ある雪深い村の話   作:みあ

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うーさうさー


うさぎさぎ そのさん

 おさかなさんだー!

 泉を覗き込んでいると魚が泳いでいるのが見えた。

 魚……食べられるかな?

 私に生えているのは牙だった。

 それも肉食獣の、肉を噛み千切るための鋭い牙。

 もしかして、草以外の物も食べられるのでは?

 じっと手を見る。

 鋭く……はないがそれなりに尖った爪。

 トカゲを殴り倒すだけのお仕事に使うことはなかったが、ひょっとしたらも考えられる。

 

「キュラァッ!」

 

 幼少時に野生児と呼ばれ、今は野生のウサギもどきである私に不可能は無い!

 数瞬後には私の前にピチピチと跳ねる魚の姿があった。

 早速調理――する手段が無いな。

 生でかぶり付くしかないのか。

 仕方ない、少しずつ噛み砕くのも気が引けるし一気に!

 

 ボシュッ!

 

 ……ぼしゅ?

 あれ、変だな……?

 私、今お魚さん食べたよね?

 口の中で必死に跳ねようとする魚のエラ蓋あたりに牙を突き立てた記憶があるんだ。

 魚が動きを止めた瞬間、消えた……?

 水面を覗くと、私の顔は惨憺たる有り様だった。

 魚の鱗や血が飛び散り、白い毛や顔を真っ赤に染めている。

 水で顔を洗ってみたらキズひとつないことから、おそらくは魚自体が破裂したものと思われる。

 なんじゃそらー!?

 おい、この世界怖いぞ。何で魚が爆発するんだ?

 風船か何かか? この世界の魚はどうなってるんだ?

 念のため、もう一匹捕まえてみよう。

 さっきと同じような姿をした魚がまたピチピチと跳ねている。

 ちょっと触ってみても破裂する感じはしない。

 いや、やっぱり念のため、爪を刺してみよう。

 まずは身の部分、ピチピチと跳ねるのは変わらない。

 思い切って頭を落としてみる。

 

 パァンッ!

 

「キュアッ!?」

 

 怖……マジ怖っ!

 さっきより派手に爆発したんですけど!

 細切れ状態になった魚の身がポチャポチャと音を立てて泉の中に落ちていく。

 何これ!? 本当に魚なの!?

 期待させておいて食べさせてさえくれない魚のおかげで腹の虫がくぅと鳴いた。

 その時、遠くで何か巨大な音が響いてきた。

 例えるなら雪の塊が山の上から落ちてきたような音。

 低く鈍い音はそれっきり、響いてくることはなかった。

 

「キュルル?」

 

 数少ない茂みに身を隠しながら近付いた私の目の前にそれは居た。

 大きな長い棒のような物を背中に背負った15歳くらいの少年。

 その傍らでちょこちょこと動く二本脚の猫だ。

 この世界、人間居たんだ。

 直立歩行するウサギもどきが居るんだ、直立歩行する猫が居ても大した問題ではない。

 でも、可愛いなアレ。

 

「ハカセ、依頼はアプトノスのもも肉でいいんだっけ?」

 

「そうニャ、でも依頼分には足りてるニャ。それ以上は自然の糧にするニャ」

 

 うぉぉぉぉ! 喋ってる! 喋ってるよ、猫!

 ウサギもどきは喋れないのにズルいだろお前!

 

「自然の糧?」

 

「他の動物やご主人とボクのご飯にするニャ!」

 

「あっ、そう。そういうことね」

 

 いいなぁ……私も喋れたらなぁ……。

 うちひしがれる私の前で少年は何やら荷物から取り出し始めた。

 あ、肉を焼いてるのか。

 くるくると器用に回しながら肉が炎に炙られていく。

 その周りでは先ほどハカセと呼ばれた猫が踊っていた。

 

「それ、踊らなきゃいけないの?」

 

「本能ニャ」

 

 じっくりと焼き色を付ける少年と踊る猫。

 実におかしな光景だ。

 よくよく観察すると、少年たちの向こう側に巨大な生き物の死体が転がっていた。

 さっきの話と総合すると、あれがアプトノスという生き物なのだろう。

 少し前に聞いた音はアレが倒れる音だったようだ。

 

「なあハカセ、何でもも肉だけなんだ? あの大きさならどこの肉でもいいんじゃないか?」

 

「アプトノスは寒さの厳しい所にも住んでるニャ。そのせいで皮下脂肪の厚さがハンパニャいニャ。腹の身を切り出そうとすれば解体ナイフがベッチャベチャにニャるニャ」

 

「へぇー」

 

 へぇー……そうなんだ。

 凄いな、あの猫。博士と呼ばれるだけの理由はあるな。

 

「もも肉はあれだけの体重を支えてるニャ。上手くサシが入ってて脂っこくニャい極上の筋肉ニャのニャ」

 

「おっし、焼けたぞ!」

 

 上手に焼けました!と叫びながらガッツポーズをする一人と一匹。

 何かの儀式を思わせる肉焼き。

 その手には香ばしい匂いと見事な焼き色を付けてこんがりと焼けた肉。

 ……食べたい。絶対、あれ美味しいって!

 もう一度、腹の虫がくぅと鳴いた。

 

「クルルゥゥゥゥゥ」

 

 低く呻くと、茂みの向こうの少年たちも動きを見せた。

 ヤバい、気付かれた!

 

「敵襲か!?」

 

「ご主人、それランスじゃニャくて肉ニャ……」

 

 こんがり肉を片手にファイティングポーズを取る少年たちの前に私は一歩進み出た。

 そして、土下座した。

 強奪する気など全くない、一口……ただの一口でいいんです! 食べさせてください!

 

「え、何? これ、どうしたらいいんだ、ハカセ?」

 

「ボクにも知らニャいことくらいあるニャ」

 

 狼狽える少年と、意外に冷静な猫の前で私は私はただただひれ伏していた。


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