立派な教師になる為に   作:撥黒 灯

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I am thou, thou art I 【Ⅵ】

 

 ぐにゃり。

 ぐらり。

 唐突に揺らいだ世界は、一瞬にして全貌を変える。

 ただの室内だったカラオケボックス内は、一瞬で怪しさ立ち込める白い建物の前に展開されている通路に変わった。

 彼らの体験したそれは、移動ではない。

 

 渚は知っている。

 例えマッハで移動しようと、空気抵抗や衝撃は少なからず受けるのだと。

 だからこそ、今回のこの移動は移動ではなく、場所が移り変わったと言うべきだ。

 

 

 

 

 ……いやどういうこと!?

 

 

 理解は納得から程遠かった。

 

 

 

 

 理解から遠いものは他にもある。

 渚の視界に入る、5人の姿だ。

 蓮、竜二、杏、祐介、真。

 先ほどまで話していた面々は、渚の近くにいる。

 と、思われる。

 

 

「………………?」

 

 

 

 思うだけ。

 何故なら彼らの姿が、数秒前と異なっているから。

 

 一人は黒いコートに赤い手袋、白い仮面を付けた男。

 一人は襟の立つ黒シャツに赤いスカーフ、ジャラジャラとベルトを付けた男。

 一人は猫耳に尻尾。スーツとブーツ、仮面で全身を真っ赤に覆われた女。

 一人はこちらも狐の面に狐の尻尾。水色と白とが目立つ配色の男。

 一人はライダースーツで、肩部に棘を生やした女。

 

 仮装パーティーと言われても可笑しくない者達が、気付くと目前に立っていたのだ。

 周囲の空間が変わったことの驚きに支配され、一瞬彼らの姿についてスルーしそうになった。

 あまりの出来事に思考が処理落ちし掛ける。

 まず、目の前の異変から片付けることにした。

 

 

「あの、その格好は……」

 

「……今回は初めから変わっているのか」

 

 

 赤い手袋を付けた男が、自身の腕やコートの裾などを見つつ、そう呟く。

 

 

「それだけ警戒されている、ってことでしょ。一応、疑いとはいえ私たちの正体に気付きかけているんだし」

 

 

 肩に棘を生やした少女が、その独り言に応えた。

 渚の質問には答えずに。

 ひとしきりワイワイと話したのち、赤い服の少女が渚の存在を思いだし、声をかける。

 

 

「……あ、ゴメンね渚くん。この服は……何て言えば良いんだろ」

 

 

 自身の名を呼ばれたことで、仮面の者たちの正体が先程まで共にいた者たちだと確信。

 元よりそうではないかと疑ってはいたが、その判断がついたのは大きい。話に入りやすいという点で。 

 

 

「仮装だ」

「いや自分で言っちゃうのかよ」

 

 

 “悪意を持って騙そう”という思惑に、渚は敏感だ。

 その手の嘘を目の前で言われることがあれば、余程気が動転していない限りは見逃さない。

 そんな渚にも、今の手袋の男の発言に、悪意を感じ取れなかった。

 渚が察するに、人を騙すことを意図して放ったわけでも、からかってやろうという発言だったわけでもない。

 単純に、場を和ませようとして口から出た。もしくはなにも考えないで口に出したかだろう。

 その点で、男──蓮個人への印象は、良いもので固まった。

 

 

「冗談だ。仕事着、かな」

 

「うん、それだとしっくりくるね!」

 

 

 いまいち答えが見えてこない。仮装組は仮装組で納得してるだけなので当然だった。

 詳しく話を聞こうという気持ちは渚にもある。焦りだってあった。だが、変に落ち着いている変人たちを見て、その追及を待とうとする己がいることも事実。

 もう少しだけ話を聞いてみよう。と、渚は黙ることを選んだ。

 そして、その答えは思っていたよりすぐに明かされる。

 

 

「シゴトね。良いんじゃねえの? 悪人を“改心”させるのがオレら“怪盗団”のシゴトだもんな!」

 

「バッ……スカル!」

 

「……やっべ!」

 

 

 スカル、と呼ばれた竜司が恐る恐る渚を見る。

 渚は苦笑いを返した。

 

 

「あはは……やっぱり皆さんが、怪盗団の方々でしたか」

 

「まあ、あんなやり取りがあった後だしね。遅かれ早かれ気付かれてただろうし、そもそも連れてくるって決めた時点で明かすつもりではあったんでしょう? ジョーカー」

 

「ああ」

 

 

 ジョーカーと呼ばれた蓮が頷く。

 

 

「とはいえ! スカルはもう少し発言に注意すること!」

 

「別に問題なかったんだし良いじゃねえか」

 

「「スカル!」」

 

「へいへい気を付けるって。それより渚、どーよ! 怪盗団を目の前にして!」

 

「……?」

 

「なんかあんだろ? カッコいー! とか、スゲー! とか!」

 

 

 特になかった。

 渚の胸のうちにあったのは、なんだろうこの仮装……くらいの感想である。もっと言えば、関心は既に別の所に奪われていたくらいだ。

 だが、ここで本心を述べるほど、渚は空気を読めない訳じゃない。

 

 

「すごいビックリしました」

 

「だろぉ!? やっぱ驚くよな!」

 

「スカル、その辺にしろ」

 

「わあってるって。いやぁ、今でもこれくらいならよ、もっと大物やっていけば、顔明かすだけでモテモテになれそうだよな!」

 

「……聞くに耐えんな」

 

 

 祐介を始めとする全員が微妙な顔をしている。少なくとも全員が不純な動機でやっているわけではなくて、渚も安心した。

 

 

「それで、さっきから呼んでいる、ジョーカーとかスカルとかって、もしかして、コードネームですか?」

 

「お、分かっちゃう?」

 

「よく分かったな」

 

「……以前、クラスみんなでコードネームを付け合ったことがあったので」

 

「なんだよソレ、めっちゃ面白そうじゃん!」

 

「渚くんはなんて呼ばれていたの?」

 

「……聞かないでください」

 

 

 んだよ言えよ~と竜司に揺らされ、杏の興味深々な目、蓮の視透すような目に追い込まれた渚は、ぼそっと己に付けられたコードネーム“性別”を白状。

 大爆笑が起きた。

 

 

「腹が……痛え……ッ!」

 

「ちょっ、スカル、そんな、フッ、笑ったらあはははは!」

 

「ご、ごめんなさいしお……渚君、少し、時間を頂戴……っ!」

 

 

 竜司と杏、真が声を上げて笑い、蓮は顔を逸らしながら肩を震わせていた。

 唯一の救いは祐介が笑わなかったことくらいだろうか。

 

 

 時間が経って、仕切り直し。

 

 

「蓮がジョーカーで、竜司がスカル、杏がパンサー、祐介がフォックス、そして私が、クイーン」

 

「……なるほど、雨宮さん以外は見た目がコードネームになっているんですね」

 

「見た目だってよクイーン」

 

「鉄拳制裁、行っとく?」

 

「すんませんでした」

 

 

 竜司──スカルが腰を90度折る。

 深々と溜息をついたクイーンは、あら? と周囲を見渡した。

 

 

「そういえば、モナは?」

 

「あ? そういえば居ねえなあのネコ」

 

 

 ネコ、と言われて渚の頭を過ったのは、蓮たちの連れていた黒猫。

 名前はモルガナ。コードネームは略称かな、と当たりを付ける。

 話題に上がり、全員が辺りを見渡した。が、見つからない。

 蓮が、あっ、と口を開いた。

 

 

「そういえば、パレスに来た時から居なかった」

 

「ったく、どこほつき歩いてんだアイツ……」

 

「まあ、モナならすぐに戻ってくるでしょう。それよりこのパレス……」

 

 

 モルガナを探した動きをきっかけに、話題はこの不自然な世界のことに移る。

 

 

「さすがに、空飛ぶ銀行なんかは無さそうね」

 

 

 今この場に集うメンバーの中で最年長のクイーンが、思わず耳を疑うようなことを言い出した。

 だが、渚以外に驚いている人はいない。

 それどころか、全員が仮面越しでも分かる程に遠くを見ていた。

 

 

「それは……あんなの何回も続いてたら気が持たないって」

 

「しかし、良い着想を得られそうだ」

 

「いつもポジティブで良いよなテメエはよぉ」

 

 

 げんなりとした表情でパンサーがクイーンの呟きに答える一方で、フォックスは目を輝かせていた。

 そんなフォックスを見てスカルはがっくりとし、そのまま下げた頭の後ろを掻く。

 

 そのやり取りを聞きながら、渚はこっそり首を傾げた。

 “あんなの何回も”ということは、少なからず1度は経験したということ。

 つまり空飛ぶ銀行を、一度は経験していることに他ならないのだが、その事実を渚の頭は未だに処理できていなかった。

 

 

「そんで、科学研究所……だっけ? 研究所……なんか頭痛くなりそう」

 

「スカルは何処に行っても変わらないな」

 

「……う、うるせえよ」

 

 

 先程の意趣返しか、似たような言葉をフォックスが返す。

 思わぬ反撃にスカルは口をつぐんだが、その後も反論が特に思い浮かばなかったらしい。出てきた言葉は幼稚な切り返しだけだった。

 2人のやり取りを聞いていた渚へ、唐突にジョーカーが身体を向ける。

 強い意志を伴う瞳が、渚の印象へ強く残った。

 

 

「渚、ここが筒内の認知世界だ」

 

「認知世界、ですか?」

 

 

 ジョーカーから聞く単語は、やはり聞き覚えのないものだった。。

 だが、腑に落ちることもある。

 認知世界なるものがどういったものか、渚は知らない。ただし語感的に考えれば、作られた世界なのだろう。わざわざ○○世界という言葉を使うのだ。例えば仮想世界などといった単語がそうであるように、普段渚たちの過ごしている世界と今いる場所が地続きであるということはないのだろう。

 やはり別の世界。移動の衝撃などがなかった理由にも説明が……付いていないが、そこはおいおい明かされるのかな。と棚上げ。

 

 

「俺たちは此処を、パレスと呼称している」

 

「パレス、もとい認知世界というのは、人の歪んだ認知を可視化した世界、のようなものよ。……周りを見て。何か普段と違うことはないかしら?」

 

 

 違う所。と言われて、渚は改めて周囲を観察する。

 さほど意識しなくても、違いは見て取れた。

 

 

「……服が、違う」

 

「そうね。つまり筒内からすれば、道行く人々は“あの格好をした”人と同じに見えてるのよ」

 

「例えば一般人を金のなる木と思っていれば、この世界の一般人はATMのようになり、例えば奴隷のように思い込んでいれば、みすぼらしい服を着ていたり生傷だらけだったりする」

 

「その人の思考が反映された世界……ということですか?」

 

「そんな感じだ」

 

 

 取り敢えず、納得することにした。

 確かに周囲の人間は、先程まで周囲に居た人々の様子と異なっている。

 

 

「しっかし、なんか白いの着てんな。なんだアレ」

 

 

 スカルの反応通り、道行く人間はみな、白い布に身を纏っていた。もはや服と呼べるかも分からない、布切れである。

 建物や町並みの景観にさほどの差異はない。普通の渋谷だ。ビルの高さも、町の色どりも大して変わらなかった。

 違和感があるのは現状、人間に関してということになる。

 

 

「「…………」」

 

「どうした、ジョーカー、クイーン」

 

 

 顎に手を当てて考えるジョーカーと、口を隠すように思考するクイーン。

 両者の表情は決して明るくない。

 寧ろ険しいと言っても良かった。

 只事じゃない空気を感じたのか、フォックスが2人に問いかける。

 全員の視線が2人に集まったことで、彼らは思考を終えた。

 

 

「……まさか、ね」

 

「いや、十分あり得る」

 

「何か分かったの?」

 

 

 パンサーの問いに、2人は一瞬顔を見合わせる。

 

 

「……“科学研究所”、それから“みすぼらしい服”」

 

「何を研究していると思う? なんで人が“みすぼらしい服”を着させられている?」

 

「……まさか」

 

 

 そこまでヒントを出されれば、渚にも1つの単語が思い浮かぶ。

 

 

「人体、実験!?」

 

 

 絞り出された答えに、2人は揃って頷きを返した。

 

 

「研究素材としか思っていない対象に、豪華なものなんて与えない」

 

「代えの利かない存在でなければ、大切に扱う必要もない」

 

 

 畳みかけるように、推測を伝える彼ら。

 ほぼ決定と言っているようなものだった。

 

 

「じゃあ何? あのオトコの中では、人間は代替えの利くただの素材でしかないってこと!?」

 

「班目や金城と同じ穴の貉ということか」

 

「……クソすぎんだろ。こりゃもう、悪党決定だな。“改心”させようぜ、リーダー!」

 

 

 “改心”。

 斑目の意見を受けて、ネットによく現れだした単語。そのワード自体は特に気にする必要などないありふれたものだ。

 ……本当に、皆さんが怪盗団なんだな。 

 疑っていた訳ではない。だがこうして存在を認識できる単語が出てくることで、はっきりと意識することができた。

 ……改心って、どうやってやっているのかな。

 それが“法や人道に反するやり方”ならば、止めなければならない。

 真相を知った者としての責務を自覚したところで──

 

 

「いつまで油を売っていやがるお前ら!」

 

 

 ──とう! と気合を入れた掛け声が聴こえてきた。

 渚がその声を認知したと同時、目の前に摩訶不思議物体が降ってくる。

 

 2足歩行の、黒猫が。

 

 

「よ、改めて名乗らせてもらうぜ。ワガハイの名はモルガナだ。よろしくな」

 

 

 その特殊過ぎる容姿に、一瞬だけ怯む。

 だが、去年まで喋ったりマッハで動いたりする職種生物を見ていた身。喋る猫を見たところで別段声を上げたりはしない。

 

 

「よろしくね、モルガナ」

 

 

 それ故に、平然と挨拶を返す。

 だと言うのに、挨拶を返されたモルガナはといえば、驚いたように身を捩らせ、肩を震わせ始めた。

 

 

「……お、おお……お前イイヤツだな!」

 

「どうしたモナ」

 

「聞けよ。コイツ、ワガハイを見ても、ネコって言わねえんだ!!」

 

「まだ気にしてたんだ」

「まだ気にしてたのね」

「まだ気にしてたのか」

「慣れろ」

 

「オマエら反応ドライすぎじゃね!?」

 

 

 ああ、ごめんねモナ。と女子2人がモルガナのフォローに入る。

 囲まれ、撫でられ、少し声を掛けられたモルガナは、しおれていた身体をすぐに立て直し、こうしちゃいられねえと通路の奥を指差した。

 

 

「パレスの“中央”はあっちみてえだ! 歪みが強いし、何より“オタカラ”の気配がする!」

 

「っしゃあナイスだぜモナ! 行くぞお前ら!」

 

「ああ」

 

 

 全員頷いて、モルガナの先導に付いていく。

 渚も付いていくしかない。どうやって来たのかも分からない以上、彼らから離れるのが得策でないことくらいは考えずとも分かった。

 

 

 

 

 そうして歩くこと数分。少し前から一部だけ見えていた建物の全貌が明らかになり、先程まで話題に出ていた“科学研究所”の意味を、渚も痛感することになる。

 

 

 

 

 

「「「「「「……」」」」」」

 

 

 

 その白い建物を、渚たちはただ見上げていた。

 真っ白だった。純白だった。

 その建物に窓ガラス等はなく、ただ白い壁のみが数10階分聳え立っている。

 屋上には視認できる範囲でもかなりの数の配管が立っていて、煙を吐き出していた。

 

 

「斑目とは真逆だな」

 

 

 祐介がぽつりと呟いた。

 

 

「ええ、金城とも違うわね」

 

 

 真が同意を示すように続く。

 斑目、金城。どちらも最近巷で話題になってた名前だ。

 

 斑目一流斎。天才芸術家と呼ばれ、個展を開けば満員御礼。世界を代表する絵描きとして有名だったが、先月、記者会見にて弟子の作品の盗作を自ら暴露。芸術家としての生命を終えた男。

 金城純也。池袋を拠点にしていたという、麻薬密売人。詐欺グループの元締めもやっていたとのことで、本日、“怪盗団”に予告を出された男。

 当然目の前の彼らは、その事件に関わっていたのだろう。寧ろ怪盗団なら当事者と言ってもいい。

 どうして彼らがその事件に関わったのかはまた、謎なのだが。

 

 

「中に入ろう」

 

 

 ジョーカーの号令で、全員が歩を進める。

 正面、白に染まった扉が開き、広い受付が現れた。

 彼らは迷うことなく、脚を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、白一色で統一されていた外装とは違い、配色や整頓が乱雑に纏められていて、所謂混沌とでも言うべき状態の部屋だった。

 カウンターなどの配置は所謂一般的な受付と同じだが、人を迎え入れる空間にしては、少々おぞましいものがある。

 入った瞬間、全員が顔をしかめる程には。

 

 

「んだよ、コレ……」

 

「なんて言うか……気持ち悪い」

 

「美しくないな」

 

 

 2年生組3人がそれぞれ、思い思いのコメントをした。

 何よりも不快感を煽るのは、壁紙だろう。絵の具を撒き散らしたかのような乱雑さ。祐介の言うとおり芸術性の欠片もない。

 まるで、“醜いもの”の概念を書き記したかのようだった。

 

 

「……」

 

 口には出さないが、ジョーカーも顔をしかめている。

 

 各々が思い思いな感想を抱いていると、彼らの耳に足音が響いてきた。

 目を向けると、スーツ姿の女性が彼らのもとへ向かってきている。

 

 

『こんにちは。本日はどういったご用件でしょうか?』

 

「筒内さんにご用があって来ました」

 

『所長に……? 来客の予定があるとは一言も……少々お待ちください』

 

 

 少し距離を開け、通信機のようなもので会話する女性。

 数分と経たずに戻ってきた彼女は、愛想笑いを浮かべていた。

 

 

『先程は失礼いたしました。ご案内致しますので、こちらに』

 

 

 腰を折り、先導するように前を歩き始めた女性。

 その後ろに、大人しく付いていく怪盗団と渚。

 

 

「ねえ、この流れって」

 

「ああ、金城の時の同じだな」

 

「どういうことですか?」

 

「俺たちは、現状“お客様”として認識されているってことだ」

 

 

 女性に聴かれないよう小声で話すジョーカーたち。

 歩く廊下の意匠は、受付と変わらず目に優しくない配色のまま。

 だが、先を歩く女性はそのことに慣れているのか、はたまた普通のことだと思っているのか、反応を示さない。

 

 

「あー、クイーンがバイクで入口ぶち破った時の」

 

「え」

 

「あまり掘り返さないで……」

 

 

 見た目さながらな破天荒エピソードが出てきたところで、どうやら目的地に着いたらしい。

 女性が歩みを止め、大きな扉の前に立っている。

 

 

『どうぞ』

 

 

 扉の開いたその先には、応接間のような人を出迎える為の空間が広がっていた。

 大きなテーブルに、高級感のある椅子。大勢で話すことを前提とした部屋。

 

『案内ありがとう。下がって良いですよ』

 

『はい。“所長”』

 

 

 そこに、“男”はいた。

 所長、と呼ばれた男が。筒内 透のような人間が。筒内 透ではない“人外”が。

 

 

『ようこそ私の研究所へ。歓迎します、潮田 渚君に……怪盗団の諸君』

 

 

 その男は、先程聞いた声と同じものを発している割に、見た目が先程と異なっていた。

 まるで切って繋いだかのように、ある場所を境に変色した皮膚。手術痕の残る顔。背中には大きなハサミが付いていて、身に纏う服は迷彩ジャケットに白衣とアンバランス。

 誰がどう見てもまごうことなきマッドサイエンティスト。

 

 

『そんなに怖い顔しないでいただきたい。今日はただ歓迎の意を表しているだけなのだから』

 

「ハンッ、どうだか」

 

 

 スカルが鼻を鳴らしながら、発言に食って掛かる。

 だが、建物の内部まで招かれたことも事実。歓迎という言葉を臆面通りに受け取らないにしても、対応は考えるべきだろう。

 少なくとも迎合の意志を持つべきではないことだけは、全員の共通認識として存在していた。

 

 

「おいオマエら、気を付けろよ。こっちに来てすぐ怪盗服に切り替わったってことは」

 

「筒内は、最初から俺たちのことを警戒していた。ということだ」

 

 モナの言葉を、ジョーカーが引き継ぐ。

 怪盗服の仕組みは、渚には理解できない。だが、周囲の空気が引き締まったのを感じるに、並々ならぬ事柄なのだと理解した。

 先程から、常識の範囲外から情報を詰め込まれるので、付いていくのがやっとだ。渚は隠れて嘆息する。いくら常識外のことに知見があるからといえ、立て続けの新情報は脳に堪えるらしい。

 

 

『特にそう、潮田 渚君。君に危害を加えるつもりはないのだから、安心してください。私たちはそう、ビジネスパートナーなのですから』

 

「……信頼できません」

 

『これは手厳しい。どうしたら信じてもらえるのか……そうだ、特別に“あれ”をお見せしましょう』

 

 

 わざとらしく手を叩いた筒内は、ポケットに手を入れ、何かを操作する。

 すると天井から機械特有の音が鳴り、次の瞬間、渚たちの前に大型のスクリーンが下りてきた。

 

 

『ご覧ください。こちらが当研究所の今期調査案件』

 

 

 そのスクリーンに、映像が投射される。

 

 

『政府を脅し、純真無垢な中学生たちを人質にし、あまつさえ洗脳したともされる“極悪生物”』

 

 

 渚にとっては見覚えのあるフォルム。

 それでいて、見覚えのない姿。

 

 

『“月を壊した怪物(超注目トピックス)”、私たちが作り上げた、その姿を』

 

「……──」

 

 

 言葉を、失った。

 渚の記憶にある、黄色いタコ型の“殺せんせー”に寄せてきた、寄せただけの化け物。

 その表情は温かみはなく、親しみやすさもない、狂気の集合体とも言うべきおぞましさ。

 黄色かったはずの身体は、筒内同様継ぎ接ぎだらけで、まるで色の違う生地どうしを組み合わせて強引に象ったかのような姿。

 確かに、月を壊した怪物と言われれば、納得の見た目であろう。狂気もおぞましさも兼ね備えていて、誰がどう見ても『人の理解が及ばないものだ』と理解できる。

 

 だが、真実を知る者からすれば、それは醜いだけのものだ。

 

 

「こんなの……」

 

「……渚」

 

 

 渚の頬を、涙が伝う。

 

 

「こんなの、違う、間違ってる」

 

『違って結構。間違っていて結構。大事なのは、市民の目に留まるかどうか。納得を、共感を得られるかどうかです』

 

 

 そう告げつつ背後のおぞましい映像を誇るように胸を張り、大きく手を広げ、筒内は言い放つ。

 

 

『その為であれば、真実など追わなくても、大部分が虚構であっても構わない! 雛形は既に出来上がっている! そう、必要なのは数パーセントのリアル! “実際の被害生徒S氏に独占取材!”と題を打ち、所々に貴方が零すリアルな心情、ワードを散りばめていけば、人の関心を大いに惹き付けることができる!』

 

 

 堂々と虚偽を許す発言。数字さえとれれば良いのだという信念から、事実を捻じ曲げようとする悪意。

 全員が、絶句した。

 

 

「ありえねえ……クソ過ぎんぞ、コイツ」

 

「贋作を肯定するか。醜悪、ここに極まれり。最初から分かっていたが、視界に入れることさえ不愉快だ」

 

「許せない。だってそんなの、関わった人の気持ちすべてを蔑ろにするってことでしょ」

 

「人の顔色を伺うような記事に、価値なんてないわ」

 

 

 怪盗団の面々に、怒りの炎が灯った。

 最も強大な怒りを燃やす青年が、ゆっくりと口を開く。

 

 

「ありもしない評判がどれだけ人を傷つけるか、貴方は考えたことがあるのか」

 

「っ」

 

 

 ジョーカーの放つ空気に、筒内が気圧される。

 周囲に居た仲間たちも、その声で彼の怒りの度合いに気付く。

 そして同時に、“納得した”。

 

 

「不本意なレッテルを張られた人が、どれだけの目に合うと思う。そのことが、どれだけの悲劇を生むか、考えたことがあるのか!!」

 

『ッ……知りませんね。それを考えるのは、私の仕事ではありません』

 

「ふざけるな!」

 

 

 それは、ジョーカーの怒りであり、ジョーカーが知る仲間たちの怒りだった。

 

 

「渚、君は良いのか!?」

 

「……」

 

「好き放題言われたままで、本当に良いのか!!」

 

「良い訳がない!!」

 

 

 右手で涙を拭い、払う。

 歯を強く噛み締め、腹筋に力を入れる。嗚咽を我慢していたため大きく息は吸えなくても、叫ぶのを我慢できる程度の安い誇りを胸に、渚は生きていた訳ではない。

 

 

「いつだって……いつだって貴方たち大人は、人の大切なものを躊躇なく奪おうとする!」

 

 

 良い大人と出会った。色々なことを教えてもらった。

 悪い大人と出会った。色々なことを教わった。

 渚の脳裏に、幾つかの場面が過る。

 そして思い出した。

 “この感情が行きつく殺意は、抱いてはいけない殺意”だと。

 

 だが、現実は殺意を沈めたところで何も変わらない。

 加えて相手は殺し屋とは無関係。かつて磨いた技を一般人に使うのは、掲げた“約束”に反する。

 しかし、培ったものをなくして判断すると、渚はまっとうな夢と信念を持ったただの子どもに過ぎない。大人と同じステージには到底立つことができないであろう。

 それなら渚は、子どもは、弱者は、“搾取される側”のままでいろと言うのか。

 

 変わらなければいけない。それは渚自身が強く思っている。

 

 変わりたいと、渇望している。

 

 

「何も、奪わせない。誰にも、何も失わせない」

 

 

 顔を上げて。前を見て。胸を張って。

 どれも心に刻まれた教えだ。

 

 

「悪い大人に振り回されるだけの“良い子”なんて、もうたくさんだ! 僕らはもう悪意に立ち向かう心を持っている。だから!」

 

 

 それは、抑えていた箍を外す、決意の咆哮。 

 かつて泣き寝入りをするしかなかった相手に、勝たないといけない時が来た。

 正せないと思っていた悪に、立ち向かう時が来た。

 これから行うことは復讐でなく。仕返しでもなく。攻撃ですらない。

 ならばその行為を何と呼ぶのか。

 

 

「だから僕は貴方たち、悪い大人を──」

 

 

 渚は、教わっている。

 

 

「──手入れする!」

 

 

 

 ──その叫びを待っていたよ──

 

 

 

 その決意に、応える声があった。

 

 

「う、うぅッ!?」

 

 

 突如、耐えきれないほどの頭痛が走り、渚の口が呻き声を漏らす。

 そして、どこからか語り付ける声が響いてきた。

 

 ──生まれの差で強弱が決まるというならば、力を持つ者が不満を抱くのは確かな道理──

 

 声は語る。その決意は間違っていないのだと。

 

 ──しかし命の価値は本来同等。誰でも幸せになる機会があって然るべきなのに、それを邪魔する悪がいる──

 

 それは渚の秘めた思いであり、目を逸らしていた疑念の1つ。

 

 ──生まれに善悪などはない。ならばどこに悪がある。誰が悪魔だと言うのだろう──

 

 いつからか当然のものとして、探ることを諦めていた悪意の住処。

 

 ──いつでも地獄はもぬけの殻、すべての悪魔は地上に居る──

 

 それを今、目前に見据えて自覚し直す。

 

 ──ならばこそ、悪には悪を。契約をここに。僕らが悪魔なき世界に変えてみせる──

 

 正しい方法は思い浮かばずとも、出来ることはある。

 

 ──我は汝、汝は我──

 

 痛覚に支配していた渚は、痛みの根源を探す。気付けば、渚の顔の大部分を“仮面”が覆っていた。

 

 

 ──今よりここが、君の教壇──

 

 

 引き裂かれそうな痛みに耐えながら、何かの重圧に逆らうように“仮面”に手を掛ける。

 

 

 ──教えてあげよう、僕らが知った、正しい悪の在り方というものを──

 

 ──さあ、授業の時間だよ──

 

 

 “仮面”を、外した。

 

 

 

「う、うぁあああああ!」

 

 

 

 

 渚を起点に、衝撃波が走る。

 憶えのある事象に身構えていた怪盗団の面々はその風圧に耐え、何も予想していなかった筒内はスクリーンまで飛ばされた。

 全員が驚愕の表情を浮かべる中、ジョーカーだけがただ1人、そうだよなと笑う。

 

 衝撃が収まると、私服の渚が居たはずの場所に、変化があった。

 そこに居たのは、服装の変わった渚の姿と、その背後に浮かぶ霊的なナニか。

 

 今の渚が纏うのは、灰色の忍び装束のような服。顔には蛇柄の襟巻の一部を口当てとして使用しており、目元は黒いゴーグルによって覆われている。そして腕には三日月が刻印された手甲が付けられており、足履きは草履に代わっていた。

 渚の後ろに浮かぶのは、背中から6本もの人間のものではない足を生やつつも、人のように2足で立つ、スーツ姿の怪物。人の顔では当然なく、しかしながら目と口はある。2足直立する脚と言い口と言い、怪物でありながらもどこか人に近い造形をしていた。

 今の渚は知らないが、彼の姿を“怪盗服”と呼び、背後の存在をペルソナと呼ぶ。

 どちらもまごうことなき、彼に芽生えた反逆の証だ。

 

 周囲が見守る中、怪盗服姿の渚は筒内を、その背後にある、スクリーンを指差す。

 

 

「そんなのは、先生じゃない。僕らの“殺せんせー”は立派で! 優しくて! いつだって僕らの誇りなんだ!」

 

 そして、行く末を見届けていたジョーカーを始めとし、スカル、パンサー、モナ、フォックス、クイーンが構えを取った。

 

 

「それを汚すというなら、絶対に許さない!」

 

『……姿が変わった所でなんです。それにキミ、私の“作品”を否定しましたね……良いでしょう!』

 

 

 筒内の口調が段々と丁寧さを失ったものへ変わっていく。

 男が手を数回叩くと、地面から影のようなものが盛り上がり、怪物の形を取った。

 

 

『これも私の作品。失敗作ですが、キミたちにはそれで十分。お前たち、彼らを始末しなさい!』

 

「戦えるか、渚!」

 

 

 短剣を抜いたジョーカーが、渚に問いかける。

 答えは既に、決まっていた。

 

 

「勿論だよ、ジョーカー。あ、短剣に余りとかってある?」

 

「ああ」

 

「ありがと」

 

 

 受け取った短剣を、手慣れた動きでくるくると回し、体の前で刃を下にした状態で止めた。

 手慣れた動き。それを間近で見たジョーカーだったが、特に何も言わずに渚の隣で己の武器を構え直す。

 場に緊張が走り、敵が唸り声を上げた。

 

 

 

「……さあ、“モリアーティ”! 授業を始めよう!」

 

 

 

 渚の掛け声と同時に、少年少女たちは、敵へ向かって突撃していく。

 

 

 




 
 そういえばタコも蜘蛛も足8本だなぁ。とかどうでもいいことを考えていました。

 モリアーティ教授は完全な悪役で正義の存在にもトリックスターにもなり得ないって? 確かに取った行動は悪そのものだけど、心の奥底には正義があるんだって、憂国のモリアーティを読んで思った(にわか)。歪んでしまっているけどね。

 今の渚ではどう取り繕っても、悪を諭すことはできず、力には力を、悪には悪をぶつけることしかできない。その結論の表れがモリアーティなのだと理解していただけると。
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