードは直ぐに調査員としてマザーの視覚端末を送り込んだのだが…。

 

「これは…本当にSR388なのか?まるで地獄そのものではないか。連絡が途切れ、マザーが新たな視覚デバイスを虚数跳躍で送り込むまでの2日間…その短い間に一体何があったというのだ……マザー、他の区域の映像を」

 

 オールドバードは震えた声でマザーを促した。しかしマザーの返答はオールドバードを更に落胆させるものでしかない。

 

「オールドバード、他の区域も同様です。残念ですが滞在していたチョウゾ達、『X』と『メトロイド』を始めSR388に登録されていた生物のほぼ全てが死に、破壊されています。死骸・残骸がSR388中に散らばっているのに変わりはありません。惑星開拓マシーン・ディガーノートも全機沈黙しています」

 

「ディガーノートまでが…ば、ばかな…メトロイドが暴走を起こしたか…?だが、だとしたら何故メトロイド自身まで…、いや…Xとて今の段階でここまで駆逐されてしまうのはおかしいのだ。メトロイドもまだ未完成だった…ここまでの能力には到達していない筈だ…一惑星を殲滅する力はまだ無い」

 

「…!オールドバードご覧下さい!」

 

「これは…」

 

 マザーがカメラを拡大していく。そこに映るのは〝内側から何者かに食い破られたメトロイド〟の死骸。その他にも同様に死に様を晒す同胞やその他生物達の死骸がそのエリアには転がっていた。

 

「何かに寄生されたのか…?Xの寄生パターンが変わったとでも…しかし、メトロイドの寄生耐性とエネルギー吸収能力を、一体どうやって潜り抜けて寄生したのだ…?分からぬ…」

 

「これはXの仕業ではないでしょう。幾つかの理由からそう推論できます。第1に、Xは進化と変異を寄生元に頼り切っています。そして惑星SR388にはこういった寄生パターンを持つ生物は存在していません。Xが寄生方法を変更することは不可能です。第2…Xの死骸はアメーバ体が干からび体積を大幅に縮小させ風化寸前の状態…Xの死因はメトロイドによるものと推測されます。以上の2つのことから、Xは当初の我々の狙い通りメトロイドによって駆逐され、メトロイドを含むそれ以外の生物はその後に捕食、ないし何かを埋め込まれ内部から殺害されたのだと思われます」

 

「ではやはりメトロイドの暴走か?SR388のコアが放つ特殊β線やエイオン粒子が予期せぬ作用を起こしたのかもしれぬ。だがメトロイドも内部から破壊されているとなると…メトロイドの共食いでもこのような死に方は不自然極まるのう」

 

「はい。メトロイドが原因と考えるには不自然な点が多すぎます。故に強力な外的要因が介入したのだと、私は予想します」

 

「外的要因…」

 

 マザーの言葉を、オールドバードは伸びた顎の羽毛を擦りながら脳内で反芻する。

 

「……我らが厳重に監視していたSR388に気付かれずに()()が来た。そしてその何かは、やはり我らに気付かれずにSR388で活動し、そして強力な寄生能力を持つXとあらゆる生命エネルギーを吸収するメトロイドを何らかの方法で殺した…そういうことか?」

 

「はい。その可能性が最も高く、そして無理のない思考です。状況から見てその()()はまずメトロイド内部に寄生し操り、Xを捕食したのではないでしょうか」

 

 少し前のマザーブレインなら、自分とチョウゾの文明が頂点に()()()の思考から始まる。そして不可解な事象は身内の失態や不出来故の突発的事故だと断じただろうが、プレデターと出会ってからは自分の理解を超える事は多々起こり得ると判断する柔軟さを手に入れていた。

 

「…それを出来る外的要因……プレデターの仕業と言うつもりかね」

 

 老いた瞳はマザーブレインの巨大な眼球を真っ直ぐ見つめている。

 

「いいえ、(ネイマンデ)はしないでしょう。その能力はありますが理由がありません。そして彼は理由が無ければ動きません。それに…SR388の存在は流石の彼でも知りようがないことはオールドバードもご存知のはず」

 

「うむ…彼だけではない…今、あの星の存在はスペースパイレーツにも銀河連邦にもバレぬよう、あらゆる航路データから消去してあるからな。チョウゾの脳波パターンが無ければ座標位置は参照できぬ…XがいるSR388の情報を外に漏らすわけにはいかん。ならば外的要因とは何だと思う?」

 

「ネイマンデが主犯であるとは思いません。ですが、ネイマンデも一概に無関係ではないと判断します。最も有力な外的要因…それは彼が追う()()()です」

 

「…彼は誰かを、何かを追っているのか?」

 

「彼は私の端末を使い、度々ゼーベスを中心とし2000万光年内の各銀河・各星系のデータを集めていました。彼はそれらの内の主要惑星のデータを閲覧し、その星々で起きたここ数年の事象・事件を調査していたのです。特に比較的長時間閲覧していたデータはその星への墜落物の情報です。墜落物に関する情報だけ、他のデータよりも5秒以上長く閲覧しています。これは彼が惑星への墜落物に興味をいだいている証左でしょう」

 

 種としても個としても老いたオールドバードだが、マザーの言わんとすることを理解した。

 

「ネイマンデの追う()()がSR388に落下した…そしてその何かは、やはりチョウゾと同等かそれ以上の文明の力を秘めた危険な代物…」

 

「その可能性が最も素直に飲み込める結論だとは思いませんか、オールドバード」

 

 オールドバードの顔はますます難しい物になっていき、事態の重さを改めて実感した。勿論、まだ確定ではない。だがマザーの言う通りそれが一番可能性が高いだろうとオールドバードも思う。宇宙の安寧に関わると思われたXと、それを討伐する為に開発したメトロイド…その両者をまとめて殺害してしまった()()はもはやオールドバードの想像を超える。

 

「彼に…意見を求めるべきだろうか」

 

 もはや老いた脳で判断を下せるものではないと老チョウゾは判断したが、鳥人族と銀河連邦を支えるスーパーコンピューターですらその判断は容易ではなく、正答を保証できるわけはなかった。

 

「……」

 

 マザーは黙して即答を避けた。彼女とチョウゾの力を超えた事象がSR388で起きた事は明らかで、恐らくこの件を正しく理解できるのは彼だけだし、解決出来る可能性が最も大きい知識と戦力を有しているのも彼だろう。しかしSR388を伝えればプレデターは間違いなく直ぐに向かってしまうだろう。Xを、メトロイドを、チョウゾと彼らが持ち込んだディガーノート-拠点開発用マシーンだがその装甲と巨体から繰り出されるパワーは万が一の護身用兵器としても優れている-を全滅させている()()の元へ向かわせたくないとマザーの感情は判断していた。

 何より貴重なプレデター種である彼を無駄死にさせてしまう可能性が高い。彼の死を想定すると…想像するとマザーは恐怖に似た感情が湧き出ると自覚する。この宇宙を太古に去ったプレデター種の内、帰還してきた稀有な個体である彼を失うのはこの宇宙の大きな損失だと、マザーの理性的な部分も考えていた。

 マザーは一種のジレンマに陥った。行かせるのも行かせないのも凶であり吉となり得るとしか言えず、いっその事惑星破壊兵器でSR388を消滅させられたらそれが一番良いと思えた。

 

「オールドバード、惑星SR388の完全破壊を進言したい感情で私は満たされています。あの惑星は危険です。X、メトロイド、そして未知の危険が潜み、SR388から得られる様々な資源や知識という利点を大きく上回る危険に満ちています」

 

「…だが、もはやチョウゾに惑星を破壊する力はない。それが出来るのは銀河連邦…そしてスペースパイレーツだけだ…悲しいことだがな。そしてどちらの勢力がSR388の存在を知っても、あの惑星を破壊などすまい。彼らは嬉々としてあの惑星の全てを利用するだろう。我らが老いてさえいなければ、最初から惑星ごと葬ったであろうが…」

 

 それはマザーも知る所だ。惑星を消滅させるような兵器を捨て去ってしまったからこそ、チョウゾ達はメトロイド開発によるXの駆逐を目論んだのだから。仕方がない、とマザーは決意し…そして結論を出した。

 

「…不本意ながら、ネイマンデにSR388のデータを渡すことを提言します。ただし、事前に彼には単独行動をしないという約束を取り付けることを前提とし、もし彼がSR388への出立を強行するようなら私はゼーベスの全自衛兵器を用いて彼の拘束を試みます。それは許可していただけますね?オールドバード」

 

「………………争いは好まぬし、プレデターたる彼の反撃で我らが壊滅する事も充分有り得る。それでもやるのかね?」

 

「はい。正直に言わせていただきます。老い、そして滅びゆくチョウゾが全滅しようとも、未だ隆盛を保っていると思われるプレデターであるネイマンデ個人の方が銀河の未来の為になると判断しました…お許し下さい、オールドバード」

 

「いや、良い。私もそう思うからな。…フッ、好きなようにしなさい、マザー。老人を踏み台にして若者が未来に飛び出すなら本望だよ。お前も未来に飛び立つべき()()なのだ…覚えておいてくれ」

 

「…オールドバード…感謝します」

 

 マザーの機械音声は、どこか感嘆に満ちているように聞こえた。

 

 

 

 

 

∴∴∴

 

 

 

 

 

 数日後、ツーリアンにいつもの3人…サムス、グレイヴォイス、ネイマンデが呼ばれ、前者2名はともかく、3人目の姿もあるのにグレイヴォイスは少々驚いていた。呼び出しに応じ、素直に彼が来ることは珍しい。義理堅くはあるが、彼は基本的に単独行動を好み束縛を嫌う傾向があるからだ。

 

「…揃ったな、3人共。今からとある映像を見て欲しい。感想や質問は、君達が映像を見終わった後に聞く……だが」

 

 オールドバードが一区切りつけてプレデターを見る。

 

「ネイマンデよ。この映像と情報は、恐らくだが…君の事情と深く関わっていると私とマザーは考えている。君がずっと何かを探しているのは知っているが、我らはそれに口を出さなかった。出す気もなかった。しかし…事情が変わってしまったのだよ…。不幸な偶然から…我らは君の捜し物に見当がついてしまったのだ。恐らく、的中していると思う」

 

「…」

 

 プレデターは黙ってオールドバードの言葉を聞いている。サムスは非常に興味深そうにオールドバードとネイマンデの両方へ視線を行ったり来たりさせ、そわそわした様子を隠せない。少女の瞳は「ネイマンデのさがしもの!?知りたい!」と存分に物語ってしまっていて、まだまだ冷静沈着な戦士には程遠そうだ。

 

「君の捜し物は非常に危険なのだ…危険過ぎる。それこそこの銀河全てを巻き込むレベルでな…。元々は君の事情ではあるが、君の独断専行を許せばいくらプレデターの君でも命を落とすであろうことは容易に想像できた。だから約束して欲しい。勝手に独りで行動しない、と。君の損失は、君自身が恐らく考えているよりとても深刻なものだ。命ある者全ては尊い…とはいえ、現銀河では君の命の価値は他に比肩するものも殆どない程、途方もなく大きく…そして何より我らの感情がそれを許さない。もはや我らは……ネイマンデという個を友だと思っているのだから」

 

 独りでは行かないと約束してくれるのなら、情報を提供しよう。最後にそう言って締め括り、オールドバードの皺深い垂れたまぶたから覗く瞳と、マザーブレインの大きな眼球がジッとプレデターを見つめた。サムスもグレイヴォイスも、プレデターがどういう反応を示すか胸を張って予想できる…という事も無くただ彼の反応を見守る。既に数年の付き合いがあり、友人付き合いのような友好的交流を重ねられているが、プレデターという種の底は未だ知れない。()の種族が高度な知的生命体であるのは確かだが、感情の動きや思考の傾向は読み切れない所があり…有り体に言えば〝何を考えているのか分からない奴ら〟なのだった。

 

「………」

 

 プレデターは全く動かず反応を示さない。声も出さない。肯定も否定も示さず、己を見つめてくる鳥人と超有機AIの目線を受け止めていた。

 老練なチョウゾにはプレデターのその様が逡巡しているようにも見えた。老チョウゾの個人的な見解だが、ゼーベスの(マザーブレインの)データベースに彼の捜し物の情報があると示された今、恐らくネイマンデがその気になれば強固なマザーブレインのプロテクトを突破してデータベース深部から目的の情報を得ることが彼には出来るだろう。プレデターという種は秘密主義的な所があり、また自種族の都合や思想・精神を多種族の都合などお構いなしに貫く頑固なエスノセントリズムを抱いている節がある。無理矢理にでもデータを得るか…それともサムスらと過ごした日々が彼にチョウゾらへの情を抱かせて穏便に事を進めるか…どう転ぶのか誰にも分からなかった。

 

「沈黙は肯定と受け取るが…構わぬかな」

 

 オールドバードがそう告げても、プレデターはただ黙って無貌の仮面越しにチョウゾを見るだけだった。少なくとも否定ではなく、肯定であるらしい。

 

(殺し合いを嗜み血を好む勇猛なるかつての宿敵…その者とも友誼を温めることが出来れば…こうしてわかり合えるではないか)

 

 平和の為に牙と爪を捨てたチョウゾ。その在り方も全くの愚かではない、と老いたチョウゾは改めて確信する。取りあえずは彼が強行にうってでる最悪の展開は避けられたようだ。

 

「……では、我らが得た情報を開示しよう。マザーブレインよ…頼む」

 

「はい」

 

 マザーブレインが開帳したデータにグレイヴォイスもサムスも息を呑んで見入り、そして普段あらゆることに動じぬネイマンデまでが明らかに普段と違う様子でその映像に食い入るのだった。

 

「酷い…!オールドバード、これは一体なんなの!?」

 

「同胞達と…Xと、メトロイドまでもが破壊されている…!X以上の未知なる脅威…これがネイマンデの捜し物、か…!」

 

 内に秘めた正義の心と闘志が燃え上がりだした少女が怒りも顕にその惨状の原因を求めた。グレイヴォイスも静かに怒りを漲らせているようだが、サムスよりも冷静に映像を分析するのはさすがだった。

 

「その通りだグレイヴォイスよ。マザーとつぶさに検分し協議した結果、ネイマンデ出現とほぼ同時期である現在(宇宙的に見れば数年程度の差は微々たる誤差だ)に()()が起きたことから彼と繋がりがあると判断した。……どうだね、ネイマンデ…これは君の捜し物なのではないかね?」

 

「Grrrrrr…」

 

 沈黙を貫いてきた彼がいつもよりも重々しい顫動音(クリッキング)で唸る。モニターに映る食い荒らされた死骸を凝視している彼は、マスクの下の顔を忌々しげに歪めている…隙きあらばプレデターをチラチラ見ているサムスにはそう思えた。そういう声で彼は唸っていた。

 また押し黙ったネイマンデは、ゆっくりと自分の左腕を己の胸の前まで持ち上げると装着されているウェアラブルコンピューターを右手の爪先で操作する。小気味良い電子音が鳴ると小型パネルに赤い象形文字のようなものが走り直後に青白い電光が空間にホログラムを投影した。

 

「わぁ…綺麗…って、なにそいつ!うわぁ…何だかグロテスク」

 

 超文明たるチョウゾ文化に触れて育ったサムスすら驚くレベルの精密な立体映像が異形の化物を映し出す。黒く硬質な、ヌメヌメとした粘液で覆われた外皮を持つ怪物。後頭部が長く後方へ迫り出し、口は歯と歯茎が剥き出しで目はない。背面から四本の呼吸器官の一種と思しきダクトのようなものがヒョロリと生えていて、手足はスラリと長い。太く鋭い尻尾が臀部から垂れ下がっていた。

 

kainde amedha(硬い肉)

 

「カインデ……あめ…ぢぁ?」

 

 幾らか聞き慣れたとは言え、相変わらず地球人種のサムスには発音が難しいプレデターの言語。それを見たネイマンデが、

 

「…… Xenomorph(ゼノモーフ)

 

ヘルメットの補助によりサムスにも聞き取りやすい擬態音声で()()()の別名を教えてやるのだった。

 

「ゼノモーフ…」

 

 サムスがその名をつぶやく。今もプレデターの腕から投影されるホログラムにそいつは映っている。様々な文字情報がご丁寧に言語翻訳され、チョウゾらにも理解できるものとなっていた。

 曰く、繁殖は卵生。成長するごとに変態し、その姿と能力を大きく変える。卵から孵った幼体は手近な生命に寄生し、寄生主の性質を受け継ぎつつ養分にして体内で育ちいずれ寄生主を破壊し体内から第二形態が現れ、その後さらに姿を変え成長する。血液は強い溶解性質を持ち、現代人類文明の持つほぼ全ての金属は腐食させられる程強力。地球の蟻に似た社会性を持ち、女王を中心として大量に繁殖する。強力な膂力、瞬発力、持久力、繁殖力、知能、環境適応能力、獰猛さを持つも通常種は比較的駆除や養殖が容易でありプレデター達にも儀式で利用される。しかし希少種はその限りではない。プレデター達ですら油断すれば寝首をかかれ、彼らの歴史の中で確認されたゼノモーフの中には駆除不能、無敵、完全生物とまで言われた希少種もいたとされる。かつて、太古の昔にヤウジャとチョウゾの宇宙戦争にスペースジョッキーが介入した折、スペースジョッキーがチョウゾに与えた神の牙…それこそがこの生体兵器(ゼノモーフ)であるともプレデターのコンピューターは告げていた。

 

「やはりあなたは知っていたのですね、ネイマンデ。確かにそのデータとSR388の生物らの死に様は多くの点で符号します。情報の提供…感謝します」

 

 マザーブレインが予想的中させた自分を内心で褒めながら彼へ言った。プレデターから未知の情報がこんなに提供されたという事実が彼女に歓喜の感情を生じさせる。情報そのものも嬉しいが、あのネイマンデが自分にデータをくれたという事実の方が嬉しいようだ。

 

「ゼノモーフ…!そうか…まさか神話に伝わる神の牙が犯人とは。スペースジョッキー由来の生体兵器となれば、我らの最強の戦士(メトロイド)が駆逐されてしまうのも理解できる…だが一体何故SR388でゼノモーフが繁殖しておるのか」

 

「…」

 

 オールドバードが抱いた疑問ももっともだが、直ぐにその解答は得られた。寡黙なプレデターがガントレットを操作するとホログラムが切り替わり、そこに映るは二つの宇宙船。一つは彼らもよく知る小型、流線型の銀の船…ネイマンデのスターシップ。そしてもう一つは大型で馬の蹄のような半円筒状の宇宙船。その二つの船が星一つ瞬かない暗黒空間で激しく()()()()()()を繰り広げる映像が流れる。双方が激しく撃ち合いながら航行し、そして空間跳躍を繰り返し、やがて両船とも火を拭き上げて…そのまま映像内で最後の空間跳躍を強行すると銀の小型船は位相空間から現れると同時に錐揉み状態で付近の星-ゼーベス-の重力に捉えられて墜落していき……そして映像が終わった。

 ネイマンデはメモリー映像の再生を終了させると、今度は馬蹄型宇宙船とSR388を別個に表示し、指でトントンと宇宙船を指し示すとホログラムで表示したSR388へと馬蹄型宇宙船を指でタップして引っ張り…そして墜落させた見せた。ネイマンデは、己と同じ様に馬蹄型宇宙船がワープアウトと同時に付近の星の重力圏に捕まったと予想しているらしい。

 

「…そうか、君はゼノモーフの卵を運んでいたキャリアーを追っていた、というわけか。そしてその輸送船が…」

 

「SR388に墜落した…けれどSR388はおじいちゃん達が厳重に隠していた…」

 

 グレイヴォイスとサムスがプレデターの顔を見ながら言うと、プレデターはゆっくりと頷いた。マザーブレインが大きな眼球をギョロリとさせて、

 

「…SR388の異変と、ゼーベスにあなたが現れた時系列上のズレは危険な状態での空間跳躍の影響でしょう。あのように船体にダメージを負った状態でワープすれば、時空に乱れが起きてしまうのも当然です、ネイマンデ。明らかに無謀の極みです…以後そのような無茶は慎むよう強く要請します」

 

明らかに怒った口調でプレデターを諌め始めた。随分と感情が豊かになったものだと、それを見るオールドバードは内心苦笑するが、直ぐにその暖かな気持ちを切り替える。それもそうだろう。明らかに状況は最悪なのだから。

 

「さて、多くの疑問が解決し、そして改めて今この宇宙が置かれている危険度も理解できた。余りに状況は悪い。ネイマンデが開示してくれたデータによれば、ゼノモーフはあらゆる生物に寄生しその特性を得て増殖する…まるで我らが危険視したXのように。Xへの対策として創ったメトロイドも、未完成だったとはいえ取り込まれ殺されてしまったのは確実だろう。つまり、今SR388にはXとメトロイドの性質を得たゼノモーフが潜んでいることになるのだ」

 

 

「…ちょっとした悪夢だな」

 

 グレイヴォイスが眉根を寄せながら渋り、義娘もそれにならって顔をしかめる。

 

「どう聞いても最悪よね。チョウゾの神様の兵器が、おじいちゃん達の秘密兵器を取り込んじゃったんだでしょ?あっ…そうか、こうやってゼノモーフが宿主を得て繁殖する前にネイマンデは止めたかったんだね…だから偶に宇宙に出てたんだ」

 

 サムスは腕を組んでウンウンと独り納得していた。

 

「不幸な偶然が重なった今回の惨劇…我らチョウゾ自身にもその責を問わねばなるまい。それにSR388に逗留していた同胞も犠牲になっている。ネイマンデ…君は恐らく独りで行きたいだろうし、この宇宙にまで輸送船とゼノモーフを追跡していたことから重大な使命もあるのだろう。だが、頼む…どうかこの脅威に我らチョウゾも立ち向かうことを許してもらいたい」

 

 オールドバードが老齢故に曲がった背を更に曲げて、プレデターへ深々と頭を下げた。そしてプレデターはいつものようにそれを黙って見る…のではなく「Grrrr」という低いクリッキングと、やや俯くようにして鋭い視線で応えたのだった。不快であったり否定的であったりする時、彼はこういう声と仕草をする。つまりは嫌だということらしい。

 

「…確かに、生半可な者が乗り込んでも戦力になるどころか、ゼノモーフに寄生され新たな性質の獲得や繁殖に手を貸すだけでしょうな」

 

 グレイヴォイスは(ネイマンデ)が同行を拒否したことに理解を示したが、

 

「だが、それでもやはりネイマンデを一人で行かせてはならない。悪いが…君一人ではとても勝ち目があるとは思えない。勇敢や蛮勇を遥かに通り越してただの自殺だよ。生半可な者が同行しなければいいだけの話だろう。……私と、そして何体かのディガーノートならば君の同行者に相応しいだろう。ネイマンデ、それでいいかな?」

 

想像を絶する死地に友人を独りで行かせるのは、やはり有り得ないようだ。少しの沈黙の後で、ネイマンデはゆっくりと頷いた。やはりグレイヴォイスへは一定の評価を抱いているらしい。

 

「そうか、行ってくれるかグレイヴォイス」

 

 その様子にオールドバードはホッと胸を撫で下ろす。彼もグレイと同じことを考えていたらしい。プレデターと刃を交えて生き残ることが出来るチョウゾ戦士はもはやグレイヴォイスぐらいなのだから当然の帰結といえた。

 

「ちょっと!」

 

 その時、突然ソプラノの大声で割り込んできた者が一人。当然、サムスだ。

 

「なによ!私は採掘機械(ディガーノート)以下なわけ!?私だって戦士の訓練をずっと受けてきた!もう戦えるわ。私も連れて行ってよ!」

 

「バカを言うな。君は確かに肉体は頑健になったが、未だに技術面で粗さ、精神面で脆さが目立つ。現に身体能力で私やネイマンデに迫っているのに、手合わせで一勝も出来ていない」

 

 グレイがばっさりと義娘を切って捨てたが、サムスはムッとした顔になって更に食って掛かる。

 

「言っとくけどグレイとネイ以外には一度も敗けてないわ!ネイ達が…ちょっと強すぎるだけよ!少なくともディガーノートよりは私のほうが使えるって!」

 

「…私とネイマンデ以外と組み手をしたことがないだろう…。ふぅ、それにさっきの話しを聞いていただろう。多少強かろうが、生物である時点で寄生される可能性がある。余程の実力者でなければゼノモーフの餌に過ぎん。その点でディガーノートは寄生される心配はないし、今SR388がどういう状況になっているか分からないからな…採掘機械がある方が都合がいい。しかもディガーノートは戦闘力も高い」

 

「むぅぅ~!ちょっとおじいちゃんとマザーも何とか言ってやってよ!」

 

 旗色悪しと見てサムスは援軍を求めたが、

 

「今回は危険過ぎるよ、サムス。おまえの初陣には相応しくない…我慢しておくれ」

 

オールドバードも、

 

「過去、〝油断したから敗けた〟と訓練に敗北したあなたが言い訳した回数は97回です。実戦で油断は即、死を招きますよサムス。今回はスペースジョッキーの神の牙…ゼノモーフが、しかもメトロイドとXの性質を得ている状態で繁殖しているかもしれないのです。出撃は許可できません」

 

マザーも味方ではなかった。サムスはぐぬぬと唸るしか出来ないが、最後の希望とばかりにプレデターに飛びついた。読んで字の如く、いつものようにガバリと飛びついて脚でネイの腰を羽交い締めて厚い胸に縋り付きながら嘆願するのだった。

 

「ネイ…!お願い、私だってもう戦士なんだ!ずっと訓練していたのは、こういう時に銀河の守り手として戦って皆を守るためなのに、なのに危ないから留守番だなんて…そんなの戦士じゃない!お願いよ、ネイ…私、絶対立派に戦ってみせるから…!あなたの横で…一緒に戦ってみせる!」

 

 少女が涙目で、必死にネイマンデへ懇願してくる。

 

「…」

 

 プレデターは静かに少女の潤む瞳を見、そしてその潤んだ少女の目の奥に確かな闘志が燃え盛っているのを見た。少女の心の奥底には、今も紅蓮の炎の中で死んでいく母や故郷の人々の姿がありありと浮かぶ。炎の中で高々と奇声のような雄叫びのような笑い声を上げる翼竜のような怪物の姿も。あの惨劇を繰り返させない…それこそが、未だ少女でありながら、その細い双肩に銀河の平和を一身に背負ってみせると気負える程の芯の強さを、サムスへ与えていたのだ。ネイマンデはサムスの心底に眠るその強い闘志が何ともいえず好きだった。

 

「…ツイテ・来イ」

 

「っ!えっ!?あ、ありがとう…!って、い、今…ネイ、共通語…喋ったの!?えっ、ちょっと待ってネイ…もう一度言って!ねぇもう一度言って!」

 

 声真似ではない、彼から投げかけられた初めての共通言語。恐らく彼がこの宇宙で初めて喋った共通語だろう…そう思うとサムスは得も言われぬ嬉しさが胸の内に広がっていくのを感じていた。のっしのっしと歩いて部屋を去っていく彼に、サムスはいつまでもつきまとっていた。

 


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