6月5日日曜日、渋谷駅前にある小さな広場に、1人の少年が立っていた。
特徴的な風貌として低身長、華奢、童顔、中性的な顔立ち。もしも服装までが中性的であれば、男子だと断言できる人物は少ないだろう。
見た目としては可愛い系だが、渋谷と言う比較的人の集まる場所においても、彼は声を掛けられることがなかった。
「渚! ゴメン、待った?」
そんな少年──潮田 渚に、この日初めて声が掛けられる。
待ち人来たり。と渚は振り返った。
そこに居たのは、長い緑色の髪を結び、サイドテールのように持ち上げた少女。
雪村 あかり。別名、茅野 カエデ。渚の中学時代の同級生である。今日は彼女の呼び出しで、待ち合わせをしていたのだ。
「ううん、そんなことないよ。茅野、今日は呼んでくれてありがとう」
「どういたしまして。呼んでおいて遅れちゃってゴメンね」
「学校が長引いたなら仕方ないよ、気にしないで」
「ありがとう、渚」
ちなみに実の所カエデは数分前に到着していたのだが、渚が見付からなくて遅れてしまっていた。
渚が小さいからではない、恐らく。もし渚に人混みの中を突き抜ける身長があったら、とカエデも一瞬考えたものの、少し距離が遠くなるから今のままが良いや。という結論に至った。何の距離とは言わないし、絶対に口にしないが。
「じゃあ早速行こっ!」
2人は手を取り合うことこそないが、仲良く横並びで歩き出す。傍目に見ればデートだ。
尤も渚にそのつもりはなく、カエデもそこまで意識していない──意識し過ぎるとオーバーヒートを起こすので、考えないようにしている──のだが。
友人。それが彼らの関係だった。
中学を卒業して、少し距離が出来た所で変わらない。片方が相手に対して特別な感情を持ち続けているとしても、本人がひた隠しにし、相手がそれを察せなければ、何も変わらないのは自明だろう。
離れることもなく、必要以上に近付くこともない。
そんな彼らの関係を知る中学の同級生たちは、皆温かい目で見守ることを決めていた。どちらのことも知っていて、何故この関係になったのかも理解しているからだ。
周囲に一応応援と心配をされているとは知らずに、2人はこうして逢瀬を繰り返している。今日は1日中カエデの買い物に付き合う約束だ。
女物の買い物に何故渚が、という疑問は生じるが、本来カエデ自身、彼に同行を依頼する気持ちはなかった。
しかし、いの一番に誘った中学の同級生たちに背中を押され、よっしゃ誘ってやらぁ、と顔を真っ赤にしながら連絡。誘い文を送った後も、真っ赤な顔を枕に押し付けたり、かと思えば真っ青になったり、布団を抱いたままぐるぐるとベッドの上で転がっていたりしたが、了承の返事が来たときは思わずガッツポーズをして喜ぶなど、激しく一喜一憂した。その末、私1人で何やってるんだろう……と冷静になり、当日は気を付けなければ、と心に刻んだ結果、今に至っている。
「渚はその……新しい学校で友達できた?」
「それがあんまり……茅野は?」
「私も居ないかなー」
午前の時間を目いっぱい使い、興味のある店を順に巡っていった彼らは、休憩用のベンチに腰を掛けて雑談を始めていた。
話題は専ら新生活について。
中学までは同じクラスで、しかも良く行動を共にしていた2人だったが、今は別々の高校。自ずと近況報告のような形になる。
目的地に着くまでの雑談だが、お互い顔色は優れなかった。
喧騒を少し遠くに感じる。探るような、しかし慮るような無言が流れた。
先に口を開いたのは、カエデの方。
「事前にSNSで何があったかは聞いてたけど、やっぱりあの噂?」
「……うん、“あの日の映像”を特定までされてたなら、仕方ないかな」
彼らが思い返すのは今年の3月頭。おおよそ4ケ月近く前のことだ。
“あの日”。
政府が本気の“殺せんせー暗殺計画”実行を宣言し、天の鉾や地の盾などの投入について説明するための記者会見を行った日の事だ。
その日、数々のクラスメイトたちがカメラに映ってしまった。いくらプライバシー保護の観点からモザイクが掛かっていたとはいえ、解析することは難しくない。所属する中学校はその後の会見で明らかになっていて、その上少しでも学校の内部事情に理解がある──例えば在校生などの協力があれば、元となる顔写真くらいは用意できる。
となれば今のネット社会だ、拡散に次ぐ拡散で情報は一気に広まっていく。
実際、彼らが高校に入学する前には判明した情報が共有されていて、渚を含む数名はその噂の被害にあっている。
これがもし、彼らのクラスの
人との距離感を測ることが上手な為、上手く近寄れない性格だった。
一方で茅野カエデに関しては、少しだけ事情が異なる。
「でも良かった。その言い方だと、茅野は噂の被害ないみたいだね」
「まあ、これはただの変装だしね。普段はもう黒髪に戻してるから、バレてはいないかな」
しかしだとしたら、何故、高校に入ってから友人ができていないのか。
彼女が人付き合いの苦手な人間でないことは、渚自身、1年という時を共に過ごしてよく分かっている。違うと分かってても自身の状況が頭から離れず、心配からその理由を問わずにはいられなかった。
「じゃあどうして友達が?」
「……単純に、仕事の準備とか考えてのことかな。完全な復帰は高校卒業した後くらいに考えてるけどさ、所属する事務所ももう1回決めないといけないし、色々やりたいこともあるからね」
詰まる所カエデは自ら孤独の道に足を踏み入れたということだ。
恐らく抜かりのない彼女のことだから、在学中に気の許せる友人くらいは作るのだろう。と渚は推測を立てる。それが今でないだけで。
1つのことに集中して他をおざなりにする恐怖を知るはずの彼女が、その選択をするはずがないと、渚は信じている。
「……よし、休憩終わり! そろそろ次に行こっか」
「うん」
カエデが先に腰を上げ、渚もそれに続いて立ち上がろうとして──大きな音に中断された。
『ここで、緊急速報です』
顔を上げた先には、ビルの表に設置された超大型のテレビがあって。
『先ほど、日本を代表とする画家の“班目 一流斎”氏が、緊急会見を開き、盗作と、教え子らへの虐待、それに加えて、自らの作品を利用した、狡猾な詐欺行為についても公表しました』
画面が切り替わり、会見の映像が流れる。
そこには、大粒の涙を流しながら、机にへばりついてでも、嗚咽いてでも、釈明を続けようとする、男の姿が。
『──加えて、先週から開かれていた氏の個展会場に、“心の怪盗団”を名乗る何者かが不審な声明文を張り出したということもあり、警察が事件との関連性を調査をする方針です』
そう締めて、ニュースキャスターの女性は、続いてのニュースです。と改めて次の原稿を読み始めた。
「“心の怪盗団”?」
「あ、これじゃない?」
カエデがスマートフォンを取り出し、渚に見せてくる。
開かれていた赤いページには、『怪盗お願いチャンネル』、『あなたは心の怪盗を信じますか?』という文字が。
「このHP、結構前からあったみたい。遡ると、ちょうど先月くらいからかな」
「っていうことは、その当時から活動していたってこと?」
「どうかな、ひょっとしたらそうかも」
とはいえ、謎であることには変わりない。
……心の怪盗団。
渚はその名を、小さく反芻した。
「悪人を裁く怪盗、かあ。現実味はないけど、なんかヒーローみたい。渚、こういうの好きだったよね?」
そんなことを、カエデが言う。
確かに、作り話の中では好きな分類“だった”だろう。
かつて渚は、殺せんせーにお願いし、連れて行ってもらう形で、
そこで見た映画は、『ソニックニンジャ』。悩みながらも世界を救う、孤独なヒーローを描いた物語。
当時の渚は、その主人公の在り方に憧れていた。カッコイイ、と。自分はこうなれないから、と。
だが、それは昔の話でもある。今の渚とちょうど一年前の渚では、やや価値観が違う。
価値観が壊されたと言っても過言ではないほどの変化を迎えているが、もちろん良い意味で、渚は成長したのだ。
その上で、怪盗団という“悪”らしい名を名乗り、正義を為す存在が現実にいるのかも、と考えた渚が得た感想は。
「ねえ茅野」
「なに、渚?」
「民衆に認められるヒーローってさ、どんなことを考えているんだろうね」
応援したい気持ちは確かにあって。しかし彼の中の何かがその邪魔をする。
どうして渚がそんな疑問を抱いたのか、終ぞ理解することはなかった。
やったねペルソナ要素出せたよ!(名前だけ)
タグにもある通り、渚のヒロインは茅野です。
誰が何と言っても変わらないし、(渚が)他キャラとラブコメすることはありません。