羽沢先輩目当てでバイトするのは不純に違いない   作:Washi

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第9話 仲良きことは残酷かな

 今日、初めて男の子から告白された。場所は商店街の入り口。多分、周囲に他に人はいなかったと思う。相手はお店の常連の男の子。木下くんと同じ、高校1年生の加藤くん。

 

 まさか、私なんかを好きだと言ってくれる男の子がいるなんて思わなかった。それも、あんな正面から突然言われるなんて。まるで、漫画の1場面みたいだった。

 

 最初は、加藤くんの言った言葉の意味が分からなかった。次に、言葉の意味を理解した途端、頭が真っ白になってしまった。現実なのか夢なのかが分からなくなって、無重力の空間をふわふわと浮いているような感覚に襲われた。

 それから更にしばらくして、ようやくこれが紛れもない現実で、男の子に告白されたのだと認めたとき、私の顔は熱湯のように沸騰した。

 

 ……どんな受け答えをしたのかは、全然覚えてない。でも、まともに言葉を紡げなかったのだけは覚えている。恥ずかしくて恥ずかしくて、羞恥心だけで倒れてしまいそうだった。相手の顔を見ることができず、ずっと俯いていたと思う。

 

 結論だけ言ってしまうと、私はその場で返事をすることができなかった。私がなにか言葉らしきものを発する前に、加藤くんが私に電話番号らしき数字が書かれた紙を渡して、こう言ったのだ。返事はいつでもいいから、そのときは連絡してほしい、と。

 それだけ言い残すと、加藤くんは走ってその場から消えてしまった。あの様子だと、きっと私がお返事をするまではお店に来るつもりはないのかもしれない。

 

 ……付き合う、ってどういうことだろう。もちろん、言葉の意味は知ってる。恋人になるということだ。でも、どうすれば恋人になってもいいのかな。その資格は、私にはあるのかな。恋人に、なりたいのかな。

 

 そもそも、恋人になったとして、なにをすればいいんだろう? 遊びに行く? ご飯を食べる? 腕を組む? でも、そういうことはお友達の木下くんとだってしたことがある。

 

 他には…………そ、その……き、キス……する、とか? む、無理……! そんなの、知らない人といきなりはできないよ……! それに、恥ずかしくて死んじゃう……! 

 

 うう、分からない。なにもかもが分からなかった。お受けすべきか、そうでないか。

 こう言っては失礼だけど、私は加藤くんのことはほとんど知らない。どういう性格なのか、なにが好きなのか、普段どういうことをしてるのか。そういうことを、なにも知らない。

 

 でも、相手のことを知らないからって、それだけを理由にお断りしてもいいのかな。なし崩し的に恋人になってから、お互いのことをよく知っていって……みたいなパターンも、漫画で読んだことがある。

 

 一晩中、考えて、考えて、考え続けた。それこそ、頭が痛くなってくるくらい考えてみた。だけど、やっぱり答えは出てこなくて。袋小路に入ってしまったように、なにも思いつかなかった。

 

 きっと、今の私が1人で悩んでも答えは出てこない。そんな気がした。だから、カーテン越しに空が白み始めたのに気づいたとき、一旦考えるのを止めた。代わりに、後で相談してみることにした。

 

 誰に相談しようか。……そう考えたとき、なぜかは分からないけど、真っ先に思い浮かんだのは…………男の子の木下くんの顔だった。

 

 

***

 

 

 羽沢先輩と2人でスイーツの調査を行った翌日。僕が裏口から店に入ると、羽沢先輩にシフトの後に予定はあるかと聞かれた。特にないと答えると、相談に乗ってほしいと言われた。夕飯を奢るから、ファミレスで話を聞いてほしいと。

 もちろん、僕は快諾した。単純に羽沢先輩と一緒に食事に行きたいというのもあったし、なにより先輩の方から僕を頼ってくれたというのが、たまらなく嬉しかった。

 わざわざ場所を店からファミレスに移すということは、結構大事な相談の筈だ。羽沢先輩の力になると決めている僕には、光栄すぎる話だった。

 

 いつものようにしっかりとバイトをこなしつつ、夕方を待つ。気持ちが上向きだったせいか、いつも以上に調子がよかった。要求されているであろう水準を遥かに超えるレベルで、順調に仕事を捌いていった。

 ああ、それと、今日はいよいよ試しにコーヒーも担当してみることとなった。今日の僕に障害などある筈もなく、結果は当然成功。マスターにも、コーヒー担当合格の判定をいただいたのであった。

 

 そして、いよいよ約束の時間となった。羽沢先輩と同時にバイトを上がり、僕たちはファミレスへと移動した。

 大事な相談の前だったからか、単純に疲れているからなのか、移動中の口数は少なかった。羽沢先輩にしては珍しいことではあったけど、このときは特に気にも留めてなかった。

 

 席に着いた後、僕は早速相談はなにかと切り出してみる。ところが、羽沢先輩は「そ、その前に、ご飯食べようよ……! お腹、空いてるよね?」と後回しにされてしまった。

 そんなに話しにくい内容なのか、一旦落ち着いてから話したいのか……どちらかは分からなかったけど、促された通りにご飯を優先することにした。

 ちなみに、今日はオムライスにした。デザートはいらないのかと聞かれたけど、もちろん断った。羽沢先輩は頼んでた。昨日の今日ですごいなと純粋に思った。

 

 ご飯を食べ終えるまでは、他愛もない雑談を楽しんだ。食事を終え、羽沢先輩がデザートをいただき、テーブルに残ったのはドリンクだけとなったころ、いよいよ本題に入るのであった。

 

「えっと、突然ごめんね? 相談を聞いてほしいなんて言っちゃって」

「いえ、全然大丈夫ですよ。それで、どうしたんですか?」

「……そ、その……なんて、言えばいいのかな……」

 

 なんだか、歯切れが悪い。話し出すそぶりを見せたものの、途中で言葉を切ってホットコーヒーのカップに口を付けてしまい、黙りこくってしまう。

 これまでの流れで、深刻な内容であることは明白だ。決して急かさず、僕も注いできたばかりのアイスのカフェラテを飲む。……最近のファミレスのコーヒーも、案外侮れないな。

 

「あ、あのね……!」

 

 僕がカフェラテを楽しんでいると、沈黙を保っていた羽沢先輩が勢いよく面を上げた。僕はコップをテーブルに置き、視線を先輩へと戻す。

 

「実は……昨日、木下くんと別れた後のことなんだけどね……」

 

 ポツリ、ポツリと呟いていく。いつもはっきりとしゃべる羽沢先輩らしからぬ小声だ。それに、なんだか顔を赤らめているように見えるのは気のせいだろうか。

 ……なんか、引っかかる。そんな顔をしてしまうくらい、話すのが恥ずかしいような相談というのは分かる。だけど、その正体までは分からなかった。

 

 ……ただ、後になって思えば、この瞬間に内容を予測できたとしてもまるで意味はなかっただろう。

 

 だって、どうせ僕が示す反応は同じだっただろうから。

 

「あの……偶にいらっしゃる髪の毛が丸刈りの男の子の常連さんがいるでしょ? 加藤くんって言うんだけど……そ、そのね…………っ……昨日、商店街で……告白、されたの……」

 

 …………………………え? 今……なんて?

 

「こく、はく……?」

「う、うん……そう、なの」

 

 確認の為というよりは、その言葉の意味を理解したくないあまり、壊れたラジオのような声でオウム返しをしてしまう。聞き間違えであってほしい。そう、思って。

 しかし……そんな都合のいいことは、起きなかった。羽沢先輩はますます顔を紅潮させながらも、確かに肯定の意を示した。

 ……飲み物を飲んだばかりなのに、喉がカラカラになる。知らぬ間に、手のひらは汗ばんでいた。それでいて……心臓の辺りが、すごく苦しい。吐き気まで込み上げてくる。

 

「私……男の子に告白されたの、初めてで……昨日、一晩中考えてたんだけど……もう、どうすればいいのか分からなくなっちゃって……」

 

 羽沢先輩の声が、遠く感じる。まるで、テレビ越しで声を聞いているかのようだ。言葉は聞こえる。でも、内容は半ばくらいしか頭に入ってこない。

 

 羽沢先輩が別の男子に告白されたのがショックなのではない。焦るような話なのは事実だけど、先輩の容姿や言動を考えればいくらでも起こりうることだった。

 相手のことをどう思っているにせよ、心優しい先輩が返事に苦心するのも無理はないと思う。悩んだ末に他の誰かに相談するのも……まあ、分かる。

 

 …………でも、なんでその相手がよりにもよって僕なんだ。羽沢先輩に想いを寄せている僕には、その選択はあまりにも残酷すぎる。

 だって、そうだろう? 男の僕になんの躊躇もなく、真っ先に相談できるということは……それはつまり…………僕のことを、そういう対象として見てない、って言ってるようなものなのだから。

 

「だから、男の子側の意見が知りたくて…………ねえ、どうしたら……いいのかな……? ごめんね、こんな曖昧な質問で」

 

 少しくらいは前進してたと思ってた。僕も、少しくらいは変わり始めていると思ってた。昨日のこともあったので、そういうことを全く期待していなかったと言われてしまえば、嘘になる。

 でも、実際は……なにもなかったみたいだ。羽沢先輩は僕のことを意識してなかった。僕は僕で、先輩の力になれればそれでいいとか言っておきながら、こんなにも動揺し、思考が停止してしまっている。先輩が真剣に悩んでいるということは分かっているのに。

 

 ……やっぱり、今も昔も不純な気持ちでバイトを続けていたのかもしれない、僕は。

 

「……さあ。そういう経験ないんで、僕だってそんなの分からないですよ」

 

 つい、棘のある言い方をしてしまう。本当は、今すぐにでも話を止めてほしい。心の奥底で、沸々となにかが湧き上がる気配を感じる。先輩が言葉を発する度に、神経がザラリとざわつく。

 早くこの場を離れたい。離れたいのに……相談を引き受けてしまったという最低限の責任感が、尚も僕をこの場に留まらせる。止めてくれ……こんなの、ただの生き地獄だ……。

 

「好きなら付き合えばいいし、そうじゃないなら付き合わなきゃいいんじゃないんですか」

「でも……付き合っている内に好きになるときもあるって聞いたことがあって……お受けすべき基準って、なんなのかなあ、って……」

 

 付き合っている内に好きになるかもしれない。その発言は、僕の心を著しく狂わせる。熱した鉄棒を心のど真ん中に突き刺され、乱暴に掻き回されているかのような痛み。

 

「……そもそも、羽沢先輩はその相手のことを知ってるんですか?」

「ううん、あまり知らないの。注文を取るときとか、注文のものを持って行ったときに少し話したくらいで」

「ほとんど他人じゃないですか。なんで受けるかどうかで悩んでるんですか」

「だからだよ。加藤くんがどういう人か知らないからって、そんな簡単にお断りしちゃうのは……せっかく告白してくれたのに……失礼だよ……」

「じゃあ、好きって言ってくれるんなら誰でもいいんですか?」

「そ、そんなことないよ……! ない、けど……」

 

 語気が、どんどん荒くなっているのを自覚する。……僕は今、なにに苛ついているんだろう。

 

 加藤とやらをすぐに振ろうとしないことに? こんな相談をしてくる羽沢先輩に? あるいは先輩の煮え切らない態度? それとも……僕の気持ちに気づいてくれないことに?

 

 ……いや、なにを考えてるんだ僕。言わなきゃ、気づかないに決まっている。そんなのは、ただの八つ当たりだ。単に、僕がその加藤という奴より勇気がないだけだ。

 それに、先輩が加藤を振ろうが振らなかろうが関係ないじゃないか。だって、今この瞬間にも、先輩の気持ちが一切僕に向いていないと宣言され続けているのだから。

 

「……すいません。僕じゃあんまり役に立てそうにありません。『Afterglow』のみんなにでも聞いてください」

 

 しばらく言葉の応酬が続いたが、いよいよ責任感だけで話を聞いてるのも限界になった。僕は席を立つ。このまま話を続けていたら、本当にどうにかなってしまいそうだった。

 「え……?」と戸惑う様子の羽沢先輩を他所に、「ごちそうさまでした」とだけ告げて、僕は逃げるようにして店を去った。いや……”ように”じゃなくて、完全に逃げたのであった。

 

 ……やってしまった。間違いなく、先輩に向けるような態度じゃなかった。

 

 一旦、頭を冷やそう。それで、次以降は表面上だけでも普通に振る舞えるようにしないと。そう、思うのであった。

 

 

***

 

 

 木下くんが退店する後ろ姿を、私は座ったまま見送ることしかできなかった。本当に、突然の退席だった。それでも、自分で注いだアイスカフェラテが空になっていたのは、木下くんらしかった。

 

 ……怒ってた、よね。多分……だけど。でも、どうしてだろう……。私がなにか悪いことをしちゃったんだと思うけど、それがなんなのかが全然分からない。

 

 私がいつまで経っても結論を出さなかったからかな? でも、いい加減な答えを出していい話じゃないよね。私にとっても、加藤くんにとっても。

 

 昨日、すぐに相談しなかったから? 結果的に私は徹夜で寝不足になっちゃったし、ありえるけど、そもそも寝不足のことは木下くんには言ってないし……。気づかれてる可能性も、ちょっとはあるけど……。

 

 偶々機嫌が悪かった? そういう日ってないわけじゃないけど、少なくとも仕事や食事の間は普通だったと思う。

 

 ……聞きたいことが、曖昧すぎたからかもしれない。やっぱり、もっとちゃんと聞きたいことを整理した方がよかったのかも。

 

 ……あれ? だけど、どんな答えを聞きたくて、木下くんに相談したんだろう? なんで、最初の相談相手に木下くんを選んだんだろう? ……そう、男の子の側の意見が知りたいんだった。でも、なんで? 私の方から男の子に告白するとかなら分かるけど、男の子から告白された私が男の子の側の視点を得ることに、どんな意味があるの?

 ……なんだか頭がこんがらがって、自分でもなにが分からないのかが分からなくなってきた。もしかしたら寝不足のせいで、今朝から頭が回らなくなってたのかも。

 

 ……だから、木下くんは怒ってたのかな。木下くんからしてみれば、なんでそんなことを聞くんだろうって感じだったのかも。だとしたら、申し訳ないことをしちゃったな……。

 

「……明日、みんなにも聞いてみようかな」

 

 よくよく考えれば、同じ女の子のみんなに相談してみるのが先だった気がする。なのに、最初に木下くんを頼ってしまったのは……相当混乱してたのかな、私。

 

 今度、ちゃんと木下くんに謝らないと。そう思いつつ、私はカップに残っていたコーヒーを飲み干すのであった。

 

 

 翌日の午前10時。バンドの練習の為に『CiRCLE』に集まった私たちは、各々の楽器の調整を進めている。この練習の後、相談をするつもりだ。それまでは、ちゃんと集中しないと。

 そう思っていたところ、リーダーのひまりちゃんが突然「みんな、ちょっと聞いてー!」と集合をかけた。どうしたんだろう?

 

「なに、ひまり?」

「んっふっふーん。実は今日、重大な発表がありまーす!」

 

 お日様のような笑顔で両手でガッツポーズを取るひまりちゃん。とってもいい知らせであることが、聞かなくても分かっちゃうくらいの笑顔だった。

 

「あ〜、もしかして〜、20キロ痩せた〜?」

「違うよ!? というか、いくらなんでも20キロも痩せたら大変だよ!? モカの中で私の体重はどうなってるの!?」

「あー、こらこら、モカ。話が進まなくなるから、まだ余計なことを言うなって」

「まだ!? もっと強く止めてよ!?」

「まあ、まあ……落ち着いて、ひまりちゃん。練習時間なくなっちゃうよ?」

 

 間に入って、話が脱線しそうになっていたのを引き留める。蘭ちゃんが「それで、話って?」と改めて問うと、ひまりちゃんがいよいよ話を切り出した。

 

「なんと! 私たち『Afterglow』は、9月に開催の『ガールズ☆スーパーフェス』に招待されることになりましたー!」

「え、待って……それって、渋谷ら辺の大きな公園でやる、ガールズバンド専門の野外フェスのことじゃ……?」

「そう、それ! それに招待されちゃったんだよー!」

 

 半信半疑の様子で聞いた蘭ちゃんに、ひまりちゃんは嘘じゃないと力強く頷いた。巴ちゃんとモカちゃんも目を丸くしている。それだけ、『ガールズ☆スーパーフェス』はすごいイベントなのだ。流石に武道館とかには敵わないけど、ガールズバンドが憧れとするイベントの1つなのは間違いない。

 

 そんな大きなイベントに、私たちが招待された。それはもう、この場で飛び上がってもおかしくないくらい、とびきりに嬉しいお知らせだった。

 

「私たちが、『ガルスパ』に……!」

「いよっしゃあ! あの『ガルスパ』でライブできるなんて……! くぅ、燃えてきたー!」

「やった。やったね、みんな……!」

 

 もちろん、私だってすごく、ものすごく嬉しい……! 一時的に告白のことや相談のことが頭から抜け落ちてしまうくらい、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

 中学のときに結成してからずっと続けてきたバンド活動。去年は多くの困難に見舞われたけど、それを乗り越えたことで大きく成長できた私たち。その芽が、ついに出てきた瞬間だった。

 

「せっかくだし〜、らーん、新曲行っちゃう〜?」

「……そうだね。それも、いいかも」

 

 新曲……! 時間が潤沢にあるとは言えないけど、調子がいいときの蘭ちゃんは驚くくらい早く仕上げてくる。きっと練習は大変だけど、絶対に間に合わせよう。よーし! 頑張らないと!

 

「じゃあみんなー! えい、えい、おー!」

 

 ”いつも通り”ひまりちゃんの掛け声に無言で応えた私たちは、今までで最高潮のモチベーションで練習に臨むのあった。その出来は、言うまでもないと思う。

 

 

 練習後、ファミレスにて遅めのお昼を食べる私たち。昨日、木下くんに相談をしたのとは違う、イタリアンがメインのお店だ。

 そこで改めて、私は相談をみんなに持ちかけてみた。加藤くんという男の子に、告白されたと。

 

「え、ほんとほんと!? やったじゃん、つぐ〜! …………ん? 加藤君?」

「う、うん。ひまりちゃんも、見かけたことはあると思うよ」

 

 ひまりちゃんの問いかけに、私は今も熱い顔を俯かせながら答える。何回かは、ひまりちゃんがお店にいるときに加藤くんもお店にいたことはあったのだ。流石に、ひまりちゃんは覚えてないと思うけど。

 

「そうじゃなくて〜! その告白された男子って、本当に加藤君なの!?」

「そうだけど……ひまりちゃんって、加藤くんとお友達なの?」

「違う! そういうことでもなくて〜!」

 

 ひまりちゃんが頭を抱えてる。要領を得ず、最初はひまりちゃんの勢いに押されていた私も首を傾げてしまう。

 

「あー、まあ、ひまりのことは置いておいてだな……つぐ、結局なんて答えようって思ってるんだ? 付き合うつもりなのか?」

「えっと……それが分からなくて……」

「そもそも、つぐみはその加藤のことが好きなの?」

「それも、分からなくて……」

 

 巴ちゃんと蘭ちゃんの質問に、私は言葉を詰まらせる。それこそが、みんなに相談したいことなのだ。

 

「実は昨日ね、木下くんにも相談してみたんだ。でも、ちゃんと答えは出なくて……」

「……え? つぐ……ゆー君に相談したのー?」

 

 ずっと沈黙を保っていたモカちゃんが、急に真剣な面持ちで聞いてきた。心なしか、言葉の間延びもいつもより少ない。

 ……ううん、モカちゃんだけじゃなかった。なぜだか分からないけど、他のみんなも一様に驚いているように見えた。

 

「うん、相談したよ? でも、私の聞き方がよくなかったみたいで、少し怒らせちゃったの……今度謝らなくちゃ、って思ってるんだけど……」

「……少しじゃないと思うけどなー」

 

 消え入るような小声で呟かれたモカちゃんの返事は、残念ながら聞き取れなかった。

 

「ま、待って待って……! つぐは加藤君に告白されて、それを木下君に相談して……え? えっ!?」

「ひまり、落ち着いて。そのことだけは言っちゃダメだから」

「ああ。それはアイツの問題だ」

 

 ……なんだろう? 木下くんに相談した、と言った辺りから、みんなの雰囲気が変わった気がする。なんていうか……こう、困惑? してるように見える。

 

「……つぐはー、なんでゆー君に最初に相談したのー?」

「……実は、それも分からないんだ。ただ、相談しようって決めたときに真っ先に思い浮かんだのが木下くんだったの」

「うーん? ……これは、どっちだろうー」

 

 モカちゃんが、むむむーって感じの難しい顔をしてる。モカちゃん、国語が得意だし、私には見えてない部分が見えてるのかも。できれば、それを教えてほしいけど、悩んでるってことは、まだ聞かない方がいいのかな。

 

 そう思っていたら、今度は蘭ちゃんが腕を組みながら答えてくれた。

 

「……つぐみ。私はつぐみじゃないから、つぐみの気持ちは分からないけど……ちゃんと、本心から出せた答えだって言えるまで、考え抜いた方がいいと思う。じゃないと……後悔すると思う。まだつぐみ自身が気づいてないかもしれないことも含めて……つぐみが1人で考えないといけないことだと思う。どれだけ、大変でも」

「……うん」

 

 蘭ちゃんもまた、私が知らないなにかを見抜いてるみたい。でも、自分で気づかないと意味がないと言われてしまった。長い時間をかけて華道と向き合った、蘭ちゃんらしいアドバイスだと思った。ちゃんと、心に留めておかないと。

 

 ……だけど、なにを見落としてるのかな、私。みんなと一緒にいる間、ずっと頭の片隅で考えてみたけど、なにも思い浮かばなかった。

 モヤモヤとした思いを抱えたまま、解散となってしまうのであった。

 

 

 みんなと別れた後、私は真っ直ぐに帰宅した。今日は、15時からシフトの時間だ。今は14時半くらいだから、少し休んだら着替えないと。

 そう思い、待機所を通ろうとしたときだった。テーブルに、あるものが置いてあるのに気づいた。

 

「……あれ? これって……スマホ?」

 

 黒色のスマホだった。見覚えがある。多分、木下くんのスマホだ。一応手に持って背面とかを確認してみるけど、間違いないと思う。一昨日、近くで操作しているのを何回か見てたから背面のデザインはよく覚えてる。

 

 たしか……今日の木下君のシフトは14時までだった筈。ということは、もう上がってるということだよね。つまり……忘れて行っちゃったのかもしれない。

 

 どうしよう……気づいて、戻ってくるかな? それとも、届けた方がいい? まだそんなには離れてないと思うけど、流石に届けに行けるほどの時間はないと思うし、もし既に電車に乗ってたら、どうしようもない。

 

 うーん……こっちで預かっておいて、しばらく待っても取りに戻ってこなさそうだったら、木下くんの自宅に電話してみようかな。

 そう思い、そのスマホを貴重品用の金庫に仕舞っておこうとした。

 

 ——まさに、そのときだった。チャットツールによる通知が起動し、木下くんのスマホの画面が点灯したのは。

 

 ……もし、この通知に気づかなければ。そうでなくともせめて、画面に目をやらなかったら。後に、そう後悔することになるも……それこそ、後の祭りだった。

 

 光った画面に自然と視線が釣られてしまう。そして……ひまりちゃんのアカウント名が送信主の、チャットの通知によるメッセージの一部が目に入ってしまった。

 

『ねえ、つぐが別の男子に告白されちゃったんでしょ!? こうなったら、木下君もつぐに好きって言うしかないよ! 早くしないと、OKされちゃう…………』

 

「…………ぇ」

 

 息を呑む。後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。

 

 …………え? これ……どういう……? え、えっと……つまり……その…………え? ま、待って、落ち着いて考えないと…………でも、落ち着かないとって思えば思うほど頭がこんがらがっちゃう……。

 

 ……好き? 木下くんが……? そ、その…………私を? で、でも、今までそんな素振り……一昨日だって、そんな風には……。で、でも……いつから? 1ヶ月前? 2ヶ月前? それとも……まさか、最初から……とか? ううん、だけど、そんなことって……。

 

 ……っ!? も、もしかして、蘭ちゃんたちが困ってたのって……!? そ、そっか……知ってたんだ…………じゃないと、こんなメッセージなんて送らないよね。

 

 それじゃあ……それじゃあ……このメッセージが本当なら……私が昨日、木下くんにしたことって……!

 

「っ……ぅ……!」

 

 急に気持ち悪くなり、口を空いた手のひらで覆う。スマホを持つ手が、これ以上ないくらいに震えている。呼吸をするのが苦しくて、自然と息が荒くなる。

 

 自分がなにをしでかしてしまったのか……ようやく気づいた。なんで、木下くんが怒っていたのかも。

 ……なんて酷いことをしてしまったのだろう。私の言葉が、どれだけ木下くんを傷つけてしまったのか想像もつかない。きっと、謝罪なんかでは全くもって足りないくらいとても深い。

 

 月のように大きく、途方もない罪悪感に押し潰されそうになる……そんなときだった。

 

「——羽沢先輩?」

「っ!?」

 

 背後からの何気ない呼び声。普段であれば、ただの挨拶のような調子の声。だけど、今の私にはそれが死神の声にすら聞こえた。

 壊れた機械のようなぎこちない動きで、後ろを向く。

 

「き、木下くん……」

「すいません、スマホを忘れてしまいまして。どこかで見ませんでした?」

「ぁ……その……」

「あ、それです。羽沢先輩が今持ってる奴です。先輩が見つけてくれたんですか?」

 

 シラを切る暇すらなく、木下くんはそれを見つけてしまった。爆弾が表示されたままの、それを。咄嗟に電源ボタンを押して画面を消そうと思ったけど、私のと機種が違って、すぐにはボタンの位置を探れなかった。

 

「ぁ……!」

 

 その一瞬の隙に、木下くんは私の手からスマホを取ってしまった。木下くんの持ち物である以上、強引に保持することなんてできない。そんな思いがあって、あっさりと受け渡しを許してしまった。

 

 木下くんの視線が、画面へと落ちる。もう間もなく、通知の存在に気づくだろう。

 

 駄目……今、それを読んじゃ駄目……そう祈っても、止まってくれない。止まってくれる筈がない。だって、この状況で読まない方がむしろ不自然なんだから。

 

 そして、そのときが来てしまった。

 

「っ……!?」

 

 ……木下くんの目が、大きく見開いた。それをどうすることもできず、私は呆然と立ち尽くすだけだった。

 

 ……1秒……2秒……と沈黙が続く。その沈黙が、怖かった。雷なんかよりも、ずっとずっと怖かった。胃が痛い。まるで、ドラマの裁判の判決の場面かのよう。永遠に続くのではと錯覚するほどの苦しみの中、私は服の裾を握りながら判決を待った。

 

 ……しばらくして、木下くんが井戸の底のように暗く、冷たい瞳をこちらに向けたとき、私は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。

 

 

 

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