立派な教師になる為に   作:撥黒 灯

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What's your name? 【Ⅶ】

 

 

「来たぜ来たぜ金城の自白! 偉ぇ騒ぎになってんじゃねえか!」

 

 

 7月某日。怪盗団アジトである渋谷駅連絡通路に怪盗団の面々は、遅れて来ると連絡のあった真を除いて全員集まっていた。

 集合の理由は、今世間で大きく話題になっている、とあるニュースの件。

 “とある犯罪組織のリーダーが自白した”という報道について。

 電車内のモニターにも頻繁に映るような一大ニュース。その話題を何故怪盗団たる彼らの話題に上がるのかと言えば無論、当事者であるが故。

 尤も一番最新の怪盗団メンバー、潮田 渚にとっては関与していないところではあるのだが。

 

 

「あ、僕も今朝ニュースで見たよ。班目さんの時に続き、凄いね」

 

「だろぉ? すっげえことやったんだぜ、オレら!」

 

 

 渚の素直な感想に、得意げな表情をする竜司。鼻が高そうというよりは、実際に鼻が伸びているように渚には見えた。

 

 

「しかし、報道では警察の手柄となっているのが、納得いかんな」

 

 

 実際のところは、渚が所属する以前の怪盗団が、犯罪組織のボス──金城 潤矢に予告状を叩き付け、改心させたという経緯がある。しかしながらその内容はほとんどニュースなどでは触れられず、大人しく警察の調べに応じているといった内容ばかり。

 とはいえ、人の口に戸は立てられないもので、噂は着実に出回っている。ましてや現代には、SNSという大きすぎる拡声器があった。

 

 

「でも、ネットじゃ完全に怪盗フィーバーだよね」

 

「一気に流れがキタ! ってカンジだよな!」

 

 

 真偽のほどは定かでなくとも、彼ら怪盗団の関与を噂する声は多い。寧ろ真偽が定かでないからこそ想像が興味関心を呼び、広く速く噂が回るのだろう。特に前回は話題となるための要素が揃っていた。未所属だった頃の渚が聞き及んでいたほど、大々的に予告状を出したのだから。

 渋谷駅周辺の一帯に予告状を貼り付けるという手法。当然大々的に行った分、多くの者の目に触れ、当時から密やかながらも噂が流れていた。それが下拵えとなったこともあり、ネットでは空前の怪盗団フィーバー。

 加えて以前改心した相手──班目 一流斎の一件への関与も、共通する予告状というアイテムの存在により、改めて広く認識されることになる。

 以前は怪盗団の存在に懐疑的だったネットの声は、掌を返すように彼らの存在を認めるようになり、その結果に渚を除く怪盗団の面々は達成感を味わっていた。

 

 

「しっかしそうなってくると、やっぱ筒内の方も一気に自白させちまうのもアリだったよなぁ」

 

「他の誰でもない、当事者の渚がそれを選んだんだ。渚も、後悔はないんだろう?」

 

「……はい。これが正しかったって信じてます」

 

 

 ニュースにまで上がっている金城の一件とは真逆に、一切話題に上がらないのが、筒内の存在だ。

 改心自体は滞りなく終了している。渚も蓮もそれは実際に会って、話して、確認した。

 それでも何故彼の悪質なゴシップ記事に関する内容が報道されないのかと言えば怪盗団──渚たちが、それを容認したからに他ならない。

 

 

 

 

 

 

 数日たった今でも、その日の一連の流れは、渚の記憶に色濃く残っている。

 

 筒内の改心を行った数日後のこと。渚の家に、来客を報せるインターフォンが鳴り響いた。モニターには他ならぬ筒内の姿。謝罪に来た、と画面越しの彼は言う。

 改心自体は済んでいるのだから大丈夫かな、と渚は玄関を開けた。

 

 開いた戸の先で渚を待っていたのは、良い歳した大人が土下座している姿。

 

 玄関先で土下座された時の渚の焦り様は、それはもう酷い様子だった。家の中に家族が不在で、かつ近隣住民の目がないタイミングであった幸運に、後々冷静になった渚がどれだけ救われたことか。不運を強いて挙げるのであれば、その緊張感や恐怖に共感を示せる人間が怪盗団内に居なかったことに対する寂寥感を得たくらいのことだ。

 とにかく人目に付くからと一旦筒内を退かせることに成功した渚は、まず協力者を求めることに。自分1人では大人の土下座を受け止め切れないことが分かったからだった。グループチャットで助けを求めてみれば、都合よく連絡が付いたのは蓮のみ。藁にも縋る思いで彼を呼び出し、筒内との新たな待ち合わせの場所──カラオケボックスにて、2人で赴く。

 そうして渚は、改心の恐ろしさを目の当たりにした。人間は、大人はあそこまでぐちゃぐちゃに顔を崩せるようになるのか、と。班目の際、記者会見で謝罪の映像は見ていたものの、あくまでテレビ越し。生で謝罪をされると当事者の感情が直接伝わってくる分、己の感情もより強く突き動かされる。

 筒内が涙ながらに語ったのは、謝罪と、正式に自首するという内容。

 頭を垂れ、涙を流し、赦しを乞う彼の姿に、渚は色々なことを考えた。

 考え込む渚に、同行者の蓮が処遇を問うた。蓮たちも被害者ではあるものの、一番この事件に気を揉んだのは間違いなく渚であるから。目で、お前の判断に任せると伝えて。

 全権を委任された渚が選んだ答えは、許さないことだった。当然と言えば当然の結論。被害が出そうになったのは渚だけではないのだから。実害は出なかったといえ、筒内が落ちぶれたことには理由があったとはいえ、取り返しのつかない自体は幾つも引き起こされている。到底許すことはできない。

 しかし、筒内の言い出した“自首”に関しては待ったを掛けた。

 

 

「自首ではなく、元の仕事に戻って欲しい……か」

 

 

 その時の渚の様子を思い返しながら、蓮は呟く。

 最初に隣で聞いた際には、瞬間的に顔の向きを変える程度には驚いた。しかし、聞いて、考えてみれば、納得のいく結論だったようにも思える。

 

 

「うん。昔の筒内さんの仕事は、本当に素晴らしいものだったと思うから」

 

 

 誰にも何にも邪魔をされなければ、ずっと続けていたはずのジャーナリスト活動。自首して刑務所に送られてしまえば、戦場や難民の人たちの現状を伝える声が、1つ減ってしまう。

 確かに罪を償うことは大事だと、渚は思う。けれどもその形は、人によって違って良いのだとも考える。

 故に、渚は筒内へと告げた。

 

 

『貴方は芸能人たちを殺した。物理的にではなく、彼らの存在のみを裏から殺した。……暗殺した。胸を張ることも、胸を張っていられることすらできないようなやり方で、色々な人の“将来”を暗殺したんだ。その責任は、取ってほしい……ううん、取ってください』

 

 

 かつて1年間、暗殺に関する教えを受けていた渚は、知っている。暗殺者は殺す際、笑顔で、胸を張って殺せるようでないといけないのだと。

 恩師が最初から最後まで言ってくれていたことを、渚はしっかりと覚えている。

 

 犯した過ちを償うことに、異論はない。けれども同時に渚としては、筒内に胸を張れる大人に戻って欲しかった。彼の活動の素晴らしさを、大切さを、知ったが故に。

 被害者に謝る必要は、あるだろう。どのような形であれ償いはやはり必要だ。ならばどう償うのかといえば、世にとって最も有用である方法であって欲しい。それが渚の出した答え。

 別に戦地で命を散らしてほしい訳でも、崇高な職に殉じてほしい訳でもない。ただ単純に、より多くの人間を救い、より多くの人間に気付きを与えてほしかった。

 ……他ならぬ、教員志望者として。いつか生徒たちに話をする際、“戦いのあれこれ”をより身近に感じてもらえるように。

 そして写真や情報を身近に感じるには、綴り手の感情が最も大事だ。だからこそ渚は、筒内に“己自身まで殺さない”で居て欲しいと願った。

 そのために渚は、筒内と言葉を交わし続ける。

 蓮はその姿を、しっかりと横で見届けた。

 

 そうして迎えた、別れ際。

 最後に下げた頭を上げた筒内の瞳には、使命感のような火が灯っていた。

 

 すべてが終わった後、蓮は語る。その姿はまるで、生徒を励ます教師のようだったと。

 話し合いが終わった帰り道、喜ぶかなと思いつつも、渚にその印象を伝えてみた。

 渚は恐れ多いよと慌てて否定した。手をばたばたとさせながら、顔を赤くして。

 「でもそうだったら嬉しいな」と渚が思ったのは、言葉には出さなかったものの、蓮にも伝わっていた。

 

 

 

 

 

 帰り道まで一瞬で回想した渚は、杏と竜司の言い合いで思考を話し合いに傾け直す。

 

 

「もう、渚くんだって考えてその答えを出したんだからイイじゃん! それについてはもう話が終わってるんだから、いつまでもぐちぐち言わないの」

 

「わーってるけどよ。……別に渚の出した答えが間違ってるとも思ってねえし。けどなんかこう……しっくりこねえんだよなぁ」

 

「確かに、今回の金城然り、改心した後は何かしらの形で、周囲の目が変わることを実感してきたからな。物足りなくなる気持ちは分からんでもない」

 

「だろ? だろ?」

 

「改心したかどうかは、今後の筒内の活動を見て行けば分かるだろう。その行動が誰かを救うことに繋がるのであれば、その時に俺たちの改心の是非が分かるはずだ」

 

「描かれた軌跡を見て判断するということか。それもまた乙だな」

 

「は? おつ? まあ確かに終わったけどよ」

 

「いや、お疲れのおつじゃねーよ……」

 

 

 モルガナが小声でツッコミを入れる。今日アジトに怪盗団が集まってから初のモルガナの発言だった。蓮を除く全員が、あれモルガナ居たんだと小さく驚く。

 モルガナ自身は人通りも多いため、あまり声を出さないようにしているのだが、その気遣いは言わないのであれば、恐らく現状蓮以外には伝わることはない。

 

 週末の為か人通りが多く、その分連絡通路は喧騒に溢れている。通りかかる人がそれぞれ誰かと話していたり、急いでいたり、何かしらの画面を見ていたりと忙しない。人が止まることは少ないものの、あまり注目を集めるのは避けたく、直接的なワードを放つのも躊躇われた。猫の声が多く聴こえてくれば自然と注目度は上がる。それはモルガナとしても避けたかった。猫ではないが。

 本日はホットワードとして街の至る所で怪盗団の話題が上がっているので、ある程度は騒いでも周囲の話し声に紛れるものの、注意は必要。今後は拠点を変えることも含めて考えなければと、蓮は思考を巡らせた。

 そんな中で、遂に最後の1人が来る。

 

 

「お待たせ、みんな。ごめんなさい遅くなっちゃって」

 

 

 短髪で、いかにもお堅い容姿の美少女が、怪盗団に合流した。

 新島 真。怪盗団参謀が話し合いに参加する。

 

 

「ううん大丈夫。生徒会の用事?」

 

「あー」

 

 

 どうしていたのかという問いに、真はチラリと渚を見た。

 その視線の意味を、渚は理解できていない。

 

 

「まあ、そんなところ」

 

 

 結果彼女の口から出てきたのは、濁すような言葉だった。

 とはいえ、それに追及する気配もなく、聞いた張本人である杏も、ふーんと次の話へ舵を切る。

 また再度、怪盗団の勢いの凄さについて、竜司と杏は真に伝え始めた。

 

 

「でも本当に、凄い人気ね」

 

「だろ!? ……! ここで怪盗団だってバラせば、もしかしてオレ、モテ期来ちゃうんじゃね……!?」

 

「来るのは警察だと思うが」

 

「ンだと!?」

 

 

 バラ色の未来予想図を語り、テンションが鰻登りな竜司。祐介の一言でさらにヒートアップすることとなった。

 しかしながら、祐介も考えなしに言ったわけではない。

 

 

「すみません、少し良いかな」

 

 

 竜司の後ろから、声が掛けられた。

 彼がドスを効かせながら、あ? と振り返るとそこには、警察の姿が。

 一瞬でローテンションになった竜司。杏がヤバっと驚きの表情を浮かべるのと同時、蓮がさりげなく彼女を背後へと隠す。真と渚は眉をピクリと動かした。祐介は気付いていたのだから、気まずそうな面持ちだ。

 結局1分前後の間、軽い質問のみをされ、早く帰るんだよと注意された怪盗団の面々。

 景観の後姿を見送り、曲がり角に消えた後、「来てるなら言えよ」と竜司が祐介を睨む。

 

 

「しかし確かに、こうも人通りが多いと、接近にも気づかないな」

 

「足音は騒音にかき消されちゃうしね」

 

「ひでえ目に合うとこだった……」

 

「あはは、お疲れ、竜司」

 

 

 補導されていれば、確かに酷いことはされたかもしれない。

 寧ろ今のタイミングで声を掛けられて良かった。今日は人通りが多いためか、喧騒が連絡通路にもしっかり広がっている。警察がもし忙しくなければ、もっと直接的な単語などをつかっている場面に居合わせる可能性だってあった。

 

 

「クッソ、こうなったらパーッと何か騒ぎてえ……って、そうだ、打ち上げどうすんだ!?」

 

「あ、そういえば」

 

「金城と筒内とで2件分になってしまったな」

 

 

 盛り上がる竜司と杏と祐介。

 一方で置いていかれているのが、真と渚だった。

 様子を見兼ねて、というわけでもないが、せめて話には付いて行けるようにと、補足の為に蓮は真と渚に話しかける。

 

 

「いつもはこういう改心を見届けたあと、打ち上げをしていたんだ」

 

「へえ……良いわね。ちなみに前回まではどんなことを?」

 

「最初がホテルのビュッフェ、次がみんなで鍋」

 

「ビュッフェ……ケッ、嫌なコト思い出しちった」

 

「また鍋でも良いのかもね。蓮の部屋をまた使わせてもらうことになっちゃうけど」

 

 

 過去に参加したメンバーがそれぞれ思い出に馳せる中、未加入だった2人は想像した。真は長い間、渚はここ数か月の間、家族との時間以外では1人でいることが多い。恐らくこの人数で美味しいものを一緒に食べれば、それは楽しいだろうな、と。

 

 

「打ち上ちをやるのには賛成だ。だがその前に、改めてだが聞いておきたいことがある」

 

 

 そんな想像をかき消すように、真面目な声で、蓮は話し始める。

 2人もその様子に、若干気を引き締め直した。

 そうして口を開こうとした蓮──の横で祐介が鋭い視線で問いを放つ。

 

 

「鍋の締めは、何派だ?」

 

「……祐介」

 

「ちなみに俺はおじや派「祐介!」」

 

「……すまない。先走ったようだ」

 

 

 1人だけ己の世界から帰って来ていなかった祐介を引き戻し、再度コホンと咳ばらいをする蓮。

 

 

「……聞いておきたいことがある。真と渚に」

 

 

 緩んだ空気を、一声で締めなおした。

 

 

「2人は今後、どうする? 色々と巻き込んでしまったけど、しっかりと答えを聞いておきたい」

 

「それは、怪盗団に加わるかどうかっていうこと?」

 

「ああ。勿論無理強いをするつもりはない。力を貸してくれた方が助かるけど、それ以上に危険性があることは分かってくれたと思う」

 

 

 怪盗活動の危険性。

 真も渚も、それぞれ体験した事件によって、それを痛感している。

 視線が2人に集まった。

 

「……私は、やるわ。怪盗団の掲げる正義が、正しいものだと信じられるから」

 

 真が今日遅れた理由。それは学園の校長から呼び出しを受けていたから。その理由は、怪盗団の調査報告のついて。その内容について真は言い淀むことなく、怪盗団は正義であると校長に告げて、校長室を後にしている。

 ここで躊躇うような自分とは、すでに決別していたからこその即答。真は一切の憂いなく、胸を張って答えた。その姿に、渚を除く全員が満足そうに頷く。

 そして当然、2人に向けられていた視線は、未回答者の方に集まる。

 

 

「渚はどうする?」

 

「僕は……」

 

 

 善だとか悪だとか、考えることはあった。いざという時のストッパーになる、という意味でも、渚は怪盗団を離れるべきではないと判断する。

 何より、巨大な悪と戦ったこと、国家の力を知っていること、それらの経験は明かすことはなくても、きっと気のいい仲間たちの助けになるだろうから。

 そう。単純に渚は、怪盗団の面々に悲しい思いをして欲しくないと、思えるようになった。

 だから渚は、素直に口にする。

 

 

「やる。やりたい。僕も、僕が思い描く未来の為に」

 

 

 覚悟を目に灯す彼の名は、潮田 渚(スネイク)

 今日からその正体は、どこにでもはいない高校生1年生で、怪盗だ。

 






 プロローグ、終わり。

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