立派な教師になる為に   作:撥黒 灯

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What's your name? 【Ⅴ】

 

 

「よし、メシ行こうぜ!」

 

 

 世界が揺れるような錯覚から立ち返り、視界が異世界のものから現実のものへと切り替わったことを、朧気ながらに把握してきたところを、一気に引き上げられる。

 渚は気が付くと、竜司に肩を組まれていた。

 

 

「あ、え……?」

 

「メシだよメシ。腹減ってんだろ? 今日すんげー長かったしな」

 

「ちょっと竜司、いきなり……大丈夫、渚くん? 嫌だったらハッキリ言った方が良いよ?」

 

「ウザイ時は、ウザイと言った方が良い」

 

「べ、別にただ誘ってるだけじゃねえか! ウザイって何だよ蓮!」

 

 

 状況についていけていない渚の肩から、割と筋肉質だった腕が外される。

 渚は今のうちに現状の整理を試みた。

 

 まず、異界から現実世界へ帰還したことは間違いない。世界が強引に揺さぶられる感覚は、異世界との行き来でしか体験できないことだからだ。

 そして帰ってきたことをしっかりと認識する直前、竜司が急に肩に手を回してきて、ご飯に誘ってきたという流れだ。

 考え直してみても、脈絡のない展開だった。

 

 

「はっ。まさか嫉妬!? んだよ、そんなにオレ達とメシが食いたかったのかよぉ、素直じゃねえなあ、レンレン」

 

「ウザ……」

 

「ガチトーンは凹むからヤメて!?」

 

 

 がくっと肩を落とした竜司にから、早々に目を離した蓮。

 彼は渚を見詰めると、優しく微笑んだ。

 

 

「まあ、こんな感じで拒否したければしても良い。ここでは誰も、強制なんてしないからな。渚も年上に囲まれた状況だけど、自由に、やりたいようにやってくれ」

 

 

 その言葉に、渚は心に温かい何かが流れ込んでくる感覚を得た。

 新参者である知らないことであるが、怪盗団の面々は本来、居場所を奪われた者たちの集まり。過去の経験ゆえか、彼らは相手がのびのびと、気兼ねなく居られる場所を作る、ということに拘りを持っている。

 中学を卒業してからというもの、元同級生たちくらいしか素を見せる相手の居なかった渚には、その心遣いが心に染み入った。

 

 

「……そう、だね。行こうかな」

 

「よし! 祐介も行くよな!?」

 

「おごりなら行くぞ」

 

「いや割り勘だろ。どうして奢らなきゃいけねえんだよ」

 

「何……だとッ……!?」

 

「驚くところあったか!?」

 

 

 裏切られたかのように目を見開く祐介。その反応に逆に驚かされる竜司。

 パレスから帰ってきた彼らが居るのは外なので、当然周囲の注目を集める。当人たちはそれに気付かず話を進めているが、他の者たちは少し居心地が悪くなってきた。

 

 

「……今日はここで解散にしよう」

 

 

 蓮の一言に帰宅を許された少女たちは、顔を見合わせた後に、じゃあお先に。と立ち去って行く。

 残ったのは男4人と猫1匹。なおその中でモルガナだけは、女子──の中の1名──が帰ってしまったことに嘆いていた。蓮はそんなモルガナの顎を撫でながら、言い争いでも何でもない何かを眺めている。

 

 竜司と祐介が女子たちの帰宅と周囲の好奇の視線に気が付いたのは、それから3分ほどが経過してからだった。

 

 

────

 

 

 その後、色々あって、ファミレスへとやってきた男4人、と猫1匹。尤もモルガナは外に出しておくと入店拒否されてしまうので、蓮の通学鞄の中に入っている。

 顔だけ出して喋り、店員が歩いて来るといち早く察知して鞄へと引っ込むその姿を見て、可愛いなぁ。と渚はほっこりしていた。

 

 

「そういえばモルガナの声って、僕たち以外には鳴き声にしか聞こえないんだよね?」

 

「そうらしい。渚もそうだっただろう?」

 

 

 蓮の問いに首肯する渚。最初は人の言葉が分かっているような反応をする猫だと思った。よくよく観察してみると、人と同じような感情の発露をするので、人として扱うことにした。そうして今、パレスに入って2足歩行するモルガナを見た後は、逆に猫だなどとは思えなくなっている。

 

 

「流石にファミレスで猫の声がしたらバレるんじゃない?」

 

「確かに。店内音楽と高校生たちの話し声に助けられているが、それを当然とは思わない方が良いか」

 

「だってよ。あまり騒ぐなよ、モルガナ」

 

「リュージに言われたくねえよ!」

 

「だから大声上げんなって!」

 

 

 すぐに声を大きくしてしまう2人に不安を覚える渚。

 その不安を察知したのか、蓮は渚にサムズアップした。

 

 

「大丈夫だ。いざという時は、鳴き真似で誤魔化す」

 

「自信満々だ!?」

 

「祐介が」

 

「しかも他人頼りだ!?」

 

 

 やけに自信満々だと思い、1度祐介にやってみてもらうことにした。

 最初は物まねを渋っていた祐介だったが、全員の視線が集まり、仕方なく口を開く。

 出てきた鳴き声は、普通に人らしい、にゃー。

 

 

「なんつうか、そんな似てねえな」

 

「……」

 

 

 はたして竜司の言葉が表現者としての勘に触ったのか、はたまた自身の力不足を感じ取ったのかは分からないが、真剣な表情で悩み込む祐介。

 

 

「こんなはずでは……もっと猫の可愛らしさと気高さを引き出すためには……」

 

「……大丈夫かコイツ」

 

「一度のめり込むと帰ってこないからな」

 

「ははは……」

 

 

 ブツブツと呟き続ける祐介。挙句の果てには紙と鉛筆を持ち、モルガナの顔を描き始めた。ちなみにモルガナをいくら模写しようと、待望の鳴き声を祐介たちは聞くことができないことは、忘れてはいけない。

 このやり取りの最中、初めて祐介の絵を見た渚は、その腕前に驚きを隠せなかった。2人から祐介が名門都立の洸星高校の美術科に通っていることを知る。

 そんな凄い人だったんだ。という感情と同時に、道理で少し個性的なわけだ。と納得した渚。同じく芸術家の素質があった中学時代のクラスメイトを思い出してしまい、物思いに耽る。

 そんな渚を現実に引き戻したのは、蓮の呟きだった。

 

 

「よし、これでいざという時に祐介が鳴き真似を使えるようになるな」

 

「ちょ、おま……まさかそれを見越して!?」

 

 

 返事をせず、ニヤリと笑って眼鏡を人差し指で押し上げる蓮。そのやり取りが、集中した祐介には聞こえないことも見越したうえでの呟きだろう。平然と友人のモチベーションを操る男に、モルガナと渚は恐れ慄いた。

 

 

「……そういえば、モルガナの声って録音すると、どうやって聞こえるんだろうな」

 

「ん? どうしたいきなり」

 

「いや、本当にいざという時は『今うちのネコの鳴き声を再生してたんです。可愛いでしょう』って言おうかと思ったが、そういえば録音した時も、しっかりと声って判別できるのかなって」

 

「あー……確かに気になる……ってか、この猫もマジで謎が多いよな。どういう理屈で喋ってるのか未だに分っかんねえしよ」

 

「だからネコじゃねえ!」

 

「だから声がデケぇ!」

 

「す、スマン、つい」

 

「いや、幸い気付かれてないみたいだし大丈夫だ。それに竜司も同じくらいうるさいし、同罪ってことで」

 

「ハァ!? 何で俺が!」

 

「飲食店で騒いじゃいけません。うちでやったら締め出すからな」

 

 

 そりゃそうだけどよ……とどこか納得のいっていなさそうな竜司。

 一方渚は、蓮の言葉に違和感を抱いた。

 

 

「うち?」

 

「ん? ああ、コイツん家、っていうか下宿先か。まあ喫茶店の2階に住んでんだよ。で、よくその店の手伝いをしてるってワケ」

 

「へえ……!」

 

「いつでも来てくれ。といっても、俺は珈琲もカレーもまだ一人前には作れないけどな」

 

 

 渚は厨房に立つ蓮を想像してみた。眼鏡曇りそうだな、と思った。

 実際立っている姿を見て見ないとなんとも言えないことに気が付き、こんど行ってみようかなと考える。

 蓮より教えられた店の場所は、四軒茶屋駅周辺。駅から歩いても10分は掛からない。四軒茶屋駅は渚の生活圏から外れているので、行くのが楽しみになった。

 

 

「……余計なお世話かもしれないが、今回の件が終わったら改めて、あの時の女の子でも誘ったらどうだ?」

 

 

 モルガナが渚に喋りかける。その女の子というのが、雪村 カエデを指していることを察せない渚ではない。

 未だに、完全な仲直りとはいっていない。とはいえ渚自身、筒内の一件が片付いたら改めて時間を貰おうとは思っていたので、その提案は渡りに船だった。

 

 

「え、何!? 渚、彼女いんの!?」

 

「そういうのじゃないよ」

 

「……動揺せずにノータイムの返答、本当らしいな」

 

 

 条件反射的に答えられるのは、中学時代にいつも一緒に居たこともあり、揶揄われ慣れているからだったりする。それを知っているのはこの場では渚だけ。恥じらいもあり、自らそれを教えるようなことはしないが。

 渚がまったく動揺していないなんてことはない。彼だって達観していたり、経験がおおよそ同年代とは違うだけで、中身は高校1年生だ。色恋沙汰には多少なりとも反応はする。

 しかし、渚自身にまったくその気がないことと、事実としてそういう間柄ではないことから、過剰に反応しなかっただけである。この場にいないカエデにとっては、渚らしくて喜ばしいような、脈が無いことがはっきりしてそうでもないようなという複雑なものであるが、それは渚にとって関係ない心情だ。

 

 

「まあ、いつでも来てくれ。客は少ないし、ゆっくり話すには持って来いだから」

 

「……そうだね。それじゃあ行かせてもらおうかな」

 

「筒内の件を済ませるのと同時に、珈琲の修行をして、か。忙しくなってきたな」

 

 

 そういう割に、声を弾ませる蓮。事実彼からすれば理不尽な忙しさではないし、やりがいもあること。何より新しい仲間の為にできることをする、というのは、性根の優しい蓮にとっては嬉しいことだった。

 

 

「その時は珈琲をサービスする代わりに、渚の昔話でも聞かせてもらうか」

 

「おいおいあまり邪魔するんじゃねえぞ、レン」

 

「分かっている。ただ、良い機会だからな」

 

 

 いつの間にやら馴染んでしまっているが、渚も彼らと出会ってまだ数日。日数以上の濃密な経験をしたことや、共有した秘密などで指数関数的に仲の良さが深まっている彼らだが、当然お互い知らないことも多い。

 蓮にとっては、渚と仲の良い女子だと言うカエデのことも、知らないことの1つだ。過去のこと、いい思い出悪い思い出、今のこと、未来のこと、1つ1つ時間を掛けて知っていきたいと、彼は思っている。

 そしてそれは、渚の方も同じ。怪盗団のみんなのことを知らないことには、色々なことが判断できず、気を許しきることもできない。

 彼らが悪くない人間だと言うのは、短い時間だが命の危険を乗り越える経験をしたことで把握できた。ただ、それだけだ。

 お互いが距離を詰める為の時間。言ってしまえば、今のテーブルを囲んでいる時間も同じ。発案者の竜司にはそういう意図はなかったにしろ、彼らにとって今の時間は渡りに船、というものだった。

 

 

「あはは……でも僕も、皆さんのお話とか、もっと聞きたいです」

 

「そうだな、まあ急ぐ理由もないし、落ち着いた時にでも、ゆっくりじっくり話そう」

 

「また打ち上げでもしながら、全員で飯でも食おうぜ。真が来てからそういう機会なかったしよ」

 

「スシか!?」

「無料食い放題か!?」

 

「おおう、急に食いついてくんのな……」

 

 

 モルガナだけでなく、絵に集中していたはずの祐介も途端に食いついてくる。

 どうやら祐介はお金に困っているらしい。と渚は彼を少し理解した。絵が上手でひもじい個性的な人、というのが祐介に対する現状の印象。仕方のないことだった。

 

 

「ガリなら食べ放題だが……」

 

「ガリかよ……」

「悪くない。上等なもので頼むぞ、蓮」

 

「いやなんで祐介は乗り気なんだよ」

 

「何故とはおかしなことを聞くな。旨いだろう、ガリ。腹も膨れる。お替わり自由。回転ずしへ行った時はよくやっていた」

 

 

 ええ……と退く竜司と渚。ガリのおいしさをまだ理解できていないお子様2名である。

 一方の理解できている蓮はといえば、ガリとカレーが合うかどうか、また珈琲の味とのバランスはどうかを真剣に考え込んでいた。真顔で考え込んでいるため周囲に悟られてはいないが、突拍子もない考え事をする人間である。

 

 

「別にそれは良いけど、俺らの前ではすんなよ?」

 

「まったく仕方がないな」

 

「なんで俺が頼んだみたいな反応されてんだ……」

 

「まあ打ち上げのことは終わってから話し合おう。ビュッフェでも鍋でも寿司でも、このメンバーならきっと楽しいはずだ」

 

 

 蓮のその言葉に全員が、それはそうだなと笑う。

 穏やかな雰囲気な雰囲気に包まれた。そのまま食事を終えるか、と各自が懐から財布をあさり出したところで、店員から声が掛けられる。

 

 

「……あの、お客様」

 

「はい?」

 

「こちらの方から猫の鳴き声が聴こえてくる、と他のお客様から聞いて来たのですが、何かお心当たりはございますか?」

 

 

 ピシッ、と緩んだ空気が固まる音がした。

 ギギギッと竜司の顔が蓮のバッグへと向けられる。

 店員の視線が竜司の視線を追い、蓮のバッグへと向けられたところで、持ち主の彼が口を開く。

 

 

「ああ、さっき話してましたよ。僕らでも鳴き真似しましたし。ね」

 

 

 語尾のね。に圧力をかけて、祐介に視線を流す蓮。

 釣られて店員の視線も祐介の方へと向いた。

 

 

「ナァ~」

 

 

 祐介の渾身の鳴き真似が炸裂。

 短い時間だが、猫を想い、猫に割いた時間は無駄ではなかった。そう思わせるほどに、祐介の物真似は上手くなっていたと言える。

 問題は、上手くなったところで、所詮は人による物真似、ということだった。

 

 

「は、はぁ」

 

 

 店員の引き笑いに、無言でクリティカルダメージを受ける祐介。

 テーブルに沈んだ祐介を見る仲間たちの視線は、尊敬に満ち溢れていた。

 

 

「あ、もしかしたら」

 

 

 倒れ伏す祐介に代わり、彼と絆を育んできた蓮が口を開く。

 

 

「こちらを再生していたからかもしれませんね」

 

『だからネコじゃねえ!』

 

「「ブフッ」」

 

 

 蓮の操作するスマホから流れてきたのは、先程モルガナと竜司が言いあっていた場面の台詞。よりにもよって猫の鳴き声の話題の時にこれを流すのか、という笑いのポイントが、2人にぴったりはまる。

 

 

「いやぁ、可愛いでしょう?」

 

「え、ええ……ですが、他のお客様の迷惑となるので……」

 

「はい。そういうことならもうしません。すみませんでした。あ、ついでにお会計お願いします」

 

 

 しれっとした表情で店員を追い払う蓮。窮地は挽回できたらしい。店員の姿が遠ざかるのを全員で見送った後、モルガナを含めた全員で、ほっと息を吐いた。

 

 

「驚いた……いつの間に?」

 

「さっき録音したときは、って話していただろう? その時に録音の待機はしていたからな」

 

「人の声勝手に録音してんじゃねえよ……」

 

 

 恨みごとのようにモルガナが鞄の中からツッコミを入れるが、その声に覇気はない。自分のせいでみんなに迷惑がかかってしまったことを理解してのことだったが、責められることなく、気にするなよと蓮に頭をぽんぽん叩かる始末だ。

 

 

「いやああぶねえあぶねえ……マジで心臓止まるかと思ったわ。真に音声データ聞かされた時のこと思い出した」

 

「あー……そういえばあったな、そんなことも。最近だったはずなのに、随分と前のような気がする」

 

「音声データって?」

 

「ああ、今度話すよ。強いて言うなら、竜司や杏の若かった時期の話だ」

 

「1ヶ月も経ってねえけどな」

 

 

 バカ言ってないで会計するぞ。と、いつの間にやら返って来ていた伝票を持って、竜司が席を立つ。むくりと起き上がった祐介もその後に続いた。

 蓮と渚もそれに続こうと席を立とうとして、不意に渚が疑問を覚える。

 

 

「というか、データがあるなら最初からそちらを流せばよかったんじゃ」

 

 

 渚のツッコミを受けた蓮は、人差し指を口元へ持っていく。

 

 ……やっぱり何を考えてるか分からない人だなぁ。

 

 蓮を見極めきれなかった渚は、観察と警戒を続けていくことを決めた。

 

 

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