羽沢先輩目当てでバイトするのは不純に違いない   作:Washi

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※時間軸の関係上、僅かにアニメ2期の設定を適用していますが、投稿開始時点では放送中のため、基本的には拾わずにゲームのバンドストーリーを軸にやっていくつもりです。ご了承ください。


本編
第1話 一目惚れは唐突に


 僕が高校1年生になってから1ヶ月が過ぎた。新しい環境やクラスメイトにも慣れ、各々が所属する部活が定まってくる頃だ。実際、放課後となった今も、僕のクラスメイトの多くは足早に教室を去る。もっとも、僕にはあまり関係のない話だ。なにせ、帰宅部なのだから。

 

 元々引っ込み思案な僕は、友達を作るのがあまり得意ではない。中学の頃は1,2人いたのだが、進学に伴って離れ離れになってしまった。大学進学を考えて、僕が実家から少し離れた進学校を選んでしまったからだ。

 

 寂しいと思うことは少しだけ、ある。でも、1人なら1人なりに楽しく過ごす方法はたくさんある。むしろ、基本的には1人の方が自由で楽だと思ってしまうくらいだ。

 僕は忘れ物がないかだけ確認すると、とっとと学校を出るのであった。

 

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 自動ドアが開いた瞬間、けたたましい騒音が鼓膜を震わせた。地元のゲームセンターだ。それなりに大きく、フロア別に様々な筐体が設置されている。

 

 僕の趣味の1つがアーケードゲームで遊ぶことだ。厳格な父が子供のころは少し苦手で、土日に父を避けるように遊びに来ている内に、すっかりお気に入りとなってしまった。

 

 今日はなにを遊ぼうか。格闘ゲーム、シューティング、あるいはカードを使うゲーム……色々と迷ったが、やはりここは僕が1番好きな音ゲームを遊ぼう。

 

 階段を上り、目当ての音ゲームが置いてある区画へと向かう。あちこちのプレイ中の筐体から、全く統一感のない音楽が好き勝手に流れている。この破天荒な感じは意外と好きだ。

 

 幸い、僕が遊ぼうとしていたゲームは空いていた。キーボードを模したタイプのゲームだ。ピアノを弾いたことはないが、それに近い演奏感を得られるらしいのが特徴だ。

 

 お金を入れて、自前のイヤホンを接続する。これで周囲の音に邪魔される心配はない。さて、今日はどんな曲を遊ぼうか。そんなことを考えながら、僕は画面に表示された曲の一覧をスクロールさせていくのだった。

 

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「ただいまー」

「あ、お帰り。ちょうどよかった。あんたこのあと暇?」

 

 少々早めにゲーセンでの遊びを切り上げた僕は、まだ明るい内に家に戻った。そしてリビングに入ったその瞬間、姉さんに声をかけられた。姉さんは僕の2つ上で、今は羽丘女子学園高等部の3年生だ。

 しかし、姉さんがいきなり話を振ってくるのはいつものことだが、一体なんなんだろうか。

 

「まあ、暇と言えば暇だけど、どうして?」

「これ、一緒に行かない?」

 

 そう言って姉さんは手を掲げる。なにか手に持っているようだ。よく見てみると、それは2枚の細長い紙だった。その紙にはこう記されていた、『ガールズバンド☆ライブ』と。

 

「……ライブのチケット?」

「そ。一緒に行く予定の友達がドタキャンしちゃってさ。余らせたままなのも勿体ないから、どうかなって」

「僕、ライブとかバンドとかって全然分からないけど」

 

 なにせ中学時代はゲームと読書と勉強にほとんど捧げてしまったのだ。そんなエネルギッシュなイベントに参加したことなんて全くない。事実、体育祭で応援とかするの苦手だし。

 

「へーきへーき。私だって友達に誘われただけであんまり詳しくないし。むしろ、だから誰かと一緒に行きたいんだし」

「ふーん……」

 

 姉さんの言葉に適当に返事をしつつ、チケットを受け取る。裏面を見ると、出演するバンドの一覧があった。『Poppin’ Party』、『Afterglow』…………やっぱり全然分からない。そもそもテレビに出るようなアーティストだってロクに知らないのだから、当然と言えば当然だ。

 

 うーん……正直、ライブを見に行くよりゲームなり読書なりがしたいんだけど。外出もしないといけないわけだし、ライブ会場も電車を使わないといけない距離だし。

 そんな感じで僕が悩んでいると、姉さんは続けて口を開いた。

 

「もちろんタダでとは言わないよ。帰りに夕飯、好きなもん食べさせてあげるからさ」

「え、ほんとに? なんでも?」

「高級焼肉とか高級寿司とかじゃなけりゃね。まあ、どうしても嫌ってんなら私1人で行くけど」

 

 そこまで無理強いする感じではないようだ。悩ましい選択だ。外食を引き換えにライブに行くか否か。実を言えば、結構外でラーメンが食べたい気分ではある。同時に、外出は面倒くさいとか考えちゃう自分もいる。

 うーん、うーんと十数秒間は唸った末……勝利したのは、食欲の方だった。

 

「……分かった、行く」

「じゃあさっさと準備して。10分後には出るから」

 

 姉さんはもう準備を済ませているらしく、近くに外出用のかばんが置いてある。僕は頷くと、急いで自室に移動した。

 

 とりあえず、私服には着替えないといけない。流石に制服でライブを見に行く気はない。クローゼットから適当に服を見繕い、着替える。ジーンズにパーカー。簡素だが、別にこれでいいだろう。そんなにおしゃれな服を持っているわけでもないし。

 

 あとは財布と、スマホと……定期もか。それらをポケットに入れておく。これで準備完了だ。

 

 まだ5分しか経っていないことを確認しつつ、リビングに戻る。それから更に5分後、僕たちは出発するのであった。

 

---

 

 チケット制だから会場もそれなりに大きいのでは、と思っていた僕の予想は少々裏切られることとなった。大体、2〜3クラス分の座席数の会場だった。

 

 ライブなんてテレビで流されるやつくらいしか知らなかった僕は無意識にそのイメージに引っ張られていたらしい。会場は小さいとまでは言わないが、結構コンパクトだ。あ、でもその分、バンドとの距離が近くて見やすいのかも、とも思った。

 

 実を言うと、それ以上に気になることがあった。なんというか……観客に女子が多い気がする。男子もちらほらとはいるが、割合としては1割未満だろう。これまたテレビのアイドルグループのイメージに引っ張られていたらしい。てっきり、男子が多いと思っていた。

 

「なんか、気まずい……」

「大丈夫だって。どうせライブ始まったら気にならなくなるっしょ」

 

 先程購入したドリンクをストロー越しに飲みながら、姉さんは背もたれに体重を預けている。いつもこんな感じでマイペースなのだ。消極的で周りに影響を受けやすい僕としては羨ましいと思う。僕は座席に座っているだけでそわそわしているというのに。

 

 でも、これがライブ会場か。天井に照明がいくつも備え付けられていて、舞台の上にもマイクとかスピーカーとかの機材が色々置かれている。ドラムもある。

 

 まだ始まってはいないのだけど……ちょっぴり、張り詰めた空気を舞台から感じる。ここまで来た以上、流石に幾らかはライブに興味が出てきた。

 

 出演順を再度確認する。えっと……先発は『Poppin’ Party』で……ふむふむ……ラストは『Afterglow』みたいだ。確か、チケットの裏面でもちらっと見た気がする。

 

 そうやって2分、3分としばらく待っていると、少しずつ会場が暗転していく。いよいよ始まるみたいだ。しん、と会場が静まり返る。この感じは知っている。中学のイベントで演劇の鑑賞に行ったときの、劇が始まる直前の空気に似ている。

 

 そんなときだった。突然、「ポピパ! ピポパ! ポピパパピポパ!」と暗闇の中で謎の掛け声が木霊した。一体なんだと微かに動揺するが、そんな暇すら与えてはくれないようだった。

 

 闇を切り裂くように、無数の照明が舞台に向かって照らされた。そしてそのスポットライトの中心にいたのは、僕と同年代くらいの女子の5人組だった。白を基調に、それぞれが別々の色をワンポイントにした統一感のある衣装に身を包んでいる。

 

 そんな中、最初に声を出したのは真ん中の特徴的な形のした赤いギターを持った女の子だった。

 

「こんにちは! 私達、Poppin’ Partyです!」

 

 自己紹介と同時に、会場が一気に沸いた。待ってましたと言わんばかりにたくさんの細長いライトが左右に軌跡を描き、歓声が聞こえる。1曲目が始まってもいないのに、すごい熱気だ。テレビで見るそれに勝るとも劣らない感じだ。

 

 これは……思ってたよりすごいのかもしれない。場の雰囲気にあてられたせいか、ワクワクとした気持ちになってきた。

 

「——それでは聞いてください! ”Yes! BanG_Dream!”」

 

 曲が始まった。軽快にドラムスティックが踊り、リズムを生み出す。キーボードがそれを支え、ギター(ベースとかいうのもあるらしい)が主役に踊り出る。

 

 戸山香澄と名乗ったボーカルの人が歌い出す。バンド名通りと言うべきか、ポップ調の柔らかい音楽だった。それくらいなら僕にも分かる。

 

 控えめに言っても、とてもいい音楽だと思う。トップアーティストたちと比べられるほどじゃないとは思うけど、それでも想像を遥かに超えるくらい上手だった。それが、同年代の女子たちが奏でているというのだから驚きだ。

 

 少しずつ、彼女らの世界に引き込まれる。1曲目の演奏が終わるころには、時間を無駄にしているなんて考えは彼方へと吹き飛んでいた。こういうのもいいのかもしれない、そう思えるようにはなった。もっとも、それでも1人で来るのは雰囲気的にちょっと無理そうだけど。

 

---

 

 『Poppin’ Party』の演奏が終わったあとも、次から次へとガールズバンドが登場し、演奏していく。どのバンドもそれぞれの音楽というか個性があり、ダレることなく楽しめた。

 

 そして、いよいよ最後のバンドである『Afterglow』の登場となる。前のバンドが退場を終え、舞台が暗転する。観客が持っている色とりどりのライトが、あちこちでまだかまだかとゆらゆらと揺れている。

 

 暗闇の中で静寂が続く。何秒ほど待ったかは分からないけど、少し前まで演奏で盛り上がっていたせいか、とても長く感じた。

 

 そんな緊張がピークに達したとき、その場面は訪れた。照明が復活し、『Afterglow』と呼ばれている女子たちの姿を映し出す。5人組のバンドのようだった。なにげなく、メンバーの顔を一瞥する。

 

 ——次の瞬間、信じられないことが起こった。具体的には、キーボードの後ろに立っている短めの茶髪の女子を視界に収めたときに起きた。なんと時間が止まってしまったかのように、視線を彼女に固定してしまったのだ。

 

 それだけに留まらず、頭を鈍器で殴られたかのような衝動が走った。鼓動が爆発した。急に恥ずかしくなり、その子の顔から視線を外してしまう。電子ケトルのように耳が一瞬で沸騰した。体温が上昇したのか、暑くなり、汗もかいてきた。

 

 なにが起こったのか自分でも分からず、混乱のあまりボーカルの子の挨拶を聞き逃してしまった。しかしなぜか、『キーボードの羽沢つぐみ』という部分だけは聞き逃していなかった。

 

 キーボードの羽沢つぐみ……そのワードを心の中で反芻する度に、温かいような、むず痒いような感覚が胸の内で渦巻く。完全にどうかしてしまっている。

 

 演奏が始まる。しかし、もう曲は頭に入ってこなかった。ロック調だということ以外、なにも分からなかった。演奏中も、トーク中も、視界に収まっていたのはただ1人……羽沢つぐみさんだけだった。

 

 キーボードの上で踊るしなやかな指、照明でキラキラと輝くその瞳、真面目そうな雰囲気に反したロック風の衣装、リズムをとって体を動かす度に揺れるスカート。そして眩しい笑顔。まるで彼女1人だけが舞台にいるかのようだった。彼女の所作の全てに夢中になってしまう。

 

 結局、全ての演奏が終わって他のバンドも勢揃いでの挨拶のときも……そして、彼女らが舞台裏に消えるその最後の瞬間まで、僕は彼女から目を離すことができなかった。彼女が見せた柔らかい笑みは、完全に僕の脳裏に灼きつけられるのであった。

 

---

 

 ライブが終わり、約束通り駅の近くのラーメン屋で夕食を食べている間も、僕の頭の中は羽沢つぐみさんのことでいっぱいだった。

 

 他の何もかもがどうでもよくなる感覚。昔、小学生くらいの頃、これと似たような感覚を抱いたことがある気がする。……いや、自分を誤魔化すのは止めよう。僕だってもう高校生だ。自分がどうなってしまったのかくらい、当然分かっている。

 

「……あんた、途中からずっと羽沢さんのこと見てたでしょ」

「——ッ!? ご、ごほッ、ごほっ!」

 

 ただ、それを面と向かって指摘されて平静を保てるかというと話は違うわけで。突然姉さんに核心を突かれた僕はむせてしまった。

 

「き、気づいて……」

「そりゃあ、あんなに長いこと見てたらね。ここに入ってからも様子おかしかったし、気づくって。……そんで? どうなの、好きになっちゃったの?」

「う、うるさい……」

 

 ニヤニヤとからかうような口調に対し、僕は顔を背けるしかなかった。

 そう、その通りだ。俗に言う、一目惚れだ。彼女を一目見た瞬間、完全に心を奪われてしまったらしい。まさか高校生にもなってこんな経験をすることになるなんて、思ってもみなかった。

 

「でも羽沢さんかー。言っておくけど、あの子結構な人気者だよ?」

「え? 知ってるの?」

「あの子、うちの高校の2年で生徒会の副会長。ついでに、実家が喫茶店。私も偶に行くけど、常連さんには人気だよ?」

 

 ま、常連さんにはお年寄りも多いけど、なんて補足しながら姉さんは呑気に麺を啜る。

 一方で僕は、その情報をありがたいと思いつつも、頭を抱えることになる。確かに好きになってしまった。それは認める。だけど、アプローチなんてことは、とてもじゃないがする勇気はなかった。

 

 慣れてるゲーセンとかならともかく、家から離れた喫茶店に1人で行くのだってつらいし、なによりそんな露骨な真似ははばかられる。ライブを見に行くのも同じだ。あの男女比率はつらいものがあるし、あんな風に盛り上がれる性格でもない。

 

 昔からこうなのだ。自分から他人に話しかけるなんてできなかったし、積極的に行動することもできない。小学校の頃の初恋だって、結局は遠くから気になる子をチラチラと見ていただけだった。

 

 ましてや、相手は他校、それも女子校の年上の人だ。そんな人に声をかけることすら、雲を掴むような話なのだ。

 

「ねえ……偶に今回みたいなライブに付き合ってよ」

 

 だから、僕にできそうなのは姉さんと一緒にまたライブを見に行くことだけだった。そうすれば、少なくとも羽沢つぐみさんの姿を見ることはできるのだから。それに対して、姉さんは露骨に不満そうな顔を浮かべる。

 

「ライブくらい、いつでも付き合ってあげるけど……ほんとにそれでいいの? ちょっとくらい声をかけてみたっていいんじゃないの?」

「む、無理だよ……そんなこと。絶対、心の中では嫌がられるよ……」

「あんたのその性格も重症だねえ……そんなんじゃバイトだって……ん? あ、そうか……」

「ど、どうしたの?」

 

 なにかよからぬことを思いついたのか、姉さんは手のひらを握りこぶしで軽く叩いた。はっきり言って、嫌な予感がする。そしてその予感はすぐに的中する。

 

「確か羽沢さんの家のお店……”羽沢珈琲店”って言うんだけど、あそこ前バイト募集してたわ。キッチン兼ホールで。——あんた、あそこでバイトすれば堂々と羽沢さんと話せるんじゃない?」

「ぜ、絶対に無理ッ!!」

 

 結局、声をかける以上に衝撃的で難易度の高い提案だった。僕はその場で大きく首を横に振るのであった。

 

 

 

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