「『これからよろしくお願いします』、と」
簡単な挨拶の文章を作成した渚は、新しく入れてもらったグループチャットの画面にて、スマホの送信ボタンを押す。
『こちらこそよろしく』
『ヨロシクな!』
『よろしくね!』
『よろしく頼む』
『よろしく』
いるメンバー全員から返信は割とすぐに来た。早すぎて驚いたくらいだ。
まあそういうこともあるかな。と渚は1人で納得する。
渚が居るのは自室の中。帰って来てから、数分が経った頃だった。
『んで、次の集合はいつにするよ』
『そういえば、今回の期限ってどうなるの?』
『筒内が言っていたことを真に受けるなら、最低限11日には改心を終えておきたいわね』
『だとすると、予告状を出す最終日は7月10日か』
『つまりそこまでには潜入ルートの確保をしないといけねえワケだ』
『今日が6月23日だから、あと2週間と少しね』
『気合を入れていこう。渚も、分からないことがあったら逐一聞いてくれ』
『うん。分かった。その時はよろしく』
会話が終わる。
何の反応も示さなくなったスマホを少し離れた所へ置き、ベッドへ仰向けに寝転がった。
ふう、と一息吐く。そのまま身体を丸め、横を向いた。離れたはずのスマホが視界に入る。再度そのスマホへと手を伸ばし、チャット画面を開く。
「怪盗団……」
まさか自身がその一員になるとは、今朝まで露ほども思っていなかった。
仮に時間が巻き戻ったとして、今朝の自身に伝えたところで、困ったように愛想笑いされるのが落ちだろう。などと考えつつ、渚の思考は今日の話し合いのことに向いた。
得た情報を、頭の中で整理していく。
────
異世界──“パレス”。
形成者の歪んだ認知が作り出した、形成者にとっての世界。すべてが形成者にとって思うがままに作られており、そこにある存在はすべて形成者の言うがままに動いている。
怪盗団の面々曰く、自分のことを王だと思っているのであれば城が立ち、金の支配者だと思い込んでいるならば銀行ができ、といった具合にパレスはその形成者によって姿形を変えるらしい。実体験とのことだ。詳しい内容はいつか話してくれるらしい。
そしてその異世界は、歪んだ欲望によって維持されている。
歪んだ欲望──モルガナ曰く、“オタカラ”。
パレスの核。形成者にとっての世界を歪めてしまった原因。
それは本来、あやふやなものだ。原因など探せばいくらでもあるだろう。だが、怪盗団が盗むオタカラは1つだけだと言う。それは何故か。
ヒントは彼らの出す予告状にあった。狙われていると認識した者は、守り通すものを強く意識する。意識すればするほどその対象は強固なイメージになる。というのが、怪盗団の推測。
故にイメージは具現化して、1つのモノ、オタカラとしてパレスに顕現する。
“改心”。
オタカラを盗み出すことで、核を失ったパレスは崩壊する。具現化された歪んだ欲望を盗むということは、その欲自体が形成者の中から無くなるということ。
するとどうなるか。
凝り固まった価値観がなくなり、別の価値観──世間一般と大差ない尺度で、自分のことを測ろうとする。そうすると今まで行ってきた自身の悪行に取り戻した良心が耐えられなくなり、自白する。というのが、改心のメカニズム。
“廃人化”。
改心にはリスクもある。欲望を消す、ということは、生きる欲を消す、ということに等しいのだとモルガナは言っていた。
つまり不用意にオタカラを奪ってしまっては、感情のないロボットを生み出すことに直結する可能性だってあるのだと。
そしてそれは、怪盗団の全員も知ること。知ったうえで、彼らは改心に踏み切っている。
心の怪盗団【ザ・ファントム】。
改心を駆使し、世に蔓延る闇に潜みし悪を暴くことで、弱者に勇気を与えることを目標とした少年少女たち。
そのメンバーは、
────
思考を終えた渚は、すべてを踏まえてみて、考える。
怪盗団は、善であるか、悪であるか。
「悪、に寄ってるかな」
思想は善である。それに間違いはない。
思考は悪である。色々と“自覚”が足りていない。
行動はどちらとも言えない。結果として悪事を暴き弱者を助けてはいるが、そのリスクを軽視し過ぎており、敢えて厳しめな表現をするならば、リスクを、廃人化を容認しているとさえ言えるだろう。少なくとも真っ当な善ではない。
即ち、悪寄りの存在。
それが現段階における、渚の怪盗団に対する認識だった。
「渚ー! 御夕飯できたわよー!」
「今行くよ!」
下の階から母親の声がした。部屋の扉を開けてみれば、生姜のような香りが漂ってくる。
何を選ぶのが正解か、渚には分からない。
ただ分かっているのは、彼には、そして茅野 カエデには時間が足りないということと、迷っている暇はないということ。
加えて渚は、怪盗団の内情を知らない。人となりを知らず、生涯も知らない。その状態で疑いの目だけ向けていても、何も変わりはしないことを、渚は理解している。
ただ、知った上で。
もしも怪盗団が、身に付けた力に酔うことがあれば。
誰かの為ではなく、自分のために動くようであれば。
「そんな時が、来なければ良いけど」
言葉とは裏腹に、瞳には覚悟が浮かんでいた。
夕食の生姜焼きに舌鼓を打ち、部屋に戻った満腹状態の渚を襲ったのは、元級友の女子たちからのお小言だった。
少女を泣かせたのだ。当然の罰である。
言い訳もせずに謝った。謝罪に謝罪を繰り返した。
カエデにも連絡を送った。一言、簡潔に、『今日は本当にゴメン』とだけ。
決して渚も返信を待っていた訳ではないが、その日のうちにカエデからの連絡は来なかった。
────
翌日の早朝、渚は少々遅く起きた。
夜遅くまで、色々な事を考えていたからだろう。たった1日で、日常から非日常に落とされたのだ。目立った混乱も発狂もしなかったのは、一重に耐性が付いていたから。嫌な耐性だった。渚自身、全力で気付かないフリをする程には。
ふとスマホを見る。止められなかったアラームの通知とは別に、一件の連絡が入っていた。
カエデからだ。
『昨日は取り乱しちゃってゴメン』
『僕の方こそ、ごめん』と返信を打ち、スマホをポケットに仕舞う。
いつもより遅く起きたせいか、時間的な猶予はなかった。そそくさと登校の準備をし、朝食を済ませる。
そうして家を出ようとした時、スマホが振動した。
茅野からかな、と考えつつもスマホを起動した渚だったが、その表情は一瞬で引き締まる。連絡者の名前には、“怪盗団”の文字が。つまりはグループチャットでの会話ということだろう。
何かあったのだろうか。
恐る恐るチャット画面を開く。
『やべえ、今日小テストだった……死ぬ。勉強してねえ』
『いつものことでしょ』
渚はそっとスマホを仕舞った。
強い日差しの下、通学路を歩くこと数分。渚は駅に到着した。駅のホームでは日陰の場所ばかりに人が密集している。渚とて、自ら進んで数分も日差しの下で耐えるなんてことはしたくなかった。大勢の民衆と同じように、日陰のもとで休む。
次の電車まで3分。渚は先程無視したチャット画面を開き直した。
『今日、パレスの攻略に行こう。放課後、アジトに集合で』
雑談の最後、唐突に蓮が言い出した連絡事項に、目玉が飛び出そうになった。
────
放課後。
渚は1人、待ち合わせの為に制服姿のまま渋谷へと来ていた。
入学して数ヶ月が経ち、制服に着られている感を抜け出した渚であったが、それはそれとして問題が1つ。
……似合ってないかな。
身長のことを気にしながら、周囲の視線に溜息を吐く。
だが、渚の心配は間違い。実際のところは、女子かと思ったら男子の制服を着ていたので二度見されただけである。
げに悲しきは、少々恥じらいを持った渚が余計に女子らしく見えることだったのだが、本人はそのことにまったくと言って良いほど気が付いていないことだけが救いだろう。
「渚、待たせたな」
駅の方から、制服姿の男子が現れる。
呼び出し人、雨宮 蓮が、手を振っていた。
「蓮さん、こんにちは」
「こんにちは」
「ワガハイもいるぞ」
「ああ、モルガナもこんにちは」
「おう!」
蓮の鞄から顔を覗かせた黒猫のモルガナとも挨拶を交わし、彼らは蓮主導のもと、セントラル街へと歩き出した。
「今日は何をしに?」
「渚の武器を買いに」
「武器?」
言われて思い出したのは、昨日の戦闘時に借りたナイフ。触ってすぐに本物ではないと見抜けていたが、思い返すと何故かそのナイフで敵を切ることが出来ていた。
首を傾げる。
「あれって、レプリカですよね?」
「ああ。本物に近いレプリカだ。相手がつい、斬られると錯覚するほどに、本物とそっくりな」
「斬られたってダメージは、認知が勝手に補完してくれるってワケだ」
「なるほど」
そこが心の中の世界ならば、心を騙せれば良い。いくら偽物であっても、本人が切られたと思った時点で切り傷が入る。
取り敢えず仕組みを理解した渚は、脇道に入った蓮の姿を見て、再度首を傾げた。
「ここ、来たことがあるような」
そうして蓮が立ったのは、ついこの前カエデと共に立ち寄ったミリタリーショップの前。
渚はその店内に並べてあった製品の数々を思い出す。成程、模造品の購入場所としては、確かに良い。そことなくリアルで、適当な値段設定。ただ1つ気掛かりがあるとすれば、店員の反応のみ。
しかしながら、蓮は常連のように気軽そうにしている。だとすれば、店員に拒絶される可能性は低い。
そう考えて、渚は蓮の後ろに付いた。
「入るぞ」
「あ、うん!」
扉が開かれる。
鋭い視線に射抜かれたような錯覚を、渚は得た。
「いらっしゃい」
新聞を読む、グレー帽子にヘッドフォンを付けた男が、カウンターから蓮たちを一瞥し、また新聞へと目線を戻した。
「ここでは、鑑賞するのが好きな学生ということで話を通している。合わせられるか?」
渚の耳元で、蓮が囁く。
少し驚いた渚は身体が跳ねらせた。が、すぐに平然を取り戻す。
「大丈夫です」
「よし」
蓮は店の中央に向かって歩き出した。
「渚、見たい武器やエアガンはあるか?」
「うーん、エアガンは見て見ないと何とも。武器はサバイバルナイフが見てみたいかも」
「分かった。岩井さん、サバイバルナイフって何種類かあります?」
「……はあ。ガキの溜まり場じゃねえんだぞ」
「こいつも同志なので。そこを何とか」
「……まあ、お前も弁えてるか。ちょっと待ってろ」
溜息を吐いた、岩井と呼ばれた男。その彼が、もそもそと何かを準備している。
次に渚たちへ身体を向けたとき、彼の手の中には数種類のサバイバルナイフが。提示されたものの中から、2種類を選ぶ。
その後エアガンも購入することになり、再度蓮が希望を取る。興味あるのは小型のピストルかアサルトライフルだよと答えると、蓮はアサルトライフルを勧めてきた。
ついでに防具も買い、戦いの準備を終えた2人は、約束の集合場所であるアジトへ向かう。
「そういえばアジトってどこなんですか?」
「渋谷駅の連絡通路」
「なるほど、連絡通……連絡通路!? え、アジトがですか?」
「どこかを借りると履歴に残るし、人に紛れていた方が安心だ」
木を隠すなら森の中。
言っていることは分からなくはないが、それでも不安は募る。秘密の話をするのに、そんな場所で良いのかと。
一応、アジトと聞いた時に抱いた胸の高鳴りなどは、なかったこととして扱うことにした。