この作品は!
渚が暗殺教室で得たものを!
否定するための作品では!
ありません!
(勘違いされてもあれなので、念の為)
まあ実際の所、向き不向きの話なんですよ、と。
「ちょっと蓮! 急に走り出してどうしたの!?」
「ニャー! ニャー! フシャッ!!」
癖っ毛の青年を先頭に、高校の制服を着た青少年たちが、路地裏に駆け込んでくる。
男子生徒の鞄にいた猫が、威嚇するように鳴いたかと思えば、やって来た全員が警戒するように身構えた。
「大丈夫か?」
「は、はい。……貴方は?」
「ただの通りすがりだ」
男子生徒は、安心させるように口角を上げて笑顔を作る。
だが、その瞳はまっすぐ、筒内を捉えていた。
「おいオッサン、今なに話してたんだよ」
「涙する少年に頭を下げさせる光景……控え目に言っても美しいとは言えないな」
「お話、聴かせてもらえますか?」
ヤンキー風な金髪の男子、すらりとしたシルエットの黒髪の男子、真面目そうな黒髪の女子が、緊張を解くことなく問い詰める。
「やれやれ、いきなりやって来て悪者扱いですか?」
だが、筒内は飄々とした態度を崩さない。
ただの高校生たちが集ったところで、出来ることは知れているからだ。
「関係のない方々はお引き取りください。私たちは、ビジネスの話をしていますので」
「何が……何がビジネスですか!」
「ビジネスですよ。ただ、“極上の素材”を使って“最高の名誉を作り出す”ための交渉です」
「……っ」
渚は下唇を噛む。平然とそんなことが言える理性を、理解できなかった。
「成る程、脅しか」
癖っ毛の男子が、低い声で確信を述べる。
渚と筒内のやり取りを見て、彼はおおよその事情を掴んでいた。
それを見間違うわけがない。彼は最近、脅されていた人たちをずっと見続けていたのだから。
「人聞きの悪い。交渉と言っているでしょう?」
「貴方だけが、ですけどね」
「おやおや。ならば聞いてみましょうか。潮田 渚くん、今私たちがしているのは、交渉ですね?」
分かっているだろうな、と。あくどい笑みを浮かべて、筒内は問う。
直接ぶつけられた悪意に、渚の背筋は、一瞬だけ凍った。
──だが、それだけだ。
「違う! 貴方が一方的に押し付けているだけです!」
はっきりと、渚は断言する。
瞳には、しっかりとした光が戻っていた。
「ちっ、虎の衣を借りる狐が。……まあ良いです、分かっているでしょう? 貴方の友人たちが平穏に過ごすには、私に協力する他ないことを」
「……っ」
歯を食いしばる。
どんなに強がったところで、筒内が明確な弱みを握っているのは事実。どんなに感情を込めて男を睨んだ所で、渚の劣勢は変わらず。
「ふふ、そうですね……次の寄稿締め切りは来月の25日。書き直しを含めると2週間は欲しいので、11日までにご返答頂きましょうか」
「っ!」
タイムリミット。そこを超えてしまえば、今度こそ彼らに“平穏”はやってこなくなるかもしれない。誰かがもっと傷付き、誰かがもっと悲しむかもしれない。
渚の脳裏に、落ち込む同級生たちの姿が映る。
「くくっ、今月は“怪盗団”。来月は“椚ヶ丘”。注目と売り上げに困ることはありませんね」
「「「「「!?」」」」」
その場にいた全員が、驚いたように目を見開く。最初に口を開いたのは、金髪の男子生徒だった。
「テメエ! 俺らの記事で──「リュージ!」──っ、やっべ……!」
リュージ、と呼ばれた男子の発言が、ブロンドヘアの少女によって中断させられる。
だが、その単語はしっかりと彼らの耳に届いていた。
……俺らの記事?
記事の話題が上がったのは、“怪盗団”と“椚ヶ丘”について。つまり彼らはそのどちらかに属していることになる。
渚の見たところ、男子たちの制服は椚ヶ丘高校のものではない。
……つまり。
ゆっくりと思考を終える。決定打に欠ける推測だ。
──だが、同様に考えを巡らせていた筒内は、別の所に気が付いていた。
「キミは、喜多川 佑介くんかい……? “怪盗団”によって“粛清”された、“斑目一龍斎”の最後の弟子の……」
「む。……そうだが、それが何か?」
問い掛けられたのは、細身の黒髪男子。喜多川 佑介はゆっくりと首肯する。
堂々とした人だな、と彼を見た渚は思った。背筋は伸びたまま、何も臆することはなく、答え難そうなこともはっきりと言ってのける。その姿勢は今の渚にないものだ。その話が本当なら、喜多川 佑介は渚と同じく、マスコミに追われる立場だった人間だろうに。
殆ど同世代の人が同じ状況下で、立派な受け答えをした。それに比べて自分はどうだ。と自問するのも無理はないだろう。
「は、はは、はははっ──ツイてる! 僕はツイているぞ! キミたちが本物かどうかは知らないが、それはこれから追々分かっていくでしょう! ……今はしっかりと、観察させて頂きますね?」
カシャリ。
いつの間にか手に持っていたデジカメで、渚と渚を助けに入った数人の写真を撮る。
数人が、苦々しい顔をした。
そんな中で、1人。1人だけ、静かに怒りの火を灯していた男が、渚の隣にいる。
──この人。
表情を歪めるわけでも、悔しそうなアクションをするわけでもなく、ただ静かに、力強い瞳で筒内を睨む──否、見詰める癖っ毛の青年。
筒内の狂喜に酔ったような視線とかち合うも負けることはなく、逆に筒内を引き下がらせた。
「……ま、まあ、今日はこの辺で失礼しますよ。またお会いしましょう」
明らかに勝ったというのに、すたすたと逃げるように小走りする男の背を、彼らは黙って見送った。
────
「クッソォ! あの野郎! ぜってー許さねえ!」
「落ち着け、リュージ」
「落ち着いてられねえだろ! なにが『観察させてもらいますね?』だ。気味悪いんだよ!」
落ち着かない様子で地団駄を踏んだ金髪の青年。
周囲の人たちから諫められたリュージと呼ばれた男は、彼らから顔を背けつつ大きな舌打ちを1つ放ち、後頭部をガシガシと掻いた。
「大丈夫か?」
そんな彼らの様子を背に、癖っ毛の男子は改めて、渚へと手を伸ばす。誰も助けてはくれない、そんな絶望に囚われかけた渚へと向かって。
「ありがとう、ございます」
しっかりと握って、引かれるがままに立った。
「……」
「? あの、何か?」
「なんでもない」
何かを気にした素振りの少年だったが、特に何かを言ってくることもない。渚の読み取れる範囲で、彼は渚に対して悪い感情を持ってはいなさそうだった。
「そ、それでその、皆さんは本当に」
「え!? いや、それは……」
アッシュブロンドの髪の女性が、意識の波を読まなくても分かるほど、明らかな動揺だ。
その様子を見て居られなかったのだろう。黒髪の女性が一歩前に踏み出し、視線を逸らそうと話し始める。
「ここだと人目に付く可能性があるわ。“偶然にも”今日は人通りが多いみたいだし、場所を変えて話さないかしら?」
「しかし、場所を変えるにしても今日のこの様子では何処へ赴こうとも人混みは避けられないだろう。出直すか?」
「……どうする、蓮?」
渚の手を引いた男性へと視線が集まる。そうして渚は、彼の名前を知ることとなった。
眼鏡を掛けた、高校生の青年。鞄に猫を入れているのもさることながら、渚の眼をもってしてもいまいち掴み処のない人間。
そんな彼が、ゆっくりと口を開いた。
「……どこかの個室へ行こう」
ぐぅぅ。
場に似つかない気の抜けた音が響く。
全員があっけにとられたような表情を浮かべた中、1人、その音の発生源である蓮はといえば、キメ顔をしていた。
「ご飯が食べられるところで」
「ナーナー……ニャーナーナーフッナフシャッ!?」
「ま、良いじゃねえか。確かに腹も減ってたしよ」
「あ、ならカラオケにでも行かない? 割引券あるよ」
「……放課後の寄り道は……って言っても聞かないわね。緊急事態だし」
「カラオケで飯が食えるのか?」
「うん、ポテトとかあるよ。祐介、行ったことないの?」
「ない。が、ポテトか……良いな、山盛りで頼む」
「良いけど、料金は割り勘だかんな」
「なッ!? くっ……背に腹は変えられんか」
わいわい、と移動を始めた彼らの後ろ姿を眺めて、渚は少しだけ、元気を取り戻した。
その背中に、去年までの苦楽を共にした仲間たちとの絆のようなものを見たからかもしれない。
「どうした、行かないのか?」
蓮が振り返り、渚を待つ。
慌てて渚も歩き出した。
……あ、茅野に連絡……ううん、話を聞くだけならすぐに済むかな。長くなりそうなら、連絡先だけ聞いて戻ろう。
仮に未来の渚がこの時の自分に何か一言言えるとしたら、報連相はしっかりと、とでも言うだろう。決して渚が事態を軽視していたわけではないが、それでも彼の対応は、1人の少女の気持ちを侮っていた。
────
偶然1部屋だけ空いていたカラオケ。その部屋に案内されるやいなや、蓮から、『少し打ち合わせをするから外で待っていてくれないか? 2分くらい』と扉の前で待たされること3分半。
漸く入れてもらえた部屋の中は、少しとげとげしい雰囲気だった。
「先に、自己紹介をしておこう。俺は
癖っ毛、黒くて大きな眼鏡、男子の中では唯一上下ともに制服を着ている青年が、自分を指差しながら言う。
蓮はそのまま視線を座っている男子へ向けた。その視線を受け取った男子は不承不承ながらも口を開く。
「オレは
金色短髪の青年。赤いTシャツに蓮と同じズボン。蓮とは打って変わって派手な男子生徒だ。
「私は
「ナーニャナーナーナーニャニャ」
机の上に居座る黒猫を撫でながら話すのは、かなりの重量がありそうなアッシュブロンド髪の少女。他の3人に比べて、杏は少しだけ親し気だった。
黒猫は、渚視点では落ち込んでいるようにも見えたが、理由はよく分からない。
「
杏と比べて終始真剣な表情をしているのが、黒髪の女性、真だった。
赤みのかかった茶色い瞳。蓮と同じく制服をきっちりと着ているからか、真面目な印象を受ける。
取り敢えず、何故彼女だけ学年を名乗ったのかは渚には分からなかった。だがほかの面々は気にした様子ももないので、取り敢えずスルーすることに。
「俺の名は
青みのかかった黒髪の青年。渚が求めてやまないすらりとした長身の持主。蓮や竜司とは履いているズボンが異なることから、通う学校が異なることが想定できた。
やや細目の彼は、今か今かとポテトの到着を待っている。
「それで、君の名前は?」
蓮が渚に問いかけてきた。
応えない理由は、ない。元より隠すような名前でもないし、最大の極秘事項には、もう巻き込んでしまったようなものだから。
「蛍雪大付属、1年、潮田 渚です。よろしくお願いします」
頭を下げる。ゆっくりと、90度。祐介とは異なり水色に近い青髪が重力に従い顔の前に垂れてきた。
「蛍雪大付属って……名門じゃない」
「え、あの頭の良い大学だよね!?」
「ははは……」
表立って褒められると、反応がしづらい。
照れ隠しするように苦笑いする渚を、唐突な敵意が襲う。
「そんで、そのお坊ちゃん校の1年が、どうしてあんな下衆野郎に付き纏われてたんだよ」
敵意の発生源は竜司だ。恐らく、名門校に通っているということが気に食わなかったのだろう。過去、E組に負けた生徒たちが向けてきたものと似たような悪意だった。
「あの記者は、椚ヶ丘、って言ってたけれど、まさか」
「……その、はい」
「……そう」
竜司の問いかけに、一瞬ひるむ渚。だが、続く真からの発言で、渚は首肯せざるを得なくなった。この期に及んで隠し通せるとは彼自身考えてもいないが、それでも、明かすべきものとそうでないものとの線引きはある。
特に守秘義務のある身だ。話せるのは恐らく、表立っている情報。内情を一切省いた、事実と結果とプラスαくらいのもの。
「話したくないなら、別に無理しなくても良い」
「……いいえ、話します。えっと、簡単に言ってしまえば、既に解決した事件を悪意で暴き、ゴシップで広めようとしているのがさっきの記者、筒内 透さんです」
我ながらざっくり纏めたなぁと渚は思った。
凄い漠然とした回答が来たなぁと蓮と真は思った。
祐介は何かを考え込んでいる。
竜司と杏はいまいちピンときていなかった。
「つまり、冤罪をかけるようなものか?」
「「「っ」」」
「個人に対して汚名を着せようとすらしている節があるので、そうとも言える、かもしれないですけど……」
「んだよそれ……許せるわけねえじゃねえかよ、クソが!」
祐介の口から冤罪という単語が出て来た時、蓮と竜司、杏の眉がピクリと動く。
渚はその反応を追及せず、少し言い辛そうに他人の悪事について報告を続けた。
すると突然、ガンッ、と鈍く重い音が響く。耐えかねた竜司が机を蹴ったようだ。少しやり過ぎたのか、顔を痛みに歪めている。
「これはもう行くっきゃねえだろ、リーダー!」
「冤罪は、見過ごせない」
蓮が、強い意志を瞳に宿させ、そう言い切った。
その言葉に、竜司と杏、それに祐介が首を縦に振る。
振らなかったのは、真だけだ。
「ちょっと待って。疑うわけじゃないんだけれど、潮田くんの言っていることが本当に正しいのか、調べてからにしない?」
「それは……」
真は極めて冷静だった。それに、椚ヶ丘の名前を知っていたことから、ある程度去年のことについて彼女は知っているのだろう、と渚も理解する。
当然の反応だ。歓迎されるわけがない。そんなこと、暗殺教室に居た人なら誰だって分かっていた。
「そんなもん、まず“パレス”があるか確かめてからでも良いんじゃねえか?」
「確かに、パレスがあれば“認知が歪んでいる”ことが逆説的に立証できる。逆に無ければ、真実はどうであれ俺たちにはどうすることもできない」
「それは……そうね」
彼らが勝手に納得する中で、渚は聴こえた単語に首を傾げていた。
……パレス? 宮殿……館?
聞き覚えは少なからずある単語だ。マイナーな単語でもなく、かつ英語は得意分野。頭に引っかかる程度の教養はしっかりと身に着いている。
だが、その意味を以てしても、祐介の言葉が理解できない。
認知が歪むとはどういうことか。そもそもパレスの有り無しという話からして謎だ。
だが、彼らの中ではそれで話が通るらしい。
蓮はズボンのポケットからスマホを取り出し、机の上に置いた。
「“ツツウチ トオル”」
──候補が見つかりました──
蓮が筒内の名前を言うと、スマートフォンから音声が出力された。
「やはりか……」
「決定だな!」
男子2人を筆頭に、彼らの中にやる気の火が共有される。
一方で渚は、放置されたままだった。
「次は場所だな。……潮田、いいや、渚でいいか? 筒内の活動範囲は知っているか?」
「渚で大丈夫です。活動範囲、ですか? 日本全土を飛び回ってると思いますけど」
「なんつーかよぉ、もっと限定的な地域で何かねえの? ここら辺一帯のボスとか」
「竜司、記者をマフィアと勘違いしてない?」
言われてみて、渚は考える。
だが、パッとは思いつかなかった。
元クラスメイトが念の為にと多めに集めてきた資料を開こうと、スマホをポケットから取り出す。
起動した画面に見慣れた元同級生の姿はなく、見慣れないアイコンが増えていること以外は、特に気にすることのないスタート画面。
しかしその増えたアプリアイコンも、スマホのアップデートでもあったのかな? 程度の認識でスルーすることにした。危機管理の無さである。
手探りで、情報をスクロールしていく。
そうして、漸くそれらしきものを見付けた。
「『主に張っているのは、豊島区、新宿区、渋谷区、中野区です!』らしいです」
「うーん、纏めるなら……“新宿区周辺”?」
──候補が見つかりました──
「やった。ビンゴ!」
杏が指を鳴らして喜ぶ。
少しばかり不安になってきた渚は、全員の“意識の波長”を読もうと集中する。
喜び半分、緊張半分。決してお遊び気分でやっている訳ではないらしかった。
この行為が何を意味するのか、未だに分かっていないが。
「そんじゃあ最後は、何に見えてるかだな! 文屋なら、印刷所?」
何の反応もない。竜司はがっくりと肩を下ろした。
「うーん、城、美術館、銀行と来たから……別荘?」
「なんで!?」
「いや、お宝ありそうじゃん?」
「金銀財宝と言えば、洞窟なども思い浮かぶが……ダメか」
杏、祐介も回答が外れたのか、少し落ち込んだ様子。
だが、気落ちして間もなく彼女らは立ち上がって叫んだ。
「もう何でも良い! 飲食店! 競馬場! 高層ビル!」
「なんか一気に質が下がったわね」
反応はない。
「当たりゃあ勝ちだしな! 漫喫! ゲーセン! 東京ドーム!」
「それ、少し微笑ましくならないか?」
しかし、反応はない。
「……」
「……」
竜司と杏が次の候補を考え込むこと数秒後。
見事な白旗を同時に上げた。
「「なんか
顎を人差し指と親指で挟むようにして考え込む男子に、全員の視線が向く。
リーダー、竜司が先程、蓮に向けて放った呼称だ。
竜司だけではない。全員の信頼が、よく分かる視線。
それらを受けて、蓮の出した答えは。
「“科学研究所”だ」
──候補が見つかりました──
~今回のモルガナ語講座~(最終回)
「ちょっと蓮! 急に走り出してどうしたの!?」
「
────
「ご飯が食べられるところで」
「
「ま、良いじゃねえか。確かに腹も減ってたしよ」
────
「私は高巻 杏。よろしくね。あ、こっちは猫のモルガナ」
「
でした。