夕暮れが近い放課後、小腹が空くということがチューナーは多々ある。
ファーストフードが食べたくなる。その欲求は、ふと膨れ上がると中々収まることがない。
とはいっても、無理に抑える必要もないのが現状である。
ファーストフードは手軽に食べれてかつ値段も安価だ。
育ち盛りの十代には優しい場所だとチューナーは思う。
(わざわざ皆を誘うのも手間だし、気ままに行こう)
普段は器楽部の面々と一緒に過ごすのだが、今回に限っては予定が合わず一人だ。
最も、チューナー自身は一人が嫌いという訳ではない。
器楽部の面々と行動を共にしている時は彼女達優先の予定を立てているが、一人であると自分の気が赴くままに行動できる。
いつもは横にいるホニャもおらず、正真正銘の一人きり。
これは本当に久しぶりの感覚で、チューナーは少し浮足立っていた。
「やあ、奇遇だね」
そうして、校舎を出たそんな時だった。
校門で誰かを待っていたのだろうか、偶然というにはあまりにもできすぎた状況だ。
人懐っこい笑みにひらひらと振られる手。
自分と同じ男子制服を着ているが、所々着崩しているラフな服装。
「カグラさん?」
「いい夕暮れだね、絶好の演奏日和、もとい部活に精を出す日和かな?
だと言うのに、君が一人でいるものだからさ。これは珍しいと思っちゃって、ついつい声をかけちゃったよ」
「そんなに僕が一人でいることが珍しいですか」
「少なくとも、僕の視点からはね。たいてい、部員の誰かがくっついているからさ。
こうして男同士気軽に話すというのも時々は必要かなと思ってね」
けらけらと笑いながらそう喋る少年は樋野カグラ。
チューナーの先輩である彼は、とある出会いをきっかけにちょくちょくチューナーへとちょっかいを掛けてくる。
しかし、部員が近くにいる時は近づかないように心がけているのか姿すら見せない。
何とも掴み難い少年なのである。
「本当はもっと君と交流を深めたいんだけど、百花が目を光らせているから、君に近づくのも難しいんだよね。
君からも一言彼女に言ってくれると助かるんだけど」
「言った所で変わらないですよ。あの人、自分の判断を重視していますし」
それは違いない、と。お互い苦笑いをしつつ、校門前で軽い雑談が続く。
どこにでもいる男子高校生のように、あの授業は面白いとか、食堂のメニューの何がハズレだとか。
器楽部の面々にいつも振り回されていないかという心配も含めて。
そんなスナック菓子のように軽い感覚で、何となく。
軽い流れで、彼らは行動を共にすることに決めた。
元々、寄り道をしたかった二人は適当な場所と称して、ファストフード店へと入っていく。
「まあ微々たる値段だし、ここは僕が奢るよ。たまには先輩らしいことをしないとさ」
「それじゃあその微々たる値段の中でも、一番高いセットを頼みます」
「遠慮がないなあ」
「いつもは部員の皆に遠慮しているので、こういう時ぐらいは」
「そういうことになると、君のそういう姿を知っているのは僕だけということになるのかな。
これは器楽部に自慢できそうだ。貴重なオフショットを独り占めってね」
店員に躊躇なく一番高いハンバーガーのセットを頼み、当然の権利でしょと顔をしているチューナーであるが、彼がここまで砕けた態度で他者と接するのは稀だ。
同性のクラスメイトであったり、器楽部の面々であったり。
同学年である菜々美達にもある程度一線を引いているぐらいだから、鉄壁である。
これには部員一同不満を持っているが、チューナーも曖昧にごまかすので、解決の兆しは見えない。
カグラもそれがわかっているからなのか、それを抑えない。
何なら、器楽部の部員達に対してささやかな優越感までいだきそうなくらい、彼がここまで無遠慮になるのは稀なのである。
空いている席に座り、もぐもぐとハンバーガーを食べるチューナーを見て、カグラは偏にそう思う。
「こうして放課後、寄り道を一緒にするのも僕だけの特権、とまではいかないけど、嬉しいものさ」
「同じ部活、同学年とはいえ、菜々美達には僕も気を使いますからね。相手が気にしないといっても、やっぱり女の子ですし」
「へぇ、君は友情に男女の垣根はないって言うと思っていたから意外だな」
「垣根を作っているつもりはないですよ。ただ、ある程度の分別は必要だなって思っているだけでして。
あっ、一応今言ったことは皆には内緒にしておいてくださいね。
そういった気遣いはやめてほしいって智美からは強く言われてるんで」
部員の一人である楓智美はチューナーの壁を作る態度を何度もやめてくれと言っているが、どうもチューナー自身治せていない。
性分なんだろうな、と。本人ですら諦めているのだから、筋金入りだ。
「僕に対しては分別がないように思えてならないんだけどね。配慮が薄いよ、配慮が」
「厚くしても、カグラさんには意味がないので。それに僕も、分別をする相手ぐらい選びますよ」
「光栄だね。そこまで思ってくれるなんて僕は果報者だ」
「そう笑顔でいられると罪悪感が……まあ、あまり湧かないですけど。
それに、僕がどれだけ壁を作っても、カグラさんがすり抜けてくるのが悪いんですよ。
壁を作る徒労さをカグラさんにはすごく教わりましたね」
「僕の信条もあるんだよ。仲良くなりたい相手には少し強引なくらいがいいんだよ。
特に君は攻略難度が高いから」
「僕は大抵の人を好ましく思っているので、難度で言ったら甘いと思うんですが」
「それは違うね。君自身結構ドライな一面もあるだろう? ある意味では一番の強敵だよ」
部員達にはちょろいと言われている彼だが、カグラはそれはちょっと違うと考えている。
自分の中にある大事な一線だけは部員であっても、絶対に超えさせない。
頑固者が揃っている器楽部であるが、一番頑固なのは間違いなく彼だ。
そして、一番自らを軽く見ているのも間違いなく彼だ。
「そのドライさはまだ部員達にはバレていないようだけど。
なにせ、君は彼女達が部活に戻ってくれるなら、自分は嫌われてもいいと考えている」
「……」
「彼女達を取り戻す過程で、真っ先に犠牲にするのは自分自身。
ほんと、改めて振り返ると、君は物語の英雄みたいだね」
「けなしているのか、褒めているのかどっちなんですか」
「褒めているのさ。僕は器楽部のファンだって以前言っただろう?
部員や音楽はもちろんのこと、“君”のファンでもあるんだから」
「僕は――」
「――正しい意味で、器楽部の一員ではない、と言いたいのかな?
その評価は間違っている、とでも?」
チューナーの表情が消える。
それまで浮かべていた柔和な笑顔が消え、一瞬だけ無表情へと変わった。
目を見開き、頬の緩みが引き締まる。
「何を指して言ってるのかわかりませんね」
しかし、その変貌はすぐに終わった。
瞬き一つする合間に、彼は元々浮かべていた笑顔を顔に貼り付けていた。
嘘くさい、わかりやすい、作られた笑み。
部員達やホニャには見せたこともない顔である。
「前にも言っただろう、僕は君の力になりたいんだ。君が困っている時、手を差し伸べられる友人みたいに
だから、無理をしていないか確かめたかっただけだよ。
深く捉えなくていい、言葉通りの意味だね」
心底楽しそうに、カグラもハンバーガーを齧り、笑みを見せる。
それは偶然かどうか知らないけれど。チューナーが浮かべる笑みと同種類のものであった。
「確信したよ。僕らは仲良くなれそうだ。色々な意味で、ね。
今後もこうして一緒に寄り道をしてくれると嬉しいな」
「部活が空いているときなら喜んで。
僕もカグラさんとは仲良くなれそうな気がしてならないんですよね」
口元を鋭く歪め、二人は笑う。
傍目から見ると普通の男子高校生のように。
しかし、その内にはお互い秘密を孕んでいる。
今はまだ見せないけれど、いつか暴かれる時が来る。
不思議と、二人にはその確信があるのだ。
「改めて。今後ともよろしく」
「こちらこそ、カグラさん」
ただし、今はその時ではない。
二人の間柄は、ちょっと仲良くなった先輩後輩同士。
とりあえずは、同じ器楽部のファンという括りで仲良くなろう。
だって、彼らは似た者同士なのだから。