酷暑が続く中、報道や世間の評判から1つの大仕事を終えたのを実感した怪盗団は、2つの事件の締めとして行う打ち上げについての討論を重ねた。結果、風物詩とも言える花火大会に参加することに決める。
しかしながら、花火は少しあがったものの、突然の大雨による雨天中止。打ち上げとしては若干、締まらない終わりに。
とはいえ、メンバーの浴衣姿に始まり、少しの間とはいえ祭りの高揚感を共有したこともあり、彼らの距離感はぐっと近づいた。
その帰り道のこと。
「あ。そういえば蓮さん、前に下宿先が喫茶店だって言ってたよね?」
「ああ」
「そのうち行ってみたいんだけど、良い?」
「何なら今日でも良いぞ」
「今日!?」
渚としてはいきなり行ったら迷惑かと思い、事前に約束をしておこうと考えてのことだったが、蓮はそういったことを一切気にしなかった。
雨宮 蓮という男子高校生は、地味そうな見た目に合ったまめなタイプで、普段より掃除を欠かしていない男子だ。特に猫の毛については根気強く掃除をしている。
故にいつ、誰が来ても問題はない。家主への断りは必要だが、家主自身、蓮が友人を呼ぶことを微笑ましくは思っているようで、あまりに急な来客でもない限りは何も言わない傾向にある。蓮も念のため電話で伺ってみたが、「仕方ねえな」と了承された。騒ぐなよと念押しはされたが。
「お、なんだ? 2次会か?」
話を聞いていた竜司が、2人の間に割って入るように顔を乗り出し、肩を組んだ。
あ、これ騒がしくなるやつだ。と蓮は遠い目をした。
「やはり鍋か……俺も同行しよう」
祐介も祐介で、ノリ良く参加を表明する。
彼の発言には夕飯に相乗りしようという裏の思考──なお全員気づいている──があったものの、根底にあったのは物寂しさだったのだろう。降って湧いた機会に、少し嬉しそうにしていた。
あ、これ泊りになるやつだ。と蓮は目から光を消した。
2秒後には、まあ面白いし良いか、と腹をくくった。
基本的に怪盗団男子は、ノリで動いている。
「あ。参加は良いけど、材料費は折半な」
「なに!?」
「いや驚きすぎだろ」
結局、各々買った材料を持ち寄ることとなった。祐介は長ネギ担当大臣に就任するとの言である。理由は語るまでもない。
「あ。あたしたち……あたしと真はパスで」
「ん? 来ねえの?」
「流石にこの格好じゃ……ね?」
「あー……」
浴衣を着てきた女性陣は、一度帰って身だしなみを整える必要があった。だが、出直すにしても時間がかかり、かつ一刻も早く雨に濡れた体を温める必要もある。それであればいっそのこと最初から不参加の方が、迷惑も掛からないという判断の下の申し出だ。
その発言を聞いた蓮は、仕方がないことだとは思いつつも、女性陣不在による、家主のご機嫌度の低下を危惧した。
いざという時は、と頭の中で前置いた蓮は、渚に目を向ける。
女装してもらえばいけるか? と考える蓮。
目が合った瞬間、なぜか悪寒を感じ取る渚。
目と目で通じ合う間柄であった。
とはいえせっかく来てもらうのに悪いかと考え直し、鞄に入ったモルガナに思いを馳せる。
いざという時はモルガナで機嫌をとるか、と考える蓮。
原因不明の悪寒に身を震わせるモルガナ。
目と目を合わせるまでもない間柄の2人だった。
純喫茶“ルブラン”。
蓮に案内されてたどり着いたのは、四軒茶屋駅より徒歩数分、細い脇道に入ったところにある喫茶店。外装は決して新しいとはいえず、どちらかといえば年季の入った建物。しかしながら外から垣間見ることのできる内部は、飲食店らしい小綺麗な印象だった。
蓮の先導で開けられた扉の先へ、慣れたように入っていく先輩たち。最後尾について歩いた渚も、彼らに続いて入っていく。
「らっしゃい。悪いが今日は……って、なんだオマエたちか」
「お邪魔しやーす!」
中に入ると、エプロン姿の中年男性が1人、カウンターに立っていた。
喫茶店のマスターであり、蓮の監督者──佐倉(さくら) (そうじろう)。渚は一瞬、彼の対応からぶっきらぼうな印象を受けたが、竜司の挨拶の仕方と、その後の蓮とのやり取りを見て、ひとまず拒絶はされていないようだと安心する。
「ただいま。お客さんは?」
「この雨だ、いねえよ。お前らも来たことだし、今日はこのまま閉めるつもりだ」
マスターの言う通り、他に客はいないようだった。
ただでさえ近くの駅でお祭りがあり、かつこの突然の雨。客足が遠のいても仕方のないことだろう。
尤もその静けさも、開口一番で竜司が吹き飛ばしたが。良くも悪くも。
「……悪いな」
「ガキが何言ってんだ。どうせ開けててもこの天気に祭りの日じゃ客なんて来ねえから良いんだよ。ああ、カレーが残ってるから食うなら好きに食え」
「これぞ天の恵み!! 神……いや、マスターに感謝を」
「大げさな奴だな」
大げさに祈りだした祐介に、呆れて笑う惣治郎。対応や反応に大人の余裕がある、と渚は少し目を輝かせた。
「あ、鍋やりたいんで、またコンロ借りてイイっすか?」
「好きに使え。ただし、取り扱いには気をつけろよ」
「了解」
「あざまっす!!」
鍋の決行が無事に決まり、一同は一安心する。
話がひと区切りついたところで、渚は1歩前に出た。
「あの、お邪魔します」
「ん? 初めて見る顔だな」
「初めまして。潮田 渚です。いきなりおしかけちゃってすみません」
「佐倉 惣治郎だ。よろしく。……おいオマエ、ちょっとこっち来い」
挨拶を返した惣治郎は、蓮を近くへ呼び寄せる。
2人は渚に背を向け、小声で話し始めた。
「……随分と大人しい子だが、まさかオマエら、無理やり連れてきてねえだろうな」
「ただの友人だぞ」
「だってオマエ……見るからに人畜無害そうで、小さい子が?」
「それは今まで連れてきたみんなが有害そうということか? あ、あと本人に小さいと言うのは無しで。たった1コ下だし、気にしているみたいだから」
「杏ちゃんはともかく、そこの野郎どもがぱっと見無害に見えるかよ」
言われて、視線を向ける。
蓮は嘘が付けなかった。
「確かに」
「だろ。……まあしかし、なんだ。一丁前に気を回すなんて、立派に先輩してるじゃねえの」
「いっ!?」
バシン。と惣治郎は蓮の臀部を叩く。行為とは異なり、優しい笑顔を浮かべる惣治郎。
突然の衝撃に最初は戸惑いの表情を浮かべた蓮も、惣治郎なりの誉め言葉だと理解し、素直に受け入れた。
「あー……潮田君、だったか? このアホどもと今後とも仲良くしてやってくれ。むさくるしいし、騒がしいが……まあ、悪い奴らじゃないらしいんでな」
「あはは……ぜひ」
会話もひと段落着いたところで、2階へ案内される。見事な屋根裏部屋がそこにはあった。ここが俺の部屋だ、と蓮は言う。
荷物は棚の上にでも置いて、そこらへんでくつろいでいてくれ。と彼はコンロを取りに階下へ戻った。
言われた通り荷物を置いた渚の耳に、話声が聞こえてくる。
「にしてもオマエが後輩を連れてくるなんて思わなかったぞ」
「今度は先輩も連れてくる。なんと生徒会長だ」
「はあ? 生徒会長だ? オマエ……何かして監視されてるんじゃねえだろうな」
「……トモダチダ」
「片言じゃねえか。……まあ、良い。繰り返すが、この1年、絶対に問題だけは起こすなよ」
「分かっている。いつもありがとう」
「……早く行け。待たせてんだろ。店は閉めておくが、友達が帰るときに戸締り忘れんなよ」
その後、ガサゴソという音がした後に、階段を上る足音が響いてきた。
穏やかな表情の蓮が、コンロを持って上がってくる。
短い時間とやり取りであったが、店主が良い人間だというのは、渚にも理解できた。単純に、お店の方にも来てみたいなと思える程度に、好印象だった。
そうして鍋の準備をしている所に、それぞれのスマホが振動する。
全員がほとんど同時に反応したことから、怪盗団のグループチャットに投稿があったことをお互い推測した。それぞれがスマホを点けると、新着メッセージとして、真から送られてきた文面が全員の目に入る。
『みんな、ニュースは見た!?』
「ニュース……?」
4人と1匹が首を傾げる。チャットでの真の焦り様から察するに、ただ事ではなさそうだと、一旦火を止め全員で1階へ移動。テレビを付け、チャンネルをニュース番組へ。
そこで取り扱われていたトピックは、怪盗団への宣戦布告だった。
大々的に敵対発言してきたのは、世界的ハッカー集団“メジエド”という組織。英語で掲載された文面の翻訳文には、『偽りの正義を語るのはやめろ』『我々こそが本当の正義の執行者だ』などと記されている。
そうして怪盗団をこき下ろした上で、全面降伏をするように敵は促していた。
「ンだコイツら!」
「……『偽りの正義』だとさ。偉そうに言いやがって」
その報道が面白くなさそうに、竜司とモルガナが反応する。
不快感を言葉には出さなかったが、残る3人も決していい気分ではない。
「このメジエドという組織のことはよく知らないが、悪党か?」
「そこも含めて、情報収集と話し合いが必要だろう。取り敢えず上に行くぞ」
その後、2階に戻った彼らは、スマホを片手にメジエドについての調査を開始。
しかし分かったことと言えば、相手の実態が掴めないこと。単独犯か複数犯かも不明。本拠はもちろん、該当者の名前すら見つからない。
それはすなわち、心を盗むことはできないということ。
奥の手を封じられた彼らは、怪盗ではなくただの高校生。現在取れる手は、ない。
よって心機一転。今は考えても仕方がないと、男性陣は打ち上げ2次会を再開することに。
序盤こそ盛り上がりに欠けがあったが、最後の方にはみんな通常運転で盛り上がった。
ちなみに、各自おいしく平らげた鍋の締めは、うどんだった。
翌日から、各自で情報調査や聞き込みなどをすることになる。が、世間的に明かされていない謎を、高校生の人脈で暴くことはほぼ不可能だ。
怪盗団に残された手は、大きく分ければ2つのみ。
名乗り出て、自首するか。
相手を特定し、反撃に出るか。
当然、怪盗団が選ぶのは後者。逃げるより攻める、が彼らの性に合っている。
手掛かりは、彼らの手の中に舞い込んでいた。
蓮に突然チャットを送ってきた存在──自称“アリババ”。彼の者は蓮を怪盗団の一員であると知り、“取引”を持ち掛けてきた。
“とある相手に改心を施してくれれば、メジエドを止める手伝いをしよう”、と。
藁にも縋る思いだった怪盗団の面々は、この提案に乗ろうとした。しかしここでも、情報不足が問題となる。改心対象の居場所などが分からなかったのだ。
依頼者であるはずのアリババは、情報を出し渋った挙句に逃走。
怪盗団とメジエドを巡る攻防は、怪盗団とアリババの追い駆けっこという形に変容した。
手掛かりは、アリババの残した対象の名前──“佐倉 双葉”のみ。
手始めに同じ苗字を持つ蓮の監督者兼喫茶店のマスター──佐倉 惣治郎に確認を取るも、不発。それどころか怒りを買う始末。
だが、何もないのであれば怒りを買うこともない、と決め、蓮たちはそれを手段の1つとして抱えることにした。
その後、高級寿司を食べたり、高校生探偵の明智 吾郎と邂逅したりと、色々なイベントを経て、ついに佐倉 惣治郎から佐倉 双葉について聞けるようになる。
「さて、どっから話せばいいもんか……」
惣治郎はまず語った。
佐倉 双葉ではなく、その母親についての話を。
1人の優秀な研究者が、母親になり、女手1つで子育てを行い、やがて娘の前からいなくなった話を。
「自殺だ。車道に飛び込んだんだ。双葉の目の前でな」
「それは……」
「そんなの、ショックどころじゃない……」
「辛すぎんだろ」
渚と真が言葉を失い、竜司が少女の心境を思う。
形は違うが、3人は母親もしくは母親代わりの人間によって育てられた過去を持つ。厳密には渚のみ、父が存命であり、コミュニケーションを取ることはできるものの、家から彼の姿が失われた時には相応のショックがあったことを覚えている。
それよりも深い傷が心に残ると思えば、渚の手にも自然と力が籠った。
そしてそこに掛かる思いは、その次の言葉を聞いて、より一層深まる。
「アイツは、母の死を、全て自分のせいにしてるんだ」
そこまで行くと、誰にも心情の想像はできない。想像が及ばない範囲までいったということが、何より辛さを表していた。
自分のせいにしている理由は、惣治郎にも分からない。その抱え込んだ傷はどれほど深く心をえぐり、痛みを与えて続けているのか。
惣治郎曰く、双葉は数か月前から、母親の幻聴や幻覚に苛まれているとのこと。誰もが顔を顰めて、惣治郎の話を聞き続けた。
「ありきたりだが、双葉には人並みに幸せになって欲しいと思ってる。まあ、そんな訳だ。双葉の事は、そっとしておいてやってくれねえか?」
話を終えた惣治郎は、竜司たちに帰るように告げ、蓮たちの前から去っていく。
その後姿を見送った彼らは、得た情報を整理し、どうしたいのか、どうするべきかを話し合う。
救いたい。と、全会一致の意見を得た。
怪盗団が、動き出す。