羽沢先輩目当てでバイトするのは不純に違いない   作:Washi

3 / 16
第3話 懇親会? 尋問会?

 日曜日、『羽沢珈琲店』の開店の10分前。僕は店の裏口から店内へと入る。早いもので、こうして裏口から入るのは既に5回目だ。

 

「おはようございまーす」

「おはようございますユウキさん! 今日も一緒に頑張りましょう!」

 

 元気な声が返ってきた。待機所には、既に制服に着替えた三つ編みの銀髪の女子が立っていた。若宮イヴ先輩。ハーフの帰国子女であり、僕のバイトの先輩だ。初めて会ったのは、先週の日曜日だった。

 とても社交的で明るい人で、休憩中などの仕事以外の時間でも僕に積極的に話しかけてくれた。話題さえあれば僕でも普通の受け答えができるので、意外にもすぐ打ち解けられた。偶に、彼女独自の『武士道』の話を聞いて、反応が遅れることがあるけど。

 ……それと、どこか別の場所でも見た気はするのだが、全然思い出せない。どこだっけ?

 

 ちらりと待機所を見渡す。羽沢先輩の姿はない。やっぱりか。元々今日は手伝いに入らないということをチャット経由で聞いていたので驚きはない。でも、ちょっと残念だった。心の中で、小さく溜息をつく。

 

「……? ユウキさん、どうかしましたか?」

「ああ、いや、なんでもないんです……」

 

 マスターがこっそり教えてくれたことだが、そもそも僕を雇ったのは人手不足もあるが、羽沢先輩の負担を少しでも和らげる為のようだ。だから、僕がシフトに入っていて羽沢先輩が入っていない今の状況というのは、むしろ理想的なのだ。

 ……まあ、残念であることに変わりはないのだけど。

 

 仕事そのものには、少しずつ慣れてきた。初日みたいな凡ミスは起こさなくなったし、仕事の範囲も僅かに広がった。簡単な部類の仕事にしか関わっていないものの、サポートなしでキッチンの仕事を進められるようにはなった。近々、ホールなどもやるらしい。

 

 先週の記憶では、日曜日は結構忙しい感じだった。今週こそは、もう少し役に立ってみせたいと思う。

 そんなことを考えながら、僕は開店の準備をしていたマスターに挨拶をするのであった。

 

 

***

 

 

 家から少し離れたところにある、練習用のスタジオ。今、私はそこで『Afterglow』のみんなと一緒に次のライブを想定した練習を進めている。みんなの演奏に耳を傾けつつ、自主練で克服したフレーズをなんとか合わせる。よかった、今日は1度もミスせずに弾けた。

 今日は久しぶりに全員で集まれる練習だし、可能な限り進行を止めないようにしたかったんだけど、上手くいってよかった。

 でも、みんなもたくさん練習してるみたいで、すごく上手になってたし、ここで満足しちゃ駄目だよね。置いていかれないように、もっともっと頑張らないと。

 

「……うん、まあまあかな」

 

 演奏が終わり、蘭ちゃんが僅かに口元を緩めながら頷いた。表情の変化は少ないけど、とっても嬉しそうだ。それに、蘭ちゃんがああ言ってるときは、実は結構褒めてる証拠だ。

 

「めっちゃいい感じ〜、の間違いじゃないの、ら〜ん?」

「う、うるさい。どうせ通じるんだから、別にいいでしょ」

 

 モカちゃんが目元を細めながら蘭ちゃんに詰め寄る。すると、蘭ちゃんは顔を真っ赤にしながらモカちゃんから顔を背ける。あんなに簡単に蘭ちゃんの本音を引き出しちゃうなんて、やっぱりモカちゃんはすごいなあ。

 

「うんうん、前よりかなりよくなってるよ! いっぱい練習してきてよかった〜」

「だな。次のライブがいつになるかは分かんねーけど、そんときはみんなを驚かせてやろうぜ」

 

 ひまりちゃんと巴ちゃんが同意する。もちろん、私も。最近はお客さんの数も増えてきたし、1人でも多くの人に楽しんで欲しいなって思う。

 

「時間は……うん、あともう1回だけできる。次で、ラストにしようか」

「りょうか〜い」

 

 蘭ちゃんの号令のもとに、私たちは再度構える。ラストだし、いい雰囲気のまま終わらせたい。でも、気負いすぎると力んじゃって失敗しやすくなるから、なるべく自然体で。最近、ちょっとだけ意識してできるようになった。

 

 巴ちゃんのドラムがリズムをとる。それに続くようにして、私たちは前奏を開始するのだった。

 

 

 最高の出来栄えで練習を終えた私達は、レストランで遅めの昼食を取っている。ちなみに私が頼んだのはハンバーグ。子供っぽいって言われちゃうかもしれないけど、今でも好きなの。

 

「ねえねえ、みんなはこのあとどうするの?」

「別に、特になにかあるというわけじゃないけど。強いて言うなら、花屋とか見ておこうかなって感じ」

 

 ひまりちゃんの問いに、最初は蘭ちゃんが答えて、モカちゃん、巴ちゃん、私と続けて答えていく。するとなんと、みんなこのあとは時間が空いているということが判明した。

 ここまでみんなのスケジュールが噛み合うのって、すごい久しぶり。なんだか嬉しいなあ。

 

「じゃあさ、久しぶりにみんなでつぐの所に行かない? 私、あそこのケーキが食べたくなっちゃった」

「え〜、ひーちゃん、この前甘いもの減らそうって言ってたのに〜?」

「う、そういえば言ったような…………だ、大丈夫! 今日いっぱい演奏したし、上手にできた自分へのご褒美ってことで!」

「なにそれ。……でも、それもいいかもね」

「だな。つぐはどうだ?」

 

 巴ちゃんに聞かれた私も「大丈夫だよ」と笑顔で頷く。あ、そうだ、みんなに木下くんのことって話してないや。ついでに紹介しておかないと。

 

「そういえばね、先週から新しいバイトの人が入ったんだ。1年下の男の子で、木下くんって言うんだけど」

「え、ほんと!? ねえ、その木下君って子は今日はいるの!?」

「えっ!? うん、夕方くらいまではいるけど……」

 

 予想以上にひまりちゃんの反応がよくて、少し狼狽えてしまう。一体どうしたんだろう?

 

「どんな子なの!?」

「とっても真面目な子だよ。あ、それと、仕事を覚えるのも早いんだよ。初日は緊張してて失敗も多かったんだけど、最近はすごい助かってるの」

 

 これは自信を持って言える。料理は初めてって言ってたけど包丁の扱いとかもすぐに上達したし。木下くんって手先がすごい器用なんだなあ、って思ったもん。

 ……だけど、ひまりちゃんが期待していた回答とは違ったみたい。

 

「そういうのも大事だけど、そうじゃなくて〜! 見た目とか、身長とか、そういうの〜!」

「ええ!? 身長は……巴ちゃんと同じかちょっと高いくらいで……見た目は……えーっと……」

 

 答えに困ってしまう。どちらかと言うと、中性的な顔だよね。髪は黒くて……体は、細めかな……。私は、可愛い感じだと思うけど、ひまりちゃんは瀬田先輩の男性版みたいな人を想像している気がする。

 

「そこら辺で止めときなって、ひまり。どうせこれからつぐん家に行くんだから、直接見て確認すればいいだけだろ?」

 

 幸い、巴ちゃんが間に入って止めてくれた。ひまりちゃんもそれで納得したようで「はーい」と落ち着いてくれた。

 

「ちなみに〜、つぐ的にはどうなんですかな〜? その、木下君って人は〜? ”あり”か”なし”かでお答えくださ〜い」

「どういうこと!? えっと、うーん…………”あり”?」

 

 もちろん、嫌いということは断じてないし、もっと仲良くなりたいとは思う。でも、”あり”か”なし”かってそういうこと?

 あまり質問の意味が分からず、首を傾げながら答えてしまった。

 

「止めなよモカ。そんな聞き方したって、つぐみが”なし”って言うわけないじゃん」

「分かんないよ〜? もしかしたら、もしかするかもよ〜? モカちゃんの勘は百発百中ですから〜」

「……??」

 

 結局、蘭ちゃんが止めてたけど、どういうことだろう? 疑問だけが残るのであった。とにかく、久々に勢揃いになった私たちは実家の喫茶店に向かうことで決定したのだった。

 

 

***

 

 

 僕は休憩を挟み、午後の業務へと戻る。午前中の動きは悪くなかったけど……多分、今から夕方くらいまでが一番忙しくなる筈だ。油断せずに行こう。

 

 そう思っていると、入り口の扉が開いてベルが鳴る。新しいお客さんだ。若宮先輩が対応に出る。この時間の新規のお客さんは十中八九軽食かデザートを頼む筈だ。すぐに取りかかれるようにしておく。

 

「いらっしゃいませー! あ、ツグミさん! それにみなさんもご一緒なんですね!」

 

 ”ツグミさん”という言葉に反応し、僕の胸が一瞬高鳴る。その衝動に誘われるように、入り口の方へと視線を向けた。

 

 羽沢先輩が居た。今日は1日中外出していると思ってたから、1目見れただけでも嬉しい。しかも、今日は制服じゃなくて私服だ。茶色のワンピースにベージュのカーディガン。めちゃくちゃ可愛い……。

 

 ……あれ? 羽沢先輩の後ろにも4人の女子が立っている。羽沢先輩の私服に気を取られて、気づくのが遅れてしまった。友達だろうか?

 

 ……そう思っていたが、厳密にはそれだけではなかった。その4人は、2週間前……羽沢先輩を初めて見たとき、一緒に居た人たちだった。

 つまり、バンドの『Afterglow』のメンバーが勢揃いしていた。色々あって名前は全然覚えてないけど、容姿くらいは覚えている。例えば……たしか、あそこの黒髪に赤メッシュの人がボーカルだ。

 

「こんにちは、イヴちゃん。えっと……席、空いてるかな?」

「はい! 奥のテーブルに椅子を追加すれば大丈夫です! ご案内しますね!」

「ありがとう、イヴちゃん。私も少しだけ手伝う……」

「いえ、駄目ですツグミさん! 今日のツグミさんはお客様です。私達に任せて、ゆっくりしてください。ブシにも休息は必要です!」

 

 羽沢先輩が働こうとしていた所を、若宮先輩が押し留める。現状、ちゃんと店は回っているし、友達と一緒に来たのならお客さんとしてゆっくりして欲しい。そんなところだろう。それに関しては、僕も同意だ。

 しかし、羽沢先輩もそう簡単には引き下がらなかった。やや押され気味ながらも、”する”、”しない”の攻防が繰り広げられていた。まあ結局、バンド仲間の説得もあって渋々納得したみたいだけど。

 

「えーっと、じゃあ、お言葉に甘えて……ごめんね?」

「気にしないでください。それでは5名様、ご案内です!」

 

 話は終わったみたいで、ようやく若宮先輩が案内を始める。5人はそれに続く。

 あんまり見てると不審がられるかもしれないと思って、僕は視線を外す……んだけど、今度は向こうから視線を感じる。

 顔は動かさずにチラリと見ると、ピンクの髪の人が僕の方を見ているのが分かった。えーっと……そうだ、ベースって奴をやってた人だ。

 

 ……うわ、なにあれ……大きい……。若宮先輩を含めても、あの中でぶっちぎりなんじゃ……いや、駄目だ駄目だ! 女子はそういう視線に敏感だって姉さんが言ってたし、見ないようにしないと。集中、集中……

 

「——木下くん、お疲れ様」

「ぅわああ!? お、お疲れ様です……」

 

 集中しようとした矢先、いつの間にか近くまで来ていた羽沢先輩に声をかけられ、素っ頓狂な声をあげてしまった。なんか、先週にもこんなことがあった気がする。

 

「ご、ごめんね、急に声をかけちゃって……」

「いや、大丈夫です。その、なんですか?」

「あ、うん。あのね、ちょっとだけでいいんだけど、時間あるかな? 今、一緒に来た人たちって私の幼馴染でね。多分、よくお店にも来るから紹介したいんだ。もちろん、お父さんの許可は貰ってるから」

「えっと、はい、そういうことなら……」

 

 その提案に内心びっくりしている僕がいるが、断る理由もないので承諾する。というか、羽沢先輩の誘いにならなんにでも承諾する所存だ。

 4人の座っているテーブルに向かう羽沢先輩に続く。当たり前だけど、全員女子だ。あそこまで女子が固まっている集団に自分1人が向かうという経験は今までにない。気まずいような、緊張するような……なんか変な気分だ。

 

「お待たせ、みんな。紹介するね……こちら、新しくバイトに入って貰ってる木下くん。えっと、簡単に自己紹介とかしてもらっても大丈夫かな?」

 

 4人の視線が僕に集中する。さっきの変な気分がますます強くなる。……ん? あれ? なんでベースの人はそんなあからさまにがっかりしてるの? 僕、なんか失礼なことした?

 

「その……木下勇樹です。高校1年で……1週間前から、ここでバイトさせて貰ってます。羽沢先輩にはいつも助けてもらっています」

 

 最後に「よろしくお願いします」と付けて、軽く頭を下げる。羽沢先輩の幼馴染ということは、これから何度も顔を合わせる可能性があるということで、出来るだけ丁寧かつ簡潔な挨拶を心がけた。

 

 それが功を奏したのか分からないが、4人は幾分か表情を和らげてくれた。……いや、銀髪の人は最初からあんな感じだったかも。

 

「美竹蘭。ここにいるみんなそうだけど、高校2年生。まぁ、よろしく」

 

 ボーカルの人……美竹先輩は淡々と告げる。この人のことは比較的印象に残っている。印象の通り、クールな人みたいだ。

 

「ふっふっふ〜、蘭はね〜、なんと、家が華道の家元なのだ〜。お花のことならなんでも聞いてくれたまえ〜」

「ちょっと、モカ……! 今はそういうのいいから……! というか、なに勝手に質問受け付けてんの」

 

 ……と、思ったら、銀髪の先輩——名前はモカというらしい——に褒められたことで目を丸くし、髪のメッシュのように顔を赤らめていた。どうやら巷で言う、ツンデレって奴みたいだ。

 

「宇田川巴だ。よろしくな」

「上原ひまりです。部活はテニス部! よろしくね!」

 

 続いて、赤髪の人……ドラムをやってた人だ……が宇田川先輩で、ベースの人が上原先輩。

 

「青葉モカで〜す。え〜っと、コンビニでバイトしてて〜……ん〜?」

 

 そして、最後にギターの青葉先輩か……って、あれ? 青葉先輩がなんか難しい顔で僕のことをじーっと見てくる。なんだか不思議な雰囲気を纏ってはいるが、その容姿のレベルは羽沢先輩に勝るとも劣らない。そんな人に見つめられ続けているせいか、妙に落ち着かない。

 しかし、こちらから止めるように言うこともできず、向こうの出方を待つしかできなかった。

 

「どうかしたの、モカ?」

「んー、……ねえ、ゆー君?」

「は、はい?」

 

 ゆー君……勇樹を略してゆー君か。まさか初対面でそんな呼び方をされるとは思わなかった。女子に名前で呼ばれてことなんてないから、なんだかムズかゆい。

 ——そう思っていた直後、青葉先輩の口からとんでもない爆弾が飛び出るのであった。

 

「なんか、どっかで会ったようなー?」

「な……っ!?」

 

 え、嘘、なんで気づいたのっ!? もちろん、あのライブ以外で彼女らと顔を合わせたことはない。あのときは結構なお客さん居た上に、客席は照明が暗くて顔は分かりづらい筈なのに、青葉先輩は僅かでも僕のことを認識していたの……!?

 

「い、いや……多分、ないと思います……」

 

 当然、この場はしらを切る。もし僕があのライブに居たことを知られたら、バイトを始めるまでの期間的に、動機がバレてしまう可能性まである。羽沢先輩の居るこの場でそんなことが起きたら……終わりだ。

 

 思い出すな、思い出すなと全力で祈る。これは、あれだ。受験のときの合格発表直前のときの緊張感に似ている。落ちていたらどうしよう……お願いだから受かっていてくれ……そんな切実な思いで発表を待っていた気がする。

 果たして、今回の結果は…………

 

「んー……まあ、いっか〜。そんじゃ、今後ともよろしく〜」

 

 …………危なかった。そこまで興味がなかったのか、特に追求されることも、思い出されることもなかった。

 青葉先輩……この中では要警戒対象である。これからもその言動には注意しよう。

 

「えっと、じゃあ、羽沢先輩……」

「あ、うん。時間取らせちゃってごめんね。もう大丈夫だよ。残りの時間も頑張ってね!」

 

 羽沢先輩の素敵な笑顔に見送られつつ、僕は逃げるようにしてその場を離れた。その後は少々忙しくなった為に彼女らと接触する機会はなかったが、結果的にそれでよかった。羽沢先輩の様子を窺うことができなかったのは残念だけど。

 

 

 夕方、道路が茜色に染まった頃、僕はバイトを上がって店を出た。再度青葉先輩と接触しないようにと急いで帰る準備をした結果だ。

 ……ところが、どうやらそれが裏目に出たようだ。

 

「じゃあ、みんな、また明日ね!」

 

 店の入口から聞こえた声に、僕は思わず物陰へと隠れてしまう。羽沢先輩の声だ。それが入り口で聞こえるということはつまり……。

 

「うん、また明日」

 

 続いて聞こえたのは美竹先輩の声。その後もあのテーブルに集っていた面々のさよならを告げる声が聞こえてくる。どうやら彼女らの帰宅のタイミングと重なってしまったらしい。最悪のタイミングだ。

 

 お願いだからどうか、彼女らの帰宅ルートが裏口側の見えるルートでないようにと再び必死に祈った。

 しかし、今回はその祈りは通じなかったらしい。こっちへと歩いてくる。隠れる場所なんてないし、後退できる道もない。このままだと鉢合わせだ。

 どうする……どうする……と考えを巡らせるが、なにも思いつかなかった。結果的に、その場に立ち尽くして彼女らを待ち構える形になってしまった。

 

「……あれ、あんた……木下だっけ?」

「おう、木下。今、帰りか?」

 

 先頭を歩いていた美竹先輩と宇田川先輩と目が合う。しかも、声までかけられてしまった。これはもう回避は不可能だった。

 

「っ……お疲れ様です」

「お疲れ、木下君! 木下君は、いつもどこから来てるの?」

「えっと……、ここから3つ先の駅で……」

「そうなんだ! じゃあ、ちょっとだけだけど途中まで同じだね。一緒に行こっか」

 

 女子4人と一緒に歩く。字面だけ見れば非常に素晴らしいイベントなのだが、今の僕には上原先輩の言葉は脅迫にすら聞こえてくる。

 

「おお〜両手両足に花ですな〜…………んん? …………おー……そうだったー」

「いや、両足ってなに……ってモカ? どうかした?」

 

 あ、嫌な予感。なにを考えているのかよく分からないトロンとした目をこちらに向けてくる。ああ……お願い、後生だから……当たらないで……

 

「ゆー君、どっかで見たな〜って思ったけど〜そうだ〜、前のライブで初めて見たお客さんだ〜」

 

 駄目……でした。残酷にも、恐れていた事態が起きてしまった。不幸中の幸いと言えるのは、ここに羽沢先輩が居ないということだろうか。

 

「い、いや、それは……!」

「ん〜? それでー、ライブが2週間前で〜バイトを始めたのが1週間前か〜。おやおや〜? これはこれは、どういうことかな〜?」

 

 なんとか会話を流そうと思ったが、青葉先輩に先んじられてしまう。自分から話しかけにいけない僕には、難しすぎたようだ。

 

「……あ! もしかして、もしかして……!? 恋の予感!?」

「ほーう……面白いことになってきたじゃねえか」

 

 上原先輩が目を輝かせ、宇田川先輩は不敵な笑みを浮かべながら鋭い視線で僕を射抜く。青葉先輩以外の人にも、完全に察せられてしまった。

 

「……ちょっと、木下。どういうこと?」

「えっと……その……」

 

 うう、なんか美竹先輩……急に怖くなった……。僕よりずっと背は低いのに、すごい迫力だ……流石、バンドのボーカルやってるだけはある。猫に睨まれた鼠の気分だ。

 

「まあ、待てよ蘭……落ち着けって……」

「落ち着けって言ったって……! つぐみのストーカーかもしんないじゃん!」

「いや、それはねーだろ。つぐの奴があんだけ信頼してんだ。別に悪い奴じゃないって」

「でも……!」

 

 美竹先輩は必死に宇田川先輩に食い下がる。正直、美竹先輩の言い分は分かる。というか、ちょっとはそういう自覚はあったからバレたくなかったわけだし。

 

「ねえねえ! それってつまり一目惚れってこと!? そうだよねー、つぐはとってもいい子だし、可愛いもんねー! 分かる分かる!」

 

 あの、上原先輩……あまり大きな声を出さないでください……羽沢先輩に聞かれたら、死んでしまいます……。

 

「ところで木下。お前、このあと時間あるよな? 少し早いけど、一緒に飯でもどうだ?」

 

 話が一段落したのか、宇田川先輩は僕に首に腕を回しながら夕飯に誘ってきた。うわ、近いよ……でも、これってつまり……。

 

「あの……それって……」

「心配すんなって、別に取って食ったりしないさ。あれだ……ちょっとした”懇親会”だ」

 

 尋問会の間違いではないだろうか。もちろん、決して口には出さないが。

 

 ……こうして、僕は近くのファミレスへと連行された。ことここに至って誤魔化すなんてことができる筈もなく……僕は全ての事情を白状してしまうのであった。

 

 

 夜の8時。空がすっかり真っ暗になり、1人でゲーセンに入れる時間がとうに過ぎてしまった頃。尋問会兼懇親会は終わりを告げ、僕たちは解散した。バイト上がりということも相まって、結構疲れてしまった。

 

 ファミレスに入ってからというものの、質問に次ぐ質問の嵐だった。どうして好きになったの? とか、どういう経緯で『羽沢珈琲店』を知ったの? とか、進捗はどうなの? とか。最後のみたいな、本当に心が抉られる質問もあって、人前でなければ泣きたかった。

 

 一応、問い詰められるだけの徒労には終わらず、成果もあった。

 1つ目は、とりあえず美竹先輩からのストーカー疑惑が晴れたこと。決め手は姉さんに無理やりバイトに応募されたという事実と、尋問中に僕が顔を真っ赤にさせていたかららしい。……なんでそういうこと本人に言うの。ただの拷問だよ……。

 同時に、「つぐみを傷つけたら、許さないから」と釘を刺されもしたが。

 

 ちなみに、僕の羽沢先輩への好意を確認した他の3人の反応は三者三様だった。

 宇田川先輩は「ま、頑張れよ」と、ほぼ中立。

 上原先輩は「相談したいことがあったらなんでも聞いてね! 応援してるから!」と、友好的。もっとも、興味本位な感じも見受けられたけど。

 そして青葉先輩だが……よく分からない。「いや〜、エモいね〜」とか言われたが、理解不能である。多分、面白がってるんだと思う。

 

 2つ目は、その4人と少し打ち解けたこと。羽沢先輩が僕のことを紹介前から話していてくれたらしく、尋問が終わってストーカー疑惑が晴れてからは結構穏やかに会話ができた。なので、後半はなんだかんだ言って懇親会ぽかった。彼女らと険悪な関係のままバイトを続けるというのは多分無理なので、よかったと思う。

 

 そして最後に、彼女らの口からバンドをやっていることを教えてもらったこと。これで変に知らないフリをせずに済む。どうやら最近は『Circle』というライブハウスでライブをすることが多いらしく、よかったら見に来いと誘ってもらえた。うーん……正式に誘われたなら……なんとか、1人でも行ける……かな?

 

 まあ、そんなこんなで、意外にも悪い結果とはならなかった。しかも、連絡先まで交換してしまった。羽沢先輩に続いて、4人も友達登録が増えた。まさに快挙だ。

 

 ゲーセンには行けなかったけど……有意義な時間だった。そう思い、駅に向けて歩きだす。

 

「へい、そこのお兄さ〜ん。いいモノがあるんだけど〜、ちょっと話を聞いてかね〜かい?」

「……なんですか、青葉先輩」

 

 歩きだそうとしたその瞬間、後ろから青葉先輩に呼び止められた。他の3人とはもう別れたらしく、1人だった。

 ヤクの売人のようなふざけた口調に、今度はなにが来るんだと警戒する。

 

「ふっ、ふっ、ふ〜。まずは、これを見なされ〜」

 

 彼女はスマホを操作すると、その画面を僕へと向けた。

 ——ソレを見た瞬間、僕の体は石になった。

 

「こ、これって……!」

「ココだけでしか手に入らない、限定商品だよ〜。気に入ったか〜い?」

 

 内緒話でもするかのように、青葉先輩は手を口元に寄せながら潜めた声で語りかけてくる。彼女の顔がかなり近くまで寄って来るが、僕はそれどころではなかった。

 

 ——画面に映っていたもの、それは羽沢先輩の写真だった。こっそり撮ったものじゃないことは、カメラ目線の羽沢先輩の顔を見れば分かる。

 撮られたとき恥ずかしかったのか、微かに頬を染めつつ、困ったように眉をへの字にしている。それだけでも1発K.O級の破壊力を秘めているが、もっと恐ろしいものがあった。着ている衣装だ。頭に黄緑のリボンを巻き、黄色を基調とした丈が短めのワンピース、そしてやや大きめの黒のパーカー。これはヤバイ。特にパーカーが少し大きい所がヤバイ。普段の彼女のイメージを知っている分、ニューヨークのストリートファッションぽいこの衣装とのギャップがヤバイ。もし仮にこの衣装で、いかにも世の中がつまんないんですみたいな表情をしていたら、完全にいい所のお嬢さんがグレちゃった不良の構図だ。はっきり言ってこの写真は危険だ。僕にとってはヤクと同義だ。一度見てしまったらもう目が離せなかった。

 

「前〜、新しいバンドの衣装を合わせてたときの写真で〜す。どうかね〜? やまぶきベーカリーのパン30個で手を打ちましょ〜う。もちろん、みんなには内緒ですよ〜?」

 

 ……悪魔だ。悪魔が目の前に居る。…………いやいや、確かに盗撮された写真じゃないけど、本人の許可なくこの写真を手に入れていいわけがない。そうだ、我慢だ木下勇樹。やっていいことと悪いことがあるだろう? ここは青葉先輩を注意する場面だ。よーし……

 

「青葉先輩、そういうのは——」

「ちなみに〜、いらない場合は〜容量がもったいないので削除しま〜す」

「ッ!? ……っ……うぐ……いや……ぅ…………………………くだ、さい」

 

 永遠にも等しい葛藤の末……とても、とても小さな、そよ風で吹き飛んでしまうような声で、そう答えてしまった。……僕は、僕……は間違いなく日本一駄目な日本人だ。

 そして僕にとっての日本一素晴らしい日本人は、「毎度あり〜」と惚けた顔で告げるのだった。

 

 ……ごめんなさい、羽沢先輩。でもこの写真、めっちゃ可愛いです。宝物にします。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。