立派な教師になる為に   作:撥黒 灯

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I am thou, thou art I 【Ⅲ】

 

 

「ストーカー?」

 

 

 渚は思わず、電話から聴こえた単語をおうむ返しした。

 

 

『そ。何か気付くことなかった?』

 

 

 電話の相手は中村 莉桜。同じ暗殺教室で1年を過ごし、茅野 カエデとは反対、廊下側の隣席にいた異性。渚の親友の赤羽 業に性質が近い少女だ。

 彼女から着信があったのは、茅野カエデとの──第3者目線で言うところの──デートから帰った後。夜のことだった。

 突然の質問に渚は首を傾げる。まさかそんな穏やかではない単語を出されると思わなかったからだ。

 

 

「特には何も」

 

『うーん、渚が言うならそうなのかね……?』

 

「そもそも、何でそういう話が出てきたの?」

 

『……ま、伝えておいた方が良っか。2週間くらい前になんだけど──』

 

 

 中村は今回のデートを仕組んだ張本人の1人だが──本人曰く──何も面白さだけで実行させたのではない。

 その企てが動き出したきっかけは、茅野 カエデが溢したある一言だったらしい。

 

 ──最近、誰かの気配を感じる。

 

 別に相談をされた訳ではない。偶然元E組女子の愚痴りあいみたいなチャットで、ポロリと出た1文だった。

 中村はすぐさま危機に気付いた。暗殺教室と無関係ならまだ良い。いや、全然看過していい事態ではないが、最悪ではないと言える。

 何故なら、彼女は普段、雪村あかりとして生活しているのだから。

 “元3年E組所属の茅野カエデ”は既にいないのだから。

 つまり最悪なのは、“暗殺教室について探る人間が、雪村あかりを追っている”こと。“雪村あかり=茅野カエデ”の等式が成り立ってしまうことだ。

 

 

『だから渚にって訳。暗殺教室の生徒を追ってるなら、渚にだって注意が向くじゃん? 渚なら向けられた悪意を察してくれると期待してた』

 

「それは分かったけど……なんで僕? カルマとかの方が適任じゃない?」

 

『あ、渚ちゃんがそれを察することには期待してないから』

 

「なんで!? あとちゃん付け辞めてってば!」

 

 

 途中まで信頼感有りの話だったのに、急に掌を返した受話器の先の女性。

 渚は混乱した。

 しかしすぐさま、まあ中村さんならいつも通りかと落ち着いた。

 親友が渚に与えてくれたものの1つ。その程度ではペースを乱す弄られ方をしていない。

 自身の順応性の高さを嘆くくらいだ。

 

 

『ま、念のためもう2・3回茅野ちゃんに付き合ってくれる? あ、本人には言わなくて良いから』

 

「良いけど……僕で良いの?」

 

『良いから行けって、男……じゃないか』

 

「男だよ!!」

 

『ハハハ、じゃーねー』

 

 

 電話マークを表示していたスマホの画面が、アプリアイコンの並んだホーム画面へと戻る。

 最後までからかわれてばかりだった。

 成長すれば外見は男らしくなるはずだと、まだ見ぬ将来に丸投げし、渚は眠くもないのに布団に入る。

 ふて寝だ。

 

 だが根が真面目なのであろう。不機嫌そうな顔のまま、のそっと起き上がって勉強机へ向かう。

 教科書とノート、問題集を開いて、彼は息抜きを始めた。

 

 

────

 

 

 次に渚がカエデと会ったのは、その会話をした日から約2週間が経った、6月16日のことだった。

 莉桜の心配事に付き合うことを決めたのは、渚本人。話を聞いてしまった以上、渚の性格上無視を決め込むことはできない。莉桜の手のひらの上で転がされていることに渚は気付いていないけれど、気付いていたとして動かないわけがないのだ。渚にとってもカエデは大切な友達なのだから。

 前回は日曜日で視線を感じなかったので、この日は平日の木曜日。学校終わりに着けられている可能性を思考しての対策だった。

 なお、両者一旦帰宅済み。渚はともかくとして、カエデは学校にいる間、雪村 あかりとして生活している。雪村 あかり(女優)としての彼女が男子と遊ぶこと(スキャンダル)に注意を払っていることもあり、かつ雪村 あかりと潮田 渚の接点に気付かれないよう、彼女には茅野 カエデとして出向いてもらうことに。

 その日も、6月5日と同じく渋谷で待ち合わせだった。

 

 

「あ、渚~!」

 

 

 カエデが渚を見つけ、大きく手を振る。

 駅ビルの壁に寄りかかっていた渚は、その声に弾かれ壁から離れた。

 

 

「茅野!」

 

「ごめんね、待った?」

 

「ううん、大丈夫。……少し休む?」

 

「へーきへーき! 行こっ」

 

 

 横に並び合う2人。

 彼らはゆっくりと、渋谷の街へ繰り出した。

 

 休日いつも賑わっているセントラル街は、土日に比べればさすがに少し静かだが、それでもかなりの人数が居た。中には渚たちと同じ高校生や年下の中学生、大人や老人。老若男女が1本の通り道に集っている。

 実の所、渚が平日ここを訪れるのは初めてであり、来るときは決まって休日だった。そのため、いつもと若干顔が違う街を見て、新鮮そうな反応をしている。

 それを横で見ていたカエデは、微笑ましいものを見る表情を彼に向けた。

 

 そんなとき、ふいに渚の視線が固定された。

 見るからに不審な人間が居たのだ。一瞬、莉桜の言っていたストーカーという単語が頭を過る。

 

 その人物は、高校の制服姿で、漫画雑誌で顔を隠している、女子生徒。こそこそと誰かを着けるような動きをしている。

 ストーカーだろうか。

 だが、渚は彼女を捕まえる気になれなかった。道行く人たちも同じだろう。

 あんなにあからさまな尾行をしていて、かつカモフラージュ用であろう漫画雑誌を逆さに持っている少女を、どうして捕まえられようか。

 渚は一気に脱力した。毒気を抜かれたと言って良い。肩から力が抜け、思考に余裕が出て来た。

 

 ──だからだろう、一瞬、邪な視線を感じ取れたのは。

 

 あくまで自然に、そして素早く後方を確認する。

 それらしい男性の姿がちらりと視界に入った。

 

 ……本当に居た。

 

 その男が何かは分からない。故に、今は引き離すことだけを考える。

 あたかも自撮りをするようにスマホを上に掲げる。一瞬だけ震えたことを確認し、渚はカエデを連れて、尾行者を撒くことにした。

 

 

「行こう、茅野」

 

「え……ちょっと渚!?」

 

 

 いきなり手を握られ、不意打ちを受けたように赤くなるカエデ。

 その一方で渚は、どこまでも真剣な顔をしている。

 

 

────

 

 

「渚、どうしたの?」

 

「ほ、ほら! こういうお店って気になるでしょ! 少し前まで毎日触ってたし……」

 

「だからってつ、連れ回さなくても」

 

「は、はは……道が分からなくて。ごめん、茅野」

 

 

 カエデの手を引いた渚は尾行を撒くように歩き回り、やがてある店に入った。

 ──ミリタリーショップ【アンタッチャブル】。その名の通り、軍事系の模型を扱う店舗。エアガンや暗視スコープ、ジャケットなどが置かれている。

 アンタッチャブル。触れることのできない部分という意味の英単語。目に入る製品は日常生活ではまず使うことのない物ばかり。

 そして、高校生2人は、店内の雰囲気から浮いていた。

 

 

「……」

 

 

 椅子に座る店主は歓迎の言葉1つ発しない。視線や空気でひしひしと感じさせるほど、まるで歓迎していなかった。

 とはいえ渚も、すぐに店を出るわけにはいかない。

 茅野と一緒に、店内の製品を見る。ジャケットを見ては超体操服と素材を比べ、エアガンを見ては誰が使っていたかを思い出して話しと、その場に留まる理由を作る。

 

 ……エアガンか。

 

 渚は不意に、身近に迫っていた脅威を思い出した。

 そっと、3月までは肌身離さず持っていた銃と同系統のものに手を伸ばし──

 

 ……違う。

 

 ──手を、引っ込めた。

 

 確かに、威嚇として銃を使うのは効果的だろう。渚たちが持つ椚ヶ丘中学校3年E組出身という肩書を知るものにとっては特に。

 だがそれは、仮に己の危機であっても、一般人に向けて良いものであろうか。

 否である。

 

 暗殺技術を、生きる上での第1の刃にしないことを選択した彼らにとって、そのスキルはあくまで流用・転移されるべき経験であり、直接振りかざすものではない。

 

 なによりそんなことを一度でも行ってしまえば、大事な何かが壊れてしまう気がした。

 

 仮に──仮にではあるが、それが命がけの戦いであったり、あるいは超常的な現象にでも巻き込まれたのなら、話は別であるだろうが。 

 

 

────

 

 

 ミリタリーショップから出た渚は、それとなく周囲を確認する。

 怪しい人影はない。

 

 ほっと胸を撫で下ろし、再度裏道を歩き出す。

 あと警戒すべきは大通りに出る時だけだ。

 そう考えて歩いていた渚は、すぐさま誰かにぶつかった。

 

 

「痛っ」

「おっと」

 

 

 意識外からの衝撃だったのでまともに受け止められず、2・3歩後退する渚。相手は片足を引くだけで済んだらしい。不慮の衝突。反動の差は体格によるものだ。

 

 

「すまない、大丈夫か?」

 

 

 その声に、渚は相手の顔を見上げる。

 

 視界に映ったのは、癖っ毛の黒髪に黒い眼鏡を掛けた、制服姿の高校生。

 

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

「良かった」

 

 

 170cm後半はあるだろうか、渚が見上げた男子高校生の微笑みは、通りすがりの女性が見れば思わず気になって2度見してしまう程の魅力に包まれている。

 

 

「じゃ、俺は行くから」

 

「あ……すみませんでした!」

 

「気にしないで。いきなりで俺も前を見てなかったし」

 

 

 渚は頭を下げる。後ろに居たカエデも同様に礼をした。

 それに対して男性は右手を振り、去って行く。

 渚もその背を見送り、彼とは逆方向へ歩き出そうとしたところで、カエデがまだ男性を見ていることに気付いた。

 

 

「茅野?」

 

「あ、ゴメン渚。さっき猫の声が聴こえた気がして……気のせいだったかな?」

 

 

 男子高校生が先程のミリタリーショップへ消える姿を見たくらいで、猫のかげなど周囲にはない。

 

 

「……なんでもなかったみたい。行こっか」

 

「うん!」

 

 

 その後2人はセントラル街大通りに戻ったが、怪しい人影も暗い視線もなく、何事もないままその日は解散した。

 

 

────

 

 

「……律、居る?」

 

『はい! 特定終わってます! データを転送しますね!』

 

 

 




 
「ベルベットルームから出て油断してたら同い年くらいの女の子にぶつかった」


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