「おいお前等! 分かってるな!」
「「「おう!!!」」」
黒部の声に部下の妖怪達が一斉に雄叫びを上げる。
人間達が攻めてくるのは想定内であり、誰も臆した様子は無い。
それよりも今重要なのは、スラルに言われた言葉だ。
『将来のあなたの部下になるんだから、殺しすぎるのはダメよ』
「中々厄介な言葉だぜ」
今まで好き勝手に暴れていたため、手加減という事は非常に難しいが、スラルはこうも言っていた。
『まず最初に思いっきり暴れなさい。そうすれば相手は戦意を無くすから』
ほのかの報告を聞いて、スラルがニンマリと笑っていたのを思い出す。
だからそのスラルの言葉を、自分をここまで高めてくれたあの二人を信じる。
「吹っ飛べ!」
そして自分を見て明らかに怯えの色を見せている人間達へ向かってそのままの勢いで突っ込んでいく。
「ぎゃああああああ!!」
黒部の巨体から放たれる一撃を粗末な装備の足軽達が防げるはずも無く、悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
その威力はまさに規格外、足軽達は吹き飛ばされた仲間を呆然と見ている。
鈍い音を立てて人が地に叩きつけられ、無常の沈黙が辺りを支配する。
そして黒部はそれを見て笑う。
「おう、お前ら。これ以上やるってんなら…」
黒部はそこで一度笑みを引っ込める。
「食っちまうぞ!」
そして牙を剥き出しにして吼える。
「ひっ!」
それを見て足軽達の足が竦む。
もしこれが平家や藤原家の足軽ならば、恐怖には駆られても己の主のために仲間とともに黒部に立ち向かっただろう。
しかし彼らは違う―――彼らは借金のために…雇い主であるロシナンテに対する借金で戦っているに過ぎない。
だからこそ、こんな所で死にたくは無かった。
だからといって、ここで逃げる事も出来ない。
金がなければ生活をする事も出来ない…そしてそれを雇い主に全て握られている。
「何をやっている! 妖怪共を蹴散らせ!」
そんな言葉と共に黒部達に矢が襲い掛かる。
「黒部様!」
そこを盾を構えた妖怪が壁になって防ぐ。
本来はこの程度の矢など黒部にとっては何とも無いが、自分の仲間のこの行動には黒部は嬉しく思う。
中には妖怪だけでなく人間もいて、まだ腰が引けているがそれでもこうして自分を守るために行動してくれるのは嬉しかった。
「あいつが大将って事か?」
黒部には見えているが、確かにここにいる足軽より遥かに上質な鎧を着けている。
装飾も豪華で、アレが大将というのは納得がいく。
「突撃だ! 突撃しろ!」
その大将らしき男の声で、さらに矢が降り注ぐが、それで止まるほど妖怪王は軟ではない。
矢が当たれどその鍛え抜かれた肉体、そして妖怪として種族の強さの前には意味が無い。
「き、効いてないぞ!?」
「当たり前だ! 俺を傷つけたきゃせめて綾くらいには強くねえとな」
「…恐縮です。妖怪王」
黒部が笑い、自分の…正確にはランスの配下となった人間の名を呼ぶと、その横からその本人が現れる。
抜き身の刀からは血が垂れており、幾人か斬ってきたのが分かる。
「殺してないだろうな」
「大丈夫ですよ。レダさんならばあっさりと治せるでしょう」
そう言って襲い掛かってくる武士をあっさりと斬り捨てる。
倒れた武士を尻目に、綾は自分の持つ刀に不満そうな顔をする。
「な…こいつ、強いぞ!?」
「なんでこんな奴が妖怪王の配下に!?」
「それは簡単です。私が自らの意思で妖怪王を帝にしようとしているからです」
倒れた武士から刀を奪うとそれを一振りすが、それでも綾の顔は晴れない。
「なるべく上等な武器を選んだみたいだけど…不満みたいね」
「そうですね。でもそれはある意味仕方ないと思っています。まあどんな名刀を手にした所で、ランスさんやあなたに勝てるとは思えませんが」
「ランスを基準に見ちゃダメよ。アレは完全な例外。そして私もね」
綾に並び立ったのは、このJAPANには存在しない金色の髪をした絶世の美女であるレダだ。
その姿を見て、思わず武士達の動きが止まる。
「ちなみに私が苦手なのは手加減よ。それが嫌なら…大人しく捕らえられるか、戦って死ぬか選びなさい」
レダがその美貌からは信じられないくらいに酷薄な笑みを浮かべる。
彼女はエンジェルナイト…本来は彼女にとって人間は下等な存在であり、神のための道具でしかない。
だから本来は人間に対して手加減の必要など全く無いのだが、今回は話は別だ。
正直レダもこの状況を楽しんでいる所があるのを自覚していた。
エンジェルナイトの任務をしている時とは違う高揚感がある…それもランスの影響かもしれないが、それならそれで構わないと思っている。
「く…おい! 高い金を払ってるんだ! 何とかしろ!」
武将の言葉で前に出てきたのは、明らかにJAPANとは違う衣装を纏った人間だ。
「あら」
それを見てレダが少し驚く。
そこに出てきたのは、間違いなく大陸の人間だからだ。
それも衣装を見れば直ぐに分かる…間違いなく魔法使いの類だろう。
「綾、少し下がってて」
「はい」
魔法使いが詠唱を始めたのを見て、レダは綾を下がらせる。
「いいのか?」
「こんな所で下らない怪我をするのも馬鹿らしいでしょ。まあそれに…どう見てもあいつらがエルシールよりも上だとは思えないし」
「違いねえな」
レダの言葉に黒部は笑う。
このJAPANには魔法使いという存在は殆どいない。
何故なら、JAPANにはそれに変わる力として陰陽と呼ばれるものがあるからだ。
その陰陽の力でのし上がったのが、北条家だ。
だからJAPANには基本的に魔法に対する意識が今の所は低い。
その魔法使いにまさかこんな形で出会うとは正直思ってもいなかった。
「「「火爆破!!!」」」
魔法使い達が放つ火爆破が黒部とレダを包む。
炎系統の魔法としては下にあたる魔法ではあるが、それでも使いやすさで魔法使いが好む魔法でもある。
ランスと特別に長い付き合いのある魔想志津香も主に使用している魔法であり、使い勝手が良いようだ。
「どうだ!」
「やったか!?」
火爆破による煙が徐々に晴れていき…彼等が目にしたのは、平然と立っている黒部とレダの姿だった。
「な、何!?」
「ま、まさか効いてないのか!?」
それを見て魔法使い達が明らかに動揺している。
まさか自分達の魔法が直撃して、平然として立っているなど思ってもいなかったのだろう。
「まあ思った通りね。これじゃあエルシールにも及ばないわね」
「お前やスラルと比べるのは間違ってるとは思うが、確かにエルシールにも及ばねーな」
黒部とレダは平然と歩みを進める。
「そしてここからが魔法使いの弱点とも言えるのかしらね。魔人とかになると話は別なんでしょうけど…ライトボム!」
「「「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
レダの放った魔法で、魔法使いを守っていた足軽達が吹き飛ばされる。
その光景を見ていた魔法使い達は呆然とした顔をしている。
「黒部、殺さないでよ。魔法使いはJAPANじゃ貴重だしね」
「分かったよ。つっても流石に今は無理そうだけどな」
レダの魔法の威力に驚愕したのか、魔法使い達は一斉に逃げ出していく。
「だめねえ。まあ物珍しさで雇われたって感じかしら?」
「流石に今からだと厳しいか…まあ俺はあいつをぶっ飛ばすとするか」
黒部が足軽達や魔法使いに指示をしていた男を見てニヤリと笑う。
「ひっ!」
その笑みを見て武将であろうその男は明らかに腰が引けている。
頭を潰すのが一番楽な行為であり、かつて黒部を狙ってきた人間達も頭を潰せば皆逃げていった。
黒部が全身に力を貯めて、一気に相手を潰そうとした時、
「あがっ!」
その武将の脳天に矢が突き刺さり事切れる。
「あら」
「ほう…やるもんじゃねえか」
黒部とレダはそれを見ても特に驚くことは無い。
が、勿論相手方はそうはいかない。
自分達を統率していた武将が死んだのだ。
そうなれば後は簡単…ましてや相手は金で縛られている存在、直ぐに崩壊が始まる。
「に、逃げろー!」
誰かの声と共に一斉に逃げ出す。
「こういう時は誰でも行動が早いのね」
「まあそんなもんなんじゃねえか? 俺はよく分からねえけどな」
逃げ出していく人間達を黒部はあえて追わない。
これもスラルから言われた事であり、『捕獲した人間以外は逃がしても大丈夫』と言われている。
そして暫くたってから、もう動けない人間、そして動く気力も無い人間、妖怪達に捕獲された人間以外がいなくなる。
「おう! どうだ!」
「こんな奴等にやられる訳無いだろ。ただ人間の中には怪我をした奴はいるけどな」
黒部の声に、近づいてきた窮奇が答える。
その黄色と黒の毛皮には返り血であろう赤い染みが無数についており、その尻尾の蛇の口も赤く染まっている。
「やりすぎてねえよな?」
「初めての手加減なんだぜ? 少しは多めに見てくれや。まあそれでも相手もそんな死んでねえよ。言われたとおりに捕獲してるぜ」
「私達も大丈夫です。怪我人は出ましたが、幸いにも死者はいません」
「そう。じゃあそっちは私が見るわ。でもJAPANには神魔法も無いのかしらね」
レダがJAPANで驚いたのは、魔法使いが殆どいないのもそうだが、神魔法を使える人間が見当たらない事だ。
神魔法は言葉の通り、神…即ち自分の遥か上の存在である1級神が人に与えている力だ。
エンジェルナイトにも得手不得手がいるが、幸いにも自分は普通に使えている。
「どうでしたか」
「おう、やるじゃねえか。与一」
「恐縮です」
先に相手の武将を討ち取ったのはもちろんこの男―――女に見えるが残念ながら男である、与一だ。
「ランスさんも…見てくれたかなぁ…」
与一は頬を赤く染め、体をくねくねしながらこの場にいないランスをの名を呼ぶ。
その容姿や仕草は紛れも無く可愛らしい女性のものだが、生憎ながら彼は男だ。
そんな与一を見て、その場にいる全員がため息をつく。
与一は元呪い付きで、性別が反転していた。
そして当然の如くランスに手を出された後で呪いを解かれたため、ランスが与一に手を出した事はランスにとっては重大な汚点だ。
「与一…ランスにその態度を見せるのは絶対に止めなさいよ。あなたがどんなに有能だろうと、ランスは間違いなくあなたを殺すわよ」
「…マジか」
レダのあまりにも真剣な顔に窮奇が思わず息を呑む。
ランスが極度の女好き…いや、女しか好きじゃないのは誰もが知っている。
そして気に入らなければ男を容赦なく斬り殺す男だということも。
「そこまでなんですか…」
綾もランスに口説かれている一人だが、確かに悪い人間では無いとは思う。
(もう少し自制心を持って欲しいというか…もっと真面目になってもいいとは思うのですが)
まだランスに手は出されてはいないが、時間の問題であるかもしれないとも感じている。
(決して悪い人では無いのですが…)
あの妖怪王黒部と対等であり、そして呪い付きの者を助けてくれている。
勿論裏があるのは分かってはいるが、それでも呪い付きという事で苦しんでいた者達にはまさに救世主だ。
「そうよ、そこまでなのよ。だから気をつけなさいよ」
レダがポンと与一の肩を叩く。
「そんな…く、黒部さん! もう一回! もう一回ボクにあの呪いを!」
「む、無茶言うな!」
与一が目を潤ませながら黒部に詰め寄っているのを見て、綾は思わず笑みを浮かべた。
まさか人間と妖怪がこんな風に言い合えるなんて思ってもいなかった。
そもれランスという人間が成し遂げたことなのだろう。
(だからこそ…私達は黒部さんを帝にすると決めたのだから)
今自分達の目の前にいるのは、人食いの妖怪として恐れられている妖怪王黒部ではない。
己の力でこのJAPANを纏めようとしている偉大な妖怪王なのだから。
妖怪王黒部達、妖怪の勢力に捕らわれた人間は一様に沈んだ顔をしていた。
中には気丈な顔をしている者もいるが、多くの者に浮かんでいるのは絶望や達観といった諦めだ。
それも無理は無く、相手は人食いの妖怪として恐れられている妖怪王黒部なのだ。
その妖怪の一味に人間がいる事に、一部の者はまるで縋るような顔をする。
そして捕らわれた人間達は一斉に妖怪王の下へと連れてこられる。
妖怪王用に備え付けられた台の上に、黒い毛皮を纏った巨大な生物が座っている。
それこそが、先の戦闘で自ら最前線に躍り出た妖怪王黒部なのは明らかだ。
そしてその横に居るのはやはり異形な体を持つ妖怪達…その中で異彩を放つのが、金色の髪をした非常に美しい女性だ。
「こいつらか」
第一声を聞いただけで全ての者が震え、恐怖する。
それほどまでに、妖怪王の声は恐ろしかった。
「お、俺達をどうするつもりだ」
一人の若い男が声を震わせながらも黒部を睨む。
その男を見て、黒部はその口を歪ませる。
分かりにくいが、黒部は笑っているのだ。
「さて、どうするか…」
黒部が立ち上がると、その威圧感に人間達は息を呑む。
「はいはい、驚かすのはその辺でね」
「がはははは! 俺様が戻ってきたぞ!」
そんな時、人間達の驚きなど知った事ではないと言わんばかりの明るい声が響く。
そこに居たのは、茶色い髪をした明らかにJAPANの人間ではない者が居た。
「おう、遅かったじゃねえか。ランス」
妖怪王がどこか親しげに名前を呼ぶのを見て、人間達は驚く。
「がはははは! スラルちゃんがうじうじ悩んでいたから俺様が慰めてやったのだ。で、こいつらがそうか」
「おう。今どうするか考えてる所なんだけどな…」
黒部はそう言って、先程黒部を睨んだ人間の頭を掴む。
勿論手加減はされてはいるが、あの人食いの妖怪王黒部に頭を掴まれて流石にその男も震え始める。
「さて…あなた達にはこの妖怪王黒部を、帝黒部にするべく手を貸して貰いたいんだけどね」
体が透き通った女性…スラルの言葉に全員がどよめく。
黒部は掴んでいた人間を放すと、再び妖怪王専用の台に腰を下ろす。
「そんな事出来る訳無いだろ! 俺の妹は妖怪に呪いをかけられたんだぞ!」
黒部に頭を掴まれていた男が目に涙を浮かべながら黒部を睨む。
「だったら俺様の所にそいつを連れてこればいい。俺は言ったはずだぜ? 俺の所に来れば妖怪の呪いを解いてやるってな」
「そうです。ボクも呪い付きでしたが、黒部さんに呪いを解いてもらいました」
黒部の言葉に与一が頷く。
「JAPANにその話は伝わったと思うんだけどね…ほのか、彼等の所には情報は伝わってないの?」
スラルの言葉に何処に潜んでいたのか、一人の女性が現れる。
「ええ…彼らは来たくても来ることが出来なかったと言った方がいいです」
「来たくても来れない…か」
ほのかの言葉にスラルは納得したように頷く。
確かにJAPANからは沢山の人間が黒部の元へ訪れてはいるが、それが全てだとはスラルも考えていない。
妖怪を信じられない者、ここに来る途中で死んでしまった者、もしくは同じ人間によって殺されてしまった者、そして来たくても来れなかった者…それらが出るのはスラルにも予想がついていた。
「で、あなたは何故来れなかったの?」
「…金が無いんだ。ここにいる者達は皆そうだ。ここの領主に借金をして働かされているんだ。中には呪い付きを何とかできるという言葉を信じてここに来た奴もいる。だが、残ったのは膨大な借金だけだ…」
その言葉を聞いて、綾や与一、ほのか等の元呪い付きの者達は沈痛な面持ちで顔を下げる。
彼等の言葉はまさに自分達の言葉であるとも言える。
綾は本人が呪い付きでは無いものの、親友が呪い付きとなり迫害されてきた。
自分がこの地まで来れたのは、その強さと多少の蓄えがあったからだ。
与一は自分の体の性別が反転していただけなので、それほど影響は無かったが、それでも色々と嫌な思いはしてきた。
ほのかも呪いの影響で、日を浴びる事が出来なくなったのは非常に苦しかった。
幸か不幸か忍者として優秀だったのと、元々平清盛に仕える大名の部下だったので金に困るということは無かった。
黒部に呪いを解いて貰った者達が苦い顔をしている中、この男だけは全く違った反応を見せる。
「がはははは! 何だ金か!」
馬鹿にしたように笑うランスに、金で苦しんだ者達から怒声が飛ぶ。
「何がおかしい!」
「そうだ! 大陸の人間には妖怪の呪いが分かってたまるか!」
ヒートアップする者達の前で、ランスは再びニヤリと笑うと。
「黙れ」
それは静かな一言だったが、確かな威圧感がある。
それの押されたのか、ランスに向けられた怒声や罵声がぴったりと止まる。
「つまりは貴様らは借金をしているという事だろう。だったら簡単な方法があるだろ」
「そんな方法ある訳無いだろ!」
ランスを馬鹿にするような声にも、ランスは尚も笑って見せる。
ただしその笑みは、非常に邪悪な笑みだ。
「そんな借金は踏み倒せばいいだろ」
その言葉に誰もが無言になる。
「借金が苦しいなら、その借金そのものを無かった事にすればいい。その方法は非常に簡単だ。その金を貸してる奴をぶっ殺せばいい」
あまりと言えばあまりの言葉に周囲が完全に静まり返る。
「そうよ…借金を消す方法は簡単よ。あなた達がこの妖怪王黒部に仕えれば…あなた達の借金は無くなる事を保障してあげるわ」
そしてスラルが畳み掛けるように笑う。
ただしその笑みも、一見人のいい笑みに見えるがその裏側は真っ黒なのはレダには分かってしまう。
「それにね…もしあなた方が黒部の部下になって彼が帝になれば…あなた達は功臣よ。負け組の人生が一気にひっくり返るわ」
「俺は人間と違って金には興味がねえ。だが戦争には金が必要だってのも分かってる。お前達が協力してくれれば…その下らねえ借金は全部無くなるぜ」
スラルと黒部の言葉に捕らわれた者達に大きな動揺が広がる。
確かに借金で苦しんでいるのは、ロシナンテを初めとした上の者達に良い様にされているからだ。
もしそのロシナンテの息のかかった者達がいなくなれば…そして妖怪王の力があれば…と考える者が出てくるのも無理は無かった。
「…本当に借金は無くなるのか?」
「ああ。少なくとも俺が関わらねえ事に関してはな。その後の事は知らねえけどな」
黒部の言葉に皆が考え込む。
このままロシナンテの所へ戻っても、これまで通りに借金をネタに安い金で酷い目に合わされるのは目に見えている。
それなら妖怪王に寝返った方がいいのでは無いかと思いが出てくる。
実際に、妖怪王黒部に仕えているらしい人間は居る。
それは妖怪王は妖怪だけでなく、人間も用いる気があるという事だ。
それに何よりも、黒部の圧倒的な強さを目にすればもう二度と黒部とは戦いたくないと思ってしまう。
「ちなみに私達に協力してあの砦を押さえる事ができれば…それ相応の給金が支払われるわよ。私達は使えるところでお金を使う主義よ」
「やります! 俺は協力します!」
「ぬ、抜け駆けするな! 俺もだ! 俺も協力します!」
一人が協力を申し出ると、後は連鎖的に皆が声をあげる。
今までの借金苦の生活から抜け出せるというのであれば、妖怪でも構わない…その思いで皆が一つになったのだ。
その様子にスラルはニンマリと笑う。
(ほのかの報告通りね。金で苦しむ奴は必ず金で翻る…まあ彼等の借金なんてこれからの戦いに必要な経費に比べれば遥かに少ないでしょ)
スラルはこれからの事で頭をフル回転させる。
今の黒部に必要なのは、何よりも金だという事を理解していた。
だからこそ、この砦と共に相手の財産も手に入れたい。
「がはははは! そんなに手柄が欲しければ俺様がチャンスをやろう!」
「な、何をすればいいですか!?」
「フッフッフ…この俺様の作戦通りにやれば間違いは無い!」
皆がランスの言葉に注目する。
「で、どうするってんだ。ランス」
黒部はランスの言葉を何処か楽しみにしているかのようにランスに体を近づける。
「それはだな…」
ロシナンテの砦―――
「おい! 見ろ! 戻ってきたぞ!」
「何!? おお!」
砦に配置されていた兵が見たのは、こちらに向かって歩いてくる自分と同じ鎧を着た人間の姿だった。
妖怪達を警戒するために配置についていた者達が一斉に喜びの声をあげる。
その多くは借金のために徴用された者達だ。
今回妖怪達に捕らわれたのは、自分達と同じ境遇の者達であり、彼等が戻ってきたのは素直に嬉しかった。
「門を開けろ!」
「ハッ!」
その言葉と共に中々に重厚な門が開かれる。
そして戻ってきた者達とは熱い抱擁を交わし、中には涙するものもいる。
「よく無事に戻ってきたな!」
「幸いにもな…妖怪王黒部は別に俺達を皆殺しにしたい訳じゃ無いそうだ」
「まずは休め!」
戻って来た者達に、この場の責任者らしい男が休むように指示を出す。
いかに借金で奴隷のように働かされている者達であっても、こうして戦から無事に戻ってきたのであれば話は別だ。
だからこそ休息を与えようとした時、
「何を勝手な事を言っている! 直ぐに持ち場へ着け!」
そこに現れたのは、ロシナンテ直属の将軍だ。
「し、しかし! 彼らは疲弊しきっています! それでは役には立ちません!」
「それを判断するのはお前ではない!」
将軍の一括に、責任者は尚も何かを言おうとするが、
「…分かりました」
「最初から素直にそう言えばいい!」
結局はそう答えるしかなった。
(戦を何も知らん奴等が…! 疲弊しきった兵…それも素人がまともに戦えると思っているのか!)
内心で毒づくが、自分も金が必要なのでここで雇われ兵をしているのに過ぎない。
「いいんです…有難う御座います。俺達は持ち場につきます」
皆が責任者に一礼すると、直ぐに散らばっていく。
その光景を見て、武将が苦い顔をする
「フン、また余計な金がかかるな…」
生きて帰ってきた者達は彼等にとっては死んでようが生きていようがどうでもいい連中だ。
だがこの状況では、致し方ないとも思う。
「せいぜい盾になってくれればいいのだがな」
そう言って武将は踵を返す。
それを見る冷ややか目が二つある。
「こういう連中ですか…」
「遠慮はいらないと思います。私は砦の構造を調べておきますので、綾は手筈通りにお願いします」
「分かりました。ほのかさんも気をつけて…」
それは戻ってきた兵達に混じって潜入したほのかと綾だ。
この手の人間は下々の兵の顔等覚えていないと思っていたが、案の定だ。
「俺達は協力してくれる者達を集めます」
「お願いするわ」
黒部に頭を掴まれていた男が綾に耳打ちする。
それを聞いてほのかの姿が一瞬で消える。
「…あれが忍者ですか」
「そう、あれが忍者よ」
砦の事はほのかに任せ、綾は自分の出来る事をする。
彼らと協力し、この砦を少ない損傷で出に入れるという重大な役割を果たすために。
(そう…人間と妖怪は決して相容れない仲ではない。黒部さんを帝にして、それを証明してみせる)
大きな決意を胸に秘め、綾は動き始める。
全てはこのJAPANに住む者のために。
タイトルを考えるのが辛いのでこれで行きます(暴論)
書いてて思ったのは、やはり自分にはこういう戦記物を描写するのは技能が足りないという事
何回も書き直した末にこの出来とか正直頭が痛くなってきました
だから更新が遅れたと言い訳をしてみます…