魔法少女リリカルなのは外伝 リトルウイング 作:紅乃 晴@小説アカ
新暦0071年。
上空4500メートル。
雲すら眼下に見下ろせる青空の中を、高町なのはは飛行用の魔力フィンを羽ばたかせながら飛んでいた。
彼女の身はレイジングハートのバリアジャケットに覆われている。そのジャケットは、高度な魔法技術が集約されたものだ。
4500メートルという過酷な高高度にいるにも関わらず、彼女の意識や身体気管、感覚は気圧や外的要素を一才受けていない。すべては、彼女を守るバリアジャケットが防いでくれていた。
そして、下から同じように雲を突き抜けて上昇してきたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンにも同じことが言える。吸い込まれそうな空を見上げ、なのはは、息を付く。
フェイトの背後で黄色のまばゆい魔力光が瞬いた。
負けじとこちらも周囲に桜色の魔力光弾を展開する。
距離があるからか、フェイトの声は聞こえないものの、彼女が後で戯れさせていた黄色の魔力光弾が一斉に弾き出された。
「アクセルシューター!シュート!」
桜色と黄色の閃光が交差する。
彼女たちはまさに戦闘状態だった。
「なのはちゃん、爆炎に紛れて右側からくるで。旋回して!」
模擬戦闘をモニタリングできる司令室から発せられた通信を受けて、「了解」と答えたなのはは、右へと大きく旋回する。
誰もが注視するモニターでは、光が散りばめられて、弾けては消える。
通信の内容通り、爆炎を切り裂いて、フェイトがさらに上空へと登っていくのが見えた。
八神はやては、慣れないインカムを支えながら、戦況の行方をイメージしていた。
レイジングハートから刻々と送られてくるアラートの嵐。フェイトと戦うときの、なのはの愛機はいつも忙しない。途端、サイズフォームだったフェイトの愛機、バルデイッシュが巨大な光剣と化す。
「フェイトちゃんから高魔力反応!!2時の方向から死角を突いてくるから気をつけて!」
険しいはやての声が司令室に響く。
二人の模擬戦闘が開始して、すでに三十分が経っていた。
なのはもフェイトも、お互いに疲労と疲弊を感じている。二人が大技を決める機会を伺っているのは、すぐにわかった。
フェイトに習うように、なのははレイジングハートを構えた。先程ぶつりかりあった魔力光弾の残留魔力素が渦巻きだす。
「行くよぉ!フェイトちゃん!」
収束魔法がかき集めた魔力をさらに高め、圧縮してゆく。
「ちょぉ!!収束魔法は無しやで!!二人とも!!」
それを見たはやてがインカム越しに叫んだが、最高潮に達した戦いの熱は冷めようがなかった。
相対するように、晴天だったはずの空に雷が轟く。フェイトの準備も万端だ。
互いが認めあった最高の魔法で戦う。
「はぁぁぁあ!!疾風迅雷!!」
フェイトが一閃を煌めかせ、雷が空をかける。
「スターライト!ブレイカー!!」
収束が極致に達したと同時に、なのはも閃光を弾き出す。
ほとばしる雷と閃光がぶつかり合い、司令室のモニターは真っ白になった。
****
新暦0070年以降。
闇の書事件以降からの数々の痛手を経た管理局は、本格的な魔導師育成に力を入れるようになった。
しかし、魔導師の育成には広大な練習場と莫大な費用が発生する。推進する教育の導入はあまりにも低速だった。
戦術シュミレーション用のオブジェクトや訓練施設が不足する中で、いち早く開発されたのが擬似的な痛覚を装着者に体験されるデバイスだった。
骨折や打撲といった痛覚を装着者に体験させることにより、より実践に近い訓練を行うことができる。
なのは達が大空で戦っていたのは、そのデバイスのテストのためだった。
オブジェクトや訓練施設が必要とならない高高度での模擬戦は、結局のところ引き分けで終わることになった。
「二人ともやりすぎだよぉもう」
はやてと同じく、司令室で擬似的な痛覚機能を計測していた技術部顧問、マリエル・アデンザは、モニターに表示されている結果を見て頭を抱えた。
「すいません、マリーさん。私が最初に収束魔法は禁止と言っていれば」
インカムを外したはやてが、頭を下げるが、マリーは仕方ないと肩を落とした。
はやては今回は模擬戦に参加せずに、なのはの「オペレーター」として模擬戦に参加していた。フェイトのオペレーターには、シャリオとアルフが付いている。
オペレーターの導入も本格的な魔法戦術の中で考案されたものだ。魔導師の資質とデバイスの能力に頼った索敵だけではなく、現場にいる部隊の第3の目として機能するのがオペレーターだ。
オペレーターが機能することによって、魔導師にとっての情報量は格段に向上する。その有効性を示すために、空間掃討能力に長けたはやては、オペレーターを務めていたのだった。
そして一連のテスト。
結果を一言で言い表すならば、大成功。
二人の肉体には擬似的な痛覚の反応がモニタリングできた。
擬似的な痛覚というのは、適度なダメージと均等になるように設定されるものであり、人体に致命的なダメージが生じると、それに伴って擬似痛覚も発生する。
しかし、あまりにも強い擬似痛覚はら使用者の精神に恐怖や不安などの悪影響を及ぼすことになるため、痛覚の上限にリミッターが設けられている。
二人の戦いは、そのリミッターを軽々と越えたのだ。
そこから先は計測できず、マリエルは想定外な結果に頭を抱え、模擬戦は終了したのだった。
「まさか、上限を軽く越えちゃうなんてなぁ。あの二人らしいと言えば、あの二人らしいけど」
マリエルが計測したデータを眺めがら、はやては呆れたように言った。
しかし、文句を言おうと結果は結果だ。
多忙な二人にお願いしたテストではあったが、また後日に検証し直す必要があるだろう。
もちろん、「常識の範囲内で戦闘を行うこと」と釘を刺してだが。
「で、どうでした?二人の模擬戦は」
マリエルとはやては振り替える。そこには、腕を組んだまま真っ直ぐな眼差しで模擬戦の一部始終を写したモニターを見つめる女性が居た。
服装は群青色の管理局指定の制服だったが、彼女は現場で指揮を執ったり、誰かの上司というわけではない。どちらかというと、「教育」する立場の人間だった。
彼女はふむと考えるように唸ってから、二人へ一礼を返した。
「ありがとう、大変興味深いものが見れました」
「いえいえ、貴方とは旧友の仲ですから。これぐらいの事はさせて下さい」
「そうですよ。気にせんといて下さい」
三人は旧知の仲だ。
マリエルは同僚として、はやては過去に師事を受けた立場として、彼女の素性や、考えていることを二人は承知しているし、マリエルにとっては、お互いに悲しみを分かち合った仲だ。
彼女が「二人」の魔導師としての純度、資質を知りたがったので、マリエルはこの模擬戦に彼女を招待していた。
「ふふっ、これは確かに〝魅力的な素材〟ではありますね」
そう言う彼女の目は何かに満ち溢れていた。
まるでごちそうを目の前にする子供のような無邪気さと、倫理を兼ね備えた大人らしさが混在するような瞳。
はやては知らないだろうが、マリエルは彼女が起こす行動を何となく理解していた。
モニターでフェイトと楽しそうに話すなのは、そして隣で首を傾げるはやて達の先を案じて、マリエルは心の中で合掌するのだった。
****
「訓練教導隊?」
模擬戦後、なのはとフェイト、はやての三人は、マリエルの元でデータ解析を終えて本局へ戻ってきていた。
そこで彼女たちを待ち受けていたのが、本局勤務となったクロノ・ハラオウンとレティ・ロウラン提督だった。
「そうだ。三人には半年ほどそのプロジェクトに参加してほしいんだ」
執務室へ案内された二人は、クロノから告げられたことに困惑していた。
訓練教導とは言え、なのはは魔導師として次元航行部隊として働いているし、はやては人事部での業務、フェイトも執務官としての業務に追われている。そんな中でこのプロジェクトは、三人に訓練生に戻れと言っているのだ。
「けれど、残念ながら、このプロジェクトは管理局としての正式な辞令なの」
戸惑うなのは達を察してか、今度はレティがそう話す。
「魔導師としての能力をちゃんと育成するために、今の管理局は教育現場に力を入れているの。莫大な投資と時間をかけてね」
その事は、三人とも深く承知していた。
訓練学校の充実化や、訓練施設の強化や改善が今の管理局では急ピッチで進められている。先の擬似的痛覚デバイスのテストも、オペレーター制の導入も、その動きの一環だった。
「けれど、今の教育現場に必要なのは、資金や施設だけじゃない。もっと大事なことが欠けているんだ」
クロノは眼前に展開される光学モニターを指先で操る。
なのはたちに見えるように展開された資料には現在の管理局が抱える教育現場の資料だ。そこには訓練に励む管理局の訓練魔導師が写っている。
しかし、それはなんとも、なのはたちから見たら「物足りなさ」を感じさせるものだった。
「いくら資金や施設を充実させても、教育の〝質〟が悪ければなんの意味も無いんだ」
クロノは、三人が感じた「物足りなさ」の核心を突いた。
「教育する側も、教育を受ける側も、修練する、訓練するということが、いまいち把握できてないのよ」
レティは現状の管理局が直面していた教育の限界を憂いた。
おぼろげにしか見えていない教育方針では、いくら魔導師を訓練したとしてもそのポテンシャルを全て引き出すなど、到底無理な話だ。必要なのは、魔導師の質を高めるもっと別のものだ。
「君たちは、独自の学習と訓練でジュエルシードを、そして闇の書と戦えるほどの能力を開花させた。その実戦経験を活かして欲しいんだ」
そのための「訓練教導隊」だ。
優れた技術を持つ魔導師を訓練生として招き、実戦に役立つ訓練カリキュラムとノウハウを養うプロジェクト。そこで抜擢されたのが「高町なのは」と「フェイト・T・ハラオウン」、「八神はやて」だった。
「今受け持ってる仕事は他の者が引き継ぐ手はずになっている。なのはの仕事はヴィータが。はやての仕事はレティ提督が。フェイトの仕事はボクが引き継ぐ。三人は半年ほどプロジェクトに参加してもらってから、また現場に復帰してもらう」
それに、とクロノは少し困ったように頭をかいた。
「君たちは独学で魔導師となっている。それを良しとしない者たちにも示しを付けるいい機会だともボクは思ってるんだ」
管理局に所属する魔導師の大半が訓練学校での修練過程を卒業して、魔導師となっている。
クロノもエイミィも例外じゃない。その者たちの中に、独学で魔導師となったなのはたちを気に入らない者がいるのも事実だった。
「半年間、自分を鍛え直す機会だと思って挑んでほしいの。それに君たちを教導する者もかなりの〝キレ者〟なのだし」
レティの言葉のすぐ後に、まるで図ったかのように執務室の扉が開いた。
「あら、レティさん。その言い方は少し酷いですね」
真珠色の髪の毛を揺らし、部屋に入ってきた女性は、ころころと鈴を鳴らすように笑った。
群青色の管理局指定の制服。
その胸元には教導官であることを示すバッチが輝いていた。
「キレ者というのは間違いでは無いでしょう?」
負けじとレティもそう返す。
それもそうだった。
提督の椅子に、すぐにでも座れる程の実力を持ちながら現場にこだわり、あげくの果てには訓練学校での教導官になるような魔導師なのだから。
まぁ、その方が彼女らしいともレティには思えた。
「お久しぶりですね」
その言葉になのは達は、しゃんと背筋を伸ばした。
「あなたたちの担当教導官を務める、ファーン・コラードです。よろしく」
大空を舞う三人の小さな魔導師。
彼女達を見ていると、あの冬の空の記憶が、ふとファーンの中に過った。
あの日を超え、そして魔導師として戻ってきたなのはがどれほど成長し、そしてどれほどの魔導師になるか、ファーンの胸の中には静かにそんな期待が膨らむのだった。