いつもよりも少し遅れてログインする。今日は何かクエストに行く約束があったわけでもないし、集合時間を決めてるわけでもない。だから遅刻というわけじゃないんだが、いつもより遅れると何故か落ち着かない。
自分たちのログハウスへとログインし、いつもとは違う感触が足元に広がっているのを感じる。カーペットでも変えたのだろうか。そう思って足元を見ようとすると、その前に声をかけられて視線がそっちに行った。
「キリトおっそーい!」
「悪いリズ。ちょっと母さんに頼まれ語としててさ」
「あ、それなら仕方ないね〜」
どうやら今ログハウスにいるのは、俺と今声をかけてきたリズ。他にはアスナとシリカとシノンとリーファ。エギルとクラインはいないようだな。ジークがいないのはいつものことか。顔ぶれを確認したところで、このログハウスの共通所持者であるアスナに質問を投げかける。
「アスナ、カーペット新しくしたのか?」
「ううん? 何も変えてないよ?」
「え? いやでも明らかに足元がいつもと違うんだが」
「呆れた……。あんたそれわざとじゃなかったのね」
「まぁ、お兄ちゃんですし」
「へ?」
シノンとリーファがおもむろにため息をつき、アスナとシリカが苦笑い。リズにいたっては腹を抱えて笑いまくってる。何がそんなにおかしいんだと言いたいが、シリカに足元を見るように言われ、ピナにも頭をグイグイ押される。
「足元って……おわぁっ!?」
「ふふっ、キリトくんってばログインした時からジークくん踏んでたんだよ?」
「それならそうと早く言ってくれ! それとジークも声かけてくれよ!」
「…………ころしてくれぇ」
「意味わかんねぇよ!」
驚いた拍子にジークの上から崩れ落ちて尻餅をつく。八つ当たり気味だが、本当に声をかけてほしかったからそう言ったのに、ジークはわけのわからないことを呟いた。状況が読み込めず、アスナに説明を求めると、困ったように笑顔を浮かべられる。
「ジークくん、絶剣と喧嘩したみたい」
「喧嘩……喧嘩? ジークが?」
「うん。ジークくんが」
聞けば聞くほど謎が深まる。それほどまでにジークが誰かと喧嘩することなんて珍しいからだ。敵対者との戦いならともかくとして、ジークは仲良くなった相手、つまり友達認定した相手とは友好的だ。喧嘩が起きないように立ち回るし、実際この場にいるメンバーもジークと喧嘩をしたことなんてない。
「ジークってそんなに温厚なのね」
「まぁクエスト行く時のジークしか知らないとそう思うのも仕方ないか」
「お兄ちゃん。私もビックリなんだけど……」
「……私とリーファだけ知らないとなると、SAO経験者ぐらいしかジークのことをほとんど知らないってわけか。仕方ないことだとは思うけれど」
「まぁ、実際俺でもジークのことを理解してるとは言えない。風林火山の人たち、特にクラインならともかくとして、ジークを理解してる人なんて一人だけだよ」
そう、あの子だけなんだ。ジークのことを分かっている子なんて。俺がずっとソロで動いていた時期……サチを失ってから病んでいた時期があるように、ジークだって荒れていた時期がある、らしい。その時でもずっと隣に居続けたのが、ジークの理解者。そしてジークが必ず守り抜くと誓を立て、刀を振るい続けた理由。ジークに生きる理由を与えた子。
「そんな人がいるのね」
「ああ。ジークの実の妹だよ」
「妹!? ジークに!?」
「それ初耳なんだけど! え、もしかして私会ったことあったりするの!?」
「いや、SAOで彼女と交流があった人しか知らない。彼女はゲームをしていないからな。……まぁ、そこはひとまずいいとして、ジークが喧嘩するなんてのは、その妹さんくらいなわけなんだわ」
「つまり、それくらいジークくんが自分を出せる相手じゃないと喧嘩なんてしないの」
「まさかそれがあの絶剣だとはね〜。いつの間に仲良くなったんだか」
勝手に人の身の上話をするのは、ぶっちゃけたらタブー。たとえそれが仲間内であっても、あまり褒められた行為じゃない。ここにいるメンバーはこの輪よりも話を広げる、なんてことはしないと思うが。それでもやって良いことと悪いことはある。俺は今悪いことをしたって自覚がある。
「だから後ろから首をホールドしてくるなジーク!!」
「お前、いい度胸してるな? アスナに例の話してやろうか?」
「待て! 例の話ってなん──」
「キリトくん? 何か知られちゃまずい話でもあるのかな?」
「待ってくれアスナ! 俺は本当に身に覚えが──」
「往生際が悪いですよキリトさん。今話してしまいましょう」
くっそジークのやつ嵌めやがったな! ここにいる女性陣全員の目が完全に据わってて超怖いんだが! 逃げ場がなくなった感じ! ジークに首を絞められてるから本当に逃げられないけども!
「まぁ冗談は置いといて、お前は口が軽い方だと自覚しろ」
「ゲホッゲホッ……すまん……」
「わかれば……いい……」
え、こいつそれだけのために首を絞めたのか。しかもそれが終わった途端、また無気力状態になってソファの後ろに倒れ込んだんだが。どうしたらいいんだ。あの子と喧嘩した時の対処って、その時はクラインがしたって話だし、細かくは聞いてないからどうしたらいいかわかんない。って待てよ?
「ジークはなんで喧嘩したんだ?」
「その絶剣の子が、ジークくんのこと『兄ちゃん』って呼ぶからだって。いつもは流してたらしいんだけど、機嫌が悪い時に言われてカッとなっちゃったとか」
「……あー」
「ジーク相手にそりゃあ、ねぇ?」
「はい……。絶剣さんも知らないこととはいえ……ジークさんもジークさんですけど」
「あの、また私とシノンさんが分からない話なんですけど……」
あ、そうだった。この手の話、特にジークの話なんて滅多にしないから、SAO経験者しかついていけないんだった。だけど、ジークがこうしてゾンビみたくなってるしな。自分で解決できるだろうけど、普段喧嘩なんて滅多にしないから、仲直りの仕方も分からないってとこか。……子どもか!
「……うーん、せっかくだしその絶剣の子に説明する時に、二人にも同行してもらうね。ジークくんいいよね? 自分では説明する気ないみたいだし?」
「…………」
「沈黙は肯定って受け取るからね。さて、私はそろそろ行こうかな」
「うん? どこか出かける予定だったのか?」
「うん。噂の絶剣と勝負してくる。キリトくんはジークくんのことよろしく」
「わかった」
アスナ、リーファ、シリカ、リズの四人が出ていき。俺と
「……あれ? シノンは行かないのか?」
「今さらね……。噂の絶剣の実力が気になりはするけど、それよりそこで死んでる男の話の方が興味あるのよ。私が一番接してないわけだし」
「あー、まぁ知り合ったのが最近だしな。GGOが最初か」
「ええ。戦闘狂みたいな戦い方してたけど」
わりと最近の出来事ではあるんだが、どうにも懐かしく思える。俺とジークが菊岡さんに話を持ちかけられ、GGOにコンバート。そこでシノンと出会い、GGOのことを教えてもらった。俺はFPSとか全然知らなかったが、ジークはそうでもなかったみたいで順応が早かったな。大会でも銃を持って高笑いしながらキル取ってたし。潜伏してるスナイパー全員が、ジークは狙えないって言ったのも語り草だな。
「シノンもジークは狙撃しなかったよな」
「したわよ? 一回だけ狙って、無理だなって思って放置したわ」
「シノンにそう思わせるって……」
「こいつ、私の位置を知らないくせに
「バケモノか?」
「弾を斬ったあんたも同類よ」
やれやれって肩をすくめられて言われてもな……。俺は潜伏してる場所を分かっているから反応できるわけで、そうじゃなかったら撃たれてるっての。GGOは予測線だってでるし。それを見てからじゃ遅いって時もあったりするけども。
俺達が懐かしい話をしていると、ゾンビが復活した。間違えた。ジークが起き上がってきた。先に一言お礼を言ってから、俺が用意した飲み物を飲んで座る。死んでいた目も少しは生き返ったようで、その視線は正面に座るシノンを捉えていた。
「久しぶりだな」
「そうね。死んだ目をしてるあんたを見るのは初めてだけど、初めましてがいいかしら?」
「冗談言うくらいには調子良くなったのか。んで、俺に聞きたいことでもあんの?」
「聞きたいこと……はアスナが今度だいたい説明してくれるわけだし、今は特にないわね。強いて聞くなら、本当にアスナを止めなくてよかったのか、かしらね」
「……別にいいさ。あのお節介はどう転ぼうがユウキには説明してた。俺がその事を知らないうちに。なら先に言われてるほうがマシってもんだよ」
吐き捨てるようにそう零すジークに、俺は何も言わなかった。自分の彼女を軽く悪く言われているわけだが、アスナが動いちゃうのは想像がつくからな。事実はどうしようもない。俺とジークの二人から言っても、止まってくれるか怪しい。特に今回みたいな重たいことが絡んでいると。
シノンもそれ以上は踏み込まないようにして、自分の分の飲み物を口にする。なんとも言えない空気が漂うが、不思議と居心地が悪いってわけでもない。たぶんこんな距離感がジークとシノンにとって最適なんだろうな。
「……そういやユウキのやつまだデュエルやってたのな」
「知らなかったのか? 毎日ってわけじゃなくなったけど、まだOSSをかけてやってるぞ」
「ふーん。ま、それも今日で終わり……ふむ……」
「どうしたの?」
「シノンは負け勝負をやる気あるか?」
「は?」
ジークの突拍子もない質問に、シノンは口をぽかんと開けて固まった。だが、そこそこの付き合いがある俺には、ジークがこれから何かしようとしているのだと分かった。こいつは人との繋がりを大切にする。喧嘩したからと言ってユウキとの縁を切るわけがない。
「あんた何する気なのよ」
「ちょっと一ギルドを相手どるだけだよ」
「……相当な馬鹿ね。ちなみに私、この後GGOの方に呼ばれてるからそれには行けないわよ」
「先約があるならしゃーない。……くくっ、シノンもそこそこバカに毒されてるな?」
「否定はしないわ」
うーん、隙がないというか、何とも間に入りにくい空気だ。なんでこういう微妙な距離感なのに、お互い快適そうなんだろうな。不思議だわ。って思ったけど、ジーク相手だとみんな少し違う距離感だったわ。
シノンがログアウトし、この場に俺とジークだけになる。ジークは席を立って体を伸ばし、ウィンドウを開いて誰かにチャットを送る。まぁ、あんなニヤニヤしてるなら相手は一人か。
「んで、何をする気なんだよジーク」
「至ってシンプルだよ。コソドロみたいな腐った根性してる馬鹿共の嫌がらせをする」
あ、さてはこいつ相当頭にきてやがるな。
それから時間が経過するのを待ち、ジークが呼び出したクラインと合流する。クラインはジークの呼び出し文の酷さに嘆いていたが、見させてもらった俺もそれを読んで固まった。そこには、きっとクラインがひた隠していたであろう黒歴史を仄めかす文章が綴られており、それをバラされたくなければ出てこいという内容だ。もはや脅迫文。
「キリトよー、ジークのやつ気が立ってないか?」
「あぁ、あの感じだと、ラフコフを相手にした時に近いかもな」
「……はぁ、敵さんにはお疲れ様としか言えねぇな〜」
「話してる時間はない。行くぞ」
苛立ちながらも、作戦を進めるための最低限の思考は保つ。ある意味器用とも言えるジークの特徴の一つだ。ラフコフを相手にした時は完全に人が変わっていたが、それでも乱戦になるまでは作戦を守ったし、乱戦になっても近くにいるメンバーに支持を出してすぐに態勢を立て直させた。本人は鬼のような戦いをしていたのに。
それを思い出させるような気迫を、今のジークが放っている。もう少し落ち着いて欲しいんだが、ジークのポリシーにも相手が引っかかってしまっているし、止めることもできない。
先行するジークをクラインと追いかけ、ALO内にあるアインクラッドに突入する。ジークが知っている情報とユイが集めてくれた情報。それらを統合した結果、この時間に最前線を目指すのがベストと分かった。ユイのナビゲートに従って最短ルートを最速で走り抜ける。ダンジョン内のモンスターを無視することで、タイムロスを避け、不要なダメージも避ける。
そうしてボス部屋へと続く洞窟にたどり着き、その奥を進んでいるとあるギルドたちを発見。それを見た瞬間ジークがさらに加速し、俺もそれに合わせて走る。あいつらを止めるためには、その正面に回るしかなく、狭い洞窟で間をすり抜けられるわけもない。だから壁を走った。俺は向かって右側、ジークは向かって左側の壁を。
「……ふぅ、いかにもドブな野郎たちの顔ぶれ」
「ジーク言葉が荒すぎるぞ……」
今にも斬りかかりそうな気迫を放つジークを制し、あいつらへの意思表示として自分の剣を足元に突き刺す。
「悪いな。ここから先は通行止めだ」
「キリトお前よくそんな臭いセリフ言えるな。恥ずかしくないのか?」
「そのツッコミがなければ何とも思わなかったよ!」
俺を揶揄ったジークが背を向け、後ろにいるアスナたちの方へ少し近づく。喧嘩した相手であるユウキに何か話すためなんだろうな。
☆☆☆
キリトが立つ位置と、ユウキたちの支援のために後方に下がっていたアスナの位置のほぼ中間に立つ。『スリーピングナイツ』のメンバーに会うのは初めてだが、今はそいつらと話すわけでもない。俺が話したいのはただ一人、奥で何ともいえない複雑な表情をしてこっちを見てるユウキだけ。
「……ジーク……」
「ごめんなユウキ。理不尽にキレて。……このチャンスは逃さずに掴みとってくれ」
「……うん。ボクの方こそ──」
「言うなユウキ。そこにいるアスナがお節介焼くらしいから、その後に改めて」
ユウキの言葉を遮り、最低限のことだけ話す。それ以上のことを今話す気もなく、キリトの方へと視線を戻す。すると丁度戦いが始まる時だったようで、キリトへと飛来する三種類の魔法をキリトが斬るところだった。緋丸さんがやってのけたことを、このゲーマーもやりやがる。つくづく規格外だよ。
「キリトくんかっこいいー」
「茶化すなよジーク。どうせお前もできるだろ」
「さぁどうだろうな。試したことないし」
エクスキャリバーも取り出し、二刀流になったキリトの隣に並ぶ。俺もずっと愛用してる刀から、緋桜へと武装を変え、戦闘モードへと切り替える。二人で邪魔をしようとする俺達に対し、不満を言う奴がいたんだが、頭おかしい奴がいたもんだ本当に。
「黙れよクズが」
「な、なんだと!」
「お前たちは自分たちの力でボスの情報を集めようとしない。盗み見て、分析して、最速で狩りに行く」
「それの何が悪い! これも戦い方の一つだ!」
「盗人猛々しいんだよ! お前らはそれで何回ユウキたちの邪魔をした! こいつらの夢を潰しやがって! それがまだ足りないってのか!? そうやって奪うなら、理不尽に蹂躙される覚悟ぐらい持ってるだろうな!!」
俺の怒声の直後に、相手の後方で人が吹っ飛ぶ。ようやくクラインがたどり着いたようだ。それを合図に俺も戦闘を開始し、キリトも俺の横に続く。俺が扱う武器『緋桜』は、あの妖刀設定を軽く引き継いでしまったらしい。ダメージ計算を狂わせるっていうのはないんだが、困ったことに
仕組みは、緋桜の攻撃力と同等の攻撃力(盾なら耐久値)なら剣がぶつかり合う。緋桜未満の武器相手なら弾いて斬る。もはやチートである。ユージーン将軍のも大概だが、あれとぶつかったらたぶんお互いの武器の能力は適用されないだろうな。
「遅いぞ」
緋丸さんとの勝負以降、体感的にも一段階強くなれた。視野が広まったって言い方になるのか、戦闘中に見えるものが増え、自分の中でもどう行動するのかという選択肢が増えた。相手の動きもどこかスローに感じる。左右から槍が突き出されるが、そのタイミングが若干ズレているのもわかる。先に来る右側のを体を捻って回るように避け、左側のを刀で弾く。その回転のまま右側にいた奴を斬りつけ、そのまま右へ突入していく。
「俺を中に入れていいのか?」
「ハッ! あんたでも囲われりゃ何もできないだろ!」
「甘いんだよ」
地上だけの戦闘って考えてるから駄目なんだよ。たしかにこのアインクラッドじゃ羽を出せないが、それでも立体的に動ける。正面の奴の剣を弾き、峰打ちで相手の首を殴る。姿勢が崩れたそいつを足場として使い、別のところへと飛んでいく。着地に合わせてソードスキル「
「ふん……」
待ち構えていたやつの武器が多少は刺さったが、大したダメージじゃない。硬直時間もあるが、衝撃波のおかげで敵はある程度離れている。体勢を立て直して距離を詰めてきても、その時には硬直時間も終わってる。相手が少なければ斬られてたんだろうが、大人数なのが仇なんだよ。衝撃波で吹っ飛んだやつが邪魔になって、衝撃波を受けてない奴も出てこられない。
「来いよ。俺の体力を削りきってみろ」
☆☆☆
そんなことをやってから数週間。ALO内最強プレイヤーを決める大会が始まろうとしていた。それまでの間に、アスナはスリーピングナイツの秘密を知ったらしく、その上でリアルでユウキと再会。その時に俺のことを改めて話したらしい。その後にユウキから俺に連絡が来る、ということもなかった。大会で再戦し、その時に改めて話すってことだろうな。俺としてもその方がありがたい。
「そんなわけで勝ち進んだぞユウキ」
「決勝で対戦できるとはね。ユージーンさんにも勝っちゃうし、やっぱジークって凄いよ」
「キリトに勝った奴がよく言う」
「あれは時間に助けられただけだよ。あと一秒残ってたらボクの負けだったし」
いやいや、ユウキほどのプレイヤーが、時間を考慮せずに戦うとも思えないんだけどな。キリトが空中で体勢を立て直して斬りかかったのは、さすがに驚いてたみたいだが。
「ユージーンさんとの勝負。楽しかった?」
「そうだな。本気で戦わないといけなかったし、楽しめたよ。……ただ」
「ん?」
「ユウキと対戦する方が楽しめそうだ」
口を三日月状に曲げる。待ち望んだユウキとの勝負が、もう間もなく始まるのだから。出会ったあの日での勝負以来、ユウキとは一度も戦ってない。リベンジマッチだ。
「あはは、実はボクも楽しみにしてたんだ。本気のジークと戦えることを」
「前だって手を抜いてたわけじゃないんだがな?」
「
肩をすくめてそんなことを言われる。俺からすれば本当に変わらないと思うんだけどな。どうやら周りの人は、そう評価してくれるわけじゃないらしい。まぁでも、ユウキがそう望むのであれば、俺もそういう戦い方にするとしよう。
腰に据えている刀を、愛刀から緋桜へと変える。持ち手から刃先までが赤く染まった刀。妖刀などと呼ばれたりするが、その真偽を知ってるのは俺とユウキだけ。
「時間制限が無かったらいいのにね」
「贅沢言うなよ」
カウントダウンが開始される。ユウキが抜刀し、俺は刀に手を伸ばすだけ。いつも居合から始めるし、今回だって例に漏れない。相手に読まれようと関係ない。その読みをずらしてやればいいのだから。
──3
半身になり、前の足に力を入れていきながら体を沈める。
──2
視線をユウキに集中させ、一挙一投足を見逃さないようにする。
──1
聞こえていた風の音も雑音も耳に届かなくなる。
──0
試合が始まった瞬間に地を蹴り、下から斜めにすくい上げるように振るう。筋力は俺の方が上だし、それでユウキの剣を上に弾けたら最適だ。だが、ユウキが馬鹿正直に俺の狙い通りになってくれるわけがない。緋丸さんとの戦闘で同じことをやられてることもあり、あっさり受け流された。
「ふっ!」
「っ……」
ユウキに受け流され、隙を晒すこととなった俺に、ユウキが真っ直ぐと剣を突いてくる。体を捻ってそれを躱し、そのまま回転し続けて今度は斜め上から下へと刀を振り下ろす。それをユウキが体を屈めながら前方に跳んで躱す。お互い背中を向けた状態となり、同時に振りかって剣と刀をぶつけ合う。
「……流石だな、ユウキ」
「ジークこそ」
弾かれるように離れ、距離を詰めなおして刀を三振り。上からZ状に素早く振るうも、それを全て弾かれる。反撃に十字斬り、その後に突きを放たれる。十字斬りは相殺し、突きは剣に刀をぶつけて軌道を逸らす。そのままスライドさせて横に一閃を放つ。
「おっ、と……!」
首を狙って一閃したが、それを持ち前の反射速度を発揮し、イナバウアーで躱される。そのまま後方へ跳んだユウキは、俺から距離を取るついでに腕を斬っていく。先にダメージを負わされてしまったが、焦るほどじゃない。
「オラッ!」
「うそ!?」
俺が考えたOSSを発動する。ネタで考えた技だが、相手の裏をかける上に初見なら確実に刺さる。現にユウキも引っかかった。
後方に跳んでいたユウキは、隙を晒さないようにバランスを整えながら着地していた。倒れないように剣を握っていない左手は床につけながら。距離を取ったことで一瞬息をつけると思っていたんだろう。その一瞬の隙をつかせてもらった。上体を起こした瞬間に刺さるように先にスキルを発動し、刀を
「いったいな〜もう! 刀投げるとか頭おかしいんじゃないの!?」
「うるせー! これもスキルなんだよ! 現にユウキにも有効だったろ!」
「予想外だったからだもん! この手のはもう二度と引っ掛からないからね!」
「だろうな」
刀を構え直す。お互いにダメージを負っているが、スキルでのダメージを負った分ユウキの方が体力が少ない。あのスキルはネタだからダメージも初期スキル程度にしか出ないんだけどな。
「これは気合を入れ直さなきゃね」
負けたくないし、と続けて呟いたユウキの雰囲気が変わる。やはりさっきまでのは、ウォーミングアップみたいなものだったらしい。華奢な身体からは想像もつかないような闘気が放たれる。空気は張り詰め、空間は重くなる。くりっとした眼は鋭くなり、その視線はさながらナイフのようだ。
「ははっ、そうこなくっちゃな」
弾丸のようにユウキが突っ込んでくる。先程とは格段に速さが違う。振るわれる剣の鋭さも、その剣の重みも。ギアを最高に跳ね上げたんだろう。刀身が霞むほどの速さで振るわれた剣を迎え撃つ。俺の方が筋力があるはずなのに、拮抗どころか若干押される。一撃目を防ぎ、二撃目を後方に跳ぶことで全力で避ける。
「遅いよ」
「くっ!」
距離は1秒も経たずに詰められた。斜めに斬られる。返す刀で斬られそうになるのを弾く。反撃と一発全力で振るい、力技で距離を作る。
「強いな、ユウキ。なら!」
足下に刀を突き刺す。瞳を閉じて雑念を全て払う。五感を研ぎ澄ませ、体の隅々までの神経を意識する。
「ハァッ! ……っ!?」
「ふぅー……。
瞳を閉じたままユウキの剣を弾き、それからゆっくり瞼を開ける。視界が捉えるはユウキのみ。聞こえるのは足音や呼吸音、武器や服が鳴らす音。感じていた重圧も消え、体が軽く感じる。
剣を構えて様子を伺うユウキに正面から斬りかかる。ユウキもそれに合わせて振るい、互いに攻めの一手を取り続ける。今までどちらかが守りに入っていたが、それをお互いにやめた。なにせ攻めた方が勝つのだから。俺達は盾を持っていない。斬るか躱すかが本来のスタイルだ。ウォーミングアップが終わった以上それをしないなどあり得ない。
風を斬る。相手の武器と斬り結ぶ。火花が散るが、それが見えている間にまた新たな火花が散る。幾度となく光が瞬く。剣を見てからでは遅い。見て理解してから動いてるようじゃ斬られる。直感と経験で振るうしかない。
「
「早いな……!」
先にユウキが慣れた。言葉通り俺の攻撃に対し、最適な攻撃で返してくる。さらに俺の体力ゲージが減るが、大きく減る前に俺もユウキの動きに慣れる。視認が追いつくようになり、無駄な動きをなくしていく。
ユウキの動き出しの瞬間を認識する。しかし防御には回さない。見切ったところでそれをやっていたら本末転倒だ。時間制限もあるし、体力ゲージが存在するのだから。カウンター気味に攻めるだけだ。
どれだけ斬り合っているのか。体力がどれだけ残っているのか。時間はあとどれくらいあるのか。それら全ても見ない。意識すらしない。ユウキに勝つ。ただその一点のみを意識するんだ。
ユウキの剣が紫色に光る。それと同時に俺も刀を光らせる。この状況で放つスキルなんて決まってる。お互いの必殺のOSSだ。ユウキが"絶剣"と称される所以、代名詞とも呼べる絶対無二のスキル。11連撃を放つ『マザーズロザリオ』。
それを押し切るために放つのは、俺の全力を叩き込めたスキルだ。怒涛の連続突きに対し、流れるように振るわれた刀が。突きの後の連続斬りには、烈火の如く猛烈に振るわれた刀がぶつかる。11連撃が終わり、ユウキが硬直状態に入る。俺は刀を肩の高さに上げ、射抜くように切っ先をユウキに向ける。脚に込めた力を爆発させ、ユウキの体を突きながら後方へ、背後に回った瞬間刀を一旦納めてお決まりの居合い斬り。13連撃を放つ『颶風烈断』。
「それが決まれば勝てたのにな!」
「いや〜、ボク負けたかと思ったよ〜」
「時間を把握できてたユウキの方が上手だったってことか。……はぁ、敵わねぇなぁ」
そう、負けたのだ。俺はユウキの11連撃を相殺するところまではできた。しかし、その後の二撃が決まる前に時間が来てしまったのだ。その時の体力ゲージはユウキの方が僅かに多く、ユウキの判定勝ち。俺は2連敗だ。
「最後の13撃目が入ってたらボクの負けだったね」
「負け惜しみになるから何も言わんが、なんにせよお前の勝ちだよユウキ」
「ありがとう!」
拍手喝采が会場中からユウキに浴びせられる。四方八方から舞い降りる賞賛の数々に、ユウキは笑顔を弾けさせ両手を振りながら感謝の言葉を返す。この後すぐに閉会式だし、敗者はさっさと離れますかね〜。
「あ、そうだジーク」
「ん?」
「まだログアウトしないでね。閉会式が終わったら二人で話がしたいし」
「……わかったよ」
話の内容は見当がついてる。こればっかりはもう後回しにできない。ユウキが向き合おうとしているんだ。俺がそれから逃げてどうする。
そんなわけで俺はユウキと集合場所を決め、この場を後にした。開会式と同様に閉会式もサボるからな。興味ないことに時間を使いたくないし、今は一人でいたい気分だしな。結構悔しいんだよ。ユウキに連敗したことが。ユウキに勝つためにOSSを新しく作ったのに、それでも負けたんだしなぁ。楽しかったんだけども。
「お待たせ、ジーク」
「思いの外早かったな」
「ビュビューンって飛んで来たからね〜」
翼をしまい、跳ねるようにステップを踏みながらユウキは俺の前に来た。俺達が初めて出会った場所。ユウキがずっと決闘をしていた場所に。
「優勝祝いは?」
「この後にするよ〜」
「そうか」
「ジークは来ないの?」
純粋な疑問なんだろう。年相応の無垢な瞳を向けられる。可愛らしく小首を傾げられた。それを見てどうしたものかと考える。ユウキの祝いとなるとスリーピングナイツのメンバー達とやるんだろ。キリトたちも混ざるのかもしれないが、メインはスリーピングナイツ。となると、俺はユウキぐらいしか面識がない。他は顔を合わせた程度だ。つまり、場違い感が出て気まずい。
「やめとく。ユウキ以外とは全然関わりないしな」
「みんな気にしないと思うけどな〜。……勝者の権限で来てよ」
「結局強制かよ……。暇つぶしになりそうだから別にいいけど」
呆れて思わずため息が出た。元から俺には選択肢がなかったとか、滑稽話にもならないぞ。道化もドン引きだ。ま、はにかんで喜んでるユウキを見たら、なんでもいいやってなるんだけどな。
「……ジーク、ボクね、……アスナに教えてもらったんだ」
「そうだったな。……本来は俺から話すべきことだったが……」
「それはいいんだよ。……あのねジーク、……ごめんなさい!」
頭を深く下げたユウキに戸惑う。ユウキがそこまでする必要なんてないんだから。俺がまだまだガキだったって話なんだから。それなのに……。
「ボク何も知らなかったから、そのせいでジークを追い詰めてた! 妹さんのことがあるのに、それなのにボクは『兄ちゃん』って!」
「ユウキ……」
「許されなくたって──」
「バカ」
その先は言わさないように言葉を被らせ、ユウキの頬に手を添えてそっと顔を上げさせる。ついさっきまでのキラキラした瞳はどこへやら、不安げに瞳が震えてる。若干涙目だし。
「ユウキが知らなかったのは当然だろ。俺が話してなかったんだから。それなのに俺は理不尽に怒った。謝らないといけないのはユウキじゃない。俺なんだよ」
「ジーク……でも……!」
「でもじゃない。俺が原因を作って俺が起爆させた。それだけのことだよ。ユウキがこれ以上自分を責める必要なんてない。……ごめんなユウキ。そこまで苦しめさせて」
今度は俺が頭を下げる。これが正しい構図だ。ユウキが頭を下げることのほうがおかしいんだ。どれだけ責められても甘んじて受け入れる。俺に非があるのだから。
それなのにユウキは怒らなかった。責めることもせず、俺の頭を上げさせて、「なら仲直りしよう」なんて言う。握手とばかり手を伸ばされ、気恥ずかしそうに笑ってる。俺は逡巡した。簡単に許されていいのか分からなかったから。そんな甘く許されていいのだろうか。
「ボクは、前みたいにジークと仲良くしたい。一緒にいろんなクエストに行ったり、目的もなく散策したい。駄目かな?」
「……そんな簡単に許していいのか? 俺はユウキを傷つけたんだぞ?」
「いいんだよ。だってボクが本心からそうしたいって思ったんだもん」
「甘いやつ」
差し出された小さな手に俺の手を重ねる。それだけのことなのに、長く深い溝が一気に埋まったような感覚に陥った。俺が手を取ったことが嬉しかったのか、ユウキは満面の笑みを浮かべている。それに釣られて思わず頬が緩んだ。
「えへへ」
「どんだけ喜んでんだよ」
「だってまたジークといられるって思ったら嬉しくって!」
「そんなにか?」
「そうだよ。ボク、ジークのこと好きだもん」
「……は?」
「…………あれ? ……ぁ、い、今のなし! ちがっ、わないけど……」
一気に顔を赤く染めたユウキが、ゴニョゴニョ呟きながら俯いた。耳まで赤く染まり、それを見てるとこっちまで恥ずかしくなってくる。ユウキのこの動揺がどういう意味なのか、それを正しく汲み取ることはできない。とはいえ──
「ユウキ」
「ひゃいっ! ぁぅ……」
「好きだ。付き合ってくれ」
「ふぇ? え……ぁ、ぇ?」
「馬鹿でガキで、余計に傷つけることもあるが、それでもユウキに隣りにいてほしい。一緒に時を刻みたいんだ」
心からの言葉を紡いでいく。偽り無く、俺自身の言葉を。
「い、いの? ボクは……その……」
「
「ジー、ク……うん……うん! ボクで、よければ……!」
ユウキの腰と首に手を回し、その華奢な身体を引き寄せる。瞳を閉じて背を伸ばすユウキに合わせ、俺も瞳を閉じてそっと柔らかな唇に重ねる。心が一気に満たされ、小さな幸せを享受する。
俺達はこの日から、交際を始めた。
スリーピングナイツ、風林火山、キリトたちとそれぞれ報告したら、みんな驚いて騒いでから祝福してくれた。主に女性陣が。風林火山だけ反応が違ったけどな。あいつら全員泣きやがった。悔し涙ではなく嬉し涙なあたり、それだけ俺は心配をかけていたらしい。申し訳ないったらありゃしない。
☆☆☆
「ジーク。クエスト行こ!」
「いいぞ、何に行く?」
「リスト見せて〜」
「そこからか……」
それからというもの、俺とユウキが一緒にいる時間は明らかに増えた。ログイン中はほぼ一緒。クエストに行くし、スリーピングナイツが活動するときも、俺が同行するパターンが増えた。風林火山でやる時もユウキが混ざったりと、何かと一緒だったな。女子会とか男子会の時は別だけど。
ユウキと一緒にいるのは、リアルの方でもそうなった。キリトと機械バカ二人が共同で開発した……名前は忘れたが、それのおかげでユウキと一緒にいられる。アスナが嫉妬するから、学校にいる間は基本的にアスナとユウキが一緒だ。
「あら、この子がユウキちゃん?」
「そうだな。彼女だ」
「ユウキちゃん。考え直した方がいいわよ」
「なんで息子をそんなに下げて評価するですかねぇ!」
「あはは、大丈夫ですよお義母さん! ボクが自分で選びましたし、ボクは彼が大好きですから! 何かあってもビシって言います!」
「勿体無いくらい良い子ね! 式はいつ!?」
「話が飛び過ぎだろ!」
家に帰ったらこんな感じで母さんに翻弄されるが、反対されなかったのは素直に嬉しかった。そんな人ではないと思っていたけど、不安ではあったからな。
「ここをこうかしら? あ、映ったわね。ユウキちゃんの容姿はそんな感じなのね〜。本当に可愛いわ」
「あ、ありがとうございます……」
この人機械強かったのか。知らなかったわ〜。まさかパソコンの画面にユウキの姿が映るようにするとは。しかもリアルのユウキとアバターのユウキのどっちでも可能とか。どっちでもユウキは可愛いんだが。
「さてさて、それじゃあ恋話といきましょうか。ユウキちゃんがいつから惹かれていったのか、細かく聞いちゃうわね」
「ええ!?」
「母さん!」
全然気を抜けないが、こんな感じも
母さんに根掘り葉掘り聞き出され、ユウキは恥ずかしさの限界でショート。俺からは話を聞かなかったが、十分な収穫なのか、別の日に聞かれるのか。なんにせよ俺もだいぶ恥ずかしかったな。
「ジークのお母さんって凄いね」
「いろんな意味でな」
「あはは。……あ、そうだ。今度アスナたちと京都に行くんだけど、ジークも一緒に行こうよ」
「女子だけで行くやつだろ? 俺が混ざるとなー」
「ぶー。ボクはジークとも行きたいの!」
「なら他のメンバー説得しろ」
「わかった!」
夜はゆっくり寝て、朝ユウキに騒がれて起こされる。朝からすっごいテンション高いなと思っていたら、本当に他の女子全員から許可を取れたらしい。それでいいのか女子たち。女子会の意味は何処へ。
京都ではアスナに案内してもらいながら紅葉を見て回った。名所が多く、アスナが選んだ場所なだけあって、どこも言葉を失うほどの絶景だった。ユウキははしゃいでたけどな。
京都以外にも、ユウキとALOでもリアルでもデートした。俺が気に入っている場所に連れて行ったり、知らない場所に二人で出かけてみたり。そうやって共に過ごす時間を、場所を、思い出を、何もかも共有していった。それが本当に充実して、掛け替えのないもので、幸せだったんだ。
──ずっと続いてほしいと思っていた
「ジーク……きて、くれたんだ……」
「そりゃあな。ちょっとやる事あって遅れたが」
アスナの膝の上に頭を置き、弱々しく身体を横たわらせている。視線だけ俺の方に向けられ、俺はユウキの下へと歩いていく。
初めて出会った場所。ユウキと交際を始めた場所。よく集合場所にしていた。ここから全てが始まった。ユウキとの思い出が詰まった場所に、種族関係なく多くのプレイヤーが集まる。種族毎に統制して飛ぶことで空を彩り、地にも多くのプレイヤーが膝をついて見守っている。
「やる事って……なにか、あったっ、け?」
「個人的な用事がな。それの受け取りに行ってからここに来たんだよ」
「どんな、やつ?」
「ユウキへのプレゼントだよ。送ったことなかったし、これは絶対に渡したいって思ってたからさ」
アイテム欄を操作し、受け取った
「受け取ってくれるか?」
「いいの……?」
「もちろん。ユウキに受け取ってほしくて、オーダーメイドで作ってもらったんだからな」
「あ、はは……ジークってば、ロマンチスト……なんだね」
「うっせ」
ふにゃっと笑ったユウキが、左手を俺の方へ伸ばす。俺は無言で頷き、それを箱から取り出してユウキの薬指へと付ける。アメジストの装飾が施された銀色の指輪。その内側には俺とユウキだけの秘密が刻まれている。ユウキは自分の指に付いたそれを眺め、柔和な笑みを浮かべてくれた。
「ありがとう、ジーク。すっごく……嬉しいよ……」
「それは何よりだ」
「ねぇジーク……アレ、やってみたくない?」
「言うと思ったよ」
ユウキにもう一つアイテムを送る。ユウキはゆっくりとアイテム欄を開き、俺が送ったアイテムを使う。その瞬間ユウキの衣装が変わり、純白の衣装に身を包んだ。肩や鎖骨を露出し、胸元から足元までを覆う汚れ一つないドレス。肘から指先までも白い衣装が包み、フリルがあしらわれている。ドレスの裾にもフリルがあり、胸元には薔薇のコサージュ。紫の髪をふわりと覆うレース。誰にも負けない彼女がそこにいた。
俺もそれに合わせた衣装に替える。予想外だったのは、ユウキがもう一度立ったことだ。ふらつきながらも立つユウキを俺が抱きしめるように支えつつ、最高の彼女に目を奪われる。
「綺麗だよユウキ」
「ありがとう。ジークもカッコイイよ。……ちょっと真っ白は似合わないけど」
「一言余計だな」
「えへへ」
どちらからともなく距離を無くし重ね合わせる。愛おしい存在を感じ取るように。思い返されるのは、出会った時のこと。強いプレイヤーがいると噂を聞いて挑戦したのが出会いだった。フレンドになり、クエストを一緒に行くようになった。最高難度のクエストも。俺の理不尽な喧嘩を経て、この場で告白した。ここからまた新たなスタートを切ったんだ。それからの日々も頭を過ぎっていく。それらを噛み締めながら、そっと離れると、少し頬を染めるユウキが瞳に映る。
「ボク……ジークからは、貰って……ばっかり……だよね」
「そんなことはないさ。俺だってユウキからたくさんの
「だったら……嬉しい、な」
限界を超えて立つのも無理がある。立つのをやめさせ、負担がかからないように腕の中でしっかりと支える。閉じていた瞳を開いたユウキは、一回空を見てから俺と視線を交わらせる。弱々しいという雰囲気はあるのに、その目は変わっていない。目の光は輝き続け、今でも戦ったら負けそうだと思うほど真っ直ぐだ。
「……ジーク、ボクね……頑張ったよ」
「ああ」
「いっぱい辛かった……いっぱいしんどかった……でも、頑張ったら、ジークに会えて……みんなに会えて……いっぱいいっぱい、楽しいことがあった。……いっぱい幸せを貰えたんだ」
「ああ……!」
ALO最強プレイヤーにして数々の伝説を作り、『絶剣』の異名を持つ少女。
いろんな日々を共にし、駆け抜け続けた最愛の少女。
「ボクと出会ってくれてありがとう。ボクを彼女にしてくれてありがとう。ボクを大切にしてくれてありがとう
──大好きだよ、ジーク」
それが紺野木綿季ことユウキと交した、最後の会話だった。