羽沢先輩目当てでバイトするのは不純に違いない   作:Washi

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第5話 初デート

 土曜日の放課後、14時にショッピングモール内部の入り口付近に私服で集合。それが月曜日に羽沢先輩から届いた約束の詳細だ。集合時間がやや遅めなのは、自宅と学校が少し離れている僕への配慮だ。まあ、ランチのピークは避けられるし、却っていいのかもしれない。

 

 それともう1つ。羽沢先輩から、せっかくだから食後に一緒にショッピングモールを回らないか、という提案があったのだ。どうやら”懇親会”のときに自分だけ出れなかったのを申し訳なく思っていたらしく、それを兼ねる形のようだ。

 理由はどうあれ、僕にとっては1秒でも長く一緒に居られる絶好のチャンスだ。僕はもちろん承諾した。顔には出さなかったけど、心は相当舞い上がっていた。

 

 そしてその素晴らしいご提案をいただいた放課後。僕は助言を求めて『Afterglow』のメンバーの4人と、前と同じファミレスに集まるのであった。多忙な先輩方だが、なんとか1時間だけ都合をつけてもらった。

 ちなみに、彼女らとは全員同時にとはいかないものの、バイト中にお客さんとして来てくれることも多いので、ホールのときはちょくちょく話すようになった。羽沢先輩の幼馴染だからというわけではないけど、みんないい人だ。

 

「……というわけで、どうすればいいと思います? 助けてください、お願いします」

「まっかせて! 私たちで完璧なデートプラン、考えてあげるから!」

 

 一番最初に相談のメッセージを送った相手である上原先輩が快諾する。それは嬉しいのですが、もう少し声を下げてください。周りに聞こえてしまいます。

 

「ひーちゃんのプランか〜。ゆー君、止めておいた方がいいと思うよ〜?」

「あー、モカ、ひっどーい! 私だってやるときはやるんだからね!?」

 

 上原先輩が横槍を入れた青葉先輩に対して頬をふくらませる。実を言うと、この中で最もお世話になってるのは青葉先輩だ。なにせこの前、早くも2枚目(パン40個の分割払い)を購入してしまった。なんていうか、僕……ダメダメだなあ。

 

「ま、なにはともあれおめでとさん。あ、それとつぐのこともサンキューな。聞いたよ、つぐが火傷したのに気づいて助けてくれたって」

「あ、いや、宇田川先輩、あれは偶々で……」

 

 それどころか、仕事中にデートに誘うチャンスを窺う、なんて邪なことをしていたのだ。決して褒められる行為ではない。

 だが、それを否定するように、美竹先輩は静かに首を横に振る。

 

「別に偶々でもなんでもいいけど、あんたは約束を守ってくれた。だから、まあ……ありがと」

「い、いえ……」

 

 それだけ言うと、美竹先輩はそっぽを向いてストローを咥えたまま黙ってしまった。基本的にはドライな感じの態度なんだけど、こういう要所で誠実なところは華道の家元の娘なんだな、と思う。

 

「それでそれで!? 大まかにどうしようとか考えてるの?」

「えっと、一応聞きたいことはあらかじめ纏めてきたんですけど……」

 

 スマホのメモアプリを起動し、そのメモを表示する。えっと、最初は……

 

〜質問その1〜

 

「お昼なんですけど、どこで食べたらいいと思います?」

 

〜上原先輩の回答〜

 

「デートって言ったらイタリアンだよ! もうこれで間違いなし!」

 

 ……なんか、テレビとかでも聞いたことのあるようなアドバイスだ。まあ、一応覚えておこう。

 

〜宇田川先輩の回答〜

 

「やっぱラーメンだろ! あそこのフードコートのとこの豚骨ラーメンなんて最高だぜ?」

 

 ……それは、宇田川先輩が好きなだけなんじゃ? 流石にラーメン、それもフードコートが”ない”ことくらいは僕でも分かる。

 

〜青葉先輩の回答〜

 

「やまぶきベーカリーのパンなんかがー、おすすめですな〜」

 

 ……あの、ショッピングモールの中にあるものでお願いします。

 

〜美竹先輩の回答〜

 

「……お礼なんでしょ。あんたが食べたいとこにすればいいんじゃない? つぐみもそれを望んでると思うけど」

 

 そんなこと言われても、そこまで遠慮せずに行くわけには……。

 

 

 ……その後、質問を変えた結果、羽沢先輩の好物の1つがハンバーグということを知ったので、そういう店にしようと決めたのであった。

 

 

〜質問その2〜

 

「お昼の後、どこを回ったらいいと思います?」

 

〜上原先輩の回答〜

 

「デートと言ったら恋愛ものの映画だよ! あそこのショッピングモールは映画館も入ってるんだよ!」

 

 これまたどこかで聞いたようなアドバイス、というか発想のレベルが僕と同じだ。もっとも、調べたけど今って恋愛系の映画、あそこでやってないんだよね。

 

〜宇田川先輩の回答〜

 

「うーん、そうだな……たしか、土日って偶にどっかのアーティストとかがミニライブやってるんだよな。それを観るとか?」

 

 とってもいい案だと思います。その日にやってるかは分からないけど、もしやってたらそれがいいかもしれない。

 

〜青葉先輩の回答〜

 

「あたしがバイトしてるコンビニで〜、デザートを買う〜」

 

 なんで頑なにショッピングモールから出させようとするんですかね? もしかして、遠回しに反対してます? 

 

〜美竹先輩の回答〜

 

「適当に2人で楽しめそうな所を回ればいいんじゃない?」

 

 適当って……その適当の中身が知りたいんですけど。2人で楽しめそうって言ったって、僕の好みが羽沢先輩と一致するとは思えないし。

 

 

 ……こんな調子で、僕が質問をしては4人から各々の回答を貰う。そして、今回の件で分かったことがある。

 上原先輩は一番協力的ではあるのだけど……ちょっと、なんというか、役立たずだった。ああ、でも、ファッション関係では頼りになったと思う。

 宇田川先輩は、真面目な回答もたくさんあるのだが、同じくらいぶっ飛んだ回答もあって、総合評価はプラマイゼロだった。真剣に考えてくれてるのは分かるので、ちゃんと聞くようにはしてたけど。

 青葉先輩は、おそらくはわざとボケてる。もう、とにかくボケる。こんなことならやまぶきベーカリーのパンを最初から持参すればよかった。そうすれば、少しは真面目になってくれてたかもしれない。

 美竹先輩は……僕の好きにしろって感じだった。初対面のときの態度と比べれば雲泥の差だけど、やっぱりまだちょっとそっけなかった。

 

 とにかく、必要な情報は集まった……とまでは断言できないけど、できる限りのことはしたと思う。

 それから当日までの間、集めた情報を基にデートの準備を進めるのであった。

 

 

 いよいよ、デート当日だ。天気は見事に晴れ。夏の到来が近いことを告げるかのようにギラギラと照りつける日差しが眩しく、少々暑い。

 

 僕は今日の為にわざわざ購入した服を着て、例のショッピングモールへと向かう。服装のチョイスは、宇田川先輩と上原先輩の意見を取り入れたものだ。男子ではなく女子に意見を求めている時点で僕の交友関係の限界を感じるけど、センスがない男子より、ある女子の意見の方が正しい……と思う。実際、上原先輩は男子のファッションにも驚くくらい詳しかったし。

 

 ただ……不安はある。このデートに対する羽沢先輩との熱量の差がどの程度あるかということに。結局の所、このデートは先週のお礼の延長なわけで。先輩側からすれば、もっと気楽なつもりでの誘いだったかもしれないのだ。

 ここまで気合を入れておいて、羽沢先輩がそこまでじゃなかったら、その温度差に結構なショックを受けるかもしれない。

 

 ……本当に、この服で大丈夫かな。というか、似合ってるのかな。でも、今更戻って着替える時間なんてないし……。うう、大丈夫でありますように。

 そんな無意味なことに思考を割いている間にもショッピングモールには近づいていく。もう、建物が見えてきた。確かに、結構大きなショッピングモールだ。

 

 ……とりあえず、入る前に先輩方からの助言を基に作成したミッションリストを思い返す。羽沢先輩に好印象を与えることを目的とした、己に課した課題の一覧のことだ。

 

 課題1:服装を褒めること。

 課題2:昼食はハンバーグがあるとこにする。次点でイタリアン。

 課題3:昼食後はミニライブを見るか、女物の服を見て回る。

 課題4:家まで送る。

 課題5:待ち合わせは先に着くようにする。

 etc…

 

 せっかくのチャンスだ。ここで少しでもポイントを稼ぐようにしたい。 

 

 今は約束の20分前。羽沢先輩は家から近いわけだし、まだ来てはいないだろう。ひとまず”課題5”は達成だ。そう思いつつ、入り口の自動ドアを通って店内へと入った。

 

「——あ、木下くん! こんにちは。今日も早いね」

「ぇ、あ、え!? は、はい、おはようございます!」

「あはは、バイトじゃないんだから普通の挨拶でいいんだよ?」

 

 ……僕より先に来てました、羽沢先輩。どこか待機する場所を探そうとした矢先に声をかけられたものだから、気が動転してしまった。

 変な受け答えをしてしまい、耳が燃えるように熱くなった。きっと今なら、この熱だけで湯を沸かせそうだ。

 

「そ、その……こんにちは。えっと……早い、ですね。てっきり、僕が先かと……」

「私の方からお誘いしたんだもん。木下くんより遅くなったら失礼だよ」

 

 なんとも羽沢先輩らしい理由だった。……ん? ということは、確実に先になるように、かなり早い時間に来たということだろうか。……ありえる。羽沢先輩だし。いずれにせよ、いきなり失敗してしまった。先が思いやられる。

 ただ、それだけ今日の待ち合わせを大事に思っていてくれたということでいいのかな……。もしそうなら、申し訳ない気持ちもあるけど……純粋に嬉しいとも思った。

 

 気持ちが落ち着いてきたところで、羽沢先輩の服装に目が行く。そうだ、まだ課題は他にもある。気を取り直して、”課題1”に挑戦だ。今日の服装は……初めて見る服だ。

 白い長袖のブラウスの上に、薄い青の花柄のワンピース。清涼感溢れる色合いで、暑くなりつつある今の時期にぴったりだ。控えめなデザインのネックレスが全体の雰囲気を引き締め、高級感を出している。しかも、キャスケットまで被っている。これは、アレだ。ヤバイ。全く奇をてらうことなく、本人の素朴なイメージを際立たせている。清楚という言葉ですら物足りず、僕は己の語彙力の低さを嘆く。花の女子高生という言葉があるけど、今の羽沢先輩の前ではどんなに美しい花でも己の不足を悟り、種子からやり直すことだろう。だって、目の前に唯一無二にして至高の花が咲き誇っているのだから。花の女子高生というか、花の羽沢先輩だ。可愛いという言葉を重ねれば重ねるほど陳腐に感じてしまう程の可愛らしさ。課題のことなど頭から消し飛び、しばらくの間、言葉が出なかった。

 

「えっと……木下くん?」

「ぇ……は、はい! なんですか?」

「遅めの待ち合わせだったから、お腹空いちゃったよね? 早速だけど、お昼ご飯に行こっか。こっちだよ」

 

 羽沢先輩がエスカレーターに向かって歩きだす。どうやらレストラン街は上の階にあるらしい。僕はそれを慌てて追い、先輩の横……のほんの少し後ろからついていく。どうにも、真横に並ぶのは気恥ずかしかった。

 

 ……そして気づく。なんだか、服を褒めるタイミングを逃してしまった気がすることに。

 自分の作戦では、羽沢先輩の到着を待ち、なるべく元気よく挨拶して、その際の勢いを利用して一呼吸の内に服のことも褒めてしまおうと思っていたのだ。だけど、待ち合わせの時点でその試みは破綻していた。

 ”課題1”も失敗である。

 

 でもまだだ、ミッションリストはまだまだ残っている。この際、最低でも過半数が達成できればよしとしよう。

 羽沢先輩の位置から1段空けてエスカレーターに乗りながら、密かに決意を改めるのであった。

 

 

 エスカレーターで上の階に移動し、しばらく歩くとレストラン街と書かれた看板が見えた。そしてそれが正しいことを示すかのように、ちらほらと食品サンプルと思しきものが並んだショーケースのあるお店が見えてきた。

 

「たしか……こっちに……あ、あった。木下くん、ここに載ってる中から食べたいお店を選んでね。どこでも好きなとこでいいからね!」

 

 羽沢先輩に促された僕は、レストラン街の店の一覧が表示された看板の前に立つ。看板は、店の名前に写真が添えられているタイプの奴だ。一覧の中から、目的の店を探す。

 実は、僕は事前にこのショッピングモールのHPを調べて、指定する店を最初から決めてあったのだ。なので今やっているのは、ちゃんとその店が入ってるかの確認と、選んでいるフリだ。

 

 ……よし、あった。石窯ハンバーグの店だ。店の存在を確認した僕は羽沢先輩にその旨を告げ…………ようとしたのだが、視界の隅に引っかかったある店の名前に、言葉を引っ込めてしまった。

 その店は、有名な唐揚げの店だった。色んな賞を受賞していて、テレビとかでも取り上げられることがあるようなとこの。僕もずっと食べてみたかったのだが、近くになかったので、断念していた店だ。

 でもおかしい、事前のリサーチではこの店は入ってなかった筈。……あ、”new”って書いてある。最近入ったから、まだHPに反映されてなかったのか。

 

 ど、どうしよう。すごく、食べたい。だけど、ハンバーグは当然ないし、揚げ物だし、どちらかというと定食屋に近い店だし。女子には到底合わないような店だ。ここを選んじゃったら、ラーメンを勧めた宇田川先輩と同レベルだ。

 ……うん、ここは我慢だ。今日はデートに来てるんだ。また後日、改めて自分1人で食べに来ればいいし。

 

「すいません。お待たせしました。ここの、ハンバーグの店が……」

「えっ、そうなの? 私はてっきり、そこの唐揚げのお店がいいのかなって思ってたんだけど……」

「なっ……!?」

 

 え、嘘、なんで分かったの……!? 未練を見抜かれた僕は、あからさまに動揺する。

 

「ど、どうして……!」

「だって木下くん、ずっとそのお店の写真見てたから。……あの、間違ってたらごめんね? もしかしてだけど、蘭ちゃんたちから私がハンバーグが好きだってこと、聞いてたりしない?」

「ぅ……」

 

 図星だった。な、なんでそんな鋭い……いや、でも、仮に逆の立場だったら、自分でも気づくかも……。

 

「あのね、木下くん。さっきも言ったけど、遠慮しなくていいんだよ? 今日はお礼なんだから、木下くんが食べたいものを選んでほしいな」

 

 ……奇しくも、美竹先輩が言った通りになった。結局、僕は羽沢先輩に押し切られてしまい、素直に唐揚げを選ぶこととなった。”課題2”、失敗である。

 

 ちなみに、唐揚げはめちゃくちゃ美味しかった。それに、羽沢先輩も美味しそうに食べてたし、会話も弾んだ。結果オーライって奴だろうか。

 ああ、それと、僕が普通の量の唐揚げ定食を頼んだ際、羽沢先輩はまたもや僕が遠慮しているのかと勘違いしてムッと頬を膨らませていたのだが、誤解が解けると「ご、ごめんなさい。男の子って、もっとたくさん食べるんだと思ってて……」と顔を赤面させたとき、ものすごく可愛いと思いました。

 

 

 ……もう言わなくても分かるかもしれないけど、”課題3”も失敗に終わりました。ええ。

 

 まず、ミニライブは残念ながらやってなかった。まあ、これは最初から可能性の1つとして考えていたので問題ない。

 なので、羽沢先輩が好きなブランドの服のお店を回るのはどうだろうかと、勇気を出して言ってみた。多分、ずっと失敗続きだったから今度こそ、とムキになっていたのだと思う。

 ところが、羽沢先輩には「2人で楽しめるようなお店じゃないと駄目だよ!」と注意されてしまった。これまた、美竹先輩のお言葉が正解だった。今度からは美竹先輩を頼ろうと思いました。

 それで、今は急遽プランを練り直しているわけだけど……

 

「2人で楽しめる場所、ですか……」

 

 羽沢先輩の言い分は分かったのだけど、2人で楽しめそうな場所というのに心当たりはなかった。再度、映画の案が浮上したりもしたのだが、上映時間を確認したらほとんどの作品が夕方まで次の上映なかったし。

 どうしよう……せっかくのデートなのに、全然いい案が浮かばない。

 

「うーんと、木下くんは普段どういうことをしてるの? その、好きなお店とか」

「好きなお店……あの、えっと……そのですね……大した場所じゃ、ないんですけど……」

 

 ゲーセンという単語がすぐに思い浮かんだけど、これを口に出してしまっていいのか迷う。バンドや生徒会などの活動をしている先輩に対して、ゲームという存在はあまり馴染みがないのでは、と不安に思ってしまったのだ。一応、言ってみる。

 

「その……僕、よく地元のゲームセンターに行ったりしてます……」

「あ、そうなんだ! 私も巴ちゃんとかモカちゃんと一緒に時々行くよ。下の階にゲームコーナーが入ってるから、そこに行ってみるのはどうかな?」

 

 ……よかった。杞憂だったみたいだ。ちょっとくらいはゲームもやるらしい。それに、ゲーセンのことなら僕も詳しいから、2人で楽しめそうなものも紹介しやすい。というわけで、僕たちはゲームコーナーへと一緒に行くのであった。

 

 

 件のゲームコーナーは、厳密にはモールに入っているゲーセンだった。その証拠に、地元の店と同じ名前の看板が入り口に設置されていた。入り口から見えるものこそ大衆向けのクレーンゲームばかりだが、奥に行けばコア向けの筐体もたくさん置いてあることだろう。

 

「えっと、どうしよっか? 木下くんは、なにかおすすめとかある?」

「うーんと、そうですね……」

 

 いつもよりは自信ありげに答えながら、ざっと店内を回る。そこから、誰でも楽しめそうなゲームを探し出しては紹介し、一緒に遊んでいくのであった。

 

 例えば、クイズのゲーム。4択の問題を答えて、成績を競う奴だ。それを、羽沢先輩との対戦形式で遊んでみた。

 偶にやってるので勝つ自信はそれなりにあったのだけど、結果は僅かに及ばず。交互に出題されるジャンルを選択できるのだが、羽沢先輩に僕の苦手な『芸能』を選択されたのと、僕が得意な『アニメ・ゲーム』を恥ずかしくて選択できなかったからだ。

 少し悔しかったが、勝利を無邪気に喜んでいる羽沢先輩を見てたらどうでもよくなった。

 

 次に、宇田川先輩が偶にやっているとかいう太鼓のゲームもやった。これも対戦形式で遊んだ。

 このゲームもそれなりにやり込んでるけど、流石に難易度を上げることはせずに相手に合わせた。それでも結果として僕が勝ったけど、叩いてるだけで楽しかったようで、「あーあ、負けちゃった。木下くん、上手だね」と言うだけで、笑顔だった。

 

 他にもクレーンゲームとか、いわゆる定番のゲームをいくつか遊んだ。ちなみに、クレーンゲームはなにも取れなかった。僕はクレーンは一切やらないのだ。何回かやってみて、駄目だったね、という感じで適当に切り上げた。

 それでも、アームが景品を掴んで持ち上げることに成功したとき、羽沢先輩が「あ……!」と期待するように声をあげ、あえなく落ちてしまったときに「あ……」と残念そうに呟く様子は賑やかで、いつまでも見ていたい可愛さだった。

 

 そして、最後に遊んだのが……僕が最も熱中してる、あのキーボード風の音ゲーだ。1回店内を回ったとき、置いてあるのを確認しておいた。

 本物のキーボードをやってる羽沢先輩なら興味を持ってくれるのではないかという期待は、見事に的中してくれた。「こういうゲームもあるんだね。面白そう!」と遊ぶ前から喜んでくれた。

 

 最初は僕がプレイし、遊び方を説明した。説明を兼ねてたので、1曲目の難易度は控えめにした。2曲目は難易度がそこそこ高く、それでいてノーミスクリアの経験のある曲を選択。かっこよく決めようとしたけど、気負い過ぎたのか、何度かミスをしてしまった。

 それでも羽沢先輩は「わあ、すごいね!」と小さく手を叩いてくれたので、なんだか嬉しいような、こそばゆいような気持ちになった。

 次に、羽沢先輩がプレイした。バンドのキーボードをやってるくらいだし、初見でも相当上手いだろうと思っていた。ただ、意外にも僕の完全な予想通りとはならなかった。

 

「あ! ……あはは、失敗しちゃった」

 

 曲の途中で画面が切り替わり、淡々と失敗したことをプレイヤーに告げていた。羽沢先輩は苦笑いを浮かべていた。

 僕の予想は、ある程度までは正しかった。初級や中〜上級の難易度のものは、難なくクリアしていた。ところが、最後にもっと上の難易度を試したら、ついていけずに失敗してしまったのだ。ちなみに、僕はクリア済みの奴だった。

 

「……なんか、キーボードと比べて違う所ありました?」

「うーん、楽譜が違うから反応がちょっと遅れちゃったかな。あと、あんな長いグリッサンドも初めてだったから戸惑っちゃった……」

「グリッサンド?」

「あ、ごめんね、それじゃ分からないよね。えっと、長押しでスライドさせる所のことだよ」

 

 ……ああ、そういえば。確かに、僕が長押しでやるやり方とは違う方法でやってた気がする。キーボードでの癖が逆に弊害になることもあるのかもしれない。

 

「でも、面白かったなあ。あの、木下くん。もう1回だけやってみてもいい?」

「え? は、はい、どうぞ……」

「えへへ、ありがとう。よーし、次はちゃんとクリアできるように頑張らないと!」

 

 思っていた以上に、好評ではあったようだ。”課題3”とはかけ離れた結果になったものの、これはこれでいっか、と思うのであった。

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。18時を回り、夕飯が目前となる。そろそろ、解散の時間だった。2人で横に並びながら、モールの出口を目指す。

 

「——それでね、今度ライブをやることになってるんだ。よかったら、見に来てね」

「はい、もちろんです」

 

 雑談に花を咲かせる。今まではバイトの先輩という意識が強かったけど、今日1日だけで随分と羽沢先輩と仲良くなれた気がする。課題の達成に失敗してばかりで色々と空回りが多かったのが心残りだけど、とっても幸せな時間だった。

 

 ……っとと。いけない、いけない、忘れてた。まだ、達成できる可能性のある課題が1つだけ残っているのだ。それは、家まで送ること。この点に関しては、4人の先輩方の間でも意見が一致していた。

 

 自分から言い出すのは結構な勇気が必要なことであったが、デートを通して幾ばくか口が回りやすくなった僕は、自分でもびっくりする程すんなりと口にできた。

 

「あの、羽沢先輩。よかったらですけど、家まで送ります」

「え? あはは、大丈夫だよ。ここから家までそんなに離れてないし、木下くんの家から逆方向だよ?」

 

 痛い所を突かれる。実はこのショッピングモール、普段より1つ手前の駅から歩いた方が近いのだ。現に、今日はそうしている。だから、商店街の方まで歩いていくと遠回りになる。つまりは、逆に羽沢先輩に気遣われてしまっている。

 

「でも、そろそろ暗くなってきますし……」

「もう7月も近いから平気だよ。ふふっ、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね」

 

 なおも粘ってみるが、するりと躱されてしまう。ま、まずい……流石に無理にくっついて送っていくわけにはいかないし。

 もう自動ドアをくぐってしまったし、時間がない。どうにかして納得してもらわないと。そう思い、次の言葉を絞り出そうとする。

 

 ——直後、視界が一瞬だけ真っ白に染まった。

 

「え……」

「っ……!」

 

 なんだ、と疑問に思う暇すらほとんどなかった。数秒後、空が砕けるような轟音が鳴り、鼓膜が八つ裂きにされたかのような衝撃が走る。同時に、腹の底まで響くような空気の震えが体中を突き抜けた。その凄まじさに、微かに恐怖心が湧き起こったくらいだ。

 

 天の怒り、と形容するに相応しい雷だった。雷光から雷鳴までの間隔的に、かなり近いみたいだ。空は黒雲で埋め尽くされ、この時期のこの時間にしては既にかなり暗くなっている。今はまだ平気だが、その内雨も降り出すかもしれない。そして残念なことに、今日は傘を持っていない。

 

「すごかったですね、今の。予報では、特になにも言われてなかったのに」

 

 …………あれ? 羽沢先輩から返事がない。モールを出たばかりだし、さっきまで隣に居た筈だ。おかしいなと思い、横を見る。…………居ない。え、嘘、もしかして帰っちゃった?

 ……と、思ったが、そうではなかった。店内と入り口を繋ぐ、合間の空間。そこに、僕から背を向ける形で立っていた。僕も引き返し、羽沢先輩の後ろに立つ。それでも僕の存在に気づく様子はなく、微動だにしなかった。

 

「あの、羽沢先輩? どうしました?」

 

 声をかけてみる。すると、羽沢先輩の両肩がビクッ、と跳ねた。

 

「——ッ!! ……き、木下くん……!」

「え、あ、えっ……!?」

 

 突然のことだった。羽沢先輩が急に距離を詰めてきたかと思ったら、僕の片腕にしがみ付いてきたのだ。かなり強い力で締め付けられていて、その場から動けなくなる。

 ちょ、これ、ヤバイ……なんか、髪からいい匂いがするし、服が薄めだから体温がしっかり伝わってくる。それに、なにがとは言わないけど、腕に柔らかい感触が押し付けられているのが分かる。女子と密着すること自体初めての経験なのに……羽沢先輩にこんなことされたら理性が……ガリガリ、削れる。心臓はバクバク。体温は急上昇。顔は頭がクラクラしてくるくらい熱い。どうにかなってしまいそうだ。

 

 ……だが、次の一言で僕は少しばかりの平静を取り戻すことになる。煙に混じって消えてしまいそうな程に小さな声が、そっと耳に入ったのだ。

 

「お、お願い木下くん…………い、家まで……っ……送って、ください……」

「え……?」

 

 そこでようやく、僕は羽沢先輩の体が小刻みに震えているのに気づいた。両方の瞳に、大粒の涙を浮かべていることにも。しかも、見るからに顔は真っ青だ。その表情は、狼に怯える子羊のようだった。

 それらの要素から導き出される答えは1つだけ。羽沢先輩は…………雷が苦手に違いない。それも、非常に深刻なレベルで。

 

 最後の課題は達成した。でも、そんなのはどうでもよかった。もう、それどころではないのだということを悟ったのだから。

 

 

 

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