立派な教師になる為に   作:撥黒 灯

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What's your name? 【Ⅵ】

 

 

 早朝。

 筒内 透は日々のルーティーンとして、カジュアルな恰好をしたコンビニで複数の朝刊を購入した後に行きつけのカフェへと足を運ぶ。都心の少し目立たない場所にあるその店に行くには、駅に向かう人の波に逆らわなければならない。人混みの中、スーツ姿の老若男女、学生服の男女等々とすれ違い、時々肩などがぶつかりながらも、喧騒の抜けて脇道へ。時間帯と土地からしてみれば、貴重な静寂を保っているカフェに入店した彼は、慣れた足取りで最奥の席へと向かい、日の光が当たらないところで、新聞紙の入ったコンビニのレジ袋と自前の鞄を置き、席に着く。

 やってきた店員にいつも毎日飲んでいるブレンドを注文した後、新聞を広げ、かなりのスペースで捲っていく。

 とはいえ読み込んでいる訳ではない。見出しを読み、興味のある話題や進展のあった話題、自身の界隈の細心の情報を優先的に読み込んでいく。

 それでも数冊分の朝刊だ。抜粋していっても時間はかかる。おかわりを2杯追加で頼み、飲み終える少し前にすべての新聞へ目を通し終えた。

 最期の1口分を飲み干し、席を立つ。会計へと向かい、鞄から財布を取り出そうとしたところで、“見覚えのないもの”が入っていることに気が付いた。

 

 

「……」

 

「お客様?」

 

「ああ、すみません。御代ですよね」

 

 

 気を持ち直して、財布を取り出し、提示された金額を払う。

 ありがとうございましたという声に背を押されそうになった筒内だったが、ふと思い直して店員に声を掛けた。

 

 

「すみません、お手洗いを借りても?」

 

「どうぞ」

 

 

 鞄の中身を確かめるのに、人目がある場所は煩わしい。かといって自宅に帰る時間は、彼の好奇心が耐えられなかった。逸る心、荒ぶる息を抑えつつ、入室したトイレでさっそく鞄の中から“1枚の赤い紙”を取り出した。

 取り出した紙は両面印刷になっており、片面には大きく見覚えのあるマークと、『TAKE YOuR hEaRT』の文字が。

 

 

「くくっ……」

 

 

 ひっくり返した裏面には、文章が書かれている。まるで新聞紙を切り抜いて貼り付けたようなそれは、筆跡を探られないための脅迫状にも思える。

 しかしその紙は、脅迫状でない。脅迫状を貰う覚えがないといってしまえばそれは完全なる嘘だが、それでも今、筒内の手の内にあるものについて、彼はその存在を知っていた。

 

 

『無知無識が跋扈する世を厭う憂鬱の大罪人、筒内 透殿。』

 

 

 “予告状”。

 巷を騒がす怪盗団が、今までにも送り付けてきたという犯行予告文書が、筒内の所に届いていた。

 

 

『何も知らない市民に虚偽の情報を与え、民意の扇動を行う悪行。我々はその全ての罪を、お前の口から告白させることにした。心の怪盗団“ザ・ファントム”より』

 

 

「くくくっ……面白い。実に面白いですね、コレは!」

 

 

 そこがトイレだということも忘れ、笑い続ける筒内。

 

 

「勝負です、怪盗団。その摩訶不思議な改心とやらで、私の原稿を止められますか?」

 

 

 提出した原稿が通れば筒内の勝利。

 〆切日までに筒内が撤回するようなことがあれば、怪盗団の勝利。

 どんな手段を使うか、などという情報は、ジャーナリストの筒内も持ち合わせていない。そこに関しては一切の情報を得られていなかった。尤も今までの被害者全員が、その被害を認識していないのだから、当然かもしれない。

 勝たねばすべてが終わるであろう。それは今までの被害者を知っているから理解できた。

 筒内の中に、警戒心が生まれる。

 すべては、怪盗団の思惑のままに。

 

 

────

 

 

「なあ、やっぱり前みたいに、バァン! って貼ったりしたほうが良かったんじゃね?」

 

 

 渋谷駅の連絡通路で、通学用鞄を両肩に背負う竜司が、不意に切り出した。

 

 

「ううん、これで良いよ」

 

 

 渚がその問いに首を振る。

 

 

「竜司、まだ納得してなかったの? 昨日もちゃんと話してたじゃない。渚くんが」

 

「つってもよー」

 

「あはは……でもやっぱり、皆みたいに大きくやっちゃうと、改心した人は謝る義務が生まれるでしょ?」

 

 

 渚が思い浮かべるのは、班目の謝罪会見だ。怪盗団の面々によって改心が施された彼は、正気に戻されてすぐに謝罪会見を行った。そのこと自体に大きな問題はない。寧ろ世界的に権威のある彼がその行動をしなければ、また別な問題が起きていたかもしれないからだ。

 しかし筒内はといえば、知名度的にはそこまで目立つ存在でもない。一部界隈で過去有名だった、程度。現在の彼はあくまで裏方。その過去の栄光ですら失いかけている。

 

 

「でもさ、謝ることって大事だと思う。ケジメっていう意味で。私だって鴨志田の謝罪を聞いて、許したつもりはないけど、多少はスッキリした。祐介もそうじゃない?」

 

 

 杏も竜司と同じく、納得はしきれていなかったのか、祐介に問いかけた。

 一方話題を振られた祐介はといえば、少し考え込むような素振りを見せた後に、口を開く。

 

 

「……まあ、確かに溜飲は下がった。俺も次の一歩を踏み出すきっかけになったしな」

 

「だったら!」

 

「だが、他でもない被害者の渚が、それを望まないというなら、それを叶えるのが俺たちじゃないか? 弱い人の味方が、怪盗団だろう?」

 

「それは……」

 

「それに、何も渚だって、責任を取らせないとは言っていない。そうだろ?」

 

「うん」

 

 

 蓮に問われた渚は、間髪入れずに頷きを返した。

 

 

「彼には、彼なりの責任の取り方をしてほしい」

 

「強要はしないが、渚には渚なりに求めている形があるんだろう。なら、それに近づく様に動くのが、仲間として俺たちが出来ることだ。と思う」

 

「俺は賛成だ」

 

「私も賛成。竜司と杏はそれで良い?」

 

「……わーったよ」

 

「……アタシも、分かった。そういうことなら、頑張るね、渚くん!」

 

「うん。お願いします」

 

 

 ちなみに竜司が今も唇を尖らせてるのは、一言で言えば目立ちたいからである。予告状を大々的に張り出し、改心を成功させ、謝罪させれば、怪盗団の評判は鰻登りだ。渚は知らないが、そんな竜司の小さい野望を知っている蓮や祐介は、竜司を宥めつつ渚の思惑を果たさせるために会話を回している。

 会話の切り時だ。と感じた蓮は、祐介にアイコンタクト。祐介が話題を切り替える為に口を開く。

 

 

「ところで渚、無知無識が跋扈する世を厭う、とはどういう意味だ?」

 

「予告状のこと?」

 

 

 思い出したのは今朝がた、筒内とぶつかる際に鞄へ刷り込ませた、赤い紙のこと。

 渚と、祐介、真の3人が主体になり作成した、怪盗団から筒内へ送る、正式な予告状についてだ。

 

 

「あ、そういえば今回の文章は、渚くんが考えたんだっけ」

 

「考えたっていっても、大部分だけで」

 

「あら。けど、渚くんが考えた言葉よね、そこって」

 

「そうだな。見出しはすべて渚が自分で作ったものだ」

 

「え、すごいじゃん!」

 

「そ、そうかな」

 

 杏の純粋に称賛するような視線を受け、少し頬を赤く染めた渚。

 女の子みたいで可愛いな、とその反応を見た数人が思った。

 

 

「えっと……考えたんだ。筒内が一流のジャーナリストって立場を捨てて、何がしたかったのかって」

 

「分かったのか?」

 

「推測だけどね」

 

 

 モルガナを除いた怪盗団の面々が、連絡通路に立っている。窓よりだから会話は聴きとられづらいものの、大声で話すような内容でもない。自然と渚の声は小さくなった。

 

 

「前にパレスを探索した時、蓮と祐介と、大衆の受け取り方の話をしたんだ」

 

「ああ、インフルエンサーが発信した情報は、間違っていることでも正しいこととして受け取られやすいということ、だっけか」

 

「あ? インフルエンザ?」

 

「インフルエンサー。発言力とか、影響力が大きい人とかのこと」

 

「?」

 

「はぁ……それで、インフルエンサーがどうかしたの?」

 

「筒内の元々の活動って、正しいことだったけど、あまり受けは良くなかったんだ。けど、芸能関係を扱うようになってから、人が面白いほど反応するようになった。そういう、振り回されやすい人たちを自分の記事で惑わせることが、面白いんじゃないかなって」

 

 

 あくまで、渚の推測だ。

 しかし、筒内のパレスの光景を信じるのであれば、そう思い至るのもおかしくはない。人々から抜き取った情報で芸能人を攻撃し、お金に変える実験施設。それは詰まる所、民衆受けしやすくお金になる記事を書くためであれば、何をしても良いと思っているということ。

 加えて筒内が大事にしていたであろう元々のジャーナリストとしての活動。戦争を撮った写真は、自分の居場所である社長室にしか飾っていなかった。

 実験装置のところに居た人のほとんどが日本人だったことから、筒内に戦争被害者への攻撃の意志がないことは察せられる。当然思い違いの可能性もあるが、なんとなく、渚にはしっくりきたのだ。

 

 

「……まるで大きな力を手にした子どものようだな」

 

「でも、筒内はそれを面白いとは思っても、好きだとは思っていない気がして」

 

「どういうこと?」

 

「そうやって好き勝手に操れる世論が好きじゃないから、嫌がらせをしている、みたいな」

 

「……ホントに子どもみたい。いじめっ子の理論と同じでしょ、ソレ」

 

 

 杏が顔を歪める。全員いい顔はしていなかった。

 今の渚の理論を言い換えるのであれば、筒内の不満を解消するために嘘情報は流され、流された嘘情報に踊らされる人たちがいる限り、彼の不満が尽きることはないということ。

 いたちごっこ。無限ループだ。

 

 

「だけど確かに、パレス内で筒内のやることに賛同している人間はいなかったな」

 

「「「「!!」」」」

 

「え、どういうこと?」

 

「今までのパレスには少なからず、その施設の主を持ち上げるような発言があった。鴨志田の時しかり班目の時しかり金城の時しかり。そういった担ぎ上げがあったのは、“褒められることやチヤホヤされることへの愉悦”が本人あり、意識的にか無意識的にか、それを欲していたからだと思う」

 

「……なるほど。それがないってことは、筒内は自分の行いを正しいとは思っていない、いいえ、少なくとも褒められることだとは思っていないということね、蓮」

 

 

 蓮と真の推察を聞いて、そういうものかと理解する。当然今回が初めてのパレス攻略である渚がそれを判断できるわけがない。

 とはいえ怪盗団のリーダーとブレインの言う言葉だ。渚自身の推測を裏付ける内容で、疑う必要もない。

 

 

「“無知無識が跋扈する世を厭う憂鬱の大罪人”。なるほど、そう見ると、憂鬱の大罪人というのも頷ける。世を憂うばかりに罪を犯しているというのなら、やはりその罪は」

 

「ああ、改めさせないといけない」

 

 

 強く言い切った蓮に、全員が頷く。

 ちょうどその時、見慣れた黒猫が彼らの中心に戻って来た。

 

 

「オイ! パレスの雰囲気が変わってるぞ! ツツウチのヤツ、ちゃんと予告状を読んだらしい!」

 

「なら後は、オタカラを頂戴するだけだ。行くぞ」

 

 

 勝手にアジトとして扱っている渋谷駅の連絡通路から出て、街へ。3度目となる侵入ポイントへ辿り着くなり、蓮がスマホを取り出し、アプリを操作する。

 異世界ナビが起動され、怪盗団の面々はパレスへ突入した。

 

 

────

 

 

 空気がひりついているのを、渚は肌で感じ取った。警戒を張られているのが、施設外からでも十分に分かる。予告状が齎す効果が予想以上で驚いたが、渚はすぐに思考を戦闘向けのものに切り替えた。

 

 

「まずはオタカラまで最短ルートで駆け抜ける」

 

「さっさと盗ってずらかるとしようぜ!」

 

「そういえばオタカラって盗ってどうするの?」

 

「持ち帰るだけだ」

 

「え、じゃあ今日は盗って終わりってこと?」

 

「「終われば良いな」」

 

 

 真──クイーン以外の全員が遠い目をした。クイーンもクイーンで、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

 

 ……なにかありそう。

 

 第六感でも何でもなく、仲間たちの反応を見て、渚──スネイクはそう思った。

 

 

────

 

 

 辿り着いた最下層。地下2階。つい先日駆けた廊下を、再度走る怪盗団。

 視界に移る一番遠くにあった影はまさに最奥へとつながる扉。オタカラの在り処だ。

 その扉を、開ける。

 

 

『お待ちしてましたよ。いえ、正直会いたかったですが、来て欲しくもなかった』

 

 

 筒内のシャドウが、そこに立っていた。

 前回怪盗団の面々が見た時と変わらず、継ぎ接ぎだらけの外見。唯一相違点があるとすれば、右手に持っている宝箱のようなもののみ。

 

 

「お出迎えどーも」

 

「早速だが、そのオタカラを頂戴する」

 

 

 重心を低くするジョーカー。いつでも跳び込む準備は出来ている。それは他のメンバーも同じ。部屋に入ったその時から臨戦態勢を解いていない。

 

 

『おやおや、血気盛んなことで。若いとはいいですねえ』

 

 

 対する筒内は、戦闘の意志がないと言わんばかりに棒立ちしていた。何か得物を持っている訳でなければ、何かを仕組んでいる様子でもない。

 

 

「オタカラをもらえるなら、危害は加えないけど?」

 

『それは無理は話ですよ。そうやすやすと、渡すことはできません』

 

「なら力づくで、行かせてもらうぜ!」

 

 

 モナが口火を切ると共に、駆けだした。サーベルを持って斬りかかり、怯んだ隙を突いてオタカラを奪おうとする算段だろう。

 抜き身の刃を掲げて、短い脚を俊敏に動かす。

 が、だんだんとその足の動きが鈍くなり、止まった。いや、モナ自身が足を止めた。

 

 

「なんじゃそりゃ」

 

 

 その理由は、筒内のシャドウにある。

 渚は知らないことだが、今まで怪盗団が相対してきたシャドウたちのなかにも、人型だった姿を異形のものに変える存在は居た。特にパレスの主は、大型であり強力なものに身を変えることが多い。筒内もその例に漏れなかったというだけのこと。

 だが、その変貌の仕方が良くなかった。

 

 元々縫い合わされたように色が変わっていた境目が、ジッパーのように開き、目が出てくる。第三の目とか第四の目とか、そういった話ではない。“身体の至る所から目が出てきた”というレベル。

 

 

「グロ……」

 

「これは、キツいわね」

 

 

 女性陣があまりの形容しがたい気味の悪さに、拒絶の言葉を零した。口に出していないスカルやフォックスも、仮面の下で不機嫌そうな表情を隠していない。

 逆に、ジョーカーとスネイクは真顔だった。真正面から、変わっていくシャドウを見詰めている。

 変わり果てたシャドウは、最初の筒内シャドウと同様に、白衣を纏っていた。おかげで視界に入る目の総量が減って、全員が若干正気に戻される。白衣の下はタンクトップらしき薄着1枚。首には大きなカメラを提げており、背中には何か大きな荷物が入っているようなリュックサックのみ。リュックにオタカラを仕舞い込み、シャドウは怪盗団に対し、応戦する構えを取った。

 

 

「……行くぞ!」

 

 

 ジョーカーの掛け声で、全員が走る。

 

 

『正義感に駆られる若者は実に可哀想だ。それに君たちの中にもいるでしょう? ほんとにこんなことして良いのか悩む人が』

 

 

 駆け寄ってくる怪盗団を前に、シャドウは語る。

 

 

『日本という国は同調圧力に屈しやすすぎる。皆がAと言っているからAが正しいなんて言う意見が五万とあり、突き詰めていくとよく分かっていないことを、さぞ知ったように語る者の何と多いことか』

 

 

 だが、シャドウは決して油断しているわけではない。真正面から向かってくる彼らに対し、思いのたけを吐き出しているだけだ。その行為に、何の意味があるのかは、怪盗団の誰にも分からない。

 自己満足の一種かもしれないし、テンションを上げる為の暗示かもしれない。その理由は、どうでも良かった。

 ただ、怪盗団のメンバーたちは、彼の吐いた言葉を1つ1つ拾い、胸に集めながら、前に進む。

 その言葉を、信念を、打ち破る為に。

 

 

『ああ、その弱さを容認する世の中でいいはずがない。未来あるこどもたちに、それを教えてあげましょう!』

 

 

 遂にシャドウが動いた。巨体に見合わず俊敏な動きで、一番近くに居たモナの攻撃を躱し、カウンターを叩き込む。蹴り飛ばされたモナはジョーカーによってキャッチされ、再リリース。遥か上空へ投げられたまま、持っているパチンコの弦を引いた。

 一方で地上では、クイーンが距離を詰めて、ラッシュを掛けている。右、左、右、前蹴り、回し蹴りを織り交ぜ、シャドウを受けに回す。

 たまらずシャドウが距離を取るが、取った瞬間の着地を狙い、ペルソナが2体呼び出された。

 

 

「アルセーヌ!」

「キャプテンキッド!」

 

 

 呪怨属性の攻撃と雷撃属性の攻撃がヒット。しかしシャドウは一切怯む様子を見せない。それどころか、反撃に打って出た。

 追撃が来て攻撃の手を休めたクイーンの頭部を狙い、手を伸ばす。

 その手を、パチンコ弾が叩き落とした。

 

 

「ッ」

 

 

 即座にカウンターに動くクイーン。軸足を捻り、隙を存分に活かす形で回し蹴りを食らわせる。その後にボディへ拳を2発。シャドウがつい後ろへと退いた。

 その隙を、気付かれず背後で伺っていたスネイクが捉える。後退したところに後ろから飛び掛かり、首を一閃。そのまま距離を取り、銃撃へ移行。地面に戻って来たモナと共に、ジョーカーと挟撃する形で銃を乱射した。

 

 

『ぐっ……やりますね。流石は怪盗団といったところですか。ですが』

 

 

 筒内の身体にある目が、スネイクを捉える。

 

 

『捉えましたよ』

 

「ッ。逃げろスネイク!」

 

 

 ジョーカーが声を上げるが、遅い。スネイクを、光の槍が打ち抜く。

 

 

「う、あぁ」

 

 

 呪怨属性の使い手であるスネイクにとって、それは大きすぎる一撃だった。

 踏ん張ることができず、地面に倒れ込むスネイク。それを近くに居たモナが起こそうとするも、次のシャドウの行動でそれを封じ込められた。

 

 

『これは、チャンスですね』

 

「なッ、にぃ」

 

 

 モナの身体を、電撃が打ち抜く。シャドウが放った攻撃だ。先程の渚と同じく、弱点属性を突かれたモナも、地に伏せることとなった。

 連続して弱点を一突きされている状況、不利な状況に陥ったのは自明。

 

 

「目が怪しい! 全員、隠れろ!」

 

 

 ジョーカーの一声で、近くの物陰に隠れる面々。

 

 

『ほう……では遠慮なく』

 

 

 当然シャドウはまず、スネイクとモナの止めを刺しに向かう。

 怪盗団側は、急ぎ行動しなくてはならない。それも、筒内の視界に入らずに、だ。

 

 ……囮が要るな。

 

 ジョーカーはそう考えた。出来れば俊敏なメンバーであれば良い。小柄なモナや、スネイクはその点で言えば囮として最適だったが、文句など言える訳がなかった。

 隠れているメンバーに目配せする。その誰からも、いつでも行けると言った強い視線が返ってきた。

 ならば、腹を括るしかない。

 

 

「パンサー!!」

 

「オッケー!」

 

 

 物陰をカバーリングしつつ、銃を打ち続けるパンサー。取り敢えず、足止めには成功した。

 後は、ジョーカーたちの側に背中を向けさせるよう移動するのみ。パンサーは続けて、駆け抜けながらペルソナを呼び出す。連続して火炎属性の攻撃を放ち、注意をくぎ付けに。

 そうして隠れ、移動し、攻撃というルーティーンを繰り返し、前後への移動で揺さぶりをかけるなどを繰り返すことで、完全に注意を引き付けた。

 完全に、シャドウの背中がジョーカーたちの方を向く。

 声を掛けず、ジョーカーは飛び出した。ほぼ同時に全員が音もなく飛び出す。そして、フォックスからの強烈な一撃と、クイーンの連撃。ジョーカーのとどめの一撃が続き、シャドウは倒れ込んだ。

 

 

『くっ』

 

 

 体勢を崩したシャドウを取り囲み、銃を構える怪盗団。さながら、犯人を取り囲んだ警察のようだった。

 その間に、モナとスネイクの応急処置が終わり、2人とパンサーが前線に復帰。全員で、筒内へと銃を向ける。

 

 

『く、やりますねぇっ』

 

「さっきお前が言っていたことだが」

 

 

 筒内の発言を遮り、ジョーカーが口を開く。

 

────

『日本という国は同調圧力に屈しやすすぎる。皆がAと言っているからAが正しいなんて言う意見が五万とあり、突き詰めていくとよく分かっていないことを、さぞ知ったように語る者の何と多いことか』

────

 

 筒内が語った、日本に対する偏見について、蓮には想うことがあった。

 

 

「前者は日本の美点を悪く捉えているだけだ。後者に至っては、日本以外だってそうだろう。もちろん日本にだってそういったことをできる人間が居る」

 

『そう。善悪兼ね備えたうちの、悪の面だ。つまりね、この考えがなくなることはないのですよ。だから私たちは少なくとも、自覚だけはしなくてはならない。……だというのに、日本人は自らの愚かしさを突き付けられても気付かないことが多い!』

 

「だから自分のやってることは正しいってのかァ!?」

 

 

 スカルの怒声を皮切りに、体勢を崩した敵へと総攻撃。縦横無尽に飛び交い、捉えさせることなく攻撃を重ねていく。一呼吸が大事になる為、その間は全員が呼吸を最小限にとどめていた。つまり、その限界がくる少し前には離脱する必要があった。

 一気に連続して畳みかけが可能だが、長続きはしない連携。使い所の指示は視野の広いョーカーに一任されている。攻めも無理なく、誰か1人が離脱したら全員が距離を取る。その了解のもと、この攻撃は行われていた。

 

 最初にフォックスが離れ、それを確認し次第全員が距離を取り終えた怪盗団。一息が挟まれそうなタイミングで、筒内のシャドウが意識外からの一撃を放つ。

 

 

『コッチを見ろォオオ!』

 

 

 咆哮とともに、光が視界に溢れる。寸でのところで腕で目を覆ったジョーカーとフォックス以外の全員が、目を眩ませた。

 

 

「しっかりしろ!」

「そんな時はコレだ」

 

 

 用意していたのか、どこからか取り出したハリセンを振るうジョーカーとフォックス。叩かれた面々は、一瞬で正気を取り戻した。

 これも認知の応用。ハリセンを使えば、意識がはっきりする。大きな音と衝撃があれば、正気を取り戻すことができるという認識が、人の心にあるらしい。

 だが、叩くとはいえ2人。仲間全員には届かない。筒内の追撃が、クイーンとモナに刺さった。

 

 

「そんな……」

「ワガハイとしたことが……」

 

「2人とも下れ! 4人で立て直しの時間を稼ぐ!」

 

 

 即座に後退の指示を出したジョーカー。またその声を聞いて一目散に動いたのは、スカルだった。

 

 

「仕返しだッ!」

 

 

 跳躍し、シャドウの脳天にハンマーを振り下ろすスカル。そしてそのまま転がるようにして足の間を抜け、背後に回る。それを追いかけようと振り返る筒内のシャドウ。

 その足元に、飛び込む影が2つ。

 

 

「足元が」

「御留守だよ」

 

 

 フォックスが刀で、スネイクがナイフで、足首に当たるであろう部位を深く斬り付ける。

 観察眼に優れたフォックスと、意識の波に敏感なスネイクだから縫えた隙だ。

 

 

『がぁッ!!』

 

喰らいなよ(-アギラオー)……っ!」

 

 

 パンサーが火炎属性のスキル、アギラオを放つ。激しい焔がシャドウの身体を包んだ。効き目は悪くない。そう判断したジョーカーが、重ねて吼える。

 

 

「チェンジ、“オルトロス”。……おかわりだ。喰らえッ」

 

 

 ペルソナチェンジ。ジョーカーのみに許された特権を持って、彼はパンサーと同じ攻撃を放った。1撃としての威力はパンサーの方が高い。それでも重ねて放ったことで、彼女の攻撃に近しい威力の攻撃を与えることに成功。

 目に見えて、シャドウが弱った。

 その隙を、ジョーカーが視る。

 

 

「いけ! スネイク!!」

 

 

 声を掛けられた時には、大きく跳躍していた。

 落下の勢いを加算して、非力な腕力の足しにする。大きく左に引いたナイフを、大振りでシャドウの首元へ。

 一閃。

 

 

『そ、んな……』

 

 

 シャドウの身体が崩れていく。大きく肥大化していた身体は段々と小さくなり、元の人型サイズへと戻った。

 同時に、身に纏っていた白衣がずれ落ち、リュックサックは肩から抜けた。その際、地面に衝突したリュックサックから、オタカラが零れ落ちる。

 それをスネイクが拾い上げ、踵を返し、怪盗団のもとへ向かおうとした。

 その時。

 

 

『どうして……どうして邪魔をする!!』

 

 

 筒内の、慟哭にも似た叫びが、渚の背を貫いた。

 振り返る。

 大の大人が、辛そうに地面に伏せている姿が、そこにはあった。

 

 

『やらなければ、いけないんです。何度目の当たりにしても正当化しようとする! 何度直面させても己を顧みようとしない! 何度何度何度現実を突き付けたところで、軽い言葉だけで流すだけ!! 情報に踊らされるだけの弱者であり続けるくせに、人を攻撃することを辞めない醜さを、私が! 突き付けなければ!!』

 

「……確かに人は、情報に踊らされることが多いです」

 

 

 スネイク──いや、渚自身だってそうだ。周りだってそうだ。不確かな情報によって、生活が一変することだってままあること。情報に左右されない人しかいないのであれば、渚の高校生活はより明るかったであろう。楽しかったであろう。

 だが、そうはいかなかったことを、渚は、スネイクは身を以て知っている。知ってしまっている。

 

 

「だからといって、貴方がその身を賭してまで、それをやる必要はないはずです」

 

 

 スネイクは知っている。少ない情報だが、確かに、彼の今までの行いを知っている。

 戦場に赴き、取材をし、写真に収めるジャーナリスト。その生き方はとても貴重で、正しいものであるというのが、スネイクの認識だ。

 

 

「誰かがやらなければいけないというのであれば、戦場の取材も同じはず。貴方はどうして、こちらの道を、誰かを自分の手で傷つける道を選んでしまったんですか?」

 

 

 戦場の取材の方が素晴らしい、だなんて言えない。文字通りその取材は命がけなのだ。疎いスネイクにだって、怪盗団の面々にだって分かる。紛争地域に行くと言うことがどれだけの危険を伴うことで、称賛されるべきことなのかを。

 嫌になったと言うのであれば、逃げ出したって文句は言えない。そういう行いなのだ。本来は。

 しかし、そうではないんだろうなということを、渚は推測していた。

 

 オタカラを包む、封を切る。

 

 

「……」

 

 

 出てきたのは、1枚の写真。

 戦地で暮らす住民たちの中でも、子どもたちの笑顔を撮ったものだった。

 

 

『あんなに……戦場に居る子どもたちが、現実と向き合って、今も必死に生きてるっていうのに。何で裕福な生活ができている日本人たちが、現実と向き合わずにのうのうと生きてるんだ。こんなのってないだろ……』

 

 

 ああ、やっぱり。とスネイクは1人納得した。

 筒内は悲しかったのだ。戦地で頑張っている人の存在を知ってか知らずか、頑張らずに惰性で生きているような人たちが。

 当たり前のように生を受けて、当たり前のように笑っている日本人が、命の危険になど晒されたことがないと思い込んでいる日本人が多いことを、憂いたのだろう。と。

 子どもは親を選べない。生まれる土地を選べない。

 生まれた土地と、育った環境によって、笑顔の貴重さが変わってくることを、筒内は知っていた。

 

 

「だからといって、人を貶めるのは訳が違う。前にも言ったが、お前は、不本意なレッテルを張られた人の悲しみを、辛さを分かっているのか」

 

『分かっていますとも。私もその1人ですからね』

 

「……え」

 

『私の昔の活動を、1人の若い芸能人が取り上げて言いました。『こういう悲惨なのばっか撮って、同情に訴えようとしてくるの許せない。ずけずけと難民の心に立ち入って、貴重な食糧を目の前で食べるような大人には、なりたくない』ってね』

 

 

 不本意なレッテル。それを貼られた経験を、筒内は思い返す。帰国した途端、多くの人のバッシングにあった戸惑い。大元を探り当てた時の困惑。それ以降の生活を邪魔する悪意。

 そのすべてを、筒内は嫌悪した。

 

 

『こんな、こんなくだらない中傷を生み出す為に、私は“彼ら”を取材してきたのではない! 私をどう扱おうと正直なところ、構わないとも。だが!』

 

 

 地面を強くドンッと殴りつけ、筒内は叫ぶ。

 

 

『勝手に戦地の子どもたちを弱者と見て、その上で、お前は恵まれてるんだから取材とかは遠慮しろと言ってくる人が居たことが私には怖かった!』

 

 

 それが、動機。彼の行動を狂わせた大元の理由。

 たった1人のインフルエンサーをきっかけに、多くの人の抱えた闇を見せられてきた筒内は、道を踏み外すことになった。そういったインフルエンサーという存在を産まないために。情報にただ流されるだけの日本人でいさせない為に。

 

 一連の話を聞いていたジョーカーは、ふざけるなと思った。

 色々と勘に触ることはある。というよりは、勘に触ることしか出てこない。

 それでも冷静に、この場で何をすべきかを考えた彼が発した言葉は。

 

 

「結果としてお前の試みは、同じく情報によって踊らされ、破滅した人たちを増やしただけだが、その罪は自覚しているのか」

 

 

 理性より先に、一番許せないことが口を突いて出てきた。

 

 

『それは、覚悟の上だ』

 

「お前の勝手な覚悟に、他人を巻き込むんじゃない! 勝手に試練を与えて、勝手に憂いて。見下しているのはお前も同じだろう!」

 

『私、が?』

 

「“自分は日本人より過酷な現場を知っている。だからお前たちに教えてやらなければいけない”。その思考が驕りだと、なぜ気付かない!」

 

「……そうね、ジョーカーの言う通りだわ。結局貴方は失敗したわけだけど、それでも意固地になって続けたのは何故?」

 

『そ、れは……』

 

 

 言葉に詰まる筒内。何故続けたか、という質問に答えるのであれば、続けなければいけないからという答えが出てくる。その答えの歪さに、彼は今気づいた。

 

 

「楽しかったんじゃ、ねーの?」

 

 

 筒内の思考を晴らしたのは、スカルの発言だった。

 

 

「自分より下の奴らが、操り人形のように動く姿が楽しかったんじゃねーのかよ」

 

『……楽しんでいた? 私が?』

 

「意識的にか無意識的にかは知らんが、結局貴様は、弱者を弄んだということだ」

 

『そうか……そうだったのか……』

 

 

 意固地になって続けたように見えたのは、その行為で得られる快感に依存していたから。その依存元に、スカルの発言と、追い打ちとなったフォックスの発言で気付いた。

 結局のところ、筒内がしていたことは、復讐に近い。

 その復讐の一回目で得てしまった楽しさが身に沁み、戦地へ戻ることを辞め、誰かを貶めて民衆を扇動することを、義務を言い訳に続けてしまった。

 

 

『私も、あの若い芸能人と、同じだったんだな……』

 

 

 覇気がすっかり消えた声で、呟く筒内。

 その身体が、光り輝き始めた。

 その光は宙へと溶けていく。

 スネイク──渚はその光景に、既視感を得た。

 

 ……何か言わなくちゃ!

 

 咄嗟の使命感に駆られ、叫ぼうとした。

 

 

「──」

 

 

 声が、出ない。

 口は開けど、言葉が音にならなかった。

 確かに今、スネイクは、口に出そうとしたのだ。

 彼の夢を。教師になるという目標を。

 ただ、それを筒内に伝えたとしよう。彼の望みを叶えられる教師に、今の潮田 渚はなれるのだろうか。

 そんなつまらない疑問が、言の葉に乗せるのを躊躇わせ、口を開ける動作を徒労に終わらせた。

 

 筒内のシャドウが消えて行く。薄れ、霞み、やがては存在がなくなった。

 次の瞬間、パレスが揺れ始める。

 

 

「……崩れるぞ! 走れ!」

 

 

 パレスは主がいなくなると、崩壊する。それは事前に教えられていた知識だった。しかし今のスネイクはそこまで思考を働かせることができず、棒立ちになる。

 ふと、目の前に誰かが立っていたことに気付いた。

 ジョーカーだ。

 

 パシッと乾いた音が響く。

 スネイクは、己の頬を叩かれたことに気付いた。

 

 

「悩むのは、帰ってからでもできる」

 

「……ごめん、そうだね」

 

 

 一足先に駆けだしていたはずの仲間たちも、部屋の出入り口で待っていた。

 渚は深く呼吸をし、気持ちを切り替え、彼らの後を追い、死なないように駆けだす。

 

 

 

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