魔法少女リリカルなのは外伝 リトルウイング 作:紅乃 晴@小説アカ
気がつくと、自分の周りは炎によって形作られた地獄だった。
歴史的な風格を持っていた建物の全てが炎に包まれ、それを支える柱には、まるで蛇のように火が渦巻いて立ち上っていた。
はるか上に、焼け爛れ朽ちた階段が見える。
そうだ。自分は、あそこから落ちたのだ。朧げな意識の中、階段を下りていたところから記憶が抜け落ちている。
呆然とそれを見上げながら、そんなことを考えていた。
体を起こそうとしてみたが、床に体がめり込んでいてうまく動けない。そして全身に想像絶する痛みがあった。痛みで意識が遠退くどころか、逆にハッキリとしていく。強烈な力で押し潰されそうだった。
這うように体を逃すと、今度は口が鉄の臭いと生臭さで充満していて、耐えられず何度か咳き込んだ。
口の中にある不快感を吐き出すと、燃える炎に負けないほどの鮮血が目の前で床に叩きつけられる。
何が起こっているのか、まったくわからなかった。当然、この非日常に放り込まれたような感覚だった。
記憶にあるのは、眠っていたところに今まで見たことがない表情をした両親が入ってきては、自分を抱えて部屋から出たところまでだ。
階段を飛ぶような速度で駆け降りようとしたところでその記憶は完全に途絶えている。
血で濡れた床から顔をあげると、目の前には炎によって崩れ落ちた瓦礫があった。
よく家の中で見ていた肖像画や、置物や、壁の柄が乱雑に折り重なって、瓦礫と化して炎に包まれている。
その中に、両親がいた。
見るも、無惨な姿で。
それは自分の知る人の死に方ではなかった。姿形は、まともな物ではなく、自分が吐き出した血も思い出せなくなるほど、その姿は悲劇的なものだった。
「かぁ…さま…父…さま」
血が喉に絡み付いて声が出なかった。
全身を駆け巡る痛みは、それだけで自分に残された気力と体力を削り取っていく。
それでも、手を伸ばした。
炎に飲まれていく両親へ。
そんな光景を遮るように影が真上から降ってきた。
降りてきた衝撃で木製の床が轟き、木片を吹き上げて砕ける。
その影を見上げた。
全身が人間の物とは思えない形をしていた。
炎に照らされて見えるそれは、昔見た絵本の中に登場した「騎士」が着る純白の甲冑のようにも見えた。
剣と盾を携えて、その影は自分を見下ろしていた。
あなたは、誰だ。
そんな疑問も、せりあがってきた痛みと嘔吐感によって遮られる。
再び血を辺りに撒き散らして、ついに意識を手放した。
////
冷や水を被せられて、サガミ・バルディオの意識は微睡みから引き戻された。
「生きてるかー?バルディオ訓練生。生きているなら、さっさと起きろ」
顔に残った水を手で拭うと、バケツを携えた訓練教官が、サガミを見下ろしている。彼は訓練服のまま、地面に大の字となって寝っ転がっていた。
教官の手を借りて起き上がる。
バケツいっぱいの冷や水を被せられて起きるなんて、古典的な起こし方なのだろうかと思うが、この目覚め方は一度や二度目ではない。
何事もなかったかのように去っていく教官の後ろ姿を眺めながら、「またか」とサガミは苛立った声で喘いだ。
教官に向けてではない。自分に向かって。
「くそ、またあの夢か…なんだっていうんだよ。全く…」
訓練中に意識を失うたびに見る夢。
炎の中で始まるその夢には、非力な自分と、それを見下ろす騎士が出る。そんな記憶など無いというのに、夢で見た炎の熱さや痛みは鮮明に伝わってくる。
ふと、自分の足元に、カード状態となった訓練用デバイスが落ちていた。拾い上げて、展開する意識を向けてみたが、訓練用のデバイスは何の反応もない。
完全に機能が壊れている。
「これで、26機目か」
サガミは諦めたように肩を落として、壊れたデバイスを懐へ仕舞った。
サガミ・バルディオ。
彼は、管理局へ入局した訓練魔導師だった。魔力適性もあり、ランクはAA。期待の新人として訓練施設に入ったわけだが、彼には大きな欠点があった。
彼が扱ったデバイスは、特性や形式を選ばずに、全てが短期間で故障するのだ。
これがデバイスの不具合と言えれば良かったが、訓練し始めて3カ月が経過した今でも、デバイスは破損し続けている。
原因は不明。
技術部が言うには、破損箇所が普段なら考えられない箇所であるという事しか分かっていない。
いくら安価な訓練用とは言え、デバイスはデバイス。破損するだけで大きな痛手になる。しかも責任を取らされるのは教官といった具合で、サガミは教導官たちから軒並みに腫れ物扱いされていた。
そんな中で自分に付けられたのは「落ちこぼれ」の烙印だ。辺りを見渡せば、自分を影から笑うものたちの視線で溢れている。
先程、冷や水を被せた教官も、サガミというジョーカーせいで、訓練部隊をたらい回しにされた結果、運悪く引き当ててしまった内の一人だ。
「…嫌味を漏らすなら、もっとマシな方法もあるだろうに。まったく」
自分の能力不足が原因とは言え、文句の一つでも言いたい気分だった。
サガミと同じタイミングで入局した訓練生は、全員がバディ(2組1小隊)の相手を見つけて、コンビネーションや空戦訓練に励んでいるというのにーー。
自分は未だに空を飛ぶことすら覚束ない。
団体訓練の足並みを見出すものは、どこであっても煙たがられるものだ。
サガミは早々に打ち砕かれたイメージを捨て去って、現実的に管理局を見ていた。
そして、彼が訓練部隊をたらい回しにされる理由はもう一つあった。
////
話にならない。
全くもって話にならない。
退屈で、為にならなくて、無意味。
ミッドチルダは古来より、魔法技術を苗床として進歩してきた世界だ。
故に技術の進歩に貢献した者や魔導師は相応の役職や地位を持つ。
管理局の戸口を叩いたばかりであるメリー・ダグマイアも、ミッドチルダで多くある魔導師名家の出身だった。
歴代の当主は優秀な魔導師や魔法技術者ばかりで、その誰もが歴史や時代に名を残している。
故に話にならなかったのだ。
家を出て、管理局に属した彼女は、目の前に転がる同学年の訓練魔導師たちに心底うんざりしていた。
メリーは、幼い頃からダグマイア家お抱えの魔導師によって、厳しい訓練を受け、ダグマイア流の魔法技術の修練に励んできた身だ。基本的な魔法技術はすでに身についてる。
しかし、訓練相手は素人も同然。
戦っているというのに回避しない、身を隠さない、理論的な戦術もなく立っているだけの相手を何人模擬戦したところで、得られるものは何もなかった。
しかし、規律だ、ルールだ、集団訓練だと歌って、管理局の教官たちはメリーの不満に耳を貸そうとしなかった。
出る杭は打たれる、というより、無視されているに等しい。
故に、メリーは最近では教官の指示や、訓練カリキュラムに従わなくなっていた。つまらないというよりも、無意味だと思ってしまったからだ。自分より劣る相手と足並みを揃えたところで、成長も栄光を掴むこともない。そう信じてしまっている。
メリーは訓練用のデバイスを待機状態にして、一人で訓練施設を後にした。出口に差し掛かったところで、いつもここで待っているはずの「付き人」を探す。
「サガミ。今日の訓練も実に無意味なものだったわ」
彼女、メリー・ダグマイアが、サガミ・バルディオと共に訓練部隊をたらい回しにされる大きな原因だった。
上司の指示を聞かずに、独断で訓練カリキュラムをサボったり、姿を消したりすればどうなるか?当然、叱責や謹慎。最悪、除隊処分を受けることになってもおかしくない。
しかし、メリーはミッドチルダでも名のある魔導師名家の娘。それに口だけではなく技術も持っている。そんな彼女と、ダグマイア家の付き人であるサガミを、体裁や威厳にこだわる管理局が無下にするわけもいかず。
結果、二人は訓練部隊をたらい回しにされることになったのだ。
サガミは思う。ここも、もうダメなのだろうと。魔力適性があったから、メリーと共に管理局へ所属したが、うまくいかないものだ。
さて、次はどこへ飛ばされることやら。
なん度も繰り返した問いに、サガミはうんざりする。
サガミは苛立ったまま宿舎に歩いて行くメリーについて行くことしか考えないようにするだけだった。
////
「以上が、サガミ・バルディオ訓練生と、メリー・ダグマイア訓練生の現状となります」
一通りの資料と説明を受けたファーンは、二人の担当教導官に一礼して、部屋を後にした。
メリー・ダグマイアは教官の言うことを聞かない問題児。サガミ・バルディオは不具合がある落ちこぼれだった。
二人を教導した顔見知りの魔導師たちは、全員が揃ってそう言った。
人を教える身である彼らが言った言葉を、本来なら咎めなければならないだろうが、ファーンは事前に目を通した資料を思い出しては、彼らが何故二人を「問題児」と言うのかを真剣に考えることにした。
資料を見る限りでも、たしかにメリー・ダグマイアは自身の実力を過信した側面を持ち、サガミ・バルディオの成績は酷いものだった。
魔法実地訓練での成績は最下位。
素質的な才能に左右されない基礎魔力テストも酷いものだ。
いや、ひどいと言うのもおかしい。
彼はそもそも、魔導師を志す上で決定的に欠落しているものがあった。
サガミが扱うデバイス、その全てがことごとく自爆、または暴発しているのだ。どんな種類、どんな機能、どんな性能をもったデバイスでも等しくだ。
教導する誰もが首を傾げた。
過剰な魔法酷使による自滅や暴発は考えられるが、訓練用、それも訓練を開始して早ければ数分で彼が握ったデバイスは壊れたのだ。
訓練用デバイスを点検する技師が調べた結果、魔法を行使するためにある変換器や、魔力を充填するタービンが破損していると言う話だ。本来なら壊れることのない最も強固な部品が、使用してものの数分で完全に破壊されるなど、あり得ないことだった。
故に二人は問題児の烙印を押された。
メリーは自分の実力に付いてこれない相手に不満を抱き、サガミは不安定すぎる魔力量による不具合と判断され、訓練部隊を追い出されている。
ファーンは満足そうに微笑みながら通路を歩む。面白そうだ。この二人を、自分の部隊へ入ってくる三人の魔導師とぶつけたらどうなるか。
出る杭と出る杭を組み合わせた時に何が起こるか。
まだ誰もなしたことのない教導仕事に、ファーンは久々に熱い何かを感じるのだった。