ららマジ書き殴り短編集   作:このむらりく

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神代結菜とティータイム

「チューナーさん、よろしければお昼をご一緒しませんか?」

 

 神代結菜。器楽部部員の三年生。

いわば、部活の先輩である彼女からお昼を誘われることはさほど珍しくない。

実際、彼女と一緒に御飯を頂くといった回数はまあまあ多い。

チューナーである彼は他の部員からもよく誘われるし、別に今更驚きはしないだろう。

今日は絶好の快晴であり、昼時である今は中庭でゆったりとお昼を取ることができるはずだ。

ただそれに付随するものが幾つも重なれば、チューナーの表情も渋いものへと変わるし、溜息もつきたくなる。

 

「……あのですね、先輩」

「はい、なんでしょう」

「ここ、僕の教室なんですよ」

「そうですね」

「そうなんです」

 

 何故かは知らないが、今日の彼女はわざわざ教室にまで来て、お昼のお誘いを投げつけてきたのだ。

それも、授業が終わってすぐ。教室内のクラスメイトがまだ殆どいる状態だというのにである。

上級生が颯爽と一年生の教室に入ってきてお昼を誘う。まあ仕方がないことではあるが、それはもう目立つ。

弁当箱を二つ手にぶら下げていることからもう、今日は自分と一緒にお昼を過ごす意志の強さが見て取れる。

同じ部活に所属している楓智美はいつもの数倍は鋭い目でこちらを見ているし、有栖川翼はわなわなと震えて手に持っている弁当箱を置いたり持ち上げたり挙動不審な行動をしている。

正直、怖い。

 

「とりあえず、移動しましょうか」

「あら、見せつけなくていいんですか」

「何をですか、何を。僕達は先輩と後輩、それ以上でもそれ以下でもないですから」

「そんな冷たい一言で片付けられるのは悲しいですね……私はチューナーさんと深い間柄だと思っていたんですけど。

 それはもう、泣いちゃうかもしれません」

 

 結菜の泣き真似のせいで、そろそろシャレにならないラインに行きそうだ。

クラスメイトのぎょっとした視線は当然ではあるが、智美と翼の顔がちょっとお見せできない酷さになってきた。

別に二人にはそこまで関係ないことなのでは、と。チューナー自身は思っているが、まあ彼女達には彼女達の事情がある。

彼女達の内情を知る由もないが、とにかくまあ都合が悪いのだろう。

女の子というのはいろいろと考えて動いているものなのだから、そういうものだと納得するしかない。

 

「……泣いちゃう前に行きましょう。これ以上ここで問答をしていても時間を無駄にするだけでは?」

「確かにそうですね。チューナーさんと一緒にいられる時間は少しでも長い方が嬉しいですから」

「そうやって誤解を招く発言やめて……いや、誤解ではないんですけど、こう、何か、違うというか」

「ふふふ」

「ふふふじゃないですからね、いいからさっさと行きますよ」

「はいはい。今日のチューナーさんは普段より厳し目ですね。いつもは見れない側面でワクワクします」

 

 結菜の手をちょっと強めに掴んで、チューナーは急ぎ足で教室を出る。

後々非常に疲れるだろうが今は無視でいい。あの二人にはスルースキルを行使して乗り切ろう。

のんびり行動をしていると他の部員にも伝わって疲れることになる。

幾ら、自分がエキセントリックな先輩や同級生、後輩一同に慣れてしまったからとはいえ、疲れるものは疲れるのだ。

 

「それにしても、なんで直接僕の教室に来たんですか?」

「いけませんか?」

「こんなあからさまだと、周りから注目を浴びちゃうじゃないですか。あんまり目立ってもいいことはないでしょう。

 下世話な噂とか立ったら掻き消すのは大変ですよ」

「チューナーさんは嫌なんですか、私とそういう間柄って噂が立つのは」

「僕ではなく、結菜先輩のことを言ってるんです。心配してるんですから、これでも」

 

 一応ではあるが、二人はただの部活の先輩と後輩なのだ。

込み入った事情だったり、チューナー側が抱えているものこそあれど、対外的にはわかるはずもなく。

余計なことに気を取られては、部員の調律もままならない。

 

「では、そういうことにしておきますね」

「ええ、そういうことにしておいてください」

「……手、離しますね。掴んだままは、恥ずかしいので」

「あら、残念です。どうせなら中庭までエスコートされたかったんですけど」

 

 くすりと笑みを見せる結菜は相変わらず底が見えない。

ただあの時以外は、彼女は笑顔で日常に浸り続けている。

 

 ――己にその笑顔を享受する権利はない。

 

 あの日、結菜の調律の時、チューナーは彼女を“殺した”。

他の誰もが、結菜自身でさえ、それは違うと否定するだろうが、チューナーだけはその罪からは逃げるつもりはない。

部員の為に、真実を追い求める為に、ノイズと契約した彼女を切り捨てた。

自らのエゴを貫く上で衝突は必然であり、生き残れるのはどちらか一人だけであっただろう。

 

「どうかしましたか。じっと私の顔を見て」

「いえ、そんなに僕との昼食が楽しみだったのかなって」

「ふふっ、当然じゃないですか。チューナーさんと一緒に過ごせるんですから」

「……改めて、そこまでストレートに来られると恥ずかしいですね」

 

 彼女の好意が痛い。自分は、その好意を受け取っていい分際ではないのに。

 

「さて、ちょうど椅子も空いていることですし、座りましょうか」

 

 未だ、本当のことを言えないままずるずると続けている関係。

薄氷の上で二人歩くように。何処で奈落へと落ちるかわからないのに、絆を紡いでいく。

 

 ――ああ、本当に反吐が出る。

 

 彼女の願いを殺して、調律師を気取るエゴイスト。

結局、チューナーは結菜の本当の救いを取り戻すことはできなかった。

彼女が願った真実を解き明かす。それをできぬまま、彼女を殺してしまう。

英雄と呼ばれる価値もない、無力な人間。今すぐにでも立ち去りたい衝動に駆られてしまう程に、チューナーは自らの不足を自覚している。

それが、“僕”だ。

 

 それでも、彼女達が望むならば。

 

 今はまだ、この微睡みのような日常を続けるべきだ。

彼女達を悲しませるのは本意ではない。自分が最後に動くべき時は、全てが終わった後、何もかもを元通りにしてからだ。

 

「こうして、また穏やかに器楽部のことを考えながら昼食を取れる日が来るとは思っていませんでした」

 

 これはいつか終わる夢だ。自らは彼女達の輪に深入りをするべきではない。

今度こそ、彼女達の幸せが穢されることのないようにその助力だけをするべきだ。

だから、チューナーは嘘をつく。言葉に、表情に、思いに。朗らかさの裏にある痛みも、結末も、努力も隠し切る。

貴女を切り捨てた重みを背負います、と。彼女に誓いを立てるように、笑顔をみせて。

 

「ええ、本当に」

 

 少年はまだ、その裏にある想いを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神代結菜は知っている。

チューナーが何か隠し事をしている事実を理解した上で、いつも通りを演じている。

元々、結菜は嘘には敏感だ。物事の裏を読むことも得手としていた。

加えて、隠し事には長けており、チューナーの上をいく。

 

(隠し事をしている。それがわかった所で、何の意味もないんですけどね。

 結局、彼自身が話してくれるまで、私は蚊帳の外。待つことでしか今は示せません)

 

 何も変わらない。否、変えられない。

全てを忘れてしまった今、自分は舞台の端役へとなったのだから。

忘却しても尚、覚えている。わからなくても、わかるのだ。

あの時、器楽部に戻る時、流した涙がきっと、嘘の本筋へと繋がる理由である。

 

 ――己にその笑顔を享受する権利はない。

 

 彼の裏にある想いを知らずして、満足など、笑顔など――!

そう叫んでしまえばどれだけ楽なことか。

きっと、物事は複雑で、結菜一人が意気込んだ所で解決はしない。

全て、戻るまで。元通りの器楽部が出来上がるまで。

 

 ――ああ、本当に反吐が出る。

 

 彼の真実を知らず、日常を続けるだけの端役。

結局、結菜は甘えているだけなのだろう。不完全ではあるが、元通り音楽へと触れることができることへの喜びが大きすぎる。

 

 それでも、彼が望むならば。

 

 今はまだ、この微睡みのような日常を続けるべきだ。

彼を悲しませるのは本意ではない。自分が最後に動くべき時は、全てが終わった後、何もかもを元通りにしてからだ。

奇しくも、その思いは眼前で微笑みを見せる少年と同じ考えであった。

これはいつか終わらせなければいけない日常だ。

今度こそ、彼を含めて皆が偽りなく笑顔を見せれるように。

だから、結菜は嘘をつく。言葉に、表情に、思いに。朗らかさの裏にある痛みも、結末も、努力も隠し切る。

取り戻してくれた救いを今度はあなたに与えたい、と。彼に誓いを立てるように、笑顔をみせて。

 

「ええ、本当に」

 

 少女はまだ、その裏にある想いを知らない。

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