ランス再び   作:メケネコ

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予定より1日遅れてしまいました…
やっぱ戦闘シーンって難しいです



魔人との戦い

「カラー…か」

 

魔王スラルは実に久しぶりに己の城を出ていた。

彼女は非常に臆病かつ慎重な魔王だ。

神と出会った時に『魔王は殺せない』という事を願った。

魔王である以上、この世界に敵はいない―――という事はスラルは考えていない。

自分より強かったであろう、魔王ククルククル、魔王アベルは現実に敗れ去っている。

だからこそ自分は慎重であらねばならない、一分の隙も見せてはならないと思っている。

そしてその魔人にすら並び立つムシは排除しなければならないとも。

 

「大体知性の欠片も無いしね…」

 

スラルが気に入らないのは、力はあれど知性を感じられないところだ。

そして実際にムシの魔人もいたが、やはり我慢が出来る物ではなかった。

思ったのは『自分だけの魔人』を作りたい、という思いだった。

そのために大陸に散らばる魔血塊を回収させているのだが、その実はあまり捗っていない。

カミーラ、ケイブリス、メガラス、そして自分が作ったガルティアはまだいい。

怠惰だが気品もプライドもあるカミーラ、臆病で弱いが色々な過去を知っているケイブリス、世界最速のメガラス、この辺りは良い。

ガルティアも自分の意思で作った魔人だからそれも満足している。

が、それ以外が何となく気に入らないのだ。

(理想が高いのかしらね…)

でも魔王として生まれたからにはやはり満足のいく魔人を集めたい。

それこそが魔王スラルが魔血塊を回収する一番の理由。

だがその前にムシの始末を…と考えていたときだった。

(まさか…魔人に出会えるとはね)

自分がまだ把握していなかった魔人の内の一体。

オウゴンダマの魔人を発見したのは僥倖だった。

ただ、その魔人を見た時は思わずもどしそうになってしまったが、自分は魔王なのでそのような下品な真似はしない。

早々に始末をつけようと思ったが―――その前にカラーと魔人の争いが始まっていた。

(魔人に勝てる訳無いのにね)

人も亜人も何故勝てないと分かっているのに魔人に挑むのか、スラルにはよく分からなかった。

そしてスラルは運命の出会いを―――本来は出会うはずも無い出会いを体験する。

その男は世界のバグ、この世界の理を変えてしまう存在だとはこの時はまだ知るよしも無かった。

 

 

 

 

突如として飛び掛ってきた筋肉隆々の魔人。

その魔人の攻撃方法は―――何故かボディプレスだった。

 

「避けろ!」

 

ランスの声で全員がその場を散開する。

凄まじい轟音が響き、その魔人の攻撃力の高さに全員が呻く。

 

「ランス! そっちでオウゴンダマとナマリダマを処理して!」

 

レダが盾を構えて魔人の前に立つ。

 

「頼む! ランス!」

 

ケッセルリンクもレダを援護すべく、レダの横に立つ。

 

「チッ!」

 

ランスは舌打ちするが、確かに魔人に対する攻撃方法を今は持ち合わせていない。

だからこそその言葉通りに取り巻きのまるいものに対して斬りかかった。

今のランスであれば、まるいもの等に遅れを取ることは無い。

 

「ランスさん!」

 

アナウサはランスの援護をし、他のカラーも樹の上から弓を放ち、援護に回る。

空を飛ぶまるいものはカラーにとっては相手にしやすい存在ではあるが、ナマリダマやオウゴンダマは流石に辛い。

ランスもそれを理解しており、ナマリダマの一体を打ち砕いていた所だった。

しかし相手も魔人がいることも在ってか、普段よりも好戦的なようでその攻撃も激しい。

拳の形をとって殴りかかってくるオウゴンダマの攻撃を受け流し、ランスの一撃がきまるが流石に一撃で倒すことは出来ない。

カラーの弓も流石にオウゴンダマには効果が薄く、目くらましくらいにしかなっていない。

しかし今のランスにとってはその目くらましですら十分で、体制を崩したオウゴンダマに確実な一撃を加えていく。

カラーの援護もあり、ランスは確実にまるいものの数を減らしていた。

むしろ問題なのはやはり魔人である。

無敵結界―――その絶対的な防御力に、ケッセルリンクは戦慄していた。

自分の魔法が無敵結界の前には無力という事実が今目の前に存在していた。

だからこそすぐさまケッセルリンクはレダの援護に回った。

簡単な防御魔法ならばケッセルリンクも使うことが出来、魔法バリアによる援護をしている。

しかし魔人の一撃は強烈で、自分の魔法バリアもその一撃であっさりと割られてしまう。

(格闘タイプの魔人か…)

マッスルオウゴンダマは魔法等を使う様子は無く、その肉体だけで攻撃をしてくる。

その拳、足、又は体全体を使っての攻撃は一撃でも貰えばケッセルリンクはそれだけで戦闘不能になるだろう。

それをレダは自前の盾で防ぎ、負った傷は神魔法で癒している。

(まったく厄介ね…)

レダはエンジェルナイトなので無敵結界の影響こそ受けないが、だからといって魔人を相手に出来るほど強いという訳ではなかった。

生まれてからまだ日が浅く、現在レベルが低下しているとあっては流石に魔人には対抗出来ない。

しかも翼を生やせないため、相手を撹乱する事も難しいとなれば、相手の攻撃を絶えるしかない。

(せめてランスが来るまでは耐えないと…)

今のランスが加わってくれれば、勝てないまでも相手を撤退させる事が出来る。

レダはそう考え、完全に防御に徹していた。

「何なのよこいつは…!」

一つ一つの行動が非常に鬱陶しい。

何故こいつは1アクション毎にポージングを挟むのかがまったく分からない。

相手のハイキックをかわしたと思えば、何故かポージングを挟んで攻撃が飛んでくる。

時たま自分を挑発するような手振りをして、カラーから矢を放たれるがそれを無敵結界で受け止める…やっぱりポージングをつけて。

 

「!!」

 

目の前のマッスルオウゴンダマが跳んだかと思うと、矢を放っていたカラーが登っていた樹の幹を勢いよく蹴飛ばす。

 

「キャア!」

 

その衝撃で樹の上にいたカラーが樹から落とされ、マッスルオウゴンダマはそのままの反動でケッセルリンクに向かって、手を交差し―――フライングクロスチョップの形で跳んでくる。

 

「クッ!」

ケッセルリンクは横に跳んでその一撃を避ける。

(こいつは…!)

ケッセルリンクがいた場所は大きな穴があいており、その一撃の威力を嫌でも分からされる。

(しかし何故こいつは一々ポージングをする?)

マッスルオウゴンダマは動きも早ければその威力も絶大だ。

しかし、全ての行動後にポージングをするというのが非常に不可解だ。

だがそのおかげで体勢を立て直せるというのも事実だ。

(状況は何も変わらないがな…)

これで相手に攻撃が通じるというのであれば話は別だが、やはり攻撃が通じないというのが一番の問題だ。

相手の体勢を崩すことも出来ないし、相手の疲労を誘うことも出来ない。

だが、一番の問題は基礎能力のそもそもの違い。

自分はこうして息があがっているが、相手にはその様子が見られない。

幸いにもレダが相手についていけているというのが救いだ。

(ランス…頼む)

 

 

 

「だああああありゃ!」

 

ランスの一撃がオウゴンダマを打ち砕く。

以前よりも確かにランスの剣の腕は上がっている。

しかしランスは明らかに苛立っていた。

確実に相手は減っているだが、ランスが思っていた以上に減っていない。

理由はハッキリとランス自身理解していた。

(この剣では俺様の実力を発揮できんではないか!)

元々ランスは今手に持っているようなショートソードは使用しない。

冒険の時お金が無い時は使用していたが、ここ最近は魔剣カオスを使用していた。

魔剣カオスは大陸でも類を見ないほどの切れ味を持つ剣…言わばランスはここ最近剣に困ることが無かった。

だからこそ分かる、今自分が持っている剣の弱さに。

それでもランスが自分に合わない剣でこれほど戦えているのは、その技能レベルが圧倒的だからだ。

 

「ランスアタァァァァーック!!」

 

ランスの必殺技がオウゴンダマを真っ二つに叩き割る。

その衝撃にランスの持つ剣が悲鳴を上げる。

(クソ、持ってあと1、2回か!)

手持ちの武器がそろそろ限界なのを嫌でも理解させられる。

しかしモンスターの数はまだ多い。

が、オウゴンダマは確実にその数を減らしている。

ランスはケッセルリンク達の方を見るが、そちらはレダがなんとか防いでいるようだ。

だがしかし、無敵結界の壁に阻まれ有効な一撃は与えられていない。

防御だけで手一杯なのだ。

ランスは苛立ちを隠せないまま、ナマリダマに斬りかかった。

 

 

 

魔人の猛攻は途切れることなく続く。

しかしレダは魔人の攻撃を実に巧みに捌いていた。

(見切れる…!)

相手の攻撃を受けている内に、レダは気づいた。

この魔人はそこまでの強さを持つ魔人ではないと。

恐らくは魔人になって間もないのだろう。

そしてレダが相手の攻撃から感じた違和感。

それはこの魔人は格闘技能の使い手なのか、という疑問だ。

確かに相手の攻撃は素手ではあるが、その攻撃方法は格闘かと聞かれれば少し疑問に思う。

威力は高いが、それは魔人であればある意味当然の事だ。

相手のパンチやキックは今の自分でも十分に捌くことが出来る。

何よりも攻撃が大ぶりなせいで、避けることもある程度ならば容易い。

エンジェルナイトの中でもガードに長けた自分ならば、今のレベルでも十分に防ぐことが出来る。

が、時には非常にひやりとさせられる時もある。

(来る…!)

時たまこの魔人が行う奇妙な攻撃方法。

魔人が突如として自分達に背を向ける。

本来であればここは攻撃の機会―――エンジェルナイトの自分ならば十分に一撃を与えられる瞬間。

しかしここでレダは一歩後ろに下がる。

何故なら、その魔人は後ろ向きのまま跳び上がったかと思うと、そのまま宙で回転し自分を体全体で押しつぶすような攻撃をしてくるからだ。

このように一見無駄に見える動作の攻撃が、凄まじい威力を持っているのだ。

魔人はすぐに立ち上がると、己の肉体を誇示するかのようにポージングする。

(なんでこいつは自分で隙を作ってまでこんな事をする?)

戦いの中でこのような行為は自滅行為だ。

魔人は決して無敵の怪物という訳では無い。

だが、この魔人は最早本能レベルと言わんばかりに己の肉体を誇示するのだ。

一方のケッセルリンクは完全にレダのサポートにと回る。

魔法バリア、付与魔法と実に多才な技能で立ち回っていた。

ケッセルリンクはレダのように優れた防御技術を持っている訳では無いが、やはりその経験はカラーの中ではずば抜けている。

相手の攻撃のタイミングはレダ程ではないが、理解している。

拳による攻撃は自分でも回避出来るし、相手の大技もレダが引付けてくれている。

周りの妨害が入らないのは、ランスと仲間のカラー達が食い止めてくれているからだ。

 

「ふぅ…」

 

ケッセルリンクは気を引き締め、相手の出方を見る。

自分達の攻撃が通らない以上、相手の出方を見極める以外に方法は無い。

魔人は姿勢を低くすると、そこから一気に加速して突っ込んでくる。

その攻撃そのものは避けるのは単純―――問題はその後。

相手は樹に突っ込むかと思えば、その樹を蹴りその反動でこちらに両の足を揃えての蹴りをしてくる。

(随分と派手な攻撃をする奴だ)

本来オウゴンダマは球体であり、その球体が拳の形をとって殴ってくるという攻撃が多い。

しかしこの暑苦しい肉体の上にオウゴンダマが申し訳程度に乗っている物体は、あくまでもその肉体だけで攻撃をしてくる。

そしてやっぱり組み込んでくるポージング。

時にはわざと隙だらけのようにすら見せてくる。

 

「ケッセルリンク! 大丈夫!?」

「問題は無い」

 

ケッセルリンクは強がるが、その肉体の疲労までは誤魔化す事は出来ない。

一撃も貰う事が出来ないという緊張感から、彼女の体力の消耗は想像以上に激しい。

魔人はやはりポージングしながら、こちらを一瞥している―――ように見える。

目、鼻、口等のパーツが無いのでそこからは何の感情も窺うことは出来ない。

すると突然魔人は跳躍する。

その跳躍の先は―――

 

「きゃあ!」

 

一人のカラーが樹から叩き落される。

魔人は目の前にいるレダとケッセルリンクを無視し、樹の上から矢を放っていたカラーに狙いを変えたのだ。

本来カラーは樹から落ちたくらいでは怪我などしない、が今回は落ち方が悪すぎる。

 

「クッ!」

「ケッセルリンク!」

 

だからケッセルリンクは走る。

これはもう彼女の性分―――そう、見捨てるわけなどいかないのだ。

ケッセルリンクは落ちてくるカラーを受け止める。

 

「ケッセルリンク様!」

 

そしてケッセルリンクが助けたカラーの眼に映ったのは、樹の上から落ちてくる魔人。

 

「行け!」

 

ケッセルリンクは腕に抱いていたカラーを放ると、ケッセルリンクは腰につけた剣を抜くが、

 

「うぐっ!」

「ケッセルリンク様ー!!」

カラーの悲鳴が響き、魔人の大きな手がケッセルリンクの喉を掴む。

そのあまりに強すぎる力は、ケッセルリンクでも対抗することは出来ない。

 

「この!」

 

レダが飛び掛かるが、魔人はケッセルリンクをレダに向かって振り回す。

ケッセルリンクが魔人の盾になる形で振り回され、流石のレダも手が出せない。

そして魔人はケッセルリンクの喉を掴んだまま、勢いよく地面に叩きつけた。

 

「ッ!」

 

ケッセルリンクの脳内を火花が飛び散り、短く呻き声を上げる。

(ここまで…か)

 

「ケッセルリンク様!」

「ケッセルリンク!」

 

アナウサの声が、レダの声がボンヤリと聞こえる。

そして魔人の手がケッセルリンクの喉から離れ、霞がかかった視界にその巨大な魔人の体が映り―――そして魔人が吹き飛ぶのは同時だった。

彼女が見たのはあの時と同じ光景。

 

「貴様…!」

 

剣を片手に敵と対峙するその姿。

(ラン…ス)

 

「許さんぞ!」

 

ランスは剣を構え、魔人に斬りかかる。

 

「ケッセルリンク!」

 

その隙にレダがケッセルリンクをかかえ、ヒーリングをかける。

 

「レダさん! ケッセルリンク様は!?」

 

アナウサが目に涙を浮かべ、ケッセルリンクに寄り添う。

 

「…大丈夫! 頭を強く打っただけ! 致命傷じゃない!」

 

あれだけの力で喉を掴まれ、振り回され、叩きつけられても致命傷にはまだ遠い。

(でも何で?)

あれほどの腕力を誇る魔人ならば、ケッセルリンクの喉を掴んだ時に首の骨をへし折る事も可能だったはずだ。

そして地面に叩き付けた時も頭が砕けてもおかしくは無い。

だが、それでも彼女はまだ生きている。

(あの魔人…どういうつもり? いや、でもそんな事は後で考える!)

レダはケッセルリンクをカラーの一人に預けると、自分も剣と盾を構える。

 

「アナウサ!」

「はい!」

 

ケッセルリンクが無事なのを確認し、アナウサも弓を構える。

そこには凄まじい勢いで剣を魔人に叩きつけるランスの姿があった。

 

「凄い…」

 

アナウサも、他のカラーもランスの強さは知っているつもりだった。

だが、実は自分は本当のランスの強さを何も知ってはいなかったのだと思い知った。

なんとランスはレダとケッセルリンクが二人がかりで戦っていた魔人に対し、一人で渡り合っていた。

無敵結界があるので、ダメージは与えられない。

しかし無敵結界でも防げぬもの…その衝撃があの筋肉隆々のオウゴンダマを押していた。

 

 

ランスは怒りながらもその剣の腕は冷静だった。

(ぐぬぬ…やっぱり効かんぞ)

かつてランスは魔剣カオスを持っていないときに、魔人カミーラに手も足も出なかった過去がある。

(カミーラよりは弱いが…)

ランスがかつて戦った魔人…魔人四天王カミーラ、そして元四天王のノス、ザビエル等と比べれば確かに弱いだろう。

いや、それどころかつい最近に戦った魔人カイトにも及ばない

しかしそれでも魔人は人間を遥かに超える存在…決して気を抜ける相手ではない

そして何よりも無敵結界に阻まれ、ダメージを与えられないという現実がそこにはあった。

だが、ランスもただ闇雲に攻撃をしている訳ではなかった。

(こいつの戦い方、なーんか覚えがあるぞ)

過去にこのような強敵が存在していた、という事は無い。

むしろどうでもいい事の様で、本当に記憶の片隅にしかないのだ。

ランスの冒険者としての経験が知っている、という感じが近いのかもしれない。

しかしそうしたランスの思考は突如として中断させられる。

魔人が反撃に転じてきたのだ。

ランスの攻撃を強引に無視し、その体を捕まえるべく手を伸ばす。

その手を避けながら一撃を入れようとするが、それは無敵結界に阻まれる。

オウゴンダマは先ほどレダやケッセルリンクにそうしたように、樹を蹴りその反動でランスに向かって飛び掛る。

その攻撃をかわしながら、

(うーむ…何処だったか)

やはりこの攻撃パターンにランスは見覚えがあった。

この一見して無駄の多い…いや、確実に無駄とも言える行動、そしてこちらの攻撃を避ける素振すらない。

無敵結界のせいかと思ったが、それとは違うような気もしていた。

魔人がランスに背を向ける。

無論それは逃げるという行為ではなく、その場で空中に跳び、一回転しながらランスに蹴りを繰り出す。

ランスはその攻撃―――ローリングソバットを後方に跳ぶ事によって避ける。

しかしここからがランスの不幸だったとも言える。

本来であれば、そんな大技の隙を見逃すランスではない。

だからこそ、何時もの調子でランスは剣を構えてしまった。

ここ最近では当たり前になっていた行為―――魔剣カオスを手にしていた時の動きを。

 

「ランスアタァァァァーック!!…あ!?」

 

何時もと同じく力を込めた一撃をランスは放ってしまった。

その結果―――魔人はその衝撃に負けて吹き飛び、ランスの持っていた剣は根元から砕ける。

 

「あーーーーーー!!」

 

ランスが己のミスを悔やむ前にその魔人は襲い掛かってきた。

ランスアタックを放ち中腰になっていたランスの顔に魔人の膝が迫る。

その一撃にランスは吹き飛び、

 

「ランス!」

 

何とか立ち上がることが出来たケッセルリンクの悲鳴が上がり―――

 

「大丈夫! 当たってない!」

 

レダの言葉通り、吹き飛んだと思ったランスは受身をとるが、そのダメージは少なくないようだ

 

「え? あれ防いだの!?」

「剣の柄で防いだ!」

 

カラーの疑問にレダの声が響く。

しかし状況はより最悪の方に向かっている。

何しろランスは剣を失ってしまったのだ。

 

「一斉掃射!」

 

ケッセルリンクの指示にカラー達が一斉に矢を放つが、やはり無敵結界の前に阻まれる。

 

「あーもう! 無敵結界って本当に嫌になるわね! あんたのその筋肉は飾りかー!」

 

アナウサの怒りの声が森に響き―――魔人の動きが止まる。

 

「炎の矢!」

 

ケッセルリンクの魔法は魔人に当たるが、やはり魔人には傷一つつかない。

ただし、あくまでもその表面上は。

(…なんだ?)

ランスはその光景を怪訝な顔で見る。

ランスは無敵結界がどういうものかは、その身を持って知っていた。

今回もそうだが、かつてカミーラと対峙した時はランス以外にはガンジー達もいた。

そのガンジーのはなつ炎の矢もその無敵結界に阻まれ、カミーラの手前で霧散していた。

しかし今回は違う―――ケッセルリンクの炎の矢は間違いなく魔人に当たった。

 

「ランス!」

 

レダがランスを助け起こす。

先程の一撃を剣の柄で防ぎはしたが、その衝撃までは完全に防ぐことが出来なかったのだ。

カラー達の疲労は最早限界に近く、ランスもケッセルリンクもダメージを負った。

かろうじてレダだけはまだ大丈夫だが、全員を守りながら戦うことは出来ない。

 

「うぐぐ…もしかして俺様ピンチか」

 

魔人は悠々とこちらに近づき―――突如として自分達に背を向ける。

 

「ムシ!?」

 

魔人の背後に迫っていたのは、ムシであるヴェロキラプトルだった。

ムシはランス達を無視し、魔人であるオウゴンダマに襲い掛かる。

魔人も魔人で、襲い掛かる2体のヴェロキラプトルを相手どっている。

 

「今だ! 退くぞ!」

 

ランスの声に、全員がその場から逃げ出した。

 

 

 

―――カラーの里―――

 

「死者はいない…か」

 

何とか一人の犠牲者も出さずにその場から離れることは出来たが、結果はあまり良いとは言えない。

初めて戦った魔人という存在…その力に圧倒される結果に終わった。

(…この地を放棄しなければならないのか)

ケッセルリンクの表情は苦悶に満ちていた。

無敵結界の力の前には、自分達はおろかあのランスですら無力だったからだ。

そのランスも何かを考え込んでいるようで、珍しく一言も発しない。

 

「ケッセルリンク様…」

 

皆が不安そうにケッセルリンクを見る。

(そうだ、私がこのような事ではいけない。私には皆を守る…)

 

「がはははははは! やっぱりそうだ!」

 

突如としてランスの馬鹿笑い、何時もの笑いが周囲に響く。

 

「突然どうした?」

 

ケッセルリンクも突如として笑い始めたランスに戸惑いながらも聞く。

 

「フン、あの生意気なオウゴンダマを叩き割る手段が見つかっただけだ」

「何!?」

 

ランスの言葉に全員がランスの方を見る。

ある者は純粋な驚愕、ある者は諦めを持って、またある者は希望を持って。

 

「無敵結界を破る方法があるのか?」

「いいや、無敵結界自体は破れん。だが、あいつの無敵結界なら破れる!」

 

あまりに自身に満ち溢れたランスの声に、皆が驚く。

 

「そのためにはお前達…いや、カラー全体の協力が必要だがな」

 

 

 

 

 

「驚いたわね…」

 

魔王スラルはカラーと魔人の戦いを遠隔目玉にて全て見ていた。

カラーがどうなろうとスラルにはどうでも良かった。

自分は魔血塊を飲み込んだオウゴンダマを始末しに来ただけだったのだが、思わぬものを見てしまった。

魔人が戦うのを見るのは無論初めてではない…無敵結界が無かった頃は、魔人すらもあの強力なムシに倒される事もあった。

だが、無敵結界が出来てからはもう一方的な蹂躙にすぎなかった。

カミーラ等は狩の楽しみを味わうために、あえて無敵結界を発動させない事もあるらしいが、基本的には使用している。

しかし今回の戦いはカラー…そして人間が協力し、魔人と中々の戦いを繰り広げていたからだ。

 

「あのカラー…いいわね」

 

その中でもスラルの目に留まったのは、カラーにしては珍しいショートカットのカラー。

 

「ケッセルリンク…だったかしら」

 

魔人を前にしても決して退かないあの態度、そして危険を顧みずも仲間を助けようとするあの心。

魔王としてあの存在が欲しくなった。

これはガルティアを欲しいと思ったときと同じだ。

 

「そしてあの金髪の女…」

 

あの女は人間ではないとスラルは感じていた。

あの状況では理解出来ていたものがいるとは思えないが、彼女の剣は魔人の肉体は傷つけられなくともその無敵結界を無視していた。

あんな存在は自分も見た事が無い。

 

「…まさか神、か?」

 

自分の願いを叶えてくれた神ならば、当然無敵結界など無視する事が出来るだろう。

だとすれば彼女は神又はそれに仕える存在であってもおかしくはない。

 

「最後にあの人間…」

 

スラルが特に目を引いたのは人間の男だ。

ガルティアはムシを扱うだけでなく、剣の腕も一流だ。

が、スラルの見立てではあの人間は剣だけならばガルティアをも上回るだろうという予感があった。

最初は皆魔人の前に殺されるだろうと思った。

しかし結果は誰一人欠ける事無くその場を撤退して見せた。

あの時ムシが現れたのは偶然だが、時にはその偶然が働くことも彼女は理解していた。

そしてカラーの集落に戻った時のあの言葉…

魔人を倒す手段が見つかったという言葉はスラル自身が確かめてみたくなった。

もし無敵結界に欠陥があるのだとすれば、それを調べる必要も出て来る。

 

「でもその前に…」

 

スラルはあの男の強さを見たくなった。

彼の持つ剣が実力に見合っていないのはすぐにわかった。

 

「少し…助言くらいしてあげてもいいかもしれないわね」

 

そう、自分は教えてやるだけ。

見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。

それはあの人間次第

 

「久々に…楽しくなりそう」

 

スラルはそう言うとカラーの里に足を進める。

SS420年、魔王は再び動き始めた。




マッスルオウゴンダマ
どこにも需要は無いけどやっぱりアリスゲームなら筋肉ですよ筋肉!
でもやっぱり描写って難しい…

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