羽沢先輩目当てでバイトするのは不純に違いない   作:Washi

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第12話 手紙

 蘭ちゃんと約束した、作詞の期限の最終日。その日はスタジオでの練習があった。作詞も大事だけど、練習も大事だ。そもそもの完成度が低かったら、お客さんをがっかりさせちゃうし、新曲を作る意味なんてないのだから。

 

 昨日から一気に調子を取り戻した私は、それまでの不調が嘘であったかのように、練習でも綺麗に音を合わせられるようになった。雑念がなくなったことで指が淀みなく回り、ミスが目に見えて減少した。

 元々、個人練習はハードにこなしていたのだ。気がかりさえ消えてしまえば、その成果が如実に現れてくれた。ずっと調子が悪かった分、一気にバネで飛び上がったみたいな成長ぶりだった。

 

 その突然の変化に、事情を知らない巴ちゃんとひまりちゃんは驚きつつも、これなら絶対にイケると満面の笑みで喜んでくれた。

 よかった。ずっと心配させちゃってたから、その分の信頼をちゃんと取り戻さないと。

 

 一方、事情を知ってる蘭ちゃんとモカちゃんは、まるで子供を見守る母親のような温かい眼差しで私のことを見ていた。

 ……嬉しいんだけど、流石にそれはちょっと恥ずかしいよ、2人とも。

 

 その後も滞りなく練習は進み、久しぶりに意義のある時間にすることができた。

 

 

 練習の終了後、撤収の為の片付けをしていたところ、ギターケースを背負った蘭ちゃんが声をかけてきた。

 

「つぐみ、作詞の調子はどう?」

 

 他の3人に聞こえないようにか、やや声を落としていた。私のが採用されるかは現段階では分からないので、3人にはまだ内緒にしている。

 

「えっと、半分行くか行かないかくらい……かな」

「……大丈夫そう?」

 

 こちらを心配するような調子の声。確かにペースとしては遅れ気味だけど、私はしっかりと笑顔を返す。心配しなくても大丈夫、と。

 

「その、行き詰まってるとかじゃないの。逆に、書きたいことがいっぱいありすぎちゃってどうしようって感じで……でも、作詞自体は少しずつ慣れてきたから、今日頑張れば完成させられると思う」

「……そっか。なら、待ってる」

「ありがとう、蘭ちゃん。明日、学校のお昼休みに渡せばいいんだよね?」

「うん、それで大丈夫。その後私が確認して、OKだったらそのまま放課後に打ち合わせするから、そのつもりでいて」

 

 了解、と頷く。そうなると、実質的なタイムリミットは明日の朝、家を出るまでとなる。今夜が踏ん張りどころだ。

 実を言ってしまうと、昨日もあんまり寝ていない。夜更かししようと思ってしたのではなく、夢中になりすぎて、気づいたらすごい時間になっていたのだ。

 でも、不思議とまだ眠気はない。今でも、とにかく作詞の続きがしたくてしたくて仕方がないのだ。

 

「つぐー! 蘭ー! そろそろ行こうよー!」

 

 ひまりちゃんが呼んでる。スタジオの使用時間も残り数分だし、そろそろ出ないと。帰る支度を終えた私は蘭ちゃんと一緒に、先に出口へと向かっていた3人に続くのであった。

 

 

 夜中の午前1時。日付は既に変わっている。普段なら、余程のことがない限りはとっくに寝ている時間。でも、今日の私はそのつもりは毛頭なく、今も机にかじり付いて作詞を続けている。

 

「えっと……”許されないと分かっていても貴方を愛しています”……うう、ちょっと直球すぎるかな……」

 

 声に出して読んでみると、思った以上に恥ずかしい。自分で考えた歌詞なのに、胸の奥がむず痒くなって、枕に顔を埋めてジタバタしたい衝動に駆られる。

 

 ……やっぱり、”貴方が好きなんです”くらいにしようかな。その……あ、愛してるって言い方は、ちょっと大人っぽすぎるよね。

 紗夜さんなら合いそうだけど、まだ私には早いや。そう結論付けて、その部分を修正した。

 

 そんなことを考えながら、新しい歌詞をノートに書き込んだり、ときには消しゴムで消しては修正したりする。

 今の進捗は7割くらいだから……休憩を挟みながら朝まで頑張れば、なんとか間に合いそう。

 少しずつ終わりが見えてきたことに期待と安堵を感じつつ、軽く伸びをして全身をほぐす。

 

 すると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。この時間だと珍しい。

 

「はーい?」

「つぐみ、入ってもいいかい?」

「お父さん? うん、大丈夫だよ」

 

 がちゃり、とドアが開く。それと同時に甘い匂いが鼻腔をくすぐり、優しく食欲を呼び覚ます。この匂いは……カフェモカだ。

 

「簡単にだけど、夜食を用意したよ。カフェモカとサンドイッチだけど、これで平気かい?」

「わあ、美味しそう……! ありがとう、お父さん……!」

 

 お父さんがお皿の乗ったトレイを側に置いてくれる。サンドイッチはハムサンド。挟まれているトマトやレタスが色鮮やかで、それだけでも元気が出てくる。

 

「どうだい、作詞の方は?」

「大変だけど、なんとかなりそう。……多分、ほぼ徹夜になっちゃうけど」

 

 声のトーンが落ちる。黙っていようかとも思ったけど、夜食まで作ってもらっちゃった以上、正直に言った方がいいと思った。

 かつて無理をして倒れたという前科があるので、あまり好ましい状況ではないのは分かっている。完成するまで寝るつもりはないけど、それでも少しばかり申し訳なかった。

 

 ところが、お父さんは私を責めるようなことはしなかった。ただ、頷きを1つ挟むだけで、顔は穏やかなままだった。

 

「そっか。頑張るんだよ」

「……いいの?」

「よくはないけど、つぐみはやりたいんだろう? なら、後でちゃんと休んでくれれば、なにも言わないよ」

「……うん、ありがとう」

 

 お父さんが淹れてくれたカフェモカを一口。……とても、温かい。溶けたチョコの甘みが口の中で広がって、幸せな気分だ。

 

「……それに、また木下君がつぐみと一緒に居てくれるようになれば、無茶することもなくなるだろうしね」

「っ!? お、お父さん……!」

 

 唐突に放り込まれたからかいの言葉に、私の羞恥心が爆発する。こういうことを親に指摘されると、こんなにも心が乱れるのだと、たった今知った。夜中なのに、大声を出してしまった。

 

「ごめんごめん。でも、本当にそう思ってるんだよ。木下君には前に言ったんだけどね、2人が一緒のときは息がピッタリだったし、いつもお互いを助け合っているように見えたからね。彼と一緒なら心配なさそうだなって」

 

 お父さんの話に目を見開く。そんな風に思っててくれたんだ……私と木下くんのこと。でも、確かにそうだったと思う。

 木下くんは私の生徒会やバンド活動に合わせてシフトを入れてくれていたし、私も木下くんが働きすぎないように気をつけたり、1回だけだけど勉強会で勉強を教えた。

 結果として、全体的にはしっかりとバランスが取れてた。

 

「……そうだね。うん、私も木下くんと一緒に居たい。一緒に働くのは……しばらくは無理だと思うけど」

「まあ、それは仕方ないかな」

 

 そこはお父さんも同意する。流石に校則を破ってまで働いてほしいとは思わない。私だって生徒会の人間だし。

 

「それじゃ、そろそろ行くよ。おやすみ、つぐみ」

「うん、おやすみなさい」

 

 パタンとドアが閉じた。私は作業を一旦中断し、早速お父さんが用意してくれたサンドイッチに手を付ける。……うん、レタスがシャキシャキしてて美味しい。アクセントのピクルスの酸味が、疲れを和らげる。

 

 思う存分夜食を楽しみ、十分な休憩をとったことで英気を養った私は、再び全力で作詞に取り組むのであった。栄養を摂ったおかげか、さっきまでよりずっと作業は捗った。

 

 

 夜食の後、時間の感覚があやふやになるくらい集中しながら作業を続けた。ペースがどんどん加速し、何回もシャーペンをノックしては芯を出した。時には芯を補充したりもした。いつの間にか、すごい量の消しカスが机の上に散らばっていた。

 

 見えるのはノートに綴られた歌詞の文字だけ。一節書いては、頭から読み返して語感やバランスを確認する。ちょっとでも納得いかなければ、修正を試みる。そのおかげで、完成を目前にしながらも、一部を没にしてやり直しになることが多々あった。

 あまりにも消した回数が多すぎて、ノートのその部分だけボロボロだった。消しきれなかった分が、ページのそこら中に黒い跡として残っていた。蘭ちゃんに見せる前に別のページに書き写しておこうと思いながらも、時間がもったいないので今はそのページを使い続ける。

 

 何時間経過したのかは分からない。でも、多分ものすごい時間が経ったんだと思う。ずっと同じ姿勢だったせいか、体の節々が微かに痛んできたし、流石に眠気も徐々に強まってきた。気をつけてないと、瞼が自然と重くなる。

 

 ……でも、それだけ頑張った甲斐はあったみたい。その瞬間が、いよいよ訪れる。

 

「できた……!」

 

 ついに、100%納得のいく新曲の歌詞が完成したのだ。

 達成感のあまり、胸が熱くなった。完成したのが嬉しくて、何度も読み返す。その度に、会心の出来だと、かつてないほどの自信を持って断言するのであった。

 

 シャーペンを机に置いて、窓の方を見る。カーテン越しではあるものの、既に朝なのが分かるくらい明るくなっているように見えた。

 時計を確認してみると、後30分くらいしか寝る時間がなかったことに驚くのであった。……やっぱり、ほぼ徹夜だった。

 私は少しでも休もうと、部屋の電気を消してからベッドに沈み込むように倒れるのであった。

 

 ……それから50分後。ギリギリ学校に間に合う時間に、私はかなり久しぶりに親に起こしてもらったのは内緒のお話。

 

 

 学校でのお昼休みに、屋上で完成した歌詞を蘭ちゃんに見せたところ、すぐに合格を貰えた。自信はあったけど、そう言ってもらえたのはとっても嬉しかったし、肩の荷が下りた心地だった。

 

 この後、私が作詞した歌詞をベースに新曲を作るという方針を、他のみんなにも共有した。

 その過程で、私と木下くんの間に起きたことが残りの2人に知られちゃったけど、なんとかひまりちゃんのメッセージのことだけは誤魔化すことができた。

 あのことは気にしてないし、もちろん怒ってなんていないけど、やっぱり知られたら気まずくなっちゃうと思うから。

 

 私が作詞をした経緯を話し終えたとき、巴ちゃんとひまりちゃんは、当初は私のことを心配してた。喧嘩別れしたようなものだし、当たり前の反応だと思う。

 でも、私が大丈夫そうだと分かると、一転してあからさまにニヤつき始めた。その視線が痛くて、思わずその場から後ずさってしまった。

 ひまりちゃんは「つぐ、頑張れー!」って抱きついてきたし、巴ちゃんは目を細めながら私の頭を撫でてきた。嬉しいやら、恥ずかしいやらであのときは黙り込んでしまった。

 

 ともあれ、作詞が完了したので練習と平行して蘭ちゃんの作曲作業が始まった。それで、私が作詞を担当したということで、私もその作業を手伝うこととなった。ううん、手伝うというよりは、私の希望を蘭ちゃんに伝える感じだったかな。

 例えば、ソロで歌いたいのはどの部分かとか、できればその部分はキーボードのソロにしてほしいとか、そんな感じで。各パートのボリュームの調整とか大変そうだなと思いつつも、この件に関しては妥協しなかった。

 放課後、時間があるときは必ず蘭ちゃんの家に寄って、急ピッチで曲を作り上げていった。土曜日に至ってはお泊りまでして作業を手伝った。そのおかげかどうかは分からないけど、作詞を終えた日から5日という早さで新曲は完成したのであった。

 

 新曲が完成したことで、披露するセットリストの曲が全て揃った。後はひたすら練習を繰り返すのみだ。

 『ガルスパ』まで残り2週間ちょっと。私たちは猛烈な勢いで仕上げていくのであった。

 

 

***

 

 

 バイトを辞めて、羽沢先輩との関わりがなくなってから、およそ1週間が経過した。まだほんの1週間なのに、バイトをしていた日々が既に遠い過去のように感じられる。

 

 生活のリズムは、バイトを始める前の状態に戻ってしまった。適当にゲーセンで遊んでは、家で読書か勉強をする。それだけの日々に。

 特に、勉強に没頭することが増えた。単純に今月は大事な模試があるからそれに備えてというのもあるし、なによりも、勉強していれば余計なことを考えなくて済むから。

 

 ……今でも思うことがあるのだ。なんで、あんなことを言ってしまったんだろう、と。羽沢先輩が目当てでバイト始めたとか、もう会うつもりはないとか。

 

 いや、なんでなのかは分かっている。どうせ意識されていないならば、いっそのこと嫌われてしまいたいと思ったのだ。そうすれば、諦めもつくんじゃないか。そう思って。

 いくら羽沢先輩でも、あのストーカー紛いのバイトの動機を聞けば気味悪く感じるだろう。言葉ではああ言ってたけど、きっとそう思ってる。

 

 ……だから、そう……諦めた。その、筈だ。

 

 でも、本当にそうなら、なんで僕は連絡先をそのままにしてるのだろう。

 チャットツールは再インストールしてしまえばいいし、電話番号は番号を変えるなり着信拒否なりすればいい。

 そうすれば、疎遠になるのは確実となる。

 

 ……いや、分かってるんだ。口ではなんと言ったところで、未練が残っていることは。

 せめて、別れを告げる前に正面から気持ちをぶつければよかった、とか。

 事故とは言え、気持ちを知られたのだから、そこから押せばなんとかなった未来もあったのでは、とか。

 あのときは失意と混乱で見えなかった可能性が、今になっていくつも思い浮かぶ。

 

 それだけじゃない。実生活にも、少なからず未練の影響は出ている。

 ゲーセンでもあのキーボードの音ゲームはショッピングモールのことを思い出してしまうので、今は意図的に避けてしまっている。

 勉強をしているときでも、ふとしたタイミングで羽沢先輩の笑顔が脳裏に浮かぶことがある。その度に、一瞬だけ手が止まってしまう。

 コーヒーも……わざわざ豆を挽いて淹れるのは、止めてしまった。だが、その為の器具を片付けてしまうことは……できなかった。

 

 なにもかもが中途半端。そして後悔だらけ。なのに、それを取り戻す為の行動を起こす勇気すらない。羽沢先輩と会う前の、情けない僕に退化してしまった。

 

 

 今日もまた学校の授業が終わり、HRが始まる。

 僕の心は虚無で満たされ、退屈を誤魔化す為に窓の外へと視線を向けていた。もしかしたら商店街が見えたりしないかな……とも思ったけど、見える筈もなかった。

 見えるのは、体育を終えて校舎に戻っている体操服の生徒の集団だけだった。

 

 そんな中で、担任の話が始まる。今日は、2週間後の日曜日に、学年全体で受けることになっている予備校主催の模試についての詳細な説明があった。

 難関校を目指す人向けのレベルの高い模試であること。

 上位10名の名前を壁に張り出す予定なこと。

 来年のクラス分けの基準や3者面談の資料として用いられること。

 そして、受験は校内で行い、次の日の月曜日を振替休日にすること。説明はそんなところだった。

 

 模試……か。中学のときにもいくつか受けたけど、その結果次第では父さんがうるさそうだ。

 上位10名とまでは行かないまでも、30位以内には入っておかないと、と思う。

 

 今日の連絡の主なポイントは模試のことだけだったのか、その後は大した連絡もなく、速やかにHRが終了した。

 少しだけ、自習していこう。そう決めた僕は、掃除を終えると同時に自習室に向かうのであった。

 

 

 1時間半くらい自習をした後、僕は下校することとした。学校を出てからしばらく歩き、学校近くの駅に到着する。

 

 家に向かう電車をホームで待っている間、反対側のホームが目に入る。バイトがあったときは、いつもあっちで電車を待っていた。だけど、もうバイトはない。

 駅の改札からホームへの道は、2つの階段に分かれている。1つは自宅方面のホームに繋がり、もう片方は商店街方面だ。

 学校の帰り、その分かれ道を見る度……胸が締め付けられるような、もどかしい気持ちになった。

 上がる階段を変えるだけで、『羽沢珈琲店』に行ける。羽沢先輩にも会えるかもしれない。

 なのに、僕の足は毎回自宅方面の階段を選んでしまう。

 

 ……電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。僕は、大きな溜め息をついた。それがどういう感情に起因するものだったのか、自分でも分からなかった。

 

 

 最寄り駅で降りて、自宅に向かって歩く。駅から、およそ徒歩で20分くらいのとこの住宅街に家がある。慣れた今となっては大した距離ではない。

 

 家に着き、ポストを覗く。いつもの習慣だ。

 案の定、封筒やらチラシがいくつか入っていた。それを取り出し、確認していく。もっとも、僕宛てのものなんて滅多にないけど。

 滅多にないのだけど……今日ばかりは違った。1通だけ、僕宛ての封筒があった。滑らかな肌触りの青白い封筒。

 

「……え?」

 

 そして、その差出人の名前を確認した瞬間、時間が止まったように感じられた。

 ……指先が、知らぬ内に震えている。妙に苦しいと思っていたら、息をすることを忘れていたことに気づき、慌てて呼吸を再開する。

 

 これだけ動揺してしまうのも無理はなかった。だって、差出人のところに『羽沢つぐみ』と書かれていたのだから。

 しかも、封筒を確認する限りでは……郵便局を経由した形跡がなかった。それが意味することは、ただ1つ。

 

「羽沢先輩が、ここに……!?」

 

 弾けるような動きで周囲を確認する。当然と言えば当然だったが……羽沢先輩の姿を確認することはできなかった。ずっと自習をしていたし、来たのはだいぶ前だろう。

 無意識だったけど、がっくりと肩を落としてしまい、なにを残念がっているのだと自身を心の中で叱咤する。

 

 それはそうと、問題はこの封筒だ。わざわざ家まで届けたのだ。なにか大事なものが入っているに違いない。

 

 急いで家に入った僕はリビングに他の奴を放り投げて、素早く自室に飛び込んだ。早く中を確認したい。

 椅子に座り、丁寧に糊の部分を剥がし始めた。まるでそれがなにかの思い出の品かのように、慎重に。

 そして、破かずに開いた口の方を逆さにして、中身を取り出した。ストン、と滑るように落ちてきた中身のものを、手のひらで受け止める。

 

「……チケット?」

 

 入ってたのは、折り畳まれた便箋と1枚のチケット。

 ……チケットには、『ガールズ☆スーパーフェス』と記載されていた。ご丁寧に開催場所まで。これがなんのチケットかは、一目瞭然だ。

 間違いなく、ガールズバンドのライブ用のチケットだ。1枚だけということは、知り合いの招待や宣伝用とかではなく、僕の為にだけ送ってくれたということ。

 

 ……羽沢先輩が、僕にライブのチケットを送ってくれた。あんな突き放すようなことを言ったのに。複雑な心境が邪魔して、感想が出てこない。

 

 ……僕は悩んだ末に、便箋を開いた。するとその便箋には、びっしりと文章が書き込まれていたのだった。

 伝票とかで見覚えがある。それは、羽沢先輩の文字だった。

 

 僕は飛びつく勢いで手紙の中身に目を通し始めた。

 

**

 

 まずは最初に謝ります。ごめんなさい! 手紙を届ける為に、履歴書から勝手に住所を確認させてもらっちゃいました。本当にごめんなさい。これで私も立派なストーカーです。おあいこだね。

 

 封筒に、チケットが入っていると思います。『ガルスパ』って呼ばれてる、ガールズバンド向けとしてはとても大きな野外ライブのイベントのチケットです。

 私たち『Afterglow』もそのライブに出ます。チケットの裏に書いてあると思うけど、14時くらいから出る予定です。

 そのチケットはいわゆる招待枠のチケットで、私たちの出番のときなら、1番前で見ることができます。

 私たちが出るその時間だけでもいいので、木下くんには絶対に見に来てほしいんです。私からの最後のお願いです。

 

 ……本当は言いたいこと、話し合いたいこと、たくさんあります。でも、今の木下くんには言葉だけでは伝わらないこともたくさんあるんだって思ってます。

 だから、ライブに来てください。私たちの歌と演奏を聞いてください。私たちの熱意を感じてください。会場の盛り上がりを見てください。

 その上で……私たちの言葉をどう受け止めるかを決めてください。

 

 絶対、絶対に来てください。待ってます。

 

 つぐみ

 

**

 

 ……手紙を読み終えた僕は、チケットの裏面を確認する。確かに、『Afterglow』の名前が記載されている。開始予定時刻も、手紙にある通りだ。

 

 まさか、こんな手段で連絡を取りに来るとは思わなかった。

 きっと、前の電話で僕が先輩のことを強く拒んでしまったから、黙ってポストに投函しておくという手段に出たのだろう。

 実際、チャットで会いたいと連絡されるよりも、ずっと効果的だったと思う。チャットだったら、意気地になって拒んでしまったかもしれないから。

 

 ……あの羽沢先輩がここまで強く念を押すということは、なにがなんでも来てほしいってことだろう。最後のお願い、なんて言うくらいだし。

 それに、先輩にしては随分と挑戦的な書き方だった。先輩の方からこんなに自信がありそうな言い方をしたことは、今までなかったと思う。

 

 こんな手紙を貰って、嬉しくないわけがない。自分から嫌われるように仕向けたのに、まだ嫌われてはなさそうだと、安堵している自分がいる。

 心の奥で燻っていた未練が、正真正銘の最後のチャンスだぞとしきりに訴えてくる。……それくらい、分かっている。

 

 行きたい。できることなら行きたい。いや、ものすごく見に行きたい。最後に、もう1回だけでもいいから、羽沢先輩のライブの演奏が見たい。本気で、それを熱望している。

 

「20日の……日曜日……」

 

 ……でも……でも、絶対に行くとは……即決できなかった。できない理由があった。こんなにも、運命を残酷だと思った瞬間はない。

 

「……なんで、1週間ズレてないんだ」

 

 『ガルスパ』が開催される日は……20日の、日曜日。その日は……校内での模試の日なのだ。終わってから急いで向かっても、『Afterglow』の出番はとっくに過ぎている。

 

 3者面談でも参考にされる重要な模試。そんな簡単に無視できるようなものではない。

 サボったって必ずバレるし、その場合は担任からも親からもこっ酷く絞られるだろう。事情を話したところで、どうにもならないであろうことは明らかだ。仮病を使ったら、今度は外出する口実がなくなってしまう。

 つまり、『ガルスパ』を見に行くには、後に怒られることを承知の上で模試をサボるしかないのだ。それも、いかにも模試を受けに学校に行く……という体を装って。

 

「……どうしよう」

 

 行きたいという気持ちは本物だ。最後のチャンスだということも、分かっている。

 なのに、どうしてサボるという決断ができないんだろう。

 進路に関わるから? 怒られるのが怖いから? 羽沢先輩と向き合う勇気がないから?

 ……きっと、全部だ。

 

 そして、行けるか分からないことを羽沢先輩に連絡することすらも……反応が怖くて、メッセージを送ることができなかった。

 

「ああ、クソッ! なんで、僕はいつもこんな……っ!」

 

 己の髪を掻きむしる。急に物に当たり散らしたい衝動に襲われたが、それを必死に抑える。大きく息を吸って、荒々しく吐き出した。

 ……危ない。もう少し自制が遅れていたら、きっとスマホを壁に叩きつけていた。事実、手に持って振り上げるところまでは行っていた。

 

 手の施しようがないくらいの臆病さ。昔からずっと、やりたいことと実際にとった行動が一致しない。そんな自分が大嫌いだし、頭に来る。

 なんでこんな名前なのに、こんなにも勇気がないんだ……!

 

「……どうしたら、いいんだよ」

 

 自己嫌悪に陥った僕は椅子にもたれかかったまま、項垂れるしかなかった。心の中で、繰り返し羽沢先輩に謝罪しながら。

 

 

 ……2週間後。『ガルスパ』当日。

 何度も何度も何度も悩みつつも……結局僕は制服を身に纏い、模試を受けるべく学校へと向かうのであった。未練がましく、『ガルスパ』のチケットを鞄に入れておいて。

 

 連絡は……していなかった。

 

 

 

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